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 夜が明ける。

 結局眠れたのはほんの一、二時間ほど。

 ティトに無理やり起こしてもらっての起床だ。

 イリーヌさんはまだ眠っている。

 荷台に涎が垂れている。きったねぇな。俺ここに座るんだぞ。


「起きろ。出発の時間じゃないのか?」

「むが……? にゅ、むーふぅーん……」


 俺がイリーヌさんを揺さぶると、彼女は大きな欠伸と共に涎をごしごしと腕で拭って起き上がる。

 改めての評価。残念な美人さん。


「あー……そうか。出発か。結界は役に立ったようだね」

「ああ、大活躍だったぜ」


 無くても一人でどうにかできたが。

 一応昨日の出来事は報告しておくか。


「昨晩、ゴブリン……じゃなくて、ハードノッカーの集団が襲ってきた。数は三〇。全滅させておいた。あと、薬の原料になる肝も保存してる。もし薬屋に持っていくなら後で言ってくれ。取り出すから」

「は? ハードノッカーの集団だって? この近辺にそんな奴等は生息していないはずなんだが……」

「現に昨日襲われたからなぁ。とりあえずその辺に埋めたから、ちょっと掘り返すか」


 俺は魔獣の両手剣を取り出して、死骸を埋めた辺りを掘る。

 程なく異臭と共に死骸が見えてくる。

 さすがに三〇匹という数の確認まではできなかったが、イリーヌさんは納得してくれたようだ。

 鼻と口を覆って、朝から見たくも無いものを見せるんじゃないと怒られた。


「しかし大量だね。これだけの数を、結界があったとはいえ一人で倒すか」


 実際には結界には頼っていないけれど。


「その襲撃があって、寝てたあんたに吃驚だけどな」

「あはは、夜はぐっすりなんだよ。だから護衛を頼むわけだし」

「だったら複数人を雇えよ」

「昔ちょっとね」


 急に顔が翳る。

 触れてはいけないことだったか。


「悪い、無神経だった」

「気にしなくて良いさ。こちらの事情なんて、冒険者には関係のないことなんだし、命を掛ける仕事に対して配慮がないのは自覚している。だけど、どうしても、ね」


 人見知りとか何とか言っていたが、複数の冒険者グループというものにトラウマでもあるらしい。

 綺麗な女性だし、恐らくはそういうことなんだろう。

 察するが、言葉にはしない。


「ところで朝食はどうするんだい?」

「保存の利くものを持ってきてる。あんたもだろ?」


 俺は袋から保存食を取り出す。乾かしたパンと、瓶詰めの野菜だ。


「そうだね。昨日は美味しい食事にありつけて幸せだったよ。そしてお帰り侘びしい食事」

「萎えるわ!」


 両手で干し肉を持って祈るイリーヌさん。もぐもぐと唾液で肉を柔らかくしているが、やはりどうにも味気ないのは否めないようだ。

 俺だって昨日までは極上の料理を朝昼晩と三食食べていたのだ。乾パンに塩漬けの野菜なんて、何度も食べたくなる味ではない。


「……そういや、調理道具はあるんだよな」


 思い出したように影を見る。取り出しはしないが、調理自体は不可能ではない。何せ、拠点から持ってきている。

 火は魔法で熾せば良い。調味料は買い込んでいる。食材は今回は持っていないが、これから先、狩ることもあるだろう。

 竈にしろ水場にしろ、所持品なり魔法なりで出すことは出来る。

 となると、料理はできるわけだ。

 今ここでイリーヌさんに伝えはしないが、このアドバンテージは後々活用させてもらうことにしよう。

 運搬は影に入れて運ぶから、それこそ何の問題もない。この積載量こそ、俺が最も誇るべき異才ではないだろうか。


「今日の行程は、この山の頂上まで行くこと、だね。上り坂になる分、途中で馬から下りて押し上げる必要が出てくるかもしれない」

「マジか。強化でどうにかならないかな」

「それは最早、強化ではなく改造だと思うよ」


 むぅ。昨日のタイヤのように、魔法でどうにかならないだろうか。

 さすがにエンジンのようなものを作っても、馬を追い越す速度が出ても仕方ない。

 坂道を楽に登る……アシストできる機構をイメージすれば良いのか。

 車軸を強化して、モーターで車輪の回転数を上げればあるいは……?


「ユキ様。よからぬ事を企んでいる顔になっていますが」


 失礼な。俺はただ楽をしたいだけだというのに。

 ここで楽が出来れば、後々の体力の温存になる。

 疲労困憊の状態で戦闘に雪崩れ込むとか勘弁してほしい。

 ただでさえ、寝てなくて疲れているのだ。自業自得とも言うが、力を抜けるところでは抜いておきたい。

 イリーヌさんはいまだに干し肉をもぎゅもぎゅと噛み締めている。

 俺には荷台を守るという使命が課せられた。依頼人を守らなくて良いのか。

 ともあれ強化するなら今のうちだ。こういうのはこっそりとやっておきたい。

 乗っている最中に乗り心地が変わるのは明らかに異常だからな。

 馬車に触れてイメージを広げる。

 ぶっちゃけて言う。

 モーターの機構をどう組み込んで良いか分からなかった。

 電動アシスト機能なぞ、テレビで見てすげぇと思ったくらいで、その働き方なんて知っているはずがない。

 そんなものをイメージしたところで、発現するはずがないのだ。

 自身の限界に、がっくりと膝をつく。

 とりあえず回転の補助にベアリングを嵌めこんだり、車軸を強化したり、そういった基礎的なイメージは行えたし、実際に強化も出来たと思う。この辺は走り始めれば分かる話だ。

 その程度で我慢しておこう。現代知識を持ち込もうにも、専門知識のない人間にはどうしようもないのだ。

 最悪の場合、イメージで、走れー動けーとでも念じることにしよう。きっと動くし走る。


「ユキ様。良からぬ企みは成功しましたか?」


 ティトがにやにや笑いながら近寄ってくる。

 何やら腹がたったので、ほっぺたをつねることにする。二〇センチ程度の妖精だ。指先だけで、ほっぺた全体をぐにぐにと伸ばせる。

 触り心地が良かったのでしばらく続けていたが、ティトが涙目になったので解放する。

 下手に刺激しすぎてはいけない。


「お待たせ。それじゃあ出発しようか。あ、タイヤだっけ、お願いしておくよ」

「軽やかに頼んでくるな。やるけどさ」


 振動は嫌なので、了承しておく。

 昨日と同じイメージで車輪を強化する。ほんのわずかな浮遊感。

 それに気付いたイリーヌさんが馬を歩かせ始める。

 かっぽかっぽと暢気な音を響かせて、俺達は山へ向かう。


「ふむ?」

「どうかしたか?」


 動き始めて数分。イリーヌさんが頻りに首をかしげている。

 やべぇ。何かばれたか? いや、悪いことをしているつもりはない。だが、馬のことを考えた際に、変な改造になっていたら負担になるかもしれない。そこを失念していた。


「いや、なに。動きが良いなと。これなら馬の負担も少なくなるだろう。しかし、うーむ」

「ど、どうかしたか?」


 負担が少なくなるというなら嬉しいことだが、まだ何か気になることがあるのだろうか。


「これだけ車輪の回りが良いと、坂道で転げ落ちそうな気がしてね。大丈夫だとは思うが」

「あー。それは多分大丈夫だろう」


 やばそうなら強化を解けば元通りだし。そうなれば下から押し上げるさ。


「そうかい。ユキちゃんが言うならそうなんだろう。じゃあ暫くはこのまま進むとしよう。敵襲の警戒をお願いするよ」

「任せろ。そっちが仕事だからな」

「ふふ、頼もしいね」


 それからは無言で馬車を進める時間が過ぎる。

 振動も無く、スムーズに走り、予定よりも早い時間に山道に差し掛かる。

 レーダーにも特に反応は無い。光点の流れから考えるに、今から向かう方向には特に何も居ないようだ。


「さてと。それじゃあ進ませるとしようか」


 楽に登れるなら、それに越したことは無い。しかしながら、今の荷台は重力を無視するような構造にはしていない。荷物が重ければ重いほど、持ち上げる力が必要になる。体重を預けることも出来ず、停止しようにも摩擦力が少なければそれだけ多くの力が必要になる。

 とりあえず、逆回転防止のブレーキ機能でも付けておこう。ベアリングのイメージを操作し、歪な形のものを組み合わせる。

 それほど急な坂ではないので、そこまで気にする必要は無いと思うが、念のためだ。駄目なら全解除。


「ところでユキちゃん。君は先ほどから随分と馬車に呪いを施しているが……」

「ぎくっ」


 色々とやってることに気付かれていたようだ。

 魔改造になりかけているので、持ち主からすれば良い気はしないか。


「すまん、嫌なら全部解除するよ」

「そういうことじゃなくてだね。随分と魔力を使っているみたいだが、大丈夫なのかい? いざというときに戦えませんでした、なんてやめてくれよ?」

「え?」


 魔力? 使うって、限度とかあったの?

 いや待て、普通は限度あるだろ。ゲームでだって、魔法やスキルを使う際にはMPだのTPだのSPだの、何かしらのポイントを消費していたはずだ。

 しかし、俺はこちらに来てから派手に使っている気がするが、そういうものを消費していた覚えは無い。

 使った後の疲労や、意識の途切れ、眠気など、そういったよくある症状も出たことがない。

 でもなぁ、リオの雷も相当なものだったけど、彼女も疲労なんてなかった気がするが、はて?


「……まさか、何も気にせずに使っていたと?」

「いや、大丈夫だ。むしろ気にしなくても問題ないくらいに、魔力は有り余ってるからな」


 言い訳しておいて、教えてティトえもーん。

 コートの裾からこっそりと聞く。

 ティトは声を潜めて、俺に伝えてくれる。


「一般的に、一日に行使できる魔力量というものは、個人によって決まっています。一番少ない容量の方は、生活用の魔道具に使う魔力を、日常生活で使用しきる程度ですね。戦闘用に使う魔力を、ペースを考えた上で依頼を終えられる程度に扱えて、ようやく魔術師や呪い士を名乗れます。それより上となりますと、基本的には余剰となりますが、ユキ様の場合は、その」

「何で言い淀むんだ。気になるだろ、言ってくれよ」

「では。ユキ様の魔力容量は異常です。英雄と呼ばれた魔術師の魔力容量が、高等魔術をそこらの雑魚に気軽に放てる程度でしたが、ユキ様はさらに上です」

「ほう、どれくらい上なんだ?」

「恐らく、地形を変える程度の最上級魔術を、丸一日打ち続けても尽きません。無尽蔵です」

「馬鹿じゃねぇの!?」

「尤も、魔術や呪いと魔法では消耗が違うでしょうから、一概には言い切れませんが」


 仮にそうだとしても、十分すぎる量だろう。本当に有り余ってた。


「なぁティト。魔力の残量って、自分で分かるものなのか?」

「そうですね。基本的には疲労感や倦怠感などで把握できるそうです。妖精の場合、見れば分かるのですが」

「見ただけで分かるのかよ。じゃあ今の俺の残量は?」

「むしろ使ったんですか?」

「めっちゃ使ってるよ!?」


 思わず大声を上げてしまう。馬車の強化にレーダーに、使ってないことは無い。気にするほどの消費ではないのか、あるいは消費が分からないほどに上限が大きいのか。後者だろうけども。


「何だか楽しそうだね。何を騒いでいるんだい?」

「いや、何でもないですよ?」


 それにしても魔力が無尽蔵とは。

 便利だからといって、あまりに使いすぎても怪しまれるということか。

 だが、今の俺は自重する気などない。

 自重して、手加減して、被害が出るほうが嫌だ。

 この依頼は、ある意味練習だ。

 俺の全力がどれほどのものなのか。全力を出しても生態系に影響を与えないかどうか。その線引きを見極めさせてもらおう。

 今のところレーダーに反応は無いんだけどな。

 このまま平和に首都に着いたらどうしよう。

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