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「害獣退治?」


 食事が終わって食休みを取っていると、おっさんが依頼の話を持ち出してきた。

 どうやら今のところ俺が適任らしい。他に頼めそうな冒険者は別口の護衛依頼等を請けており、動ける中でそこそこ腕の立つ冒険者が俺だということだ。駆け出しだというのに、買い被られたもんだ。


「ああ。東の平原にビートベアが出たんでな。普段なら農家の連中がやっちまうんだが、今回は群れを作ってるらしいんだ」


 ビートベア。ここにきて初めてファンタジーな種族名が出てきたぞ。ビートは、確か「叩く」とかいう意味だっけか。突進する様子とかを名前で表したんだろうな。意思疎通の呪いの効果で、本当にそういう意味かどうかは分からないが。

 ともあれ害獣か。農家でも対処できるような獣を相手に、冒険者が出張るというのはどうなんだろう。金が入るならそれはそれで良いんだが。


「群れを作ってると、どうして依頼になるんだよ」

「一匹なら囲んでどうにでもなるんだが、今回は八匹いるそうでな。もし退治に手間取ったら、仲間を襲われた他の奴が怒って突進してくるのさ。そうなったら大の男でも骨折、当たり所が悪けりゃお陀仏だ」


 骨折で済むのか。当たり所が悪かったら死ぬのは、相手が何であろうと同じだし。だが、農家が骨折などしたら仕事が出来なくなる。たしかにそれは死活問題だ。


「ティト、ビートベアってのはどれくらい強いんだ?」


 困ったときのティトペディア。


「以前の魔獣よりは弱いですよ。ただ、数は暴力になりますので。そうですね、駆け出しの冒険者であれば、この数はまず無理といっていいでしょう」

「今朝の四人組とか?」

「ええ。彼らでは、そうですね。魔術師の実力にもよりますが、倒せて二体まででしょう」

「あいつらが弱いのか、ビートベアが強いのか……」

「ビートベアが強いんですよ。この依頼は、適正な腕前の冒険者が、身の丈にあった装備をして、数を揃えて、はじめて完遂できるものですよ」

「ふむ」


 不適正な腕前の冒険者――次が三つ目の仕事――が、身の丈にあわない装備――というかほぼ無装備――をして、ソロ討伐――言わずもがな――を挑もうとしている。


「無理ゲーじゃね?」

「以前魔獣を一人で倒した方が何を仰いますか」

「あれはティトが守ってくれたからなぁ。今回は数が数だろ? さすがに難しいんじゃないか」

「いえ。ユキ様なら大丈夫ですよ。自信を持ってください」


 随分押してくるな。まぁ確かに、魔獣より弱いというのなら、たとえば火炎放射器等をイメージすれば上手に焼けそうだし、やってやれないことはないか。やりたくないけど。


「で、どうするんだ。請けてくれるのか?」


 おっさんがここぞとばかりに切り出してくる。報酬は銀貨八枚と、熊を解体した時の毛皮や肉の買取だ。適切に解体すれば、それだけで一匹辺り銅貨三〇枚にはなるらしい。八匹もいるので二四〇枚。合計すれば銀貨一〇枚分程度の仕事ということになる。断る理由は無い。


「ああ。明日の朝一で行ってくるよ」


 だがその前に、一つ聞いておきたいことができた。


「そういや、今日の依頼もそうだけど、この熊退治の話って他の店にも行ってるのか?」

「ああ、そうだな。運搬の依頼は人手が多いほうがいいからってことで色んな店に依頼を出してるが、こういう討伐依頼は大抵は一つの店にやるもんだ。討伐の場合、依頼人の方からは、先払いで報酬を預けなきゃならないからな」


 なるほど。銀貨八枚といえば結構な大金だ。そんな金をあちこちに先払いなんてしてられない。となると、必然的に俺達だけでやることになるわけだが。


「なあティト」

「駄目です」


 まだ何も言ってないのに! 心を読まないで!


「ユキ様、これは練習なんですよ。一対多なんて、これから先何度も訪れる戦闘なんです。今のうちに慣れておいてください」

「あんまり慣れたくない部類の話なんだが。というかサラッと自分を戦力から抜いたな?」


 何が悲しくてソロプレイ縛りしなきゃならないんだ。最終的にはソロプレイ必須なんだろうけども。悪魔の件もあるし。


「だが妖精のちびっ子よ。無いとは思うが、それで嬢ちゃんが怪我でもしたらどうするよ」

「無いとは思うがって何だよ。それと、怪我で済むのかよ。というかおっさん、俺一人にやらせようとしてたよな?」


 何だこの無駄な信頼。


「むぅ。ユキ様なら万に一つもあり得ませんが、それは確かに困ります……」

「ねぇ、俺どんだけ強いって思われてるの?」


 万に一つもあり得ないとか、それこそありえん。というかティトなら俺が普通に死にそうなの知ってるだろ。最下級の魔獣に殺されかけたんだぞ。


「どうする。こっちで適当な冒険者でも手配するか? この依頼なら五人でやるのが基本なんだが」

「待て、ならどうして俺だけに任せようとした!?」

「そうですね。でしたら後四人お願いします」

「あっれ、ティトさん。やっぱり自分を戦力から抜いてませんか」


 攻撃能力はどれほどか知らないが、防御能力は明らかに図抜けている。タイマン限定、とか制約があるのかもしれないが、周りにさえ気をつければ今回の依頼も無傷で達成できる可能性はある。

 まぁ、ティトが矢面に立つということは、俺が妖精憑きというド変態に誤解される可能性が高くなるわけだから、居ないものとして扱うのは精神的に良いのかもしれない。ティトとて、あらぬ誤解を受けるのは気分が悪いだろうし。


「何かもう突っ込むのも疲れた。今日は帰って寝るよ。明日、東門に行っておけば良いのか?」

「いや、一度紹介しなきゃならんから、先にここに来てくれ」

「ん、分かった。それじゃあまた明日な」


 そんな軽い会話をして、俺は拠点に戻ることにした。

 少々ティトに聞きたいことも出来た。


「なあ。ティトは他の奴らに見られたらまずいのか?」


 人目の多いところでは、ティトはあまり表に出ない。

 大体が俺のローブの内側に入っていたり、フードの中で頭に乗っていたりだ。

 まぁ、おっさんの店では普通に飯食ってるけど。あれはこちらに注目が集まらないことが多いからな。皆、飯に夢中で。


「妖精は、滅多なことでは人に加護を与えません。人里に出てくる妖精は、それだけでよからぬ企みに利用されてしまうものです。ですから、あまり大勢に見られることは得策とはいえません」

「誘拐とか?」

「そうですね。一時期はそうやって捕まった同胞が沢山居たそうです。助けに向かった同胞が、さらに捕まるということもありました」

「そりゃ慎重にもなるわな」

「解放を条件に多大な加護を要求する人族も居たそうです。解放された例はありませんでしたが」


 自然を好む妖精だ。人に捕まれば、それは籠の中の鳥よりも悲惨な状況だろう。搾取されるだけの日々を過ごすことになる。それでもなお助けられず、幾多もの妖精がこの世から消えたという。何ともやるせない話だ。

 だったら。


「今回の依頼は隠れてるか?」


 俺の魔法と同じように、ティトの存在も隠しておくべきだ。既に存在を知っているあの冒険者達ならばともかく、あえてひけらかす理由も無い。

 妖精憑きの呪い士。

 呪い士さえ無力化してしまえば、妖精は簡単に捕獲できる。そして呪い士に攻撃能力は無い。

 たとえ腕が良かろうとも、数で囲めばそれで終わりだ。

 悪意のある者から見れば極上のカモ。


「そうですね。今回は表に出ないようにします」


 ゆっくりと。しかし強い意志を込めて、ティトは口を開く。


「ユキ様は一度、私抜きでの戦闘を行うべきだと判断しました」


 あれ。俺の意図してた反応と違くない?

 もうちょっと湿っぽい話というか、身の安全を重視した話だったと思うんだけど。

 なんでこう、練習台みたいな扱いになってるんだろうね、今回の依頼。

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