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6

 グラスイーグルがぐんぐんと近づいてくる。

 こちらの後方上側に位置した時点で、足を前方に広げ、急降下の姿勢をとる。

 よしきた狙い通り。

 俺はグラスイーグルに向けて手を突き出し、あるイメージを展開する。


「吹きすさべ、暴風!」


 瞬間、俺の背後から吹き荒れる風が召喚される。手からじゃなかった。おかしいな。

 急降下の体勢を取っていたグラスイーグルはひとたまりもなく、空中を制御不能の状態で舞う。

 だが敵もさるもの、翼の向きを変えて風を身に受け、咄嗟に体勢を立て直す。

 嘴をこちらに向けての突進だ。

 今度は風ではなく、炎を生み出して迎撃する。本当にガラス製なら、高熱を与えればどろどろに溶けるだろう。

 だが俺の炎はグラスイーグルの突進が生み出す風に受け流され、みるみるうちに眼前に到達する。

 想定とは違ったが、相手が接近するこの瞬間を待っていた。

 俺はグラスイーグルに対して、拳を叩き込む。

 本来であれば勢いに負けて粉砕されるはずの俺の拳は、しかし砕けることなく正確にグラスイーグルの喉元を打ち上げる。

 怯むグラスイーグルに、さらに前に出した掌から音の振動を打ち付ける。

 ピシリとヒビの入る音が聞こえるが、グラスイーグルは体を急上昇させて逃れる。

 欠けた体は一瞬で再生し、上空を旋回している。


「むぅ。あれで倒せないのかよ」

「むしろよくアレに当てたよね。普通の冒険者なら、あの急降下と回避力に翻弄されるところなんだけど」

「接近戦のカウンターならどうにかなるぞ?」

「どうにもならないから言ってるんだけどね」


 そんなものなのか。

 俺としては回避力よりもヒビを一瞬で治す回復力の方が異常だと思うんだが。

 折角当てたダメージを瞬時に回復されるとか、絶望しか感じられない。

 とりあえず炎は効きにくい、と。

 振動はそこそこ効きそうだが、回避されやすい。

 圧力はどうだろうか。丁度空を飛んでいるし、重力を強くしてみよう。というか、重りを追加してやろう。

 イメージとしては、ダンベルやら何やらを吊るしてやる感じだ。

 途端、見るからに高度を下げるグラスイーグル。

 必死に翼をはためかせているが、その甲斐なく地面に落とされる。


「何が起きたんだい?」

「重くしてやった。暫くは起き上がれないだろうな」

「だったら今のうちに逃げようか。距離を取れる時に動かないと」


 イリーヌさんは馬に鞭打ち、更なるスピードアップを図る。

 そこまでしなくても、大体大丈夫だとは思うんだけども。

 依頼人の意向には沿うことにしよう。

 最後に駄目押しとばかり、音の振動を発生させる。

 グラスイーグルの悲鳴が聞こえるが、どう聞いてもガラスを爪で引っかくような音がして、鳥肌が立った。

 上り坂を順調に進み、馬の速度が落ちてきたところで、丁度建物が見えてきた。


「しめた、山頂に着いたぞ!」

「あ、そうなんだ」


 イリーヌさんには悪いが、グラスイーグルには負ける気がしない。

 危険性をきちんと理解している彼女にとっては、命が助かったと思えるところなのだろうが、俺にとっては狩れる獲物を逃した、という感覚でしかなかった。


「何だか落ち着いているね?」

「何というか、勝てそうな相手だったしな」

「……まぁ、無傷で一撃決められるなら、そのうち倒せるかもしれないけれど……」


 信じられないものを見るような顔で、イリーヌさんが呟く。


「それにほれ、最後に落ちただろ? ああいう状態に持っていければ、討伐は楽にいけるんじゃないかと思うんだ」

「そりゃあ、確かに、回避されない状態なら楽に勝てるだろうけども。むしろどうやって地面に落としたんだい? それを聞いておきたいね。真似できるなら、グラスイーグルが脅威じゃなくなるんだ。この山を通る全ての人にとって朗報となるよ」

「そんなにか」


 そんなにも驚異的な生物だったのか、グラスイーグル。

 駄洒落のような名前の癖に強いだなんて。いや、ビートベアもそこそこ強い生物だったよな、確か。

 この世界の害獣は、妙な強さを持ってるな本当に。


「んー、教えたいのは山々なんだけども、これは俺にとっても秘中の秘でな。おいそれと他人に教えられないものなんだ。すまないけど……」

「いやいや。知られたくない技術なら言わなくて良いよ。呪い士だものね。自分の技術を無償で全部譲るなんて、催促した私が悪かった。謝らないでおくれよ」

「そうか? それは助かる。ま、次も俺をよろしく、って売り込んでおくか」


 明かせない理由を、次の飯のタネとしておく。これならば必要以上には怪しまれまい。

 不可思議な魔道具を使う呪い士、として妙に名前が売れるかもしれないが、それならそれで構わない。

 魔法を使う、なんて知られるよりはよほどマシだろう。

 自重しないとは決めているが、余計な苦労まで背負い込みたくはない。

 矛盾しているようだが、自分の身の安全を放棄してまで求めることではないだろう。

 内心の葛藤は表に出さず、イリーヌさんの返答を待つ。


「……そうだね。この快適な旅路を経験してしまったら、他の冒険者を雇うだなんて思えなくなるよ。次もユキちゃんに頼もうかな」


 どうやら好意的に解釈されているようだ。社交辞令も含まれているだろうけど、それで良い。

 首都まで行けば一旦は別れるわけだし、これから先、常に行動を共にするわけでもない。

 何かの機会で依頼を請けることになれば、優先的に請けるようにするだけだ。

 そういう関係で良いだろう。


「さて、じゃあイリーヌさんは先に宿に行っておいてくれ」

「む。ユキちゃんはどうするんだい?」

「執念深い野郎の後始末さ」


 視線の先には、グラスイーグル。

 荷重が解除されたのか、雄大に空を翔けている。

 俺は荷台から降りてイリーヌさんを先に向かわせる。

 これで、本格的に自重せずに行動できるな。

 色々と試させてもらうとしよう。


「まずは、もう一度地面に這い蹲ってもらおうか!」


 グラスイーグルの翼に重りを着けていく。

 打ち付けることのできなくなった翼によって急激に高度を落とし、滑空すらも許さない。

 幸運にも気流に乗って体勢を安定させたので、風を操って気流を乱す。

 それだけで、グラスイーグルは派手に地面に叩きつけられる。


「次は、地面を、っと」


 グラスイーグルに影は出来ない。

 光を透過して、操れるほどの影が生まれないのだ。

 だから、物理的に拘束する必要があった。

 そのための地面操作。

 落とし穴を物理的に作る。

 深さはグラスイーグルの体がすっぽりと落ち込むくらい。

 道に手を突くと、もがくグラスイーグルが地面にめり込んでいく。

 想像とは多少違う挙動ではあったが、目的は達成できた。

 次はコイツを討伐する時間だ。

 特筆すべきグラスイーグルの回復力を超えるダメージを与えなければならない。

 剛剣・白魔で攻撃すればあっさりと倒せる気もするが、今の俺に必要なのは魔法のイメージ力だ。

 幸いというべきか、グラスイーグルの無力化には成功している。

 この害獣が再び空を舞うことはない。

 俺の魔法の実験台になってもらおう。

 ただし、魔法のイメージの元は、妄想の中での魔法と形を合わせておく。

 そうしたほうが俺にとっては馴染みやすい。

 まずは火だ。

 手から火の玉を生み出し、それを放り投げる。

 これは空中で破裂し、地面に火の海を作る魔法だ。

 大規模な魔法で、開けた場所でなら集団を殲滅することができるほどの威力を持っている。

 今回は広範囲に撒き散らす予定もないので、着弾地点は全てグラスイーグルの落とし穴に指定しておく。

 思い通りの軌道を描き、火はグラスイーグルの体に粘着し、その体躯を燃やし続ける。

 しかしながらこの害獣、やはりかなり熱に強いらしい。

 これほどの熱量で燃え続けているというのに、溶ける素振りが一切見られない。

 ならば次は水だ。

 とはいっても水の使い道などそれほど多くは考えられない。

 水攻めや何やらで使えるのだろうけれど、実際の冒険において水攻撃の有効性がいまいち理解できない。

 第一、妄想の中でも水属性で攻撃を仕掛けたことは数えるほどしかなかった。

 飲み水の確保には便利だろうけれど、攻撃に使うとなると……水流カッター、くらいだろうか?

 俺は以前テレビで見た水流カッターを再現してみる。

 さすがにイメージ力が足りずに、その勢いは思っていたものよりも貧弱である。

 グラスイーグルにも然程ダメージを与えていないようだ。

 本物の水流カッターが完成すれば、この回復力にも十分対抗できるだろうけどな。

 地面は先ほど操った。落とし穴だ。グラスイーグルを捕獲は出来たが、それだけでは無駄なのだ。

 だが、折角の落とし穴。活用しないのは勿体無い。

 俺は落とし穴の底と側面から、土で作った槍を生み出す。

 落とし穴に掛かったが最後、全身を土の槍で貫かれるのだ。

 この攻撃も、グラスイーグルの硬い体に阻まれ、致命傷を与えられなかった。

 風はどうだろう。

 真空として切り裂くことは出来るかもしれないが、はたして奴に効果を及ぼせるのだろうか。

 妄想の中では、真空の刃を生み出す竜巻を使っていた。

 これで敵を閉じ込め、ズタズタに切り裂いていくのだ。

 よくよく考えると、えげつない魔法だ。全く、俺は何てものを思いつくんだ。

 殺傷力は高そうなので、折角だしイメージを重ねていく。

 グラスイーグルの周りに風が集まる。

 土埃が舞い、ガラスが強く擦れる音が響く。

 あまりの音量に思わず耳を塞ぐが、イメージを乱すことはしない。

 そして待つこと暫し。

 そろそろ良いかと竜巻を解除すると、しかしそこには健在のガラス鳥が。


「うーん。やっぱり限界があるか」


 属性魔法的なものは威力に難有りってことか。無論、ある程度は通用するだろうが、限界があるならば意味がない。ある程度ではダメなのだ。

 となると、一番分かりやすくイメージしやすい破壊力といえば。


「やっぱ、物理だよな」


 魔法で衝撃を生み出す。これだ。

 例えば振動に振動を重ねる。これならば共振作用で大きな衝撃を与えられるはずだ。動けない相手なら簡単に当てられるだろう。

 以前も使ったギロチン。高い場所から落とせば、それだけで威力が出る。

 あるいは地面を利用する。地面を上方向に吹き飛ばせば、それもかなりのダメージを与えられそうだ。深い深い落とし穴を作る手もあるが、戻すのが手間だし。

 うん、物理的な威力が高そうな魔法はいくらか思いつくな。トラックに突っ込まれるような衝撃だって想像は出来るし。結末のほうを相手に見立てるという方向で。

 ならばそれを試してみよう。

 まずは振動。超音波のような振動を断続的に叩き込む。

 少々耳が痛くなってきたが、グラスイーグルの体表に罅を入れることに成功。

 このまま続けても倒せそうだが、グラスイーグルと振動は相性が悪いようだ。主に術者との。

 なので次の手段。

 車は急に止まれない、な衝撃をぶつけてやる。これによってグラスイーグルの罅が亀裂になった。効いてるみたいだ。

 次は地面を吹き飛ばす。落とし穴から出てしまうが、どうせ翼には錘をつけている。為す術無く遥か上空に舞い上がり、すごい勢いで落ちてくるグラスイーグル。

 亀裂の入っていた場所が、ついに砕ける。ここでさらに追撃の岩落とし。魔法で操った岩の塊を、上空から落とす。

 随分と景気の良い音が鳴り響き、グラスイーグルの破片が激しく辺りに飛び散る。

 やっべ、ガラス片が飛び散った。この一帯が割れたガラスだらけになっちまったぞ。どうにか回収しないと変なけが人が続出だ。

 というか若干手遅れの気がしないでもない。

 なんか空がキラキラしているし。


「もしかして、やりすぎた?」

「そうですね。グラスイーグルは体内にコアがありますので、それを破壊すれば無力化できますから」

「先に教えてくれよ!?」

「試す、と仰っていましたので。過剰な威力の魔法を、どの程度扱えるかの検証だったのでしょう?」


 やっべ。違うなんて言えない。

 ただ単に、イメージの練習をしただけなんて言えない。

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