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時刻は進み、次の日の昼。フード付きのパーカーを着て『古強者の憩い亭』で昼食をとった後、ミスラの鍛冶屋へ向かう。フード付きを着ていった理由は、おっさんにまで魔王って言われたら立ち直れそうにないからだ。
いやまぁ、おっさんなら笑い飛ばしてくれそうな気もするけど。
今日はフードで髪を隠していることもあって、人から変な目で見られることも無かった。やはりこの青い髪が問題なのだろうか。いっそ切るか染めるかしてみるか?
「ユキ様、髪を切ることはおすすめできません」
「なんでさ」
「私が隠れられません」
「お前の都合かよ!?」
実際には大事なことだ。妖精憑きのド変態と見られるのは御免だし、ティトが連れ去られるようなことも御免だ。もっと別の場所に隠れられれば良いのだが、そんな場所は胸元くらいしかない。そうするにしても、戦闘などで胸元を突かれればティトに害が及ぶ。自分の身は自分で守れそうな奴だけど、わざわざ危険な場所に置いておく事もあるまい。
「染めるにしても、染め粉みたいなものが手に入らないことにはなぁ」
魔法じゃ姿を変えられなかった。男に戻る以前に、髪の色を変える、目の色を変える、幻覚で誤魔化すといったことがどういうわけか全てキャンセルされた。理不尽じゃね? 血で汚れたんだから、物理的に染める分には可能だと思うのだが。
道具屋を見ても染料は置いていなかった。服飾が発達しているから、染める物自体はあるようだが、一般流通するほどの物ではないらしい。
染めるとするなら、現実に即して黒だろうか。だったらイカとかタコとかの墨で染めるという手もあるか。最後の手段だと思うけども。生臭ぇし。そもそもいるかどうか分からんし。おっさんの店でもイカとかタコとかは出てこなかった。食用じゃないのかもしれない。
どうあれ手に入らないものを考えていても時間の無駄だろう。
急ぎ足で鍛冶屋へ向かうが、そこで見たくもない奴を見つけてしまう。
ハゲだ。鎧をガシャガシャ言わせながら、背中には戦斧を負い、辺りを油断なく見渡している。
幸い向こうは俺を認識していないのか、横を通り過ぎる俺に見向きもしない。内心、心臓はバクバク言っていたが、何とか無事に擦れ違うことができた。全く、どうしてこんな気分を味わわなきゃならないんだ。というかあのハゲ、何をしてるんだろうな。街中で武装してるなんて、迷惑以外の何者でもないじゃねぇか。あれか、武器屋を宣伝してやってるんですよー、とでも言う心算か。逆効果だよ。
昨日の話を聞いてから、俺のあのハゲに対する印象はもはや最悪といっていいほどに落ち込んでいた。というか、この街でこいつに好印象を持っている人がどれほど居るのか、逆に気になってくる。
討伐依頼を積極的に行っているのだから、商売関係以外の人には好まれている可能性はあるか。しかし、通りがかる人が目をあわさないようにしているところから、正直良くは思われていないのだろう。
全く、街の人から総スカン食らう冒険者とかどうなんだ。街を守ってるつもりなのかもしれないけど、俺らを支えてくれてるのは街の人なんだぜ?
もう考えるのはよそう。精神衛生上よろしくない。
足早にその場を立ち去り、裏通りまで近づいたところで鍛冶屋まで駆け込む。
勢いよく入ってきた俺を迎えてくれたのは、誇らしい笑顔のミスラだった。
「オ、いらっシャイ! 見て見て、出来たよお姉さんの剣!」
そういって店のカウンターに両手剣を横たえるミスラ。
彼女が全身を使って持ち上げていることから、相当の重量があることが見て取れる。
事実、置いたときにはゴトリという音では済まない、重厚な音が響いた。
「おお、良い感じじゃないか。手にとって見ていいか?」
「もちろん!」
その重量感は非常に俺好みだ。
手に取ったときに、それは確信に変わる。俺、この剣好きだ。
レンガの詰まった麻袋とはまた違った重さ。命を預けるに足る満足感。
握りに触れたときの吸い付くようなフィット感。
実際に構えた時のバランスも丁度よい。切り返しも簡単にできて、速さを損なうこともない。
「お姉さん、すごいねぇ。アタシなんて持ち上げるのが精一杯だったっていうのにさ」
「これくらいなら軽いもんだ。というか、持ち上げるのが精一杯だってのに、どうやって作ったんだよ」
「そこは企業秘密だよ、お姉さん」
そう言ってウィンクを一つ。悪戯っぽさが出ないのは彼女の気質によるものなのだろう。
改めて武器を見る。鑑定すると「魔獣の両手剣。準男爵級の魔獣素材で作られた両手剣。鍛冶職人ミスラが丹精込めて打った一品。強力な魔力に覆われ、あらゆる防御障壁を貫通する」という情報が見えてきた。
やはりこの少女がミスラであり、その腕は確かなようだ。というかあらゆる防御障壁を貫通って、とんでもない攻撃力じゃないのか。下手したら、魔獣の攻撃から守ってくれたティトの防御障壁だって潰れるって事だろ。
「こんな良い武器が作れるなんて、凄いんだな」
「えっへへー、まあネ。もし次に良い素材が手に入ったら持ってきてヨ。私が全力で両手剣にしてみせるからサ!」
「おう、任せとけ。ま、この武器があれば、しばらくは困らないだろうけど。てか、本当に貰っていいのか?」
「お姉さんの持ってきた素材なんだヨ? こっちで買い取れないくらい凄い代物を打たせてもらったわけだし、手間賃はそこで相殺って事で。それに、その武器を作ったのがアタシ、ミスラだって宣伝してくれれば売り上げ上昇にもつながるしネ!」
意外としたたかだった。宣伝するのは吝かではないし、覚えておこう。何かあればミスラの鍛冶屋を贔屓にすることを。
「それじゃあお姉さん、またよろしくー」
そういってミスラは工房へ篭った。金属音がすぐにしたことから、何かしらの作業途中だったのかもしれない。
俺は新しい両手剣を手に、良い気分で店を出た……ら、嫌な気分になった。
ハゲだ。よく遭う。こっちを見ているわけではないみたいだが、何をそんなに見ているのか。
あるいは警戒しているのか? 一体何を?
何か変な気配があるのかもしれないな。レーダーを使って周囲を探る。
「うおっと」
さすがに街中。光点がやたら多くなった。どうにか絞り込み検索みたいなのは出来ないものか。出来たら苦労はしないんだけど。実際出来ないし。
ただ、以前のことを考えると、点の大きさである程度強さというか、生命力というかが分かるようなので、近距離の小さな点はただの一般市民なのだろう。中途半端な大きさの奴は恐らくあのハゲだ。
だんだんと疎らになっていく光点から察するに、そちらの方が郊外だとして、この近辺にはおかしな存在はいないみたいだ。あいつが何を探しているのかは分からない。
あそこまで武装して、いまさら「腕の良い呪い士」を探しているわけでもあるまい。何で腕の良い呪い士に拘るんだか。徒党を組んで数十人の規模になってるくせに。そこまで人数が居るなら、呪い士の一人や二人は居るだろう。
もしかして居ないのか? 怪しげなローブ姿の奴が一人居た気はするが、あいつは魔術師だったりするのだろうか。
どちらにせよ今の俺には関係のない話だ。折角の良い気分をぶち壊したくない。さっさと帰って荷物を置こう。
というかあれだ、あのハゲにこの両手剣を見られたら絡まれるかもしれない。そんな面倒事は嫌だぞ。
物陰に隠れて影に両手剣を仕舞う。
便利だなぁ影の収納スペース。この前のレンガのことを考えると、数トンは入るわけだし。ぶっちゃけ荷物類は全部影の中に入れられるんじゃないか。他人の目があるところで使えないのが難点だけど。
というか他の呪い士がんばれよ。これくらい出来てくれれば俺も大っぴらに使えるんだからさ。
「無茶を言いますね」
ティトが冷静に突っ込んでくる。うん、確かに無茶だろうね。
「ユキ様、誤魔化す手段なら多少考え付きますが、いかがでしょうか」
「お、何かあるなら言ってくれよ」
「その収納の魔法ですが、大き目の袋を利用してはいかがですか?」
あー、それな。
「レンガのときにやろうとして失敗したんだよ。今ある物質そのものに効果を加えるような変化は出来ないみたいだ」
「考え方を変えてください。袋の中に出来た影を利用すればいいのです」
「その発想は無かった」
早速やってみる。実験なので、袋はその辺に落ちてた布の端を結んだ簡易なものにしておく。
で、結論。
袋の中の影そのものには入れられなかった。ただし、袋の中を覗き込むようにして、自分の影を利用するという誤魔化し方は可能なようだ。
結局自分の影に入れてるわけだが、周りからは袋の魔道具に見えるだろう。
「これは便利になるな。パーティを組んでも大荷物を抱えなくて済む」
ついでに袋を俺専用とでも言っておけば、誰にも取り出せないことを怪しまれる心配も軽減される。大荷物を持っても構わないんだけどな。やはり緊急事態を回避しにくくなるのは避けたい。
ティトの素晴らしいアイディアに礼を言い、頭を撫でる。
ここでふと気付く。袋の容量を増やすなんて魔道具は、とっくに開発されていそうなものではないか。
「なぁティト。こういった、袋の魔道具ってのはあるのか?」
「いえ。荷物の容量を増やす、箱型の魔道具はありますが、袋状のものは聞いたことがありませんね」
「箱型?」
「マジックケースという名前で、倉庫代わりに使う商人が多いと聞いています」
「盗まれたりしないのかよ。箱ごと持っていかれて破産とかしそうなんだが」
「非常に重量がありますので、盗難の恐れはほぼないかと。さらに、開閉に専用の鍵型魔道具が必要だそうで、無理に開けようとすると盗人に電撃が走るらしいですよ」
「なるほど、防犯性能もばっちりな金庫代わりみたいなもんか」
そうなると、マジックケースとやらを参考にした袋型魔道具と言い張ることは可能っぽいな。試験段階だから俺専用、とか言っておけば良いだろう。
こういうことが出来るようになれば、パーティーを組んで遠出なんかも出来る日が来るかもしれない。




