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翌朝、俺は『古強者の憩い亭』へ赴いた。
装備は昨日買った古着の上に、ライトブレストメイルを着用し、レザーコートを羽織っている。コートには肩口のボタンでフードが付けられるようになっており、雨のときなどはこれを被るそうだ。雨でなくても被るけど。足元は金属補強されたブーツだ。武器はさすがに何も所持していないのは不味いと思い、拠点にあった包丁を皮袋に包んで携帯している。いやだって、自炊する気ないし。
古着を着ようとするとティトが文句を言ってきたが、さすがにフリル付きの衣装の上から鎧ってどうよ、という俺の説得に応じた。人目の多い場所であの服を着るには、そこまで俺は吹っ切れていない。もう一着のワンピースを勧められる前に、俺はセーターとハーフパンツを着用した。
そして今日からは、余程のことがない限りローブを着ないことにする。「みすぼらしいローブ姿の女」が「呪い士である」という噂ならば、見た目を変えるだけで多少は避けられるはずだ。昨日のハゲ共が今日現れないとは限らない。どんな意図があるかは知らないが、極力係わり合いになりたくないというのは自然な発想だろう。
一般的な呪い士とはかけ離れた姿だそうだが、俺は一般的な呪い士とは違うので関係ない。むしろ一般的な呪い士の出で立ちをすると、ソロで活動している理由を問われてしまう。説得力のある説明が出来ない以上、変な呪い士と思われる方が安心だ。
様々な自己弁護を行いつつ、ウェスタンドアを押し開ける。
キィと耳障りな音と共に店内に入ると、そこには既に三人の冒険者が朝食をとっていた。
「やあ。君が僕達と一緒にビートベアの退治に行く冒険者ですね。よろしく頼みますよ」
キラリと歯を光らせる優男。
そして、その男に対して黄色い声援を送る二人の少女。片方は無表情のままだが。
その光景を見て、俺はコートの内側に隠れているティトにこっそりと聞く。
「……この流れだったら、昨日の冒険者が仲間になるもんじゃねぇの?」
「実力不足ですから。ビートベアに対抗するのに、自殺志願者を連れて行くわけにはいかないのでしょう」
「それに人数が少ないみたいなんだが」
「五人で請ける依頼を四人で受けるんです。危険度は上がりますが報酬も増えますので、選択肢の一つではあるかと」
四人の冒険者と聞いて、カルロス一行がここに来るかと考えていたのに、とんだ肩透かしを食らった気分だ。実力不足なら仕方ないけども。確かに二匹倒せば上等、くらいの評価だったけども。基本的に俺が倒さなきゃならないんだから、それくらいでも良かっただろうに。
「僕はレックスです。よろしくお見知りおきを」
爽やかに一礼し、手を差し出す優男。言葉の端々から自信というものが満ち溢れているようだ。そしてやはり歯をキラリと光らせる。
後ろでキャーキャー言ってるような恋愛を求める女子ならば、これで心を掴まれたりもするのだろうが、俺は生憎男である。体はともかく、心まで変わったつもりはない。
レックスの所作を気にも留めず、
「ああ、今回はよろしく」
と、簡単に返礼するに留めておく。差し出されている手には触れない。
そのままおっさんの下へ行き、朝食を頼む。
「すまん、四人組の冒険者で丁度良い奴らが別口の依頼を請けちまってな。まあ、こいつらも腕は悪くないんだ」
「別にいいさ。もともと一人で請けさせられるところだったわけだし」
今日のメニューはグリーンサラダとスクランブルエッグのようだ。軽めだが、長距離移動を控えていると考えるとこの程度で済ませておく方が得策か。横っ腹がキュイーンとなるのは嫌だし。
おっさんが厨房へ戻った隙に、こっそりと三人の冒険者を見ておく。
空振りした手をじっと見つめている優男が、おそらくは唯一の前衛なのだろう。重厚な鎧にガントレット、プレートブーツまで着込んだ重装備。さらに特筆すべきは、背負ってなお背後から上下に広がる大型のカイトシールド。武骨なメイスをその裏に挟んだ、まさに盾役といった風体である。
そんな優男に近づく女は、二人とも色違いのローブを纏っている。ローブと言っても、俺が着ていた、みすぼらしく何の装飾もない安物ではない。フードや裾にはファーが付けられており見た目にも暖かで、前面部には金糸による豪奢な装飾も為されている。聞くところによると、その金糸には魔術効果が込められているそうで、熱や寒さといったものに対して防御効果があるそうだ。
女達に慰められる優男はあっさりと自信を取り戻したようで、再挑戦とばかりに俺に話しかけてくる。
「ところで貴女のお名前と、職業は?」
「藤堂雪、呪い士だ」
誤魔化そうかとも考えたが、包丁を武器にする軽戦士も居まい。それにこっちの店には呪い士で登録しているんだから、誤魔化したところで簡単にばれる。
「あら、貴方も呪い士なの」
レックスの後ろから声をかけてきたのは、赤いローブを纏った娘。身長は俺よりも大分低く、ウェーブがかった金髪がアンティークドールを思わせる愛らしい少女だった。人形と比喩した理由は一つ、無表情だったのだ。
「私も呪い士なのよ。少しくらいの大怪我なら治せるのよ」
「少しなのか大怪我なのかはっきりしてくれ」
「……骨折くらいなら何とか治せるのよ」
「便利なようで、微妙だな。レックス、実際どのくらいの怪我まで治せるんだ?」
自己申告が微妙にあてにならないので、リーダーであろう男に聞いてみる。
「ふむ。僕自身大怪我をしたことはありませんからね。獣から受けた傷程度なら何の問題もなく治癒できます。さすがに食いちぎられたことはありませんから、それ以上のことは分かりませんね。まぁ、彼女はまだ若いですから。これから先、きっと偉大な呪い士になって、肉体欠損ですら癒せると信じていますよ」
「……期待しすぎなのよ」
言葉とは裏腹に、満更でもない声で答える少女。顔に出ない分、声色には出るらしい。
「こっちとしては、そっちの子達の紹介が聞きたい。さすがに名前も職業も知らないままじゃ連携も何も無いからな」
即席のパーティーだ。積極的に連携を取るつもりはないが、足を引っ張るのもごめんだ。職業を聞いておいて、自分の立ち回りを考えることにする。
「なら私から言うのよ。アマリ、職業はさっきも言ったとおり呪い士なのよ。得意な系統は怪我の治癒。強化はまだ部分強化しかできないのよ」
この子の役割はヒーラーって所か。バッファーとしての能力はイマイチらしい。だが、優秀な前衛がいることだし、強化は後回しでもいいのだろう。まずは前衛が崩れないように治癒力を鍛えるというのは間違いではない。
次に進み出たのは青いローブを着た女。長い銀髪をポニーテールでたなびかせている。出る所は出て、引き締まるところは引き締まるという体型が、ローブの上からでも分かるというのはすごいのではないだろうか。
「あたしは魔術師のリオよ。属性は雷。どんな敵が出てきても、一撃で倒してあげるわ」
「魔獣でも?」
「……いや、それはさすがに無茶振りじゃない?」
「そうなのか。レックス、こいつどれくらい強いんだ?」
そもそも属性とかが分からん。後でティトに聞くとしよう。
「そうですね。僕も魔術師は彼女しか知りませんので基準が分かりませんが、僕が何度も殴りつけて倒す敵を、確かに一撃で倒しています。危ないところを何度も援護してもらっています。リオは無茶振りと言っていますが、一撃とまでは行かずとも、二度三度放てば倒せると思いますよ」
「何よその、根拠のない確信は」
呆れた声を上げながらも、顔は少し赤らんでいる。はいはいリア充もげろ。
「で、ユキは何ができるのよ。簡単な治癒くらいはできるの?」
「俺は肉体強化がメインだな。治癒に関しては、あまり期待しないでくれ。基本的にソロでやってたから、他人を癒したことがない」
「今まで一人でやってたの? よくそれで生きてこられたのよ」
生きてきたというか、まだこっちに来て四日目なんだけどな。態々言う必要もないだろう。
「優れた強化の呪いは、新兵であれど歴戦の勇士を上回ると言いますからね。もしかしたら、強化を使ったユキさんは、僕の防御をたやすく貫くかもしれません。侮らないことですね、アマリ」
「う……レックスが言うなら、きっとそうなのよ。一人でやれるくらい、強いのよね?」
何その無駄に絶大な信頼感。ベタ惚れじゃねぇか。
何だかもう反応する気力も失せてきた。
「どれだけ強いかは知らんが、それなりにはやるつもりだ。数の暴力だけは勘弁して欲しいところだけどな」
「違いありません。どれほど強かろうと、やはり戦いは数が物を言いますから。それを考えれば今回の依頼、ユキさんは適切な選択をしたのですね。他の冒険者に助っ人を頼むなんて、普通は取らない行動ですよ」
「そうなのか?」
「そうね。大体は分け前の問題があるから」
「貢献度で報酬をせしめようとする奴もいるのよ」
そうか、一つのパーティーならば貢献度も何もないが、複数のパーティーが組んだ場合は、いかに敵を倒したか、という面で諍いが起きるのかもしれない。
「だったら今回の報酬はどうなるんだ? 頭数で均等配分で良いのか?」
「え、何を言ってるんですか?」
「え?」
何か間違ってるか? 四人で請けるんだから、四等分じゃね?
「こういう請け方をした場合、パーティー数での均等配分なのよ」
「まさか。それじゃあ数が少ないほうが得じゃないか」
「そうでもないのよ。大した実力もないくせに、人数だけが多い奴らもいるのよ」
そういう危険性もあるのか。これは恐らく、足手まといを多く連れ歩けば分け前が増える、ということを除外するための決まりなんだろう。
「あんた、常識知らずなのね」
うるせぇ。常識どころか世界知識すらねぇよ。
ようやく来た朝食を黙々と食べることで、赤くなった顔を誤魔化しながら、報酬は折半ということで落ち着いた。
ビートベアとやらがどれほどの敵かは知らないが、呪い士として逸脱しない程度に働くことにしよう。




