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ぼうっとしていても仕方ない。
俺は魔獣の残骸に近寄り、ホワイトダガーを取り出して魔力を込め、脚や胴体、核を取り出していく。
解体しながらも、レーダーで周囲を警戒していると、小さな光点がこちらに集まってくる。
恐らく逃げていた住民や、誘導していた領主軍とやらや、冒険者達が戻ってきているのだろう。
そりゃああれだけ轟音を響かせていたのに、唐突に音が止めば気になるだろう。
最初に姿を現したのは、見たことのない女性だった。
革鎧を着込んでいるので、冒険者であろう。
そして続々と、金属鎧を装備した集団や、ローブ姿の者、そして避難していたらしき住民達が戻ってくる。ざわざわと口々に何かを言っているようだ。
大体光点は集まった。俺はここで声を張り上げた。
「街を襲っていた魔獣は討伐した! 広場は、まぁ、ぐっちゃぐちゃになっちまったけど、命の心配はもうない!」
しんと静まり返る広場。
信じられないのか?
だったら、と俺はさらに魔獣を解体する。
脚をもぎ、胴体を切る。核は取り出しているので、既に影の中に仕舞っている。
これならどうだ。生きた魔獣を解体するなど不可能なので、これで心配ないと分かってもらえただろうか?
だが辺りは静まったままだ。
どうしたことだ。
「……魔王」
誰かが、ぽつりと言った。
声が聞こえた方向を見ると、怯えた表情の子供が居た。
途端、青褪めた母親らしき人物が、その子供を抱えて逃げだした。
「魔王、だ」
その子供に感化されたのか、近くの男が震えた声を出す。
そうなれば、後は速い。
轟く悲鳴。
逃げ惑う冒険者。
統制を取ろうとして、押し倒される金属鎧の集団。
事態を理解していない住民も居るが、人の流れに逆らうことはせず、向きを変えて走っていく。
なぜだ。
風が吹き、視界に風に揺れる青い髪が入る。
「……ああ、なるほどな」
パーカーは溶けた。
今の俺は魔王と恐れられた容姿を晒しているのだ。
苦笑して、解体された魔獣に向き直る。
俺は、こんな奴の仲間と思われているのか。
後ろに気配が残っている。一体誰だ?
振り返ると、ハゲが居た。その隣には、いつぞやの二人もいた。刺青男とローブ姿だ。生き残ってたんだな。
「貴様、何者だ」
「魔王で良いんじゃね?」
答えるのも鬱陶しい。
「はっ、そうかよ。魔王ねぇ?」
刺青男がこちらに歩いてくる。近寄るんじゃねぇよ。
一歩後ろに下がる。
「昨日、武器屋に来た娘だな?」
ローブが問うてくる。声の調子から考えると、こいつも男か。
昨日はこいつに会っていないと思うが、ハゲが教えたのか?
「だったら何だよ」
「この惨状を、どう見る?」
「どうもこうも。あれだけ大暴れされたら仕方ないだろ」
ぶっきらぼうに答える。ハゲの仲間に丁寧にしてやる気は無い。
人間性は不明だが、類は友を呼ぶと言うことだし、何を言われてもおかしくはない。
「てめぇがやったんだろうが!」
刺青男が詰ってくる。
「言いがかりはよしてくれよ。どう考えてもこいつの攻撃だろうが」
「残念ながら、それを見たものはここには居ない。確かに相当の力を持った魔獣ではあったが、もし街をここまで破壊できる魔獣だったというなら、それをお前が単独討伐できるとは思えない」
ローブ男までもが非難に加わる。
うわー、うぜぇ。ここまで来ると次に何を言われるか予想できるのが嫌だ。
「俺達の仲間が魔獣を討伐して、その後てめぇが仲間を殺したんだろうよ」
「そして手柄を横取り、か。侯爵級の魔獣ともなると、数年は遊んで暮らせる金額が手に入るだろうな」
やっぱりだ。思ったとおりだ。泣いて良いかな。
「先にお前らの仲間が全滅したのは、逃げた住民とかが見てるだろうさ」
「住民も死んだよ。どうせてめぇが魔獣に命令したんだろうが」
呆れて物も言えない。
やっぱり屑だった。
「黙り込むとはな。何もいえないところを見ると、図星を突かれたのだろう」
「はっ。さすが魔王様だ。やることがエグイねぇ?」
好き放題に言ってくれる刺青男とローブ男。
もうだめだ、腸が煮えくり返ってきた。心が折れそう。
魔王で良いんじゃね、なんて言った俺も俺か。
「おい」
そこにハゲが割って入る。
ほんとお前ら何なんだよ。
「この際、貴様が街を潰していようが救っていようがどちらでも構わん」
どちらでも構わない、と言いながらも、視線は明らかに俺がやったんだろうと言いたげだ。
「俺達は魔獣の襲撃を警戒していた。だからこそ、迅速に対応が取れた。出来る限りの住民を避難させ、魔獣を囲み、攻撃できた。だが、貴様は何だ? ぽっと出で現れて、どうして生き残ることが出来る? 魔獣の討伐は準備を念入りに整えるものだ。武器を揃え道具を揃え、そうして初めて討伐できる。この街の物資は俺達の仲間が集めていたんだ。他人は碌な準備が出来るはずがない」
さらっとゲスいことを言ってないか?
「貴様は何処から来た? 碌な準備もなしに魔獣と対面して、どうして生きていられる?」
「最近この街に来たところで、魔獣討伐はよくやってるから魔道具は自作で揃えていて、俺が強かったから生きていられたんだよ」
「ならば、その魔道具を見せてみろ。使用した形跡と効果が見られれば、貴様の言葉を信じよう」
もう相手するの嫌だ。こいつらと同じ空気を吸っていたくない。
許されることなら一発といわず二発三発ぶん殴りたい。
「魔道具は使い捨てだよ」
「んな都合の良い言い訳があるかよっ!」
「永久に使える魔道具の方が珍しいだろうが!」
「それなら製法を言え。それで良い」
「言えるわけねぇだろうが、こっちの商売道具だぞ!?」
「なら信用することはできないな」
ははは、まじうぜぇ。
「なぁティト。こいつら、どうにかしたいんだけど」
「今なら目撃者は居ませんよ」
止めるかと思ったが、ティトも頭にきているらしい。笑顔が怖い。
だがまだ正当防衛にはならない。先に手を出したら負けだ。
「じゃあ信用しなくて結構だ。俺も魔王なんて呼ばれて避けられてるが、あんたらも鼻つまみものなんだろ。どっちの言い分も信じられないだろうよ」
「はっ。俺達は魔獣を討伐した英雄様だぜ? 魔王とどっちが信用されるか、はっきりしてるよなぁ?」
「魔道具を公開するなら、俺達もとやかく言わない。貴様が討伐したのだと認めてやろう」
「何だよその上から目線。というかお前らこそどこで何やってたんだよ。この魔獣がどんだけ被害出してるか分からないくらい遠くにいたんだろ。住民の避難とか言いながら、お前ら逃げてたんじゃねぇのか?」
最後の俺の言葉に激昂した刺青が殴りかかってくる。
一発だけ、やられてやるよ。
歯を食いしばって、刺青の殴打を受け入れる。
衝撃。
たたらを踏むが、無様に倒れてなどやりはしない。
左頬の内側が切れたみたいだ。口の中に血の味が広がる。
さて。
「言いがかりをつけてきた上に、言われたら殴ってくるとかなぁ」
刺青男はそのまま俺の胸倉を掴んでくる。おいおい、今の俺、上半身は肌着なんだぜ? そんなとこ掴むなよ、中身が見えるだろうが。いや、減るもんじゃなし、見えても良いけどさ。こいつに見られるのだけは何だか無性に腹立たしい。
「嘗めた口ききやがって……! 殺されてぇらしいな!」
脅すしか能がないのかこいつは。
もう正当防衛は成立する。
過剰だろうが知ったこっちゃねぇよ。殺すって言ってるんだもんな。
俺は刺青男の首に手をかける。
そしてそのまま力を入れ、刺青男の目が驚愕に見開かれたところで、
「何やってやがる!!」
おっさんの声がした。手から力が抜ける。
「おいヘルタ。てめえ、何やってやがんだ?」
おっさんがハゲに向かっていく。
「ふん。そこの娘が魔獣討伐の手柄を掻っ攫おうとしていたから、教育してやっていたまでだ」
「はあ?」
おっさんが俺を見る。見ないで。頼むから、今の俺を見ないでくれ。
「……どういうことか説明しろや」
俺とハゲ、ヘルタとやらを交互に見て、おっさんは重い口を開いた。
「俺達の仲間が魔獣を囲み、総攻撃を開始した。それで魔獣を討伐できたが、直後その娘が何事かの邪法を使い俺達の仲間を皆殺しにした」
「見てもねぇくせに捏造してんじゃねぇよ!」
「証拠がないからな」
「お前の方だって俺がやったって証拠はないだろうが!」
「貴様が倒したという証拠もないだろう? 魔道具も見せられないのではな」
「じゃあお前らの攻撃で倒しきったって証拠を出せよ!」
「四〇人の集中砲火だ。あれで死なぬ魔獣など居ないよ」
「そこに居たよ! ピンピンしてたよ!」
話にならない。全てを自分の思い込みで決め付けて、俺を悪に仕立て上げる心算か。
「その声、嬢ちゃんか?」
ビクリ、とする。
「街で噂になってた魔王ってのは、嬢ちゃんのことか」
嫌だ。頼む。言わないでくれ。
「妖精憑きってところで、不思議な奴だとは思っていたが」
聞きたくない。おっさんから聞きたくは無い。俺を、否定しないでくれ。
「おいジェグ。その手を離しやがれ」
いまだに俺の胸倉を掴んでいた刺青男が、おっさんの声と共に荒く俺を突き飛ばし、首元を手でさすっている。痣にはなっていないが、俺のあの殺意を感じとったのか。
脚に上手く力が入らない。
たたらを踏んで、そのままペタンと座り込んでしまう。
おっさんは俺に目もくれず、奥にあった魔獣の死骸に近づいていく。
死骸の切断面、黒にしか見えないそれに軽く触れ、波打つような揺らぎを眺めながら、ポツリともらす。
「こいつは……侯爵級の濃さ、だな。魔素溜まりが尋常じゃねえ」
おっさんが首だけをヘルタに向け、溜息を吐く。
「お前じゃ太刀打ちできねえよ。国のお抱え魔術師が束になって、ようやく手傷一つ負わせられるかって相手だ。数十人で囲んだ程度でどうにかなる相手じゃねえ」
「適当なことを言うんじゃねぇ! だったら、このガキが一人で倒せたっつーのもわけわかんねーだろうが!」
おっさんの言葉に、刺青男、ジェグが反応する。
「それに、魔道具で倒したと言っていたが、侯爵級を倒せるほどの魔道具を使ったのならば、もっと被害が大きいはずだ」
ローブ男も追従する。
「はずだ、ってなあ。てめえらの狭い了見で全部判断してんじゃねえっての」
おっさんは呆れ顔で手の甲を向けて二人に振る。すっこんでろ、という合図だろうか。
「ヘルタ。てめえも冒険者なら分かるだろうが。こいつが街に来たときのあの威圧感」
死骸をぽんぽんと叩きながら、おっさんは続ける。
「かくいう俺もびびった。足が竦んださ。それでも立ち向かったお前らはすげえと思う。だがな?」
そこでおっさんは息を吸う。そして、大声で叫ぶ。
「無謀のツケを他人に押し付けんな!」
無謀。そうだ、確かに無謀だ。
侯爵級というのが、どれほどに強いのかはいまいち理解できていない。
だが、恐らく強いであろうお抱えの魔術師とやらでも簡単には勝てない相手だというのなら、一地方の街にいる冒険者が束になったところで敵うわけがない。
命が大切なら逃げれば良い。冒険者は所詮流れ者。街が一つ無くなったところで、他所に行けば良い。そこに住む住人とは違うのだ。
それに、冒険者が束になって敵わないなら、どうせその街はお終いだ。魔獣に蹂躙される街というのは、歴史を辿れば珍しいことではない。
「てめえらが信じられないからって、人に責任を押し付けんなよ。嬢ちゃんは手柄を横取りするような奴じゃねえ。そのために人殺しをするような奴でもねえ。嬢ちゃんを貶めて、それでてめえらが得をするってんなら、そんな卑怯は俺が許さねえ」
おっさんの言葉が胸に響く。一体どうして俺をそこまで信じてくれるのだろう。
「先程から聞いていれば、ロートルが偉そうに。剛腕のバフトンともあろう男が、魔王なぞを信じるというのか?」
魔王ね。もういい加減聞き飽きた。
この姿がまずいのか。俺の妄想を具現化して、半回転ほど捻りを効かせたこの姿が。
ちらりとティトを見る。
凄い勢いで首を横に振る。
だよなぁ、お前に言っても仕方ないよなぁ。こうなったのは不可抗力なんだし。
けど、おっさんにまで魔王なんて言われては立ち直れないかもしれない。
どう考えても怪しい俺を受け入れてくれた彼に否定されては。
「魔王? 嬢ちゃんが? その証拠はあるのかよ」
「その姿が動かぬ証拠だろ――」
瞬間、おっさんの姿が掻き消えた。
ごっ、っと鈍い音が響いたと思ったら、数メートルは離れていたはずのヘルタが腹を押さえながら崩れ落ちる。
「人を見かけだけで判断すんじゃねえ! 嬢ちゃんはな、俺の店で飯食って、うめえうめえって言いながら、良い顔で残さず食う人間なんだよ。荒くれ職人共しか来ねえ店に毎日毎日やってきて、あれもこれもうめえって笑う女なんだよ。そんな奴が、魔王なんかのわけがねえだろ!」
おっさんの熱弁に、思わず涙がこぼれる。
おっさん、まじかっけえ。
刺青とローブがハゲに駆け寄る。
おっさんはそんな二人の頭にも拳骨を入れる。
「てめえらもだ。難癖つける暇があるなら、仲間の遺留品でも集めて弔ってやれや。こんな死に方してんだ。好物でも供えてやらなきゃ、浮かばれねえだろうがよ」
おっさんが静かに呟き、俺の方に向かってくる。
と、上着を脱ぎだして俺にかぶせてくる。
「嬢ちゃん、そんな格好じゃ風邪引くぞ。ほれ、歩けるか。店まで着いてこい」
手を差し出される。
筋肉質の見た目どおりに、ごつごつした手を取って立ち上がる。
上着は汗臭い。正直吐き気がするほど臭いので脱ぎたいが、おっさんの好意だと思うので今は着ておくことにする。
店に着いたら即行で脱ぐだろうけど。
「おっさん、俺……」
「店に行ってから聞かせろ」
そう言って俺の前をずかずかと歩いていく。
ハゲ共は放置だ。一発くらい殴りたかったが、おっさんが殴ってる。これ以上は別にどうでもよくなった。
ああ、でもこれだけは言いたい。
「この上着、汗臭ぇ……」
「何言ってやがる。汗の臭いは職人の勲章だろうが!」
ガハハと笑いながら俺の手を引っ張って歩いていく。
そういうものなのだろうか。ああ、ミスラは仕事の後の汗を隠そうともしてなかったな。つまりはそういうことなのだろう。




