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「それで、話しておきたいことってのは何なんだ?」
例の生活スペースに案内され、席に着いたところで早速聞いてみる。フィルも隣でちょこんと座っている。
つまらない話ではないはずだ。親父さんのほうも敵の情報集めに奔走しているわけだし、俺個人の情報収集よりも、親父さんの伝手である組織的な何かの力の方が勝っているに決まっている。
仮に、俺が情報収集のプロであるならば、さして大差ない情報が集まっているだろうけれど。ぶっちゃけこういうのは苦手なんだ。
適材適所。親父さんの伝手から精度の高い情報が手に入るのなら、それに越したことはない。
「マイレの商売なんだが、少し気になる点が出てきてな」
「ほう? 気になる点、ね」
現状、奴の流通で気にしなければならないのは、魔香木、およびリリーリップスの入荷だよな。
魔香木の仕入れが多ければ奴の例の所業に繋がる。リリーリップスに関しては微妙なところだが、洗脳の小道具として使えるわけだ。
この辺りの情報であれば、裏づけも取れてありがたいんだが。
「お前さん、この街の流通が滞っているってのは知ってるか?」
「それか。聞いてるぞ。出入りの馬車が襲われて、荷物が届かなかったり、届けられなかったりしてるんだろ」
それで雑貨屋は打撃を受ける可能性が高い、とも。今のところは在庫でどうにかしているようだけど、長期化すれば影響は深刻なものとなるだろう。
それとマイレの商売と、どう繋がるんだ?
「奴の商売の一つで、帝国を相手にしているんだが」
「帝国?」
確か、復興途中の国だったよな。そんな国に何を卸すと言うのか。まぁ、何でもいいか。復興途中なのだから、何だって入用だろう。
「その方面に向かう馬車が、何度も襲撃を受けている」
「……つまり、どういうことだ?」
帝国に品が届かない、以上に、どんな意味があるんだろうか。復興が遅れるのは、魔獣の大発生が迫っている現状では確かに大問題だけど。
今のこのタイミングで言い出すようなものではない。
「輸入の方なら、金銭的被害は受けない。それはいいな?」
「あー。なるほど」
マイレは帝国への輸出業を執り行っている。それが甚大な被害を受けているわけだ。
品はどんどん無くなっていくのに、対価が手に入らない。
となれば、首が回らなくなる可能性が高い、よな?
しかしそうなると、奴の商売は上手くいっていない、のか?
だが損切りの概念くらいはあるだろう。うまく行かない商売からは手を引くはずだ。
「気が付いたみたいだな。それで奴の資金繰りを探ってみたんだが、これがどうにも腑に落ちない。それだけ損害を出しているはずなのに、相変わらず帝国行きの便は出しているし、国内向けの商売に翳りが見えているわけでもない」
「確かにそいつは妙だな。普通は手を引くと思うんだが」
親父さんは頷き、さらに言葉を重ねる。
「そこで積荷を探ってみたんだが、これもまた変な話があってな」
「探れるんだ。どんな情報源だよ」
「そいつは企業秘密だ」
口の端を歪めて、軽く笑う親父さん。渋い仕草だ。
「ともかく調査した結果だが、奴は外向けにはこの街から何も仕入れていないことが分かった」
「どういうことだ?」
「誰からも買ってない、のに、何か運んでる、ですか?」
そうなるな。無論、自家製栽培の何かを商品として運んでいる可能性も残されてはいるが。
あるいは「仕入れ」が通常のものでない可能性。
そこにきて思い至る。
「森人の件な。マイレの手引きだそうだ。新しい商売だ、っつってさ」
「それはあれか。おちびちゃんの……」
隣のフィルが、身を強張らせる。そうだな、フィルはクライヴの発言を聞いていない。
「だろうな。帝国に人でも運んでるんじゃないか?」
「それはどうだろうな。人を運ぶにも、食料品や飲み水が必要だ。何人も連れて行くならば、相応の規模になる。が、そういった形跡は無いな」
むぅ。では何のための誘拐だろうか。
クライヴが、マイレは強硬策に出るような奴じゃないとか言っていたが、ならば人身売買目的ではないのか?
「……いや、そうとも限らんか」
「何かあるのか?」
親父さんが懐から資料を取り出し、すごい勢いで読んでいく。
「襲撃された荷馬車の状況だ。馬は喰らわれ、馬車は全壊。さて、積荷はどうなったか」
「馬が食われてんなら、襲ったのは獣じゃねぇの? そんなのが積荷を――」
そこまで言って思いつく。余剰の食料品はほぼ積んでいない。そこから商品を雑貨類と仮定するならば、獣はそんなものに見向きしないはず。
嫌な予感に背筋が凍る。
フィルも俺と同じ発想に至ったようだ。
「他に、何か、落ちてませんでしたか?」
「ああ。極少数ではあるが、人骨とか食い残された腕とかだな」
人を乗せた馬車を獣が襲えば、乗っている人員は全滅だろう。乗員を殺すことが目的ならば、余剰の食料品も必要ない。
「だが理由がない。だからこそ、奇妙なんだが」
そりゃそうだ。何でわざわざ殺すために送る必要がある。獣の腹を満たしておけば、次の道中が安全になるとでもいいたいのか。
まぁ、マイレをぶっ潰すことに変わりはない。この辺は知識として持っておけば良いだろう。
「ところで、森人の情報はどこで?」
親父さんが怪訝そうな顔で尋ねてくる。そりゃそうか。向こうさんの情報網ですら捉えられていない内容なのだから。
「マイレのアジトの一つ。クライヴとかいう番頭から聞き出した。前に検挙された、東門の近くの店から隠し通路で繋がってる場所だ」
「そこは、確か騎士団の半数が負傷したとかいう店か?」
は? 何だそりゃ。
思い出の宝石で見た映像では、普通に大捕り物が発生しただけのように思えたが。
まさかあの時に怪我した人員でも居たのだろうか。
「ユキ様、恐らく騎士団は罠にかかったのでしょう」
「……なるほど。そういやなんか仕掛けてるとか言ってたな」
「迂闊に調べると、床が鋭利な刃物になって店中を飛びまわるとかいう、とんでもない魔道具になっていたそうだ。解除のために一旦撤退したそうだが……どうやったんだ?」
大剣で叩き壊しました、とか言えないよね。
しかしそんな物騒な仕掛けがあったとは。騎士団が撤退するほどなのだから、セキュリティとしては、かなりの自信があったのだろう。
そりゃあぶち破られて進入されれば、馬鹿な、とも叫ぶわ。言い返せば良かったかな、そうだよ馬鹿だよって。
「まぁ、それはいいじゃねぇか。とりあえずマイレは極悪人ってことでぶっ潰せばいいんだろ?」
「短絡的だが、そうなるな。だが奴の裏で動いている何者かが居るかもしれん。後詰を怠るなよ」
「分かってる。それでだ。ちょっと貴族街にカチコミ行くから、後はよろしく」
「……今、何と?」
おや。「カチコミ」が通じなかったのだろうか。
親父さんが鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。
「貴族街を襲撃する、と聞こえたのだが」
何だ。通じているじゃないか。何を驚く必要があるのか。
「馬鹿か?」
「浅慮なだけです。決して馬鹿でも愚かでもありません」
「ティトさん、それ擁護になってない」
説明不足だっただろうか。
確かにクライヴから得た情報も、尾行者から得た情報も伝えていないものな。仕方ないね。
掻い摘んで、そのあたりのことを説明しておくか。
今朝から、ここに戻ってくるまでの経緯を親父さんに伝える。
聞き終えた親父さんは、やはり頭を抱えている。解せぬ。
「いや、言いたいこともやりたいことも分かった。お前さんには大きな借りがあるからな、援護は任せてほしい」
「援護なぁ。具体的には?」
戦力的な意味では、俺一人の方がやりやすい。大暴れって意味で。
巻き込まれ注意な全力攻撃は、周囲に敵しかいないほうが楽だし。まぁフィルも行くだろうけど、それは抱きかかえておけばいい。
「騎士団に話を通しておく。お前さんが少々暴れたくらいでは駆けつけることがないようにな」
「おう、そいつは助かる」
国家権力はさすがに怖いからな。俺ならどうとでも逃げられるだろうけど、フィルを連れて、となると少々厳しい。
第一、明確な敵というわけでもないのに傷つけるわけにはいかないだろう。
明確な敵に回ったら? 情け容赦なくプチッと潰しますよ? マイレが良い例である。
「しかし、国家権力に話をつけられるって、親父さんは何者なんだ?」
「詮索はよしてくれ。俺にだって人に言いたくない過去の一つや二つはあるんだ」
「ほ、ほほーう。暗い影の見える男って奴だな。その浪漫は分かるぜ」
その渋い姿には憧れる。ハードボイルド的な格好良さだ。
「ああそうだ。一応聞きたいんだが」
「何だ?」
マイレの商売の趨勢はどうでもいい。俺が知りたいのは商売の内容だ。
「魔香木とか、リリーリップスの流通ってどうなってる? マイレの店じゃ、その辺りの品を取り扱ってるか?」
「いや、それはないな。奴は表向きは真っ当な商売人だ。魔香木はここらでは禁制品だし、リリーリップスが流通しているなら、俺もわざわざ依頼を出したりしない。それがどうかしたのか?」
おっと、そういえばリリーリップスはフローラの薬の材料だったな。表立って取引されていることはないか。
だが、魔香木は実際に使用されているのだから、裏でやりとりしている可能性は高そうだ。
「魔香木なんだけど、マイレが大量に保有している可能性が高くてな」
「何だと? ふむ。少しばかり待ってくれ」
そう言いつつ親父さんが再び書類を流し読む。色々と情報が集まっているようだ。今の俺には無関係な情報も大量にありそうだけどな。
「報告にあったな。用途不明ではあるが、いくらかの魔香木が運び込まれているようだ」
「禁制品なのに運び込めるのか?」
「……門番に賄賂でも渡したんだろう」
うわ、意外なところで腐敗してやがる。
「ところで、どうしてお前さんは、大量に保有していると思ったんだ? 報告書では、そこまで多くはないように書いてあるが」
「あー。それなら実際にはそこまで多くはないかもな。例の現場に、魔香木の煙が充満してたらしいってだけだから」
俺がこの目で魔香木の使用を見ていたわけではないから、量における確証はない。少量でもやたらと煙が出るのなら、用途としては間に合うわけだし。
ただ、魔獣を人為的に発生させることが目的ならば、同様のことを二度三度繰り返す可能性が高い。そうなった時、道具があって困ることはないだろう。
騎士団があの辺りの地域を封鎖して救出作業をしていたのだから、事故の現場検証くらい捜査の手が及んでいるだろうし、数に関してはあちらの方が詳しいのではないか。
「なるほど。ならその辺りの話も伝えておくとしよう。情報提供が多ければ多いほど、騎士団に融通を効かせやすくなるからな」
「助かる」
さて、話しておくべきことはこの位か。
親父さんの方も、もう話すことはないようだし。
お互いに頷きあい、部屋を出る。
「気をつけて行けよ」
「分かってる」
親父さんに手を振る。
でもまぁ、先に飯だ。
食堂に向かった瞬間、親父さんがずっこけた気がするが、きっと気のせい。
だって仕方ないよね。腹が減っては戦はできぬって言うもんね。
食事シーンはカット。
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