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「お姉さん、悪いけど、これだけの品はうちじゃ買い取れないヤ」


 ですよねー。

 猪型魔獣の適当に切った牙ですら銀貨三枚だったもんねぇ。

 ビートベア型魔獣のの良いとこ取りの素材なんて、金貨が出てきても不思議ではあるまい。そして金貨がこんな場末の鍛冶屋に常備されているわけでもあるまい。さらに言うなら、そこまでの武器を売り出す場所もないだろう。

 というか、そこまで高く売れるなら素材を武器屋に売って、そこで親方とやらの武器を買うという手もあるな。


「そうか、邪魔したな」


 そう言って踵を返そうとすると、ミスラが俺の袖を引っ張っていた。

 そのまま上目遣いでこちらを見上げ、


「あのサ、お願いがあるんだけど」


と、潤んだ瞳で囁いた。

 ああ。駄目だな。この子可愛いわ。


「その素材で、アタシに武器を作らせてヨ。作品はそのまま上げるから、オ願い! 鉄以外だって扱ったこともあるんダから! 銀とか、鋼とか、たまにミスリルだって! 魔獣の素材も何回か扱ったことがあるんダ! 材料さえあれば、ここにある武器よりも良いのを作ってみせるから!」


 裾を掴む手に力が入る。しかし、そうそう簡単に俺の一存で任せてよいものか。この少女が良かれと思って言った事でも、何かの掟で罰せられる可能性もある。


「……親方さんに話を通さなくていいのか?」

「親方は魔獣素材を扱えないんダ。魔力が足りてないって言ってた。だから、偶然うちに入ってきた魔獣素材は私に一任されてるんダ」


 ほう、そういうこともあるのか。


「ね、だから、オ願い!」


 お願いされるまでもなく、俺の心は決まっている。


「分かった、それじゃあ最高の武器を頼む」


 可愛い子の頼みだ。断れるはずがないじゃないか。お姉さんお姉さん連呼されて若干凹んでるけど、心は立派に男なんだ。

 ミスラの方はあっさりと承諾されると思っていなかったのか、キョトンとした表情で俺を見る。

 だが次の瞬間、先ほどまでの思いつめていたような顔から一転、満面の笑みを浮かべて俺に抱きついてきた。


「へへ、ヤッタァ! ありがと、お姉さん!」

「わ、分かった、楽しみにしてるから、離れろっての!」


 非常に嬉しいし、腕とか体に素敵な感触が押し付けられたが、さすがにこうまで大げさに親愛表現をされると困る。何せ相手は俺を女だと思っているのだ。いや、体は女なんだけども! なんかこう、罪悪感がね!


「ユキ様はそういう方が好みですか、そうですか」


 ティトさん何か声が冷たいですよ!? ティトも可愛いからね!? あ、やめて、首筋にのの字書かないでくすぐったいから!

 ようやく俺から離れたミスラは、もう一度素材を検分しながら俺に尋ねてきた。


「あのサ、アタシが前に扱ったのは男爵級の魔獣が最高級なんだけどネ、この核の魔力強度ってその時以上なんだヨ。てことは、これは子爵級以上の素材になるってことなんだけど、お姉さん、一体どんな化け物を討伐したのサ?」

「は? それはビートベア型の、準男爵級の素材だぞ」


 誤魔化しても意味がないので正直に答える。というか、魔力強度とかあるのか。すごいな魔獣素材。もしかしたらとんでもない武器ができるのではなかろうか。


「それこそまさかだヨ! よっぽど強力な魔術師が、上手く核を傷つけずに魔獣を倒したらこれくらいの素材にはなるのかもしれないけど」

「考えていても理由は分からんだろ。良い素材だったっていうなら、それ使って良い武器を作ってくれ」

「うーん、そうだネ、考えても始まらないか。それじゃ早速作ってくるヨ。両手剣でいいんだよネ?」

「ああ。出来るだけ丈夫で重いものにしてくれ」

「うん、明日の昼には仕上げておくから、アタシの腕に期待しといてよネ!」


 ミスラに俺の要望を伝えると、彼女は大きく手を振って答える。そうして工房へと引っ込むと、早速何やら作業の音が聞こえてきた。いきなり金鎚でどうのこうのすることはないみたいだ。


「……で、これ。結局あれだよな、今日中には武器を揃えられないってことだよな」

「そうなりますね。結果的には無料で武器を手に入れられるわけですが」

「でも素材として売れば、ここで作ってもらうよりも上等の武器が手に入った可能性もあるんだよな?」

「それはあの方の腕次第ですね。ただ、元の魔獣以上の能力を持った素材というのは気に掛かりますが」


 それは俺も気になる。まさか、魔法でばっさり行ったから、ではないよな? それだったら、最初の牙ももっと高値が付いたはずだ。


「気にしても仕方ないさ。ここはあの子を信じて待つとしよう」

「そうですね」


 そう言い残して店を出る。金属音はまだ響いてこない。本当に大丈夫だろうか? 気にしても仕方ないことなんだけどさ。

 さて、外に出てきたは良いが、何をしよう。


「時間が余ったな。どうしようか」

「先ほどの武器屋へ行ってみるのはどうでしょうか。傍迷惑な冒険者も移動している頃合でしょう」

「ふむ。金も使ってないし、行くだけ行ってみるか」


 鍛冶屋を出て、再び武器屋へ。裏通りを抜けて、表通りを左手に曲がり、数分。

 剣と弓の目印が目に入る。今度はハゲは居ない。

 開けっ放しの扉から中に入ると、憔悴した様子の店主が居た。


「おいおい、大丈夫かよ」

「ん、ああ。客か。いらっしゃい、あまり品揃えは良くないが、気に入ったものがあれば見て行っとくれ」


 自分で品揃えが良くないとか、普通言うか?


「悪たれ共がめぼしい武器を持って行っちまってな。金もろくに払わんくせに、態度だけはでかい。これじゃあ商売あがったりだよ」

「悪たれって、あのハゲと仲間か。どういう奴らなんだよ」


 聞くと、店主は遠い目をして語りだす。

 長い話だったというか、基本は思い出話のようだったので要点だけを取ると、彼らは流れの冒険者であり、ここに居つくようになったのは二ヶ月ほど前。

 討伐依頼を積極的に請けていくので市民としては助かっているが、街を守っているのは自分達だという驕りか傲慢か、良い武器や防具、道具などを毎週一度は持っていくらしい。商売人としてはたまったものではない。かといって商売人同士で結託し、商品を渡さないよう対抗したところ、彼らが討伐依頼を請けるのとピタリと止め、自分達の仕入先からの荷物が害獣の群れに襲われてしまうという事件もあったそうだ。

 その時のハゲの言は「装備が無くちゃ戦闘はできない、当たり前のことだろうが」だったそうだ。

 さらにそういった事から味を占めたのか、元は数名であったところが徒党を組み、今では数十名の大所帯になっているらしい。無論、それに応じて持っていかれる道具類も増えている。


「……聞けば聞くほど、うわぁ、って感想しか思いうかばねぇわ」

「同感ですね。冒険者というより、性質の悪いゴロツキではありませんか」


 ティトが耳打ちする。激しく同意しよう。本気であいつらに関わりたくなくなったぞ。


「だが、あいつらが居らねば生活必需品すら滞るようになるからの」

「それにしたって、利益が上がらないんじゃ遅かれ早かれ仕入れられなくなるだろ」

「そこは奴らも考えておるよ。こちらとしては利益がほとんど上がらんが、全くのゼロや赤字というわけではないんじゃ。まぁ、いっそそうしてくれた方が衛兵に突き出せる分、楽なんじゃがの」


 今でも十分突き出せそうな気はするが。


「値切りに応じた、ということで処理されるんじゃよ。どれほど脅迫じみていても、利益が出ているからには罪ではない。そういうことじゃ」


 ……うわぁ、法の抜け穴すぎんだろ。貴族が商人から値切るためのものか? いやいや、むしろ高い物を高く買う方が経済力を示せるって意味で貴族にとってはプラスだろう。この考えは無いな。全く、この国の法はどうなってるんだ。基本的に日本的な行動をしていれば罪には問われないらしいけども。こういうのも罪に問われないとなると、グレーゾーンが余りに広すぎる気がするぞ。あるいは、商売人を下に見ている法なのだろうか。


「大変なんだな」

「もう慣れたよ。で、何か買っていくのかい?」

「おう、ちょっと見せてもらうぜ」


 そうして店内を見て回る。

 店主の言う通り、大した物は残っていない。ミスラの親方の作品らしきものも見当たらない。いや、目利きで製作者が分かっても、親方の名前を知らないから見つからないだけなんだが。

 ただ、どの武器を見ても「銅の長剣。銅で出来た長剣」のような味気ない説明しか分からない。粗製乱造品ということだろうか。ならば、真摯に武器製作に打ち込んでいるミスラという人物の親方が、そんな武器を卸す筈もないだろう。きっとハゲ共が持っていったに違いない。普通に売れたのかもしれないけど!

 内心憤慨しながら様々な武器を見ていく。どれもこれも先のような武器ばかりだったが、とある短剣が目に入る。見た目は非常にみすぼらしいが、説明文が気に掛かる。「古びた短剣。謎の素材で作られた短剣。今は魔力を失い何の力も無い」というものだ。値札を見ると銀貨三枚となっている。どういった物かは分からないが、高いものでもない、というか銅の短剣と同じ値段なので面白半分で買ってみる。


「これを買うとはのう、お客さん、正気かね」

「人を狂人みたいに言うなよ。つか、そこまで言うなら商品として並べんなよ」


 どうやら金に困った好事家がコレクションの一つを売りに出したらしい。どこもかしこも買取を拒否したので、どんなに安くとも構わないから、ここで買い取ってほしいと言ったそうだ。買い取ったからには売り出したいが、誰にも売れないまま残っているとか。ハゲ共も見向きもしなかったそうだ。


「さて、それじゃあちょっと試してみるか」

「試し切りか? だったらそっちの部屋に藁があるから好きに使え」

「爺さんも見るか? もしかしたら面白いことになるかもしれないぞ?」


 店主は首を傾げていたが、店番しているのも暇なのだろう。俺と一緒に藁の傍までやってきた。

 この短剣、魔力がなくなっているとの事だったので、魔力を補充してやる。勿論イメージでしかないが、イメージで成功したら儲け物だ。

 両手で柄をぎゅっと握りしめ、果実を絞るようにする。そして短剣に絞った果汁を垂らすイメージで魔法を使う。

 少しずつ短剣に魔力が流れているようだ。そして魔力が流れ込むにつれて、短剣が鮮やかな色に輝き始める。


「お、おおお、これは……」


 店主が驚愕に目を見開いている。商人なら目利きみたいな能力はあると思ってたんだが、こういうのは特殊な品物なのだろうか。というか、この店主にはどういう代物だと見えていたのだろう。

 魔力を注ぎ続け、最終的に短剣はほんのりと白く発光する刀身となっていた。目利きするべく顔に近づけて見ていると「ホワイトダガー。高名な呪い士が生涯をかけて製作した魔道具。魔力を予め注入しておくことで、鋼鉄をも裂く切れ味を得る。この短剣を受け継いだ呪い士の息子は冒険者として幾多の成果を上げたが、親友に裏切られた際に奪われ、その凶刃により命を落とした。白く輝いていた刃は、鮮血を浴びた際に光を失い、以来沈黙を保っていた」曰く付きの商品だった。何があったんだ親友。というか、そういう短剣が、どういう経緯で好事家に渡ったんだ。

 あまり使いたい説明文では無かったが、試し切りもしてみる。


「うお、すげぇ」


 藁が茹ですぎたうどんみたいにぷちぷちと切れる。支えもしてないというのに、触れただけで切れるとは中々。というかここまで切れ味が高かったら、並の鞘には納められないような気がする。あ、魔力を抜き取ればいいのか。

 先ほど込めたときとは逆の手順、ではなく。中に溜まった果汁を、栓を抜いてだばだばと零すイメージで魔力を抜いていく。ちなみにその際、魔力は自分に還元されるようだ。

 すっかり魔力を失くした短剣は、再びみすぼらしい外見へと戻った。


「いやはや、長いこと生きてきたが、まさかこれほどの魔道具があったとはのう」

「あんたは知ってろよ。好事家から聞いてたんじゃねぇのかよ」

「わしは魔道具の鑑定なんぞ出来やせんよ。というか娘さん、アンタこそ魔道具を鑑定できるなんぞ何者じゃ?」

「俺はただの呪い士だよ。だからこいつが魔力切れの魔道具だって分かったのさ」


 八割がた嘘だけど。しかしそんな嘘に、あっさりと頷いてくれる店主。ついでに爆弾も置いていってくれた。


「なるほどのう。その容姿から魔王かとも思ったが、腕の良い呪い士であったようじゃな」


 また魔王かよ! もういいよ!!

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