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69

・攻撃しかける

・防がれる

・魅了仕掛けられる ←今ココ

 もうろうとしたいしきのまま、ぼんやりとめをひらく。

 ゆがんだしかいにうつるじょせい。

 こまくをふるわせるこえは、とてもとてもあまいひびきをもっている。


「気分はどうじゃ?」


 とても、きもちいい。

 なにもかんがえたくない。

 もっとほしい。


「そうか。ならば、妾にもっと身を寄せよ」


 いわれるままにからだをあずける。

 じぶんのくちから、あまいといきがもれる。


「そろそろ潮時と思っておったが。まさかこの土壇場で、斯様な魔力持ちがやってくるとはの?」


 じょせいのてがあたまをかかえる。 


「森人共の魔力もそれなりに良質ではあったが。主じゃな? 成功例を台無しにしてくれたのは」


 ぽふりとだかれてむねにあたまがうもれる。


「真種と比べてどうかは知らぬが、主を素体にすれば、さぞ強き魔獣が生まれよう」


 やわらかいかんしょくに、ちからがぬける。

 あごをもちあげれられ、しかいいっぱいにじょせいのかおがうつる。


「加えて、真種の魔力で作った魔獣ならば妾の配下として申し分のない働きをするじゃろうなあ」


 くちびるにかるくふれるやわらかなかんしょく。

 ああ、もっと、もっとほしい。

 うでをのばしてひきよせる。


「くっふふ。主が連れてきた娘が、あやつの言っておった真種じゃろう。全く、手土産持参とは大儀じゃ」


 からめたうでに、じょせいのみみがふれる。

 もふもふときもちのいいけもののみみ。

 さんかくにとがったきつねのみみ。


「さ。存分に睦み合おうぞ」


 きつねの……みみ?

 きつね……きつね?

 そしておもいうかぶ、あかいかみのきつねの女性。

 両手をポンとうち鳴らし、そしてこちらに左手をさしだす姿。

 その手を取ろうとして、思わず。


「あ、ぶ、ねぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 後先構わず、全力で魔力を放出した。

 力の方向性も定めずぶっ放した魔力の奔流は、部屋中を荒らし回り内部を破砕する。

 調度品は元より、転がっている死体も天井や壁に叩きつけられ、落下し、放り出される。

 もちろんそれは魔獣も例外ではなく、嵐に飲まれるように吹き飛んでいく。

 壁に叩きつけられ、空気が肺から絞り出されるような声が反響する。


「がっ、はっ――!」


 足に力が入らず、かくんと膝をつく。何とか手で支えて、崩れ落ちることだけは免れる。

 前を見ると、ずるりと落ちてきた魔獣が膝を折る。

 床に赤い液体を吐き出している。

 大してダメージを与えた気はしないが。


「くっ、ふふふ。そうか、そうかそうか。主はもう別の狐に誑かされておったわけか!」

「うるせぇよ変態!」


 そもそも誑かされてなどいない。

 仮にイリーヌさんのことだとしても、耳を甘噛みされたり胸に顔を埋められたりしただけだ。

 決して誑かされているわけではない。むしろこいつにヤられたことの方が、そういう意味に近いんじゃないか。


「かふっ。……ここは撤退したほうが良さそうじゃの。このまま主とやりおうていたら、思わぬ痛手を負いそうじゃ」


 よろよろと立ち上がりながら、窓枠に手をかける魔獣。野郎、窓から飛び降りでもするつもりか?


「……っ逃がす、かよ!」


 照明はまだ付いている。幾らかは壊れたようだが、影を操るには不足している。

 距離を詰めようにも、まだ足に力が入らない。ならば、とイメージしたものはマジックハンド。

 腕を伸ばし、奴の首を絞めつけるように力を込める。


「ぐっ!?」


 魔獣の顔が苦悶に歪む。ハッ、ざまぁ。そのまま捻り潰してやる。

 さらにぎりぎりと力を込める。

 焦ったように振り解こうとするが、奴の腕は空を切る。

 首を絞めているのは、実体ではない。どんなに腕を暴れたところで、振り解けるわけもない。

 だが、奴はそこでにやりと笑む。

 何を思ったか、そろりと腕を上げ、不可視の腕をぞろりと撫でる。


「!?」


 触れられるはずがない。

 だというのに、奴の指先の感覚が、俺の手に伝わる。

 手の甲を、さすりさすりと。

 指先で、指の一本一本を摘まむように。

 腕の内側を、手のひらでさするように。


「あ、ぅぐっ!?」


 首の裏に響く言い知れない感覚に、思わず手を離してしまう。

 魔獣は咳き込みながらも、痕の残った首を撫でながら、こちらを蠱惑的に見つめる。


「魔力で作った腕、じゃな? なれば、魔力を込めれば触れられるのは道理じゃて」


 んな道理知るわけねぇ。

 叫びたかったが、腕に残った気色悪い感触を先に拭いたいという気持ちが勝った。

 くそ、ここで逃がすと面倒なことになりそうだってのに。

 なにせ人型の魔獣だ。たった一匹で、この街を大混乱に陥れた張本人だ。

 人間社会を知りつくし、人間を意のままに操る女怪。そんな奴が、別の場所で力を蓄えればどうなるか。

 考えたくもない。

 ここで仕留めてしまう必要がある。

 小細工はどのような反撃をもらうか想像が付かない。

 ならばもっと単純で、純粋な暴力が必要だ。

 ()()()()()()()()()()()()()()

 ここで殺しきる。

 轟、と。俺の周囲に赤い光が付き纏う。


「っ! 室内で火じゃと!? 何を考えておるのじゃ、主は!?」

「うるせぇ、後先考えてねぇだけだ!」


 火事になるかも、とか。兵士の遺体が、とか。そんなことはどうだっていい。今の死体よりも未来の生者だ。

 今ここで奴を仕留め逃すことほど、全人類に対する害悪はない。

 気合を入れて立ち上がる。

 足元から噴出する炎。

 一瞬にして館の一角が炎の渦に飲み込まれる。

 窓に指を向け、火の球を飛ばす。

 窓際の魔獣が、大げさに身を捻る。


「なぜじゃろうな。火の魔術なぞ恐れる謂れはなかろうに、主のそれには触れるなと、妾の本能が警告しおる」

「なぜだろうな。不思議なこともあるもんだ」


 狐が壁を背に俺からじりじりと離れていく。

 外に逃げられる道は、炎で塞いだ。

 窓も扉も、既に業火に飲み込まれている。

 壁際に行ったところで、それは逃げの一手にはなりえない。

 俺自身をも蝕む灼熱の世界だ。

 ほんの一呼吸ですら肺を焼く。

 流れ出る汗すら、落ち切る前に蒸発する。

 そんな状況下では。


「馬鹿げておる! 心中するつもりか!」

「馬鹿だからじゃね。心中する気はねぇが」


 俺は自分の頭が良いなどと思ったことはない。むしろ足りない方だとすら思っている。

 敵がいて、ぶっとばして、それで全てが解決する。そんな状況がシンプルでいい。

 でもこいつは違う。

 ぶっとばしたところで、死んだ人間は帰ってこない。壊れた人間は元に戻らない。

 こいつを殺したところで、森人たちはもう帰ってこない。

 くだらない野心のために。

 真種だか何だか知らないが。

 たかだかそんなもののために。

 フィルは家族を奪われた。

 仇を討ったところで、もう誰も居ないんだ。誰も、彼女を抱きしめない。


「そうだ。俺は馬鹿だからな。こんな風にしか、できないんだ」


 もう取り戻せないものがあるなら。

 その原因を取り除くしか。

 他の被害者を増やさないために。


「だから」


 体勢を低く、突進する。

 奴の逃げ場は炎の壁で封じる。横にも後ろにも逃げ場は無い。

 死中に活を見出すのならば、それは俺に向かってくること。

 想像通り、奴は俺に向かってくる。

 恐らくは魅了の術式を全開にしながら。

 脳が攪拌されるような衝撃。

 知ったことか。

 小難しいことは考えない。

 今俺が考えるべきは。

 この魔獣を殺すこと。

 それだけだ。

 魅了が効かなかったことに、奴の顔が悲痛に歪む。

 その顔が見たかった。

 口の端を吊り上げ、軽く跳躍。

 炎を纏った手で、直接魔獣の顔を掴む。

 じゅうと肉の焼ける音。

 魔獣に肉なぞあるわけがないのに。


「あ、が、あああああああああああああ!?」

「は、はははははははっはあはははは!!!」


 狂ったように叫ぶ。

 喉が爛れ、肺が焼かれ、肌が粟立つ。

 だから何だ。

 決してこの手を離すものか。

 消えぬ炎を身に纏い、掴んだ魔獣の頭を地面に、壁に、叩きつける。

 その度に悲鳴が大きく響く。

 ああ、なんて心地良い。

 だが、足りない。

 この程度では腹の虫が収まらない。

 もっと。もっとだ。

 もっと衝撃を。

 もっと慟哭を。

 もっと悲鳴を。

 ちらりと窓を見る。

 ああ、そうか。ここは確か三階だったな。

 ここから地面に叩きつければ。

 さぞかし小気味良い音が響くだろう。


「あ……あ、やめ、て……」


 窓枠に足をかけ、軽やかに宙へ舞う。

 炎が風に舞い、さらに勢いを増す。

 体は重力に従い、浮遊感と共に速度を増す。

 地面に到達する寸前、腕を伸ばして魔獣の顔面を叩きつける。

 こしゃあ。

 思ったよりも軽い音が夜闇に響く。

 もっと鈍い音が鳴るかと思っていたが。


「……まだ生きてんのかよ。しぶといな」


 手を離すことなく、アイアンクローのまま魔獣を持ち上げる。

 見るも無残な様子ではあるが、息があるようだ。

 腐っても魔獣。中々にタフなようだ。


「まぁつまり」


 手に力を込める。謎の防御能力により、ただの圧迫には意味がない。


「第二ラウンド、開始できるわけだよな?」


 だが、魔力を込めればどうだ?

 もう一度、炎を呼び出す。


「ああああああああああああああ!?」


 俺の腕を振りほどこうと、奴の手が俺にかかる。

 その力は脆弱で、とてもこれがこの世界の天敵たる魔獣だとは思えない。

 これならば異形の魔獣の方が、よほど強かろうに。

 いや、それも人型の特徴かもな。

 純粋な戦闘力ならば異形に劣る。が、特定の状況下や、条件を整えれば無類の強さを発揮する。

 こいつは後方支援、撹乱タイプの魔獣だった、と。


「サッカーしようぜ、ボールはお前な!」

「げぇ……っは――!?」


 蹴り足に魔力を纏わせるイメージで、喚く魔獣を放り投げて蹴り飛ばす。

 くの字に折れた体が、地面に数度バウンドする。

 ふむ、あまり手応えが無かったな。やっぱり格闘プラス魔法はまだ無理か。もっとイメージを練らなければな。

 疲労感はあるが、まだまだ余力はある。

 軽い足取りで近づくと、魔獣が突如として跳ね起きる。


「く、ふ……ふふふ! 手を離しおったな? これだけの距離があれば、逃げることなど容易いわ!」


 そういえば先ほど、あいつは窓から逃げようとしていたな。

 だけど、それは無理なんだよ。

 逃がすと思っているのか? 逃げられると思ったのか?

 踵を返し、敷地外に向かって走り去ろうとする魔獣を追う。

 さすがにアドバンテージを取られすぎて撒かれては追いつけないだろうが、この距離ならば問題はない。

 奴が壁に取り付こうとしたところで。


「結界、発動だ」


 何かにぶつかり、尻餅をつく魔獣。


「な、何じゃ、これは!? こんなもの知らぬ! 知らぬぞ!?」


 当たり前だ。それは俺が、ガロンゾ達から逃げているときに蒔いた種なんだから。

 高純度魔力結晶。

 魔道具の燃料にもなるそれは、結界の基点としては有用だろう。

 実物を見れば、真似事くらいはできる。

 結界というものの存在も知っている。

 だから、後は妄想で補えるわけで。

 つくづく魔法ってチートだわな。

 わざと足音を立てて近づく。


「く、このようなところで……!」


 さらに逃げ出す魔獣。黒い姿と相俟って、日の落ちかけた薄闇に姿が溶けていく。

 無駄だっての。

 俺の結界は、この屋敷の全周囲に張り巡らせている。

 逃げ出す隙なんざありゃしねぇ。

 ただ、あまり距離を離され過ぎると、この敷地内で狐狩りをしなきゃならないからな。

 そんな面倒はごめんだ。

 逃げる魔獣を追い、走り出す。

 が。


「な、あ――」


 断末魔にしてはあっけない、それでいながら、明らかに命の途切れた音がした。

 何が起きた?

 その答えは、あっさりと分かる。

 魔獣を貫くブロードソード。

 心臓を一突き。即死だろう。

 その武器の持ち主は。


「アンタか」


 無精ひげを生やした、胡散臭いオッサン。瞬突舞踏のハーケン。彼が、相変わらずニヤついた笑みを浮かべながら立っていた。

 口から赤い液体を垂らした狐魔獣が力なくぶら下がった武器を手に。

 これが街を混乱に陥れようとした女怪の結末。

 何というあっけない幕切れか。


「おっと悪いね。お嬢ちゃんの獲物だったか」

「……別に。確かに、この手でぶち殺したかったが」


 今更のこのこ出てきて、とは思うけど。

 やり場の無い怒りをどうすればいい。


「おっと、睨まないでくれよ? オジサンだって、上からここを調べろってお達しが出たんだよ。そしたら魔獣が飛び出てくるだろう?」

「よく、そいつが魔獣だって分かったな」


 見た目には狐族の獣人だ。人型の魔獣が存在する、なんて情報を掴んでいるとは思えないが。


「あっはっは。見りゃ分かるよ、こんな禍々しい奴」

「あぁ、そうかい」


 見りゃ分かると来た。これだから熟練の戦士って奴は。

 しかし、このオッサンが魅了されなくて助かった。敵に回っていたら、確実に殺されてるだろ俺。


「んー? どうしたんだい、オジサンのことをじっと見つめて」

「いや。狐に魅了されなくて良かったなって」

「ああ、そんなことかい。簡単さ」


 簡単、だって?

 兵士達をあっさりと同士討ちさせ、俺ですら危険な状態だった、この魅了が?


「三尾の狐だったからね、魅了は視覚によるものだろう? だったらこいつがオジサンを認識する前に、死角に入って一撃。それでお終いさ」


 ね、簡単でしょう? ってか。やかましいわ。

 そんな芸当が出来るのはテメェくらいのもんだろうよ。

 第一、魔獣の防御能力はどうした。いや、あの武器が業物であれば可能か。


「さて、オジサンは報告に戻らなきゃいけないけど、お嬢ちゃんはどうする?」

「まだ遣り残したことがある。もう少し留まるよ」

「分かった。上には上手いこと言っておく、で良いのかな」


 そして似合わないウインク。うっわ悪寒がする。吐きそう。


「面倒事は嫌いだろう? それとも、貴族殺しだの、あるいは首都の救世主だの、騒がれたいかい」

「はっ、そいつは勘弁だ」

「だったら、オジサンに任せておきなさい。悪いようにはしないさ。また会うことになるとは思うけど」


 言いながら、魔獣の残骸を担ぎ上げ、踵を返すハーケン。

 上、ね。

 多分、ガロンゾが報告に戻らせた兵士からの情報だろうけども。

 この事件、俺は一体何が出来たんだろう。

 守るべき森人達は全滅。

 首魁は殺し損ねる。

 マイレのことが気がかりだが、それは後回しでいい。何を企んでいるにしろ、狐魔獣が居なければ、大きな動きはできないだろう。


「あー、そうだそうだ」


 去っていくハーケンが暢気な声を出す。

 そして魔獣の首を刎ね、胴体をこちらに投げ飛ばしてくる。


「ここまで追い詰めたのはお嬢ちゃんだもんねえ。オジサンは首だけあればいいし、そっちは持っていきなよ。魔獣の核もそっちに入ってるだろうし」

「いや、こんなん貰っても」


 どうしろと。

 俺の逡巡に構わず、ハーケンは言葉を続ける。


「良いかいお嬢ちゃん。冒険者だったら、手柄には敏感でなくちゃ。横から掻っ攫っていく悪人だっているんだからさ。危うくオジサン、悪い人になっちゃうところだったよ」


 それじゃ、と手を振りながら遠ざかるハーケン。

 残される俺と死体。全くもう、何がなんだか。

 ともあれ魔獣の死体を影に収納し、ハーケンとは逆方向、来た道を引き返す。

 見上げた階には、火の手は無い。恐らく意識を切ったから火が消えたのだろうが。

 だが、兵士達の遺体は恐らく焼け焦げているだろう。所属も出自も分からないほどに。


「……ちっ」


 彼らのことを思う。胸に込み上げるこの感情は何だ。

 謝罪か? 後悔か?

 答えは出ない。

 だが歩みを止めるわけには行かない。

 後始末が、まだ残っている。

評価・ブックマークありがとうございます。

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