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飛び散った破片を拾い集める。
これが証拠品となるかはわからないが、グラスイーグルを討伐したわけだし、山頂の人々にも安心してもらいたい。
本来であればコアを潰されたグラスイーグルは、そのままガラスの彫刻品と化して美術的価値が生まれるらしいが、今回は粉々になってしまった。
自重することなくやった結果がこれだ。
少し勿体無かったか。薬以外も扱っているイリーヌさんに、買い取ってもらえたかもしれないのに。
「今回は仕方ないか。次に出会ったらコアだけ潰すような魔法を使うとしよう」
そもそもグラスイーグルは、コアが本体であり、鳥の形はコアがそのような形状を好んで固定しているだけのものらしい。
コアが無事であれば外見は幾らでも修復できるし、例え首を落としたところで意味は無い。
攻撃を当てることが困難な上に、弱点を攻撃しなければ無意味。
なるほど、確かに強敵だ。
動けなくすることができるというのなら、朗報とまで言われるのも納得できる。
当てにくいことが問題なのであって、当てられるなら何の問題もない。
また、攻撃を受ける可能性すらほぼゼロに出来るのだから、その価値は推して知るべし。
敵を拘束するタイプの魔法はかなり便利なようだ。
そりゃあ冒険者も魔獣相手に落とし穴を常用するよ。うまく決まれば勝負も決まったようなものだろうからな。
突発的な遭遇では中々難しいだろうけども。隙を突いて作成するとかウルトラC難度だ。
侯爵級とか、そういう強力な個体でなければ、という注釈はついてしまうが。
前の蜘蛛っぽいの、影から這い上がってきたもんなぁ。普通の落とし穴だったら何の苦もなく登ってきそうだ。
俺は心にしっかりと今回の実験結果を刻み、イリーヌさんの待つであろう山頂の街へと歩いていく。
徒歩であれば数十分かかる距離だ。
「これを、歩いていくのか……」
若干萎えてくる。
言っても仕方ないことなので、緩やかな坂道をえっちらおっちら登っていくと、前方から武装した集団がやってきた。
彼らの後ろにはイリーヌさんの姿も見える。
もしかして援軍にでも来てくれたのだろうか?
先頭の男が俺に話しかけてくる。
「グラスイーグルが出現したと報告を受けた。どこに居るか聞かせてほしい」
緊張を孕んだ険しい表情で、グラスイーグルを探している面々。
見るからに腕の立つ冒険者が八名揃って、油断なく辺りを見回している。
その視線は、どんな些細な出来事も見逃すまいと、動くもの全てに注意を払っているかのようだ。
「えー、っと……」
頭を掻く。
俺の様子を見て、焦れた後方の魔術師然とした男が荒い声を上げる。
「悠長にするな! グラスイーグルといえば、毎年何十人もの人間を死に至らしめている凶悪な害獣なんだぞ! 一刻も早く撃退しなければならないというのに、何をのんびりしているんだ!」
食って掛かる男を、片手で制す先頭の男。
「彼の言う通りだ。我々も急ぎ支度を整えてきたのだ。出来る限り早急に案内してほしい」
「そのことなんだけどな」
イリーヌさんを見る。彼女の表情から、俺を心配している様子が見て取れた。そして、無事な俺の姿を見て安堵もしている。
そういう顔を見ると、面倒なことをしてくれたと思っていても、何も言えなくなってしまう。
仕方なく、俺は先ほど集めたグラスイーグルの破片を取り出す。
「これは……?」
魔術師がガラス片をしげしげと眺める。
「グラスイーグルの破片だよ。魔道具で始末しようとしたら、思った以上に威力が高くて、オーバーキルしちまったみたいだ」
「なん……だと……?」
愕然としている魔術師。
「お前は一体……」
「呪い士だ。そっちの獣人の女性、イリーヌさんの護衛をやっててな。道中でグラスイーグルに襲われたから、返り討ちにしたってところだ。あんたらには出向いてもらって、手間をかけさせた。だが、この通りグラスイーグルは粉々だ。何も問題は無いと思うんだが」
俺の言葉を聞いて、さらにざわめく冒険者達。
何だろう、この妙な空気。
嫌な感じはしないが、こそばゆい空気だ。
小声で口々に喋り始める。
「グラスイーグルを、単独討伐……?」
「俺達にも、追い払うしか出来なかったあの化け物を?」
「呪い士と言っていたが、肉体強化の効果なのか?」
「魔道具と言っていただろう。よほどの高級品なのかもしれない」
「法螺を吹いてるだけかもしれんぞ?」
「いや、これは確かにグラスイーグルの破片だ。奴が無事ならば、この破片はすぐに本体の形を取るはず」
「そもそも執念深いあの鳥野郎だ。まだ生きてるなら、すぐそこら辺に居なきゃおかしいだろうが」
グラスイーグルの強さがイマイチよくわからなくなってきた。
こういうとき、レベルのようなわかりやすい指標がないことが悔やまれる。
ただ、腕の立つであろう冒険者が何人も揃っているにも関わらず、追い払うことしか出来ないという時点で、かなり手強い相手だということは推測できた。
一通り話が終わったのか、先頭に居た男が、俺の手を取って謝辞を述べる。
「ありがとう。グラスイーグルは隊商や通行人を襲っていく、ここら辺の害獣のボスだったんだ。先ほどもこいつが言ってた通り、毎年国内全土で数十人が襲われている。こんな山ですら、奴の巡回ルートに入っているようでな。これで被害がなくなると思えば、空振りに終わったくらいどうということもないさ」
交易ルートとして選んでいるのはイリーヌさんくらいのものではなかったのか。いや、山頂にも宿があるということならば、出入りの業者や通行人なんかはそれなりに居るのだろう。薬を運ぶのがイリーヌさんだけ、というだけで。
巡回ルートなどと言っていたし、グラスイーグルがやってくる季節というものがあるのかもしれない。
年間数十人という数なら、そういう季節になれば近づかないと意識していても、かなりの頻度で襲われているようだ。
それを討伐したということは、この辺りが比較的安全になったということだ。
グラスイーグルが居なくなった分、別の害獣が住み着きそうな気もするが、支配者的な強さを持っている奴が倒れたのだから、台頭してくる獣もグラスイーグルと同等か、やや下。空を飛ばない獣ならば、対処はそこまで厄介ではないだろう。
人間の盗賊なんかが余計に幅を利かせそうな気もするが、そこはそれ。雇われの身からすれば、きっちり倒せる相手が多い方が嬉しいのだろう。
「君さえ良ければ、宿まで案内したい。生憎戦闘になると思って馬は連れてきていないから、徒歩になってしまうのだが」
「良ければっていうか、そもそもその予定だったんだ。助かるよ」
イリーヌさんも居るし、わざわざ案内してもらう必要はないと思うが、あえて断るのもおかしな話だろう。集団での山登りとか、まるで遠足気分だ。
イリーヌさんの傍まで行って、事の経緯を尋ねる。バツが悪そうだったが、きちんと答えてくれる辺り、何かしらの責任は感じているのだろう。
「何でこんなことになったんだ?」
「馬を急がせていたからね。駐屯している彼らから事情説明を求められたんだ。それで、ユキちゃんが一人で足止めに戦ってくれているということも話したら、顔色を変えて慌てて出撃ってところさ」
「後始末するって言ったと思うんだけどな」
「だからって、本当に一人で倒してしまうだなんて思わないじゃないか。ユキちゃんがどれほど強くても、一人でしかないんだ。グラスイーグルと戦っている最中に、何かが奇襲してきたらどうするつもりだったんだい?」
「あー。そいつは考えてなかったな」
確かに目の前の敵に集中しすぎていた。レーダーも使っていなかったし、こっそりと接近されていたら危ないところだったのか。
グラスイーグルはほぼ無力化していたとはいえ、これからは常に周囲を警戒しておかなければならない。
「肝に銘じておくよ。だけども、グラスイーグルってそんなに強い敵だったんだな」
「そうだね。きちんとした防衛設備が整っている都市部なんかじゃ、工芸品目的で討伐を行うくらいの気軽さだけれど、そうでなければ対処の難しい害獣だよ。この辺りで本当に討伐するなら、腕の良い魔術師が三、四人は欲しいところだね。勿論、グラスイーグルの突進に耐えられる前衛も引き連れて、だ」
「それって、魔獣と同程度に強くないか?」
「そうだよ。魔素で出来ていないだけで、グラスイーグルの戦闘能力は魔獣に近い。準男爵級といったところじゃないかな」
準男爵といえば、ビートベア型の魔獣と同じくらいか。
言われてみればそんな感じだった。急降下しかり、突進しかり。まともに受ければいとも容易く命を奪われるほどの攻撃。
防御力は一般的な武器攻撃を防ぐ魔獣の方が上だと思うが、グラスイーグルは回避力と回復力が異常だ。耐久性能で言えば、もしかするとグラスイーグルの方が上回っている可能性もある。
「そんな強い敵を倒して、ガラスの破片だけとか」
ものすごく勿体無いことをした気がする。このガラス片、何か他の事に使えないだろうか。
そういえば俺の魔法は無から有を作り出すことはできないのだが、こういった破片から、ある程度の塊を作り出すことは出来るかもしれない。
試しにこっそりと、小さなガラス瓶を作ることにする。
参照するイメージは、薬の小瓶。
この世界のものを参考に、俺の頭の中にある芸術品を組み合わせて、ガラスの破片に魔力を送っていく。
すると、ガラス片はピクピクと動いたかと思うと、一つの形を構成した。
それは蓋にユニコーンの意匠が施された、香水ボトルのような形の瓶だ。イメージ通り。実際に手で作れば、きっと未確認生命体になったであろうに。本当にイメージ通りにユニコーンっぽくなってくれた。
ガラス片を半分程使ったが、やはり有から有へと姿を変えて再形成することは可能なようだ。
これが出来るならば、物を作るという面でかなり便利にやれそうな気がしてきた。
もしかしたら、売り物として成立するかもしれない。
イリーヌさんにたった今作った小瓶を見てもらう。
「……へえ、これは凝ったデザインだね。どこで手に入れたんだい?」
彼女の瞳が、商売人のものとなる。
だが残念。俺は商人とまともに商談を行う気などない。
あくまで査定してもらうだけだ。
「ま、ちょっとな。もしこれを買うとしたら、幾らくらいになると思う?」
「ふむ。こういう生物は見たことがないが、幻想種として売り出すならば、好事家達がこぞって金を出すだろうね。精緻な、というほどのものでもないけれど、ガラス製品をここまで成形できる職人は知らないからね」
おっと、精緻なデザインではないと言われてしまった。
して、鑑定結果は。
「私が金を出すのは、商売としてだからね。でも、それでもこれには金貨一枚の値段は付けるよ」
ほう、金貨が出てくるのか。それは凄いな。
準男爵級の敵を倒して、金貨一枚の報酬というのは、かなり破格の値段設定ではないだろうか。
だが、もし工芸品として、丸ごと残っていた場合は、どれくらいで売れたのだろう。
「む、全身が丸ごと残っていた場合かい? そうだね、私が取り扱ったことは無いけれど、知り合いが貴族に金貨三〇枚で売りつけていたね」
価値三〇分の一!
砕けたガラスの半分程しか使っていなかったとしても、それでも価値が減りすぎじゃないかちくしょう。
まぁ実際、全ての破片を取り切ったわけでもないので、その程度の価値の減少は織り込み済み、ということにしておこう。
ああ、そういえば商売として金を出すと言っていたか。てことは仕入れ値が金貨一枚ということであって、最終的に彼女は利益をつけて売るのだろう。
そうなれば仮に倍だとして……いや、皮算用はやめにしよう。それに俺は彫刻家として名を立てるつもりはない。良い値段で売れたら嬉しいが、それだけで生計を立てるわけでもないしな。




