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あれからは特に恐れられることもなく、擦れ違う相手に会釈をすれば、向こうも微笑みを返してくれる、そんな長閑な散歩を楽しんでいた。
微笑が引き攣ってなどいなかった。そのはずだ。
「予想以上に、目立ってる気がするんだが」
ティトは俺の首筋、髪の毛で隠れる部分に陣取っている。ティトが何かを呟く度、耳たぶがくすぐったい。
「気のせい、とは言えませんね」
ティトも無遠慮に向けられる視線に辟易しているようだ。ティト自身は見られていないだろうに。
「歩きやすいけどさぁ」
俺の周囲数メートルには人が居ない。
人垣が出来るわけでもないのでモーゼの気分は味わえなかったが、それでも人混みの中を掻き分けて歩くよりは都合が良い。
目的地は武器屋。商業区の中心地だ。
まだ早朝だというのに、この区域はすでに賑わっている。
主に買い付けに来ている商人だったりするのだろうが、活気のある街並みというのは良いものだ。
俺が近づくと声を潜めるけど。
これはやはり俺の容姿が問題か。魔王か。魔王なのか。おのれ魔王。御伽噺の癖しやがって、今を生きる俺に迷惑を掛けるんじゃねぇよ。
かといって、魔王じゃありませんよーなどと喧伝しながら歩くわけにもいくまい。
地道に人々と接して、魔王などではないと態度で示していかなければ。
「お、あそこか?」
そうして通りを歩いていると、剣と弓を象った看板が見えてきた。恐らくここが武器屋だろう。まさか食料品店ではあるまい。
店に近づくと、入り口付近に禿頭が居た。俺のお魚さんを粉微塵にした奴だ。
ちなみに俺は執念深い。一度受けた恨みは、それとなく延々と引きずってやる。制裁が済んだから、直接どうこうする気は毛頭無いが。
俺は無関心を装って店に入る。いや、入ろうとする。
それを邪魔するハゲ。どうやら仲間は居ないようだ。
「おい。貴様みたいな娘が、この店に何の用だ?」
明らかにこちらを侮ったにやけ顔。
ふむ。俺の容姿を見ても動じない、というか、下に見ているのか。ある意味貴重だな。出来た人間に思えるレックスですら、俺の容姿を見た途端に態度を変えたというのに。
その姿に、ほんの少しだけ興味が沸いた。相手してやったら、どういう反応を返すんだろう?
「武器を買いに来たんだよ。武器屋に用事なんて、武器を買いに来る以外に何がある?」
いやまぁ、素材を売りに来たとか、装備の修理に来たとか、考えられる選択肢は山ほどあるが。
だが俺の挑発にあっさりと乗ってくれたハゲ。
「俺を馬鹿にしてるのか? ここには貴様のような女が扱える武器なんて置いてないんだよ」
「へぇ、どんな商品が置いてるのか興味があるな。そこに居られると中に入れないじゃないか」
こいつの性差意識などどうでもいいが、どんな武器なら置いているのか気にはなる。超重量のモーニングスターとか置いてたりするかな。
「はっ。今は俺達のパーティが武器を選んでんだ。他所に行け他所に」
鼻で笑いながら、相も変わらず道を塞ぐハゲ。営業妨害になっている気もするが、中で仲間が武器を買っているというのなら、妨害というほどでもないのだろうか。この辺りの意識が分からん。
だが、今すぐ武器を買えないというのならここで待つ必要も無い。こいつの言う通りにするのは癪だが、ここで問答して精神をすり減らすよりは、別の店に行ったほうが健全だろう。
さすがに朝から、こんな往来で、喧嘩など始める気は無い。ただでさえ目立っているのだ。
軽んじられるのと、疎まれるのと、どちらがマシなのか考えながらも、商業区をぼちぼちと歩んでいく。
「ユキ様、どうして言いなりになったのですか?」
耳元で急にティトが呟く。マジくすぐったい。油断したら、変な声を上げてしまいそうだ。
「どうせ入れねぇだろうからな。あそこで時間潰すよりも、別の店に行った方が精神衛生上マシだと思っただけだよ」
「そうでしたか」
首元でティトがもぞもぞと動く。やめて本当にくすぐったいから。つか何してんの。
「では、別の店に行きましょう。ここから裏通りに入ったところで、鍛冶屋が営業しています」
ティトが、恐らく全身を使って、俺の首を右方向に向ける。
確かに路地があり、その先から鉄の臭いが漂ってくる気がする。気のせいか。
路地とは言っても、人一人は余裕を持って通ることが出来るので、狭いとは思わない。
マンションの廊下くらいの幅だと言えば通じるだろうか。
その路地を進んでいくと、鎚を振るう金属音が耳に届いた。
音の発生源に近づいていくと、交差する金鎚が模された寂れた看板がかかっている家屋が見つかる。恐らくここが鍛冶屋なのだろう。
開けっ放しになっている扉に踏み込む。
その途端、熱気が身を包む。
炉から出る熱ではなく、一心不乱に鉄を打ちつける職人の熱だ。
奥まった場所からはカンカンとリズム良く音が響いてくる。現在仕事中なのだろう。
声を掛けるのも悪い気がしたので、店内の様子を見て回る。
「お、これ、良い剣じゃないか?」
壁に掛かっていた剣を見る。手にとって良いものか分からなかったので、近場で見つめるくらいだったが、それでも刀身の美しさや握りの装飾、肉厚の刃などは実に俺好みだった。
そのままじっくり見ていると、唐突に情報が流れ込んでくる。ああ、目利きか。
「鉄の剣。鉄製の長剣。鍛冶職人ミスラが丹精込めて作り上げた一品」という情報で、強いのか弱いのかイマイチ分からないが、職人の真摯さだけは伝わった。ミスラというのが職人の名前だろう。
値札を見てみると、そこには実にお手ごろな、銀貨一〇枚と書かれていた。
現在の所持金は何だかんだあって銀貨四〇枚を越えている。銀貨を五枚ほど残しておけば、俺達二人の食費でも一ヶ月は生活できるわけだし、緊急避難として残す金額としては十分だろう。何だかんだで予算は銀貨三〇枚ほどはあるわけだ。
まぁ、長剣だから買わないんだけども。
そうやって店内の武器を物色していると、これもまた良さそうな剣があった。俺の求めている両手剣だ。黒みを帯び、重量で潰すことを目的とした幅の広い刀身に、最低限の装飾が施された鍔、グリップは調整せずとも俺の手に合っており、巻かれた皮革も手に馴染む。
しかしながら、値札を見ると銀貨五〇枚となっており、残念ながら買える値段ではなかった。
諦めきれない思いから眺めていると、再び目利きが発動したようだ。「鉄の両手剣。鉄製の両手剣。鍛冶職人ミスラが丹精込めて作り上げ、最高の一品と評した業物」。
こんな代物が銀貨五〇枚というのは、一体どんな訳があるのだろうか。素材か。素材がただの鉄だからか。あるいはミスラという鍛冶師がそこまで腕の良い職人というわけではないのか。
疑問は尽きないが、買えないものをいつまでも眺めていても仕方が無い。他に手ごろな値段の両手剣が無いか探していると、ふと、金属音が止んでいることに気が付いた。
奥の方を見ようと顔を向けると、そちらには小麦色の長髪をヘアバンドでまとめた少女が、鼻の頭や頬を黒く染めながらこちらを見ていた。随分と背丈が小さいようだが、何歳なんだろうか。
そう思っていると、彼女は岩人なのだとティトが教えてくれた。岩人っていうと、確かドワーフ的な人種だったな。低年齢では戦人の少年少女と変わらない見掛けで、成人してからは男性はヒゲダンディになり、女性はそのまま成長が止まるそうだ。なるほど合法タイプなんだな。
「いらっシャイ、オ客さんだよネ?」
「ああ、一応な」
ところどころイントネーションのおかしい、カタコトのような発音をしている。
惜しげもなく晒した赤銅色の肌から汗が滝のように流れている。今まで鎚を振るっていたのはこの少女であろうか。胸元に布を巻いて隠しているが、流れる汗により肌にぴったりと張り付いて、あまり役目を果たせていそうにない。膝下まで裾を捲ったカーゴパンツも、元は明るい色であったのであろうが、水分により暗い色へと変貌している。
多少の息切れか、短い呼吸を繰り返しながら、こちらを猫のような瞳で見ている少女は、どうやら俺の手元に注目しているようだ。
ああ、買うと思われてるのか。
残念ながら欲しい武器が銀貨五〇枚の両手剣であり、それ以外は正直眼中に無い。両手剣という括りで言えば、もっと手ごろな値段のものもあったが、一度良いものを見た後ではどれもこれも見劣りしてしまう。
いくら欲しくとも先立つものが無ければ買えず、命を預ける得物に妥協は許されない。
「ふむぅ」
さすがに値引き交渉はできない。そういう技術もないし、職人としての技能を値切るなど、相手の尊厳を踏みにじる行為だ。
「何か不満でもあるノ?」
こちらの長考に焦れたか、少女がこちらに近寄ってくる。上がった体温で周囲の気温が少し上がるようで、こちらの露出している肌に湿った熱気が漂ってくる。ついでに、ほんの少し汗の香り。
やばい、顔が熱くなってきた。
誤魔化すために、少女に対してわずかに一歩引き、こちらの要望を正直に述べることにする。
「いやな、この両手剣が欲しいんだが、手持ちが足りなくてだな。かといって、これを見たからには、他の武器にするってのも」
「この武器の良さがわかるノ!?」
えらい食い気味に身を乗り出してきた。近い近い近い!
両手で俺の左手を掴み、上下にぶんぶんと振る少女。
「いやー、これはアタシの最高傑作でネ! 親方に鉄を任されるようになってから随分経つンだけど、ようやくこれぞっていう武器が作れたんだよネ! いやー、お姉さんオ目が高い!」
この武器の製作者らしい。ということは、この少女がミスラか。
「でもお姉さん、この武器扱えるノ?」
人差し指を頬につけて、こくりと首を傾げるミスラ。愛らしい仕草に、またも心臓が脈打つ。
えぇい、落ち着け俺。
「試しに振り回すわけにもいかないだろうが、これくらいなら余裕だな」
「へぇー。人は見た目に寄らないって、本当だったんだネ」
「それをお前が言うか? 腕の良い鍛冶師なんだろ?」
どう見ても、俺と同い年か、あるいは少し下くらいだろうか。幼いころから鍛冶仕事を手伝ってきたに違いない。
この少女の見た目から、職人であることなど見て取ることが出来ようか?
「腕の良い、なんて初めて言われたヨ。親方にはまだまだ半人前ダって言われてるしネ」
そうなのか。親方の腕が余程いいのか、あるいは俺がこれらの武器を買いかぶっているのか。比較対象が無いから良く分からん。あるなら出してもらおうか。
「その親方の武器はここに置いてるのか?」
「んーにゃ。親方の武器は大きな武器屋に卸してるからネ。ここからなら、表通りに出てすぐの所ダヨ。剣と弓の看板が目印の」
「あー、あの店か」
入れなかったからどうしようもねぇな。というか、ミスラの武器で銀貨数十枚もするのなら、親方とやらの武器は金貨が必要なのかもしれない。仮にあのハゲが居なかったところで買えなかったわけだ。
「おヨ、お姉さん、武器屋にも行ったノ?」
「行ったには行ったが、他の冒険者が買い物中でな、入れなかったんだよ」
「他の冒険者が? もしかしてその冒険者って、ハゲの人?」
おや。ミスラも知ってるのか?
「知ってるのか?」
「知ってるヨ。昨日ここに来て、アタシの武器をゼーンブ貶していったすっごいヤナ奴! そりゃあ親方の作品には敵わないけどサ」
ありえるありえる。あのハゲならやりそうだ。だが、そこまで言わしめる親方の作る武器とはどのようなものか。
「どっちにしろ手に入らないなら仕方ないか。悪い、また金を溜めて出直してくるよ」
「ちょっと待ってヨ。何か素材があるなら買い取るヨ?」
「お、マジか。そういや魔獣の素材があったんだった」
「魔獣!?」
全身で驚きを表現するミスラ。まさか買い取れないとか言うのでは。素材って高く売れるみたいだし。そういや準男爵級の素材だったよな。しかも良い部分。この鍛冶屋で支払えるような額なのだろうか?
「ちょ、ちょっと見せてヨ!」
「おう」
ミスラに急かされるままに、影から魔獣の素材を取り出す。
もらったのは爪と核だ。爪は人間の手のひらサイズで、核はぶよぶよとした不定形の黒い塊。このぶよぶよしたものが、外皮の内側を満たすことで魔獣の生命活動は成り立っているとか。
真剣な表情でミスラが核と爪を検分している。
はてさて、一体いくらの値が付くのだろうか。
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