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 そして出発の日。

 俺は首都へ向かうことにした。

 何はともあれ、人の多い方が色々と便利だと、おっさんに教えてもらったのだ。

 幸い、個人用の護衛依頼も入っていた。

 何でも依頼人が人見知りらしく、護衛だからといって周りを囲まれると落ち着かないらしい。

 だったら護衛依頼なんぞ出すなよ、おとなしく街の中でじっとしてろよ、と思わないでもないが、相手にも事情があるのだろう。

 報酬は銀貨一〇枚。個人宛に出すには破格の報酬らしいが、怪我一つも負わせられない状況を一人でこなさなければならないというのなら、相応かもしれない。

 何せ、この街から首都までは一月ほど掛かるはずだ。その間、夜の番やら何やらは全て俺一人で行うことになる。

 とはいえ相手もその辺は分かっているそうで、結界の魔道具を持ち込んでいるらしい。定期的に魔力を供給する必要はあるが、それさえ出来れば夜は警戒せずに眠ることが出来るとか。

 魔力の注入は俺がやれるし、そうなればあとは道中の危険を排除するだけだ。夜間の心配は必要ない。

 だから、この依頼は俺にとっては渡りに船だと、おっさんが紹介してくれたのだ。

 待ち合わせ場所の西門に行く。

 居住区から中央広場を突っ切って、さらに西へ。

 広場の惨状は、この数日である程度補修されていた。

 崩壊した石畳などはさすがに元通りとはいかないが、少なくとも穴ぼこは消えている。もともとそういうデザインの広場だと言われれば、傷痕があったかどうかすら分からないほどだ。

 だが、家屋についてはそうも行かないようで、半壊した家がそこかしこに散見される。

 俺に何かを言う権利は無いだろう。

 確かに俺は魔獣を討伐した。だが、他にもっとやりようは無かったのだろうか?

 今の俺には実戦経験が圧倒的に不足している。

 イメージをそのまま現象として打ち出せる。それだけを聞けば無敵の力に思える。

 なのに実際にはどうだ。イメージ力の不足により効果的な結果は出ず、想像力や応用力の乏しさから戦法には限りが生まれ、挙句周囲に危険を撒き散らす。

 その結果が、この有様だ。

 人は死に、街は壊れ、俺は魔王と恐れられ。

 この状況を作ったのは俺自身だ。

 だからこそ、俺がこの惨事に対して、何かを言うことはできない。

 ティトは気にしすぎだと何度も慰めてくれた。

 むしろ、俺が居たからこそ、この程度の被害で済んだのだと。

 それも一つの事実だろう。

 でも、俺の心が、俺自身が許容できない。

 俺が弱かったから、ここまでの災害になったのだ。

 例えば。

 俺が最初の威圧に怖気ず、即座に現場に向かっていれば。

 集中砲火の時、俺も魔法を放っていれば。

 殺気が振りまかれたとき、相手の行動を押さえつけていれば。

 あるいは、もっと以前。森で異変に気付いた時に、討伐していれば。

 もしも、の話だが。

 どれか一つでも出来ていたならば。

 もう少し幸せな結末を迎えられたのでは無いだろうか。

 そこでまたティトに諌められるわけだが。

 英雄とて人間だと。

 何でも一人で出来るわけではないと。

 それもそうだろうさ。

 だけどな、ティト。

 だったら、俺はどうしてこの世界に来たんだよ。


「……堂々巡りだよなぁ」


 つい一人ごちる。

 考えても仕方の無いことだ。起こってしまったことは覆せない。

 この災害は俺自身への戒めだ。

 甘さや弱さは死を招く。

 自分自身のものなら自業自得だが、他人を殺すことになる。

 だからこそ、ここで考えを打ち切る。

 次に失敗しないために。

 後悔してばかりでは前には進めない。

 俺は中央広場から立ち去り、西へ西へと足早に進む。

 どうやら西側には被害が出ていないようだ。

 やはり東の森に居た光点が、先の魔獣だったのだろう。

 そうして歩いていると、西門が見えてくる。

 ここに依頼人が来ているはずだが。

 もしかして早く着き過ぎたのだろうか。

 いやまぁ、依頼人より遅れてくる護衛というのも中々問題があるとは思うが。

 早いなら早いで、越したことは無いだろう。

 そんな風に軽く考えていると、カッポカッポガラガラと音が響いてくる。

 馬車だ。幌の無い、荷車を引くだけの簡単な構造をしている。

 御者は妙齢の女性であり、俺の目の前で、というか門の前で止まった馬車からは、その女性が降りてくる。

 ふむ、事前に聞いていた容姿と照らし合わせると、恐らくこの女性が今回の依頼人であろう。紅く艶やかな髪が美しい。後ろにただ流しただけの髪に、ここまでの色気が生まれるとは。

 衣装は扇情的なものだった。アラビア風のハーレム衣装とでも言うのだろうか。透き通ったパンツに、胸元を覆うだけのトップス。その上から軽く羽織ったジャケット。口元まで覆うヴェールこそ無いが、頭に乗せている帽子はいかにも商人風だ。

 色は髪と同じ紅色で統一されており、生来のものであろう小麦色の肌とよく合っている。

 女性は俺の前まで寄ってくる。

 近づかれてみると分かるが、かなりの長身だ。俺より二〇センチは高い。


「やあやあ。君が護衛してくれる冒険者さんかな?」


 声は鐘を鳴らしたようなアルトボイス。中性的な声が耳に心地よい。

 知らず、姿勢を正し、丁寧な口調で話す。


「ええ。今回は首都まで行かれるそうで。俺も首都へ行く用事があるので、丁度良かったんですよ」

「そうかい。それじゃあ早速内容を説明させてもらおうか」


 女性はそう言うと、帽子を取ってこちらを見据える。

 その帽子の下からは、ピンと立つ耳が見えた。

 獣耳……だと……!?


「まず自己紹介からだね。私はイリーヌ。狐族の獣人だ。今回の護衛依頼を請けてくれて、ありがとう」

「あ、いえ。俺は藤堂雪です。戦人で、呪い士です。今回は一人だけの護衛依頼ということで、請けさせていただきました」


 ピク、と耳が動く。目は笑っていないのに、口元が妖艶に歪む。


「呪い士か。それなら結界の魔道具も有効に使えるね。今回の道中は危険が無さそうだよ」


 重畳重畳、と声だけが笑っている。何だろう、よく分からないが、嫌な予感がする。気のせいか?


「あの、俺、何か変ですか?」


 装備は整えてある。両手剣も背負っているし、軽鎧もコートも着けている。ブーツも板金補強をした特注品だ。新品同然というか、ほぼ新品の綺麗な格好のはず。どこかおかしいのだろうか?


「いや、なに。気を悪くしたならすまないね。ユキの格好があまりに綺麗過ぎたものだから、新人が請けたのではないかと邪推してしまったよ。バフトンさんの店に依頼を出したから、そうそう変な人間が来るはずは無いと思っているんだけどね」


 まさかの綺麗過ぎたパターン。そりゃそうか。使いこまれた、年季の入った装備であれば熟練者だと見て分かるが、俺みたいな若い人間が、傷のほとんどない装備を着けていれば、駆け出しの冒険者としか見られない。事実、駆け出しなんだけども。

 そしてまさかのおっさんの店指定依頼。謎の信頼感。いや、有名っぽいから納得はするけど。


「背負っている両手剣、中々の業物のようだ。それだけの武器を扱えるなら、何も問題は無いだろうね」

「ははは、善処します……」


 まぁ、実力はどうあれ、駆け出しなのは見抜かれてる。俺自身、力だけ強くて中身が伴っていないのも自覚している。

 常に全力を出す。それが今の志。

 だからこそ、この依頼は失敗できない。

 イリーヌさんを無事に、傷一つ無く首都まで送り届けるのだ。


「さて、それじゃあ出発しようか」


 イリーヌさんは俺に荷台に乗るよう促す。


「良いんですか? こういう場合、護衛は歩くものだと思うんですが」

「何を言ってるんだい? そんな速度が落ちることをするはずがないじゃないか。乗ってもらった方が早く首都に着くし、経費諸々を考えると安上がりなんだよ」

「はぁ、そんなものですか」


 確かに言われてみれば、幌で隠れるような構造ならばともかく、大っぴらに護衛が見える状況であるなら乗っていようがいまいが関係ない。敵の接近に気付くかどうか、という問題もあるが、そちらはレーダーで探れば解決するだろう。方向がわからないから、距離で判断するしかないが。

 言われるままに乗り込もうと、荷台の縁に手をかけた時、遠くから俺を呼ぶ声が聞こえた。


「誰だ?」

「この声はミスラさんですね」


 ティトが即座に答えてくれた。

 ミスラが? 一体何の用事だろうか。


「ユキお姉さん! 良かった、間に合った!」


 息を切らしたミスラが俺に飛びついてくる。

 今の今まで作業をしていたのか、急いで走ってきたことで体温が上昇している。

 腰に回された腕からじっとりとした感触が伝わり、火照った体から立ち上る湯気が鼻腔をくすぐる。


「お、おい。いきなり何なんだ」

「これ、ユキお姉さんのために作ったんダ。受け取ってほしい。いヤ、受け取ってください」


 そっと離れて、背負っていた無骨な両手剣を俺に手渡す。

 俺ですらずしりと手応えを感じる代物だった。こんなものを持ち運んだまま、商業区からそれなりに離れた西門まで走ってくるとは、それだけで重労働だろうに。

 そしてこの両手剣。見ただけで分かる。先日受け取った両手剣とは比べ物にならないほどの業物だ。

 先端と根元は幅広で、刃渡りは六尺。両手で構えればしっくりとなじむバランス。重心となる位置を調整し、重量の割りに振り抜きやすく止めやすく。

 じっくりと見ずとも、この剣に込められた思いが俺に伝わってくる。「剛剣・白魔。侯爵級の魔獣素材で作られた両手剣。鍛冶職人ミスラが魔王と恐れられた少女のために打った一振り。魂の輝きに相応しいように、決して濁らず染まらず、己の道を歩めるよう祈りを込めて」

 不意に涙が零れた。


「わ、わ。ユキお姉さん?」


 気が付いたら、俺はミスラを抱きしめながら、泣いていた。


「……ありがとう。俺のために、こんな―――」


 後半は言葉にならなかった。何と言えば良いのか分からずに。どうすればこの気持ちが伝えられるのか分からずに。

 だから、行動で示した。

 俺の位置からはミスラの顔は見えないが、しょうがないなぁ、と呟く声が聞こえ、俺の後頭部をぽんぽんと叩く感触だけが伝わった。

 だが、そこまでだ。

 感傷に耽っている場合ではない。

 俺は涙を止め、ミスラから離れて、改めて礼を言う。

 出会って、たった数日しか経っていないのに。関係無いと、突っぱねてしまっても仕方が無い状況だったのに。

 彼女は俺に心を尽くしてくれた。魔王と恐れられているにも関わらず、俺のために、真摯に剣を打ってくれた。

 ならば、それに報いなければならない。

 こんなところでうだうだしている暇は無い。

 この剣のように。折れず、曲がらず、自らの道を貫き通す。


「イリーヌさん、出発しましょう」

「良いのかい? 感動の別れなんだろう?」

「……永訣というわけではありませんからね」


 生きてさえいれば、また会えるだろう。

 この空の下、いつかどこかで。


「お姉さん、最後に一つ良いかな?」

「うん、何だ?」

「私もね、お姉さんが私の腕を認めてくれたから、ここまでの武器を作れたんだ。だから、お姉さんは私の特別、だヨ!」


 そういって、ミスラは俺の頬に口づけをした。


「なっ――!?」

「ひゅーう。熱いねぇ」


 狼狽している俺を尻目に、ミスラは走り去っていく。その顔に赤みが差して見えたのは気のせいなのか、そうでないのか。

 こ、これってどういうことなのティトえもん!?


「なるほど。彼女は岩人でしたね。彼らにとって、武器の使い手から自身の腕を認められるというのは、師から腕を認められる以上の誇りとなるそうです。そして、その誇りによって、岩人は特別な武具を作成できる力を得ることができるとのことです。腕の良い職人に岩人が多いのは、このような種族特性があるからでもあります」

「えっと、つまり……」

「以前、ユキ様が彼女の剣を褒めたでしょう。そして武器の作成を依頼した。さらには、その武器を使って魔獣を討伐し、その剣の性能を賞賛しました。彼女にとって、ユキ様は、自分を認めてくれた初めての方、ということになるのです」


 大変なことをやらかした気がする。

 何か、色んな意味で、しでかした気がする。


「いちゃついてたところ申し訳ないけど、そろそろ出発しようかね、ユ・キ・お・姉・さ・ん?」


 イリーヌさんが、妙に艶っぽい声で出発を催促している。

 クライアントの意向に背くのもいけない。

 背筋を伝う冷や汗を、気にしないよう心を強く持ち、荷台に乗せてもらう。

 ガタゴトガタゴトと腰にくる振動が、この衝撃を追いやってくれて、むしろありがたかった。





 この世界に来て幾日。妄想ばかりしていた俺が、妄想のような現実を過ごしている。

 リアルに生きていては考えが及びもつかない出来事が盛り沢山。こんな感動を得たくて、俺は妄想をしていたのだ。

 無論、楽しいことだけじゃない。辛いことだって泣きたくなることだってあるし、これからも何度も遭遇するだろう。

 だけど、そんな世界が現実になって楽しいかと問われれば、胸を張って答えよう。


 ――妄想みたいなこの世界が、非常に楽しいです、ってな。

ここまでを第一部としまして、一度時間を置きたいと思います

ご愛読ありがとうございました!


第二部開始は書き溜めの進捗状況にもよりますので、活動報告の方で告知していきます。今後ともよろしくお願いします。

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