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明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。
黒い屋根の建物へと走る。
敷地の外周に沿って移動していたから、目的地を見失わずに済んでいる。仮に見失っても、ティトのサポートがあるから大丈夫だとは思うけどさ。こういう状況だと時間のロスが惜しい。
敷地内は不可解なほどに人気がなく、本当に警報の結界が作用したのかどうか。
問答無用で逃げるためのものであれば、この状況も頷けるのだが。
しかし先ほどの兵士の集団の中に、黒幕の手の者が紛れ込んでいたのだから、ここから出動したはずだろうに。
「考えても仕方ない、か。今は全力で突撃あるのみ、だ」
「それでこそユキ様です」
「さすが、お師匠、様です」
「そういうのやめてくんない?」
フィルはまだ良い、純粋な尊敬だろうから。でもティトさん、貴女確実に馬鹿にしてますよね。
「失敬な。ここ最近、休むに似た思索を巡らせていたから、純粋にそう思ったまでです」
「下手の考えってことですよね!」
幸いと言っていいかどうか、進入地点と目的地は門からそれなりに遠いため、今のところレーダーを見ても追手が来るまでは時間がありそうだ。
どの建物に入るかが知られなければ、さらに時間は稼げるだろう。
第一、ここの私兵じゃない奴等が、敷地に簡単に入れるわけがない。
騒ぎを起こした賊が入り込んでいるから、余計に厳重になっているはずだ。
洗脳済みの奴等が先頭に立ったなら話は変わってくるが、それはできないだろう。むしろ逆にそういう行動を取れるのなら、それもまた一つの情報だ。思ったよりも融通のきく性能だってことがな。
「そろそろ到着だ。しっかり掴まってろよ」
抱えているフィルに告げ、腰に手を回して来たことを確認。
込める力をさらに強め、一足飛びに屋敷に接近する。やはりこの風を切る感触は良いものだ。
派手に窓や扉をぶち破っても良いのだが、音やら何やらで場所を特定されるのも癪だ。
窓際に着地し、光学迷彩を改めて展開。フィルを地面にそっと下ろして、中の様子を窺う。
室内は暗く、人の気配がしない。レーダーにも殺意感知にも反応が出ているが、若干遠い位置だ。感覚的には二階か、三階だろうか。
ふむ。これならば乗り込んでも大丈夫そうか?
「誰も居ない、っつー異常さを除けば、だけども」
「ええ、炊事の気配すらしないというのは考えられません」
「中で、何か……?」
ああ、何かは起きているんだろうな。
そればかりは入らないことには分からない。
姿勢を低くして入り口に回る。
荘厳な造りの玄関だ。重そうなドアノッカーも付いている。
が、悠長に鳴らしてやる義理は無い。
ゆっくりと扉を引く。
「む」
やはり、というべきか。鍵が掛かっている。
こういうのって、内側からの閂タイプだろうか。それとも掛け金式だろうか。
どちらにせよ構うものか。
そのままゆっくりと、扉を引き続ける。
馬鹿力はこういう時に使わなきゃな。
ミシリ、バキャリと嫌な音を立てながら、扉が開く。
「よし開いた」
「壊したんですよね」
良いじゃん、結果は変わらない。
入ったところは玄関ホールであり、見上げれば豪奢なシャンデリアだの二階へ続く階段だのが見える。
足元はふかふかの金糸で縁取られた赤い絨毯が敷かれている。イメージ通りの貴族邸だな。
ざっとホールを見て周るが、おかしなところはない。
別段荒らされた様子もなく、ただ人気がないだけである。それが一番の異常なんだが。
「綺麗なもんだな。掃除だって行き届いているし」
まるで、ついさっきまで生活していた人間が、唐突に人が消えてしまったかのような。
「……何だか、怖い、です」
フィルがぎゅっと服の裾を掴んでくる。
ああ、確かに不気味だ。
物音一つしない薄暗い空間。ホラー映画だのホラーゲームだのを思い浮かべてしまう。
例えば、急に扉が閉まって鍵が掛かってしまうとか。
物理的に破壊したから、ありえないんだけどもさ。
「さて、行くなら上、か?」
ちらりと階段を見る。開け放した玄関から差し込む明かりが届かないそこは、暗さと同時に恐ろしさを増している。
「いえ、ユキ様。地下があるようです」
「マジで」
ティトが指差す方向は、階段の裏手。玄関側からは隠された位置にある扉だ。
レーダーの反応は上下方向に微妙に非対応だからな。大体の距離は分かるが。そうか、上じゃなく下だったか。
扉は半分程開いており、地下へと続く階段が、薄明かりに照らされている。
「光源、どこだ?」
現状、直接の光源である玄関や窓からは隠れた位置にあるこの階段。どうして薄明かりがあるのか。
警戒しながら、階段を覗き込んでみる。
どうやら、階下に何かの明かりがあるようだ。
蝋燭だの松明だのじゃあ考えられないような光量のものが。
「何だと思う?」
「詳細は分かりませんが、碌なものでないことは確かです」
「だろうな」
貴族の屋敷で地下だ。ロケーションとしては最低最悪の場所だろう。嫌な予感しかしない。
だが怖気づいてもいられない。鬼や蛇が出ることが分かってはいるが、行くしかないわけで。
震えるフィルを勇気付けるように抱きしめる。決して俺が怖がっているわけじゃない。
扉をくぐり、一歩一歩、螺旋状になっている階段を下りていく。
「……? 何か、聞こえねぇか?」
「声、でしょうか」
数段降りたところで、何かが聞こえてきた。ティトは声だと感じたようだが。確かにそんな感じはする。ただし、話し声のようなものではない気はする。
「降り、ましょう」
そうだな。降りなきゃ何一つ分かりやしねぇ。
螺旋階段を下りていく。少しずつ、光源に近づいている。
大した長さではないはずなのに、時間の進みが遅く感じられる。
カツン、カツン、と靴底が石造りの階段を叩く音が響く。
ようやく、穴の底が見えてきた。
音の正体も、はっきりと。
「これは……!」
ティトが息を呑む。
俺たちが目にしたものは、巨大な魔法陣が描かれた地下室。
この世界で魔法陣と呼ぶのかどうかは知らないが、円の中に複雑な模様が描かれた図形が床一面に広がっている。
光源はこの魔法陣の一画一画が放つ光だった。
そして、その魔法陣の上には、倒れ伏す大勢の人々。
苦しげに呻く声が、怨嗟のように地下に響き渡っている。
装いから見るに、この屋敷の使用人、及び。
「みんな……っ!?」
「おい、待て!」
慌てて止めるが、森人達も大勢倒れていたのだ。フィルが駆け出そうとするのも無理はない。
じたばたともがくが、力の差は歴然だ。その程度ではビクともしない。
「はな、してっ!」
「いけません、フィルさん。この魔術紋様に触れれば、魔力を根こそぎ奪われますよ」
「で、も……!」
「ユキ様。足元の外円と、内部の紋様を一部、どこでもいいので破壊できますか?」
ティトがやれというのだから、きっと意味のあることなのだろう。
魔法陣の破壊なら、俺としても望むところである。
影から剛剣・白魔を取り出し、まずは足元の外円に突き刺す。
「っつ……!」
思った以上に硬い。だが、押し通せないほどではない。
さらに体重をかけて、大剣を押し込む。
パシンと弾けるような音を立てて、魔法陣が輝きを失う。
まずは第一段階。
次は内部の紋様を一部でも、とのことなので、手近に見えるTの字のようなものに向けて白魔を叩きつける。
今度は比較的あっさりと地面が捲れ上がり、地面に皹が走る。それと同時に、魔法陣から発せられる光が消滅。辺りが闇に包まれる。
何も見えないのも何なので、天井付近に魔法で明かりを生み出しておく。イメージはLEDライト。おう、明るい明るい。
「これでひとまずは安全です。フィルさん、行くのならどうぞ」
ティトの言葉に、俺もフィルの拘束を緩める。
倒れている森人に駆け寄るフィル。どうやら生死を確かめているようだ。
レーダーを展開する限り死んではいないようだが、気絶しているのか反応は芳しくない。
ティトも俺から離れ、魔法陣の傍に屈みこむ。
「魔力の吸収と貯蔵、ですか。それも一定周期での起動と停止? 一体何のために……」
「ティト?」
ティトが何やら呟いている。性質の解析でもしているのか?
「不可解です。魔力を貯めるだけ貯めて、解放しないなどと」
「この魔法陣の効果か?」
「ええ。様々な性質の魔術紋様は見てきましたが、そもそも魔術紋様は魔力を用いて特定の現象を導くためのものです。以前、市でユキ様が面白がっていた、属性への耐性などですね。ただ、何の効果も齎さない道具など、何の意味があるというのでしょうか」
ティトは随分と不思議がっているが、俺には一つだけ思い至ることがある。
「貯蔵そのものが目的なんだろ」
「何のために? 別の何かに移し代えでもしない限り何の効力も――外の結界の動力源でしょうか」
「多分、違うと思う」
その可能性も確かにあったが、そんなもんのために、こんな胸糞悪い状況を作り出す必要なんてない。
これだけ大勢の人間がいれば、魔力の質なんて様々バラバラだろう。
そして魔法陣で吸収すれば、一定の速度で、一定の強度で、魔力を回収することができる。
何か別の現象を生み出す必要なんてない。ただ、魔力を使わせれば良いだけ。
つまりここは。
「……まさか、そんな」
ティトも、俺と同じ発想に至ったようだ。
「人工的に、魔獣を発生させる実験場ってところじゃないか」
試しに、もう一度レーダーを使ってみる。
うっすらとした赤い光が広がっている。先ほどまでは見えなかったが、な。
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