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「こちらが別途の報酬になります、どうぞお納めくだされ」
村長が革袋に硬貨を入れて渡してきた。
レックスが中身を確認する。リオと俺が肩越しから覗き込む。
そこにはじゃらじゃらと唸るほどの銀貨が入っていた。
おいおい、これ何枚入ってんだ?
「こんなに……よろしいのですか?」
「準男爵級の魔獣を倒していただいたのです。それが正当な報酬というもの。どうか、どうか」
もとはビートベアの排除という依頼だったのだ。それが魔獣混じりの討伐依頼だったのだから、依頼内容に不備があったことになる。元の報酬では村側が背信行為を行ったと思われても不思議ではない。依頼者側が詐欺を働いた場合、二度とその依頼者は依頼を扱ってもらえない。どれほど困窮しようとも冒険者の助けは借りられないのだ。だからこそ、昨日も不当だと報告しないよう申し送りがあったわけだ。
とは言っても、こうして正当な報酬を得られたのだから、不当だったと報告したところでどうにもならない。違約金として、彼らにいくらかの罰金は発生するかもしれないが、それを言うならば裏を取らずにいた店の側にも不備があったと言える。
正直、害獣にそっくりな魔獣なんて、どうやって遠距離から確認するんだって話でもあるが、そこは感知に長けた呪い士でもいれば補えるのだろう。
「そういやアマリ、この村にいるはずの呪い士とは話せたのか?」
獣避けの呪いを施した人物とは、一体どのような人柄だったのだろうか。
だがアマリの表情は無表情ながら暗い。
「それが、旅の呪い士が一宿一飯の礼としてかけていったらしいのよ。もう十年以上前らしくて、さすがに足取りを掴むのは無理なのよ」
「そいつは残念だったな」
俺としても、優秀な呪い士には会ってみたかった。俺の魔法も大概だけど、力の強い呪い士も何でも有りだという気がしてきている。
何が出来て何が出来ないのか、これから先も他の冒険者と手を組むのなら、その見極めはしておきたい。いずれどこかでボロが出るとしても、誤魔化せる部分と誤魔化せない部分は確実に出てきてしまうのだから。いつまでも「魔道具です」では通用しそうにない。実物を見せろと迫られれば、もはや逃げるしかない。
「では、僕らもこれで失礼します。美味しい食事と快適な寝床をありがとうございました」
レックスが丁寧なお辞儀をする。俺も釣られて軽く頭を下げる。リオとアマリは特に何もしていない。
もしかして、リーダーだけが頭を下げるような常識でもあったのだろうか。
今更気にしても仕方ないか。
村人達に見送られながら、俺達は街へ戻る。
平原では特に問題は発生せず、快適な旅だと感じながら森へ入る。
そういえばここで狼と戦ったんだよな。
そんなことを思い出しながら、ふとレーダーを出してみる。
昨日まで何の反応も無かったからといって、今日も何も無いとは限らない。索敵はしておくに越したことは無い。危険回避は大事だ。
だが、昨日が平和であれば、何の予兆も無かったのだから今日も平和である。小動物の気配くらいはするが、俺達に害意を持つ大きな存在は感知できない。
相変わらず遠く離れた位置によく分からない反応が一つあるが、街の方向でもないので放置しておく。寄り道という距離でもなさそうだし、もし異常な何かだったとしても、すでにどこかで討伐隊が編成されている頃合だろう。わざわざ依頼を請けたわけでもない俺達が、しゃしゃり出る状況でもあるまい。というか、もし討伐依頼が出された相手を、道中にうっかり倒してしまった場合ってどうなるんだろう?
こっそり教えてティトえもん。
「誰ですか。ともあれ、その場合は、専属契約していない店であったとしても例外的に依頼を請けたことになりますね。降りかかる火の粉を払うのに、いちいち所属だの何だのを気にしていられませんから。面倒なのが他の冒険者が、既にその討伐依頼を受けていた場合です」
「ほう、何がどうなるんだ?」
「相手は合法的に依頼を放棄した扱いとなり、報酬が得られなくなります。そして討伐証明を持ってきた人物に報酬が支払われます」
となると、非常に嫌な話が考えられる。
もし、だ。もし仮に、魔獣の討伐依頼が出ていたとして。俺がその魔獣を道中で倒したとして。先に依頼を請けていた人物から絡まれるとか。
あるいはもっと酷い話として、討伐依頼を請けるだけ請けておいて、通りすがりの誰かに倒させて、戦闘直後の通りすがりの誰かをさっくり倒して、討伐証明だけを掻っ攫っていくとか。
「ユキ様、何やら非常に怪しげな考えをしておられませんか? 非合法的と申しますか」
「ああ、いや。何でもない。出来る限り余計な戦闘は避けたほうが良いってことだよな」
「そういうことになりますね。無論、素材を集めるために積極的に狩っていくことも重要かと」
レックス達からほんの少し距離を開け、ティトとひそひそと会話する。傍から見れば、いきなりぶつぶつと独り言をぶっ放す頭の可哀想な人と見られても仕方ない状況だが、別に構いやしない。見てる相手なんていないんだ。リオもアマリもレックスの傍にぴったり付いて離れないし、二人ともレックスのほうしか見てないし。何だこの疎外感。別にあのハーレムの仲間入りをしたいわけではないが。
そんな風に見ていると、レックスが急に振り返って話を振ってきた。
「そうだ、ユキさん。帰ったら少しお話したいことがあるのですが」
「何だ? 今ここじゃ話せないことなのか?」
「ええ、出来れば二人きりで」
鳥肌が立った。何、ロックオンされたの? そっちの趣味はないんだけど。
「それはさすがに遠慮したいんだが」
「……何か妙な誤解をされていませんか?」
「あんだけの台詞で誤解も何も無いだろ。用件が言えないなら俺は断るぞ」
失礼にならない程度に歩調を緩めて距離を開ける。リオもアマリも見てないで、何とか援護してくれよ。
それともあれか、俺もそっちの仲間入りしろってか。
「あ。ちょっとユキ、そういう意味じゃないからね?」
「ん、私も分かったのよ。全く、レックス。そういう物言いは警戒されても仕方ないのよ」
女性陣は何かを読み取ったのか、笑いながら手を振っている。
「単に報酬の話よ。こっちのリーダーと貴女と、二人で話を詰めるだけ。別に仲間に入れとか、そういう申し出は無いわよ」
安心した。たとえパーティを組もうという申し出であっても断る心算だったし、あちらから勧誘の意思がないと示してくれたのなら話は単純だ。
報酬だろ? 昨日リオが言っていた銀貨四〇枚ってところに何か問題でもあるんだろうか。まぁ、俺としてはそこまで大金は必要ないので、相手方が装備の補修をしたいってことなら譲る分には構わないが。レックスの盾なんて、完全にぶっ壊れてるし、それこそ銀貨四〇枚程度じゃ足りないかもしれない。
「それなら、どうしてわざわざ二人きりなんだよ」
「さすがに外で話す話題ではありませんからね。どこからか聞きつけて、奪おうとする不届き者がいるやもしれません」
「そこまで警戒するほどのことか? この辺りに人気なんてねぇぞ」
もう一度レーダーで確認するが、やはり気配は無い。それともステルスとかあるんだろうか。ひょっとすると、気配遮断みたいな何かならあるかもしれないな。
「念のためですよ。それで、二人で話をすることになっても構いませんか?」
「ああ、問題ない」
もしこれで、二人っきりになった瞬間に襲い掛かってくるような救いようの無い性格なら、遠慮なく魔法でぶった切る。あえて一部分を。はは、良かったな、もげるぞ? さすがにレックスはそんな屑ではないだろうけども。
そうやって馬鹿話をしながら、俺達は一日ぶりの『古強者の憩い亭』へと戻ってきた。
「おう、お疲れさん。で、どうだった?」
まだ陽は高い。なので店の中にはおっさんしかいない。前に来たときには休憩中の職人が居たが、今日はそういうこともないらしい。
「ええ、少し苦戦しましたが、どうにかなりましたよ」
「そうかい。ま、村からもよくやってくれたって話が届いてるからな。首尾は上々だったんだろうよ」
実際には大問題が発生したわけだが、増額もしてもらっているので口を噤んでおく。
「で、ビートベアの素材はあるか?」
「こちらです、少々お待ち下さい」
レックスがドサリと麻袋を下ろす。一つ一つ取り出していくと、随分と大量に見える。
毛皮、肉、爪、牙、内臓。捨てるところは無いのか、というくらいに盛大に持ってきていた。
待て。七匹分だぞ。よく持ってこれたな。
「おうおう、レックス。お前いつの間にそんな力を付けたんだ? こういうのは一人一匹分を持つのが基本だろうが」
おっさんも目を丸くしている。やっぱり常識外れだよな。
「ユキさんの呪いのおかげですよ。普段は何とも無いんですが、意識して力を入れるとこれくらいはできるようになりました。それに、戦闘も楽でしたよ。ビートベアをメイスで殴り飛ばせるなんて、以前では考えられませんでしたからね」
「え」
何それ怖い。常識外れは、まさか俺の方だった?
アマリを見る。効果時間とか強化具合とか、常識的な範囲で済んでいればいいのだが。
「………………」
あ、駄目っぽい。アマリが口をぽかんと開けてこっちを見ていた。無表情娘が、見て分かるほどの呆れた表情をしていたのだ。
よし、誤魔化せる範囲で誤魔化そう。
「じゃあもうレックスの呪いは解除しておくな。あまり連続でかけ続けても体に負担が掛かるだろうし」
俺が連続で呪いを掛けていたことにすれば、多分きっと大丈夫だ。
「それがですね、ユキさんの強化は僕が聞いていた強化の呪いと違ったんですよ。普通は体の動きに対して、思った以上に強く動くことになるために、痛みを伴うらしいのですが、ユキさんの呪いは何というかこう、自分の体を滑らかに動かせるというか、補助してくれている感覚が強かったんですよ」
ああそりゃあな。筋力サポーターだもん。痛めるようなことはしないだろうよ。
だけどなレックス。俺、今、火消しに必死なんだけどさ、油を注がないでくれる?
「……師匠と呼ばせて貰ってもいいのよ?」
「止めろ。つーか止めてくださいお願いします」
教えられるものじゃないもん! ていうかアマリ、お前もう自分の師匠いるだろうが!
このやりとりを見たおっさんは、くっくっと喉を鳴らしながら口元を歪める。
「全く、嬢ちゃんは本当に面白いな。で、素材なんだが、質は良いんだが、数が思ったよりも少ねえな。魔術で焼いたか?」
胸が詰まる。まさか魔獣が混じっていたとバレたのか? まさか、有りえないだろうが……。
「ええ。先制攻撃と、残党処理でね。この程度の害獣なら一撃で仕留められたわ」
「リオよお。一撃で仕留めるのは結構なことだが、薬になる胆まで焦がすこたあないだろ。勿体ねえぞ」
「別に良いじゃない。数が数だったんだし、減らさないとこっちの身が危険だもの」
内心の焦りを他所に、リオが何ともない風に答えた。
そうか、剥ぎ取りを担当したのはリオだものな。使える部位、使えない部位を選定も彼女がやっていたのだろう。ならば数の少なさについては何とでも答えられる。というか、レックスが置いたのって七匹分じゃなかったのか。あんだけの量なのに。むしろ七匹分をフルに持って帰ろうとしたら、どれだけレックスの負担になっていたことやら。がんばったな、男の子。いや、子って年じゃないんだけど。俺より年上だろうし。
「ふむ、それじゃあ何だかんだで、報酬は合計で銀貨一〇枚ってところだな。銀貨五枚ずつで渡しとくぞ」
言って、おっさんが革袋に銀貨を詰めていく。用意された革袋は二つ。片方が俺で、もう片方がレックス達の分だろう。
先に分けてくれるならありがたい。あとは魔獣退治の報酬を山分けするだけだ。
「それじゃあ僕達はこれで。ユキさんも、消耗品の補充などをご一緒にいかがですか?」
「ああ、そうさせてもらおう」
ぶっちゃけ俺の方は何一つ消費してないんだけどな。魔道具を使ったように思わせているから、自然に店を出るには丁度良い申し出だ。さすがにおっさんの店で、臨時収入を分けるわけにもいかない。
扉を押し開けて、また別の店へと向かう。どうやらレックス達が拠点としている宿らしい。
知ったところで何も出来ないよな。俺は『古強者の憩い亭』に専属契約しているし、他所の契約者が気軽に出入りできる店でもないだろう。
などと思っていたら、どうやら本格的にただの宿屋らしい。冒険者の店と宿屋と食事どころがセットになっているのはおっさんの店ぐらいのものだとか。
おっさん、一体何者なんだ…………。
PV10000、ユニーク1000、評価ポイント200を突破しました。
画面の前でこっそりとにまにましている自分がいます。
皆さまのご評価を励みに、これからも頑張っていきます。
休暇が終わってしまったので、更新速度は落ちると思いますが……。




