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 ガロンゾと並んで屋敷を進む。

 後ろから着いてきている兵士たちは、俺が無視している扉を一つずつ丁寧に覗き込んで中を確認していく。

 レーダーにも大した反応が無いから無視しているのだが、それを明かす必要は無い。

 傍から見ればとんだ不調法者だろうに、使用人達は相変わらず俺達を居ないものとして扱うように、淡々と業務をこなしている。

 それはいっそ不気味で。


「チッ。吐き気がすらあ」

「同感だ」


 ガロンゾの言葉に同意する。

 親父さんの仲間の件から考えれば、きっと彼らは元には戻れない。

 自分の意思を殺され、破壊され、誰かの良いように使われるなど虫唾が走る。

 出来る事ならば、地下に居るフィルやエウリアを即座に回収して、この敷地を消し炭にしてしまいたい衝動に駆られる。

 今の俺なら、きっとそれは不可能ではない。

 心に渦巻く黒い怒りを、そのままイメージして放出すれば。


「おいおい、こんなところで魔術を使うのはやめてくれよ。炎が出てるぞ」

「気にすんな」


 おっと、漏れていたようだ。だがそれも仕方あるまい。

 色々とフラストレーションが溜まっているところに、都合良くぶつけられる相手がすぐそこまで来ているのだから。

 レーダーには、微動だにしない光点が複数ある。そのうちの一つが、少々離れた場所にぽつんと位置している。

 恐らくは、こいつがセイネルとやらだろう。この方向に居るのかどうか確証なんてないけども。


「しかしユキよ。随分と迷いなく歩いているが、場所が分かるってのか? 扉も無視しているしよ」

「勘だ」

「なるほど。そいつは当たるだろうな。女の勘って奴は、いやに鋭いからよ」


 誰が女だ。俺か。チクショウ。

 軽く舌打ちをして、歩むペースを上げる。

 通路を幾度か曲がると、さらに上へ向かう階段が見えてきた。

 でかい屋敷だとは思っていたが、一体何階まであるんだ。

 三階四階で済めばいいが。

 若干、嫌になりながら階段を上る。


「……待て。何か、臭うぞ」


 ガロンゾが俺を止める。

 狼の嗅覚で何かがあるというのならば、実際に何かあるのだろう。

 上りきる前に、壁に身を寄せてレーダーを展開する。

 ふむ。


「数は二十かそこらか。並んでやがるな。待ち構えられてんのか、どうなのか」

「臭いだけでそこまで分かるのかよ」


 レーダーで把握できている情報とほぼ同等だ。嗅覚ぱねぇ。

 さて、一体何が居るのやら。

 碌な予感はしないが。

 そっと、上階の様子を窺う。


「――!?」


 そこには。

 ずらりと。

 立ち尽くす森人達。

 壁際に。

 延々と。

 微動だもせず。


「おいおい、こいつは驚いた。精巧な人形だって言われても信じちまうぞ」


 動く気配が無いと悟ってか、ガロンゾが階上に歩み出る。

 つかつかと森人達に近づき、目の前で手を振ったり顔を覗き込んだり。

 そこまでされても、身動ぎ一つしない森人達の様子に。

 眉間に皺が寄る。

 使用人達は、平常業務を命じられており、その通りに行動している。

 では、彼らは?

 ここに突っ立って、何もしない。

 時間が来れば地下へ行き魔力を吸い取られ。

 そしてまた時間が来ればここで立ち尽くす。


「人を馬鹿にすんのも、大概にしろよ……!」


 人間を物や機械のように扱う。

 ここまで行動を制限し支配する黒幕の力に恐れはするが、それ以上に怒りが込み上げてくる。

 怒りのままに拳を振るう。

 壁が陥没し、建物全体がズシンと揺れる。

 拳を引き抜くと、パラパラと砂礫が零れ落ちる。


「おいおい。気持ちは分かるが、体は大切にしろよ?」


 見れば、少々血が出ている。

 そりゃそうだ。いくら力が強くても、体の強度は大して高くないんだから。

 後ろからやってきた兵士が、応急処置としての薬を差し出してくる。

 気が利くな。だけどまぁ、手持ちの薬があるからいい。

 そっと手で制して、懐の影からヒールポーションを取り出して傷口に塗布する。じくじくとした痛みは残るが、傷は癒える。

 そう、これで良い。少々痛いくらいが良い。その痛みが、俺を冷静にさせてくれる。


「つーか、なんつー馬鹿力だよ。まあ俺らを撒くときも、地面を蹴りつけて瓦礫をぶちまけてたか」


 ガロンゾが何か言っているが、悪いが聞く気にはなれない。

 森人達が並ぶ間を通って、奥へ奥へと進む。

 俺達のような不審者が堂々と目の前を通っているというのに、彼等には何の動きも見られない。

 そういう風に、命じられていないから。

 兵士達を置き去りに、通路を進む。

 この先に、ぽつんと。

 たった一つだけ反応がある。

 恐らくはそいつがセイネルだ。

 そいつが黒幕だろうが何だろうが関係ない。

 少なくとも、森人達を、使用人達を。

 人間を玩具にしていることに変わりはない。

 キリカ、エウリア、フィル。

 俺の知人に手を出したことを。

 死すら生温いと思えるほどに。

 後悔させてやる。


「随分と豪奢な扉だな。ここが領主の部屋か?」


 暫く通路を進むと、赤い布張りの扉が見えてきた。

 金細工のドアノブや、精緻な飾りが施されたそれは、確かに豪奢だ。

 一目で、この奥に居る人物の地位や立場を理解させる。

 そんな扉の前に立つ。

 今までの流れならば、きっと何かしらの罠が仕掛けられているだろう。


「総員警戒。相手は怪しげな術を使うかもしれん。あんな風にはなりたかねえだろ?」

「はっ」

「制圧戦だ。槍と剣は構えろ」


 ガロンゾが兵士達に指示を出す。

 数名程度が前後に分かれる。

 中の制圧と、外からの援軍を防ぐ構えだろうか。


「気をつけろよ。扉にも何か仕込んでるかもしれねえ」

「ああ」


 だが、知ったことか。

 ドアノブには触れず。

 扉から離れ。

 手を翳し。


「爆ぜろ」


 瞬間。

 轟、と。

 イメージするものは爆発。

 扉が爆発四散する様相を、克明に想像する。

 それはまるで工事現場。

 巨大な鉄球が、コンクリートを、発泡スチロールのように破砕する映像。

 扉が割れ、ひしゃげ、粉砕される。

 通路には逆風のように大気の流れが乱れる。


「んなあっ!?」


 兵士達が驚愕の声を上げる。

 風が収まったそこには、ただの木片の残骸が散らばっており。

 そしてその奥から。


「……随分な挨拶じゃのう」


 女の声が響いた。

 後ろ向きに背の高い椅子に腰掛けており、こちらから奴の様子は把握しきれない。

 だが、その女の声にいち早く反応したのはガロンゾだった。


「貴様、何者だ?」


 手信号を送り、兵士を率いて部屋に突入する。


「セイネル・ツー・トライヤベルク卿は、どこへ行った?」

「え?」


 その女がセイネルではないのか?


「これは異なことを。妾こそがセイネルじゃが?」

「ふざけるな! トライヤベルク卿は、男だろうが!」


 なるほど。ガロンゾは、実物を見たことがあるのか。だからこそ、そこの女を誰何したわけか。


「なるほどのう。汝はあやつを知っておったのかえ。じゃが、残念じゃの」


 そこで言葉を切って。

 椅子を、キィ、と回転させる。

 そこに居たのは。

 干からびた男の首を携えた。

 ()()()()()()


「今はこのザマじゃて」


 厭いたように言い捨てる狐耳の女。

 その物言いに、肩を震わせるガロンゾ。


「こ、の、雌狐があああ! 総員、奴を殺せ! 貴族殺しの罪を贖わせろっ!」


 ガロンゾの号令に、兵士達が武器を構える。

 部屋の外にいた人員までもが一歩踏み出し、狐に突撃する。


「ほほ、面白いことを。やってみるかえ?」


 瞬間、甘ったるい匂いが鼻腔を擽る。

 ぞわり。

 背筋が総毛立つ。

 何だ、この感覚。

 いや、待て。

 そもそもあいつは何だ。

 キツネ耳?

 狐族は、今、この街には居ないはずでは?

 黒く長い髪、赤い瞳、病的なまでに白い肌。

 背中と足を大きく露出させた、黒い洋装に身を包んだ奴の背後には、三本の尻尾。

 武器を構えた兵士達に、今にも襲い掛かられようとしているのにも関わらず。

 片手で男の首を弄ぶそいつの顔には、殺到する兵士達の前ですら余裕の表情しかなく。


「……あ」


 気付いたときには、既に遅かった。


「死合え」


 雌狐の言葉一つで。

 部屋に。

 死が、充満した。

 殺傷のために突き出した武器は正確に。

 互いの胸を、首を、急所を刺し貫き。

 白い壁を。白い床を。真紅に穢す。


「な、に、が……」


 部下の槍に串刺しにされたガロンゾが、血を吐きながら状況を問う。

 だが、兵士たちは既に事切れ、物言わぬ骸と化して床に這い蹲っている。


「ちき、しょう、が……」


 最後の力とでも言うかのように、彼は手に持った武器を、雌狐に投擲する。

 狙いは正確。

 死の間際とはいえ、獣人の膂力で放たれた武器が、雌狐の頭を捉える。

 それを。


「つまらんのう」


 避けもせず。

 額で受ける。

 だというのに。

 そこには傷一つ無い。


「はっ、ははは」


 そうか、そういうことかよ。

 そりゃあ、人工的に魔獣を作ろうとするはずだ。んな人間が居るはずもない。当たり前だ。

 魔獣を作ろうとしているのが、当の魔獣なのだから。

 人型の魔獣の脅威は説明された。

 魔獣が現実の生命体を象った場合、その生命体の特質をも引き継ぐことになる。

 例えば、ビートベア型の魔獣の場合ならば、強大な瞬発力と、仲間意識を持つ。

 それが人間ならば。

 人以上の身体能力や防御能力を持ち、人と同じように学習し、知識を集積する存在であり。

 そして、元の特質を継承するというのだから。

 森人が元になれば、強大な魔力を持つだろう。

 岩人が元になれば、物作りに堪能になるだろう。

 そして獣人ならば。

 狐族の特性は。

 

「魅了の、術式」


 三本の尾を持つのなら。

 相応に強力な魅了の力を持っている。

 人を壊し、廃人化させ、意のままに操る程度には。

 血の海に沈みつつある部屋に、優雅に立ち続けるその姿はいっそ艶やかで。

 気だるげに、こちらに視線を送るそいつに、再び、ぞくりとした感覚を覚えた。


評価・ブックマークありがとうございます。

誤字脱字のご指摘、感想等よろしくお願いします。


ところで次回更新分の内容が少しばかり真っピンクなんですがどうしましょう。

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