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今日は街を巡る日だ。
幸いにして、というか何というか、前回の依頼の報酬で懐はそれなりに豊かなのだ。
今日は幾つかの生活必需品の買い足しと、本格的な武器の調達だ。
前回で分かった。包丁は無理だ。いくら何でも無謀すぎる。解体作業にすら向かない。魚相手なら頑張るけどさ。
だがしかし、武器を選ぶとなると多少面倒だ。
俺にとって一番しっくりくるのは両手剣である。それも重ければ重いほど良い。振り回すのは簡単なんだから、後はそれで相手が圧倒されてくれれば良いだけだ。フェイントだとか、防御とか、そういう技術で本職に勝ることは不可能であり、ならば真正面から全てを貫けるほどの火力が必要なのだ。
要するに、そういう妄想をしていた。
ただし、今の俺の状況を考えると迂闊に重量武器は買えない。何せ呪い士だ。後衛だ。ソロなんだからそういうことを気にしても仕方ないかもしれないけど、いざパーティを組むことになったときの違和感が途方も無いことになってしまう。
自分に肉体強化を掛け捲って重量武器を振り回すことにしてるんだ、なんて主張を堂々としてみろ。それはもう戦士として登録しろよ、という話である。というか、戦士としても通常以上に戦える呪い士とかハイブリッドすぎる。目立つことこの上ない。
いやもう、容姿の面から目立っても仕方ないんだけども。
逆に容姿のせいで、目立ちすぎるとまたぞろ「魔王」などという頭の悪い呼称をされかねない。
いっそ開き直って、魔王っぽい娘として行動するのも面白いかもしれないが、さすがにそれはまだ時期尚早だ。変な奴らが絡んでくるかもしれないし。
となると、武器は何を買えばいいのか。
呪い士として、杖系統。これは残念ながら論外だ。ソロで戦う以上、ある程度の丈夫さが求められる。金が唸るほどあるというのなら、非常に丈夫な木材でも素材にした最高級品でも買えば別だろうが、さすがにそこまでの金は無い。
ならばある程度は前衛が出来ると主張するための長剣系統。これも残念ながら使えない。一般的な長剣を振るうとなれば、本格的に剣術を修めなければ扱えないだろう。野生の獣を相手にただ打ち付けるだけならばこれで十分だから、買っておくに越したことは無いだろうけど。
槍はどうか。使ったことはおろか、持ったことすらない武器を自在に操れるわけが無い。それを言うなら両手剣はどうなんだ、という話だが、それは俺の妄想力で補ったということで。
弓も同様に論外。やってやれないことはないだろうが、習熟に非常な労苦が考えられる。ソロでやっていくにも、未熟な弓では命を落とすだけだろう。ソロなら魔法を使うだけでも、パーティで弓を使うとなれば危険すぎる。
ハンマーのような重量武器を選ぶのも、何のために誤魔化そうとしているのか、という基本的な問題に立ち返る。
つまり、扱える武器はあれど現状にそぐわなかったり、実際に使えそうになかったりと、問題が出てくるのだ。
「ティトえもん、俺ってどんな武器を使えばいいと思う?」
「軽やかに意味不明の呼称を使わないでください。誰ですかティトえもんって」
おっと。ティトって結構何でも出来るから、うっかり付けてしまった。以前もやらかした記憶があるが、いけないいけない。これは脳内での呼び方だ。
頬を軽く膨らませるティトの頭を撫でて、もう一度武器について問う。
「お好きな武器を使えば良いと思いますよ、ソロなんですから。たとえパーティーに入ったとしても、使いやすい武器を使ってるだけだと主張すれば良いのです。実際に、呪い士は武器を選びませんからね」
「そうなのか?」
「はい。肉体強化を行えば、どんな武器を使おうとも不自然ではありませんから。それに、過去、最高の呪い士と呼ばれた人物が愛用した武器は、大鎌と言われています」
「アグレッシブだな最高の呪い士!」
大鎌って。死神かよ。
「それじゃあ、杖を装備した呪い士ってのはどうなんだ?」
「呪いの効率や効果を高めるためには有効です。実際、素手では軽症の治癒しか出来ない呪い士が、質の良い杖を装備した途端に、失った血ごと治癒するほどの呪いに強化されたという話もあります」
「杖すごいな」
むしろ大鎌を装備してた呪い士って何なんだ。そいつが最高の杖を装備したらどこまでのことができるのだろうか。
「あ、その呪い士は、杖を装備した状態で肉体を強化し、その後大鎌で攻撃したそうです」
「面倒くせぇ! そこまでして白兵戦をしたいのか!」
そこまでやってたら持ち替えの手間を狙われそうな気がする。
「ユキ様の場合は魔法ですし、杖を持ったところで効果が上昇するかどうかは分かりません」
「んー。多分上がるんじゃないかなぁ。杖って魔法攻撃力が上がることが多いし」
というか、俺のイメージ次第だというのなら、イメージを補助する何かがあれば効果は強力になるだろう。
だからといって、実際に試すには予算がどうなるか分からないが。
「ふむ。そうなると、やっぱ両手剣だな。値段が許す限り、丈夫で重い奴。金が余れば、安い杖でも買って効果の程を試してみようか」
イメージ的に、安い杖だと威力はあまりあがらないだろうけど、それを含めてイメージだというのなら、少しでも上がれば良いわけだ。高い杖を買えばそれだけ強くなるってことだし。実際に試すまで分からんけど。
「さて、出かけるとするか」
時刻は早朝。鶏らしき声が郊外から聞こえ、鐘の音が街中に響き渡る時間。早朝とは言うが、恐らく朝の七時とかそれくらいだと思う。
ティトが言うには、この世界には正確な時計なんてものは存在しないみたいだが、一応は日時計というものが街の広場に設置されている。およそ一時間毎の鐘の音と合わせた目盛りが付けられており、一般庶民はその音と日時計によって大体の行動を決めていくのだ。ただ、鐘の音は朝の六時から夜の六時まで。それ以外は、季節によって日時計が機能しないからだそうだ。
職人は大体、鐘の音よりも前に起きだして、鐘の音と同時に店を開けるらしい。冒険者が来るのはもう少し遅い時間帯だが、明かりが出てから商品のチェックを行っていくそうなので、それくらい早く起きないと商売が滞るらしい。
俺としては幸いだけども。朝早い時間帯なら、そうそう見咎められることもないだろう。
衣服を手に取る。
ティトの視線が突き刺さる。
今手に持っている衣装はお気に召さないようだ。
どうやら、ティトオススメの衣装を着なければ外に出られないようだ。
ノリで買った女物。
あの時は似合ってると思ったけど、実際に着るとなると相当な勇気が必要だ。
黒いフリルブラウスとフリルスカート付きショートパンツ。うむ、どこをどう見てもフリル。
男の感覚でいえば、可愛いと思う。
そして男の感覚でいえば、男が着るもんじゃねぇ。
だが、このままではティトが外に出してくれそうにない。
いつまでも篭りきりという訳にはいかず、意を決して服に袖を通す。
幸いといっていいのか、着心地はとても良い。
フリルブラウスはしっとりとした肌触りで気持ちが良いし、ショートパンツも短パンと思えば穿けない事もない。下手にスースーするということもなく、活動するに支障はなさそうだ。
だが、この衣装の最大の欠点は。
「目立つよな?」
「目立ちますね。さすがユキ様、絶世の美貌です」
「目立ったらまずいんだよな?」
「まずいわけではありませんが、いらぬ問題を引き寄せる可能性もあります」
「それ、まずいって言わね?」
例の男のように、「みすぼらしいローブ姿の呪い士の女」を探していたり、あるいは「魔王」と誤解されたり。
前者は探しようがなくなるだろうが、後者はどうしようもない。
今まではフード付きの服を着ていたから隠せていたが、この服では不可能だ。
その状態で歩き回れば、不必要な諍いに巻き込まれるかもしれない。
「どうしよう」
「堂々としていれば誰も咎めませんよ。それに大体、服屋ではフードを取っていたではありませんか」
そういえばそうだった。ついでに言えば、その後の道具屋や防具屋でもフードを外していた気がする。
あの時は「こんな娘が何しに来てんだ?」という視線かとも思ったが、もしかすると「うっわ魔王っぽいのが来てるどうしよう」だったのかもしれない。衛兵を呼ばれていないから、多分大丈夫だとは思うけど。
しかしそこでこそこそとすれば、自分に後ろめたいところがあると宣伝しているようなものだ。
ティトの言う通り、堂々としておこう。
胸を張って、しっかりと前を見つめ、目的地へと向かう。
その第一歩として、ドアを開けて拠点から一歩踏み出す。
「ひっ!?」
目の前を歩いていた男性に、あからさまに慄かれた。
……地味に傷つくわー。




