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待たせていたフィルと合流する。
すぐにやってくるであろう闖入者との鉢合わせを避けるために、壁から外に出ることにする。余計な戦闘は避けたほうが良いだろう。情報を持っているなら別だが。
相変わらずのシールド工法でトンネルを掘り、そのまま地上へと出る算段だ。
勿論レーダーで人気がないことも確認しておく。
地形が分かれば便利なんだけどなぁ。出た先が大通りでした、とかは困る。人気がないから、大通りってことはないだろうけど。抜けた先も屋内でした、は迷惑行為でしかない。
ソナー的なあれで、マップ表示みたいにならないだろうか。ならないな。
抜けた先に敵がいないと分かっているだけでも上等だよ。多くを求めてはいけない。
とりあえず、若干斜め上に角度をつけてトンネルを掘る。
降りてきた分を登ってきたか不明だからな。階段の長さを考えれば、地上階に近いところにいるとは思うけども。段数を一々正確に数えてなんてないからな。
壁に手をついて魔法を発動させる。
全く音をさせずに、静かに土壁が刳り貫かれていく。
「すごい、ですね」
フィルが感嘆の声を上げる。
だよな。ぶっちゃけて言えば、この土木工事だけで莫大な財産が手に入る気がする。
だってこれ、山越えの苦労が一気になくなるってことだもの。例の山道を直線で通り抜けられるようになるというのなら、それはとてつもない経済効果を生み出すのではないだろうか。いや、山頂の宿が潰れるか。いやいや、メシマズの殿様商売の店なんざどうなったって知ったこっちゃないな。面倒だからやらないし引き受けないけど。
少し進めば上から外の明かりが見えてくる。先行して周囲を確認する。どうやら上手い具合に路地裏に繋がったようだ。
這い出て、フィルを引き上げる。
少々土が付いた服を払い、路地から顔を出して大体の位置を確認する。ティトさんが。いやまぁ、だって、仕方ないじゃない。こういうのはティトさんの方が得意なんだし。
無論、殺意感知で紫色の光点がないことも確認済みだ。情報でアドバンテージを取られすぎている現状、少しでも隠れて行動したい。
逆に考えれば、今までが筒抜けだった分、そういう小細工が有効に働くかもしれないし。
「どうやら東門の付近に出たようですね」
「お、そうなんだ」
であれば、一旦『山猫酒場』に戻ろうか。
マイレが貴族街に行くのが夜ならば、まだ暫くの時間はある。潜入するにしても、先にここまでの情報を共有しておきたい。それに、そろそろ胃に何か入れないと、いざという時に力が出なさそうだ。
周囲に人がいないことを確認し、改めて光学迷彩の魔法を発動させて、フィルを抱えた状態で屋根に登る。
先程は慌てていたフィルだが、今回は落ち着いたものだ。悲鳴一つ上げやしない。
ただ、目を閉じて、ぎゅーっとしがみついてきているのは変わっていないんですけどね。何だか変な気持ちに目覚めそう。
変にいじめたいわけでもないので、極力速度を落とそうか。
軽快に、リズム良く、タン、タンと屋根を蹴る。風を切る感触が心地よい。
しかしそんな心地よさを邪魔するかのように、殺意感知が反応する。
「さすがにこの辺まで来ると、洗脳済みが多くなってくるな」
光学迷彩はかけているし、視界には入らないように屋根の上を移動しているから見つかることはないとはいえ、やはり精神的に参ってくる。
少々大きめの建物に着地したこともある。『山猫酒場』までの道に大挙している紫の光点が、多少なりと減るまでは、ここで待機しようか。
フィルを下ろして座らせる。
不思議そうに見上げてくるフィルに、状況を説明する。
「……多すぎ、ませんか?」
フィルが呟く。
多すぎる、か。確かにそうだ。
技術や道具で洗脳の真似事はできるとはいえ、あまりにも人数が多すぎる。
こんなの普通じゃ考えられない。
「つまり、普通の技術や道具ってわけじゃないってことだよな」
「そうですね。ただ、魔道具や薬物を併用した場合は、大規模なものにもできるかもしれません。単純なところで言えば、心を落ち着ける香草を焚きながらの説法だとか」
「あぁ、そうか。そういう世界だもんな」
魔術や呪いがあって、魔道具がある世界だ。技術や道具に拘らずとも、禁制品扱いになりそうな薬物があっても不思議ではない。
まぁ、そんなお手軽に洗脳できる道具があるのなら、どこかで話題になっていても良いものだが。
いや待てよ?
「なぁティト。呪いって精神に関係するものがあるんだよな?」
「ええ、一応は」
「魅了とか洗脳の呪いがあるって、最初のころに言ってたよな?」
「……そう、ですね。研究が進んでいませんので、真に精神に影響を与えているのかどうかは不明ですが」
ならば、その研究を推し進めた誰かがいるのではあるまいか?
「ティトは技術や道具で代用可能って言ってるけどさ。もしかしたら、本当にそういう呪いが開発された可能性ってのは、あるか?」
首元から躍り出たティトが、顎に手を当てて考え込む。
が、出した答えはこうだ。
「可能性の話なら、何とでもいえます。ただ、呪いとするには、これだけの大規模なものを発動させるなどと、魔力容量の関係から無謀です」
「時間をかけたら、どうだ?」
「効果時間も消費魔力に含まれます。これほどの大規模な人間を、長期間にわたって洗脳するなど、常識的には不可能です」
「組織的にやっている可能性は? 例えば、洗脳された奴が、洗脳の呪いを使うとか」
倍々ゲーム形式に増えていけば、街中至る所に現れるほどの数になるんじゃないか。
「それも無理でしょうね。洗脳された人間が、複雑なことができないと仮定されたのはユキ様ですよ。効果時間が切れる直前に、魔力が回復した人員が、それぞれ周囲の人員を集めて呪いをかけなおす、などという行動が取れるとは思えません」
「呪いを使う奴は場所固定で良いだろ」
俺の言葉に、顎に手をあて、首を傾げながら考え込むティト。
「いえ。やはり無理があります。仮に特定の時間になれば特定の地点に行くと考えても、定期的に洗脳済みの方が一箇所に集まるわけですよね。そのような反応はありましたか?」
……そこまで考えて光点を見ていなかった。ただ、首都中に点在していたことは確実だ。そいつらが定期的にどこかに集まるとは、やはり考えにくいか。
さらに言えば、その洗脳の呪いをかける奴等も、定期的にボスのところに戻らないといけないわけだしな。ボスのフットワークが滅茶苦茶軽いって可能性もあるっちゃあるけどさ。
「これだけの規模の呪いを継続的に執り行うともなれば、怪しげな動きをする集団の噂が出てきても不思議ではないでしょう。そのような噂はありませんでしたよね」
「あー、それもそうか。てことは、やっぱり洗脳系の魔道具を大量生産するなりして、洗脳済みの奴に持たせている可能性ってのが一番有力か?」
「この数の暴力を呪いで説明しようとするなら、それが一番有力でしょうね」
しかしそれにしては、そのような魔道具の噂も実物も出てこないが。
ぶっ倒した奴等が偶然持っていなかっただけなのか、持たせる奴と持たせない奴で仕事内容を変えているのか。
いかんな。やっぱりこの辺の情報が少なすぎる。
「そのような魔道具があると仮定した場合の問題は、使用された際の対策でしょうか」
「……そいつは、大問題だ」
そういえば親父さんの仲間が洗脳されたのではなかったか。
それなりに実力があるはずの人物が、いとも容易く洗脳されてしまうこの状況。
もしも俺自身に使われれば?
考え込む俺に、ティトが明るい声で言う。
「心配されずとも、ユキ様自身は大丈夫ですよ」
「そうなの?」
そこまで軽く言い切れる根拠は何なんだ。
「ユキ様ほどの魔力をお持ちならば、無理矢理にでも抵抗できます。要するに、例のごとくの力技での防御ですね」
「はっはっは、すっげぇ分かりやすい」
けど、物凄く貶されている気がするのは気のせいだろうか。
フィルを見てみろ。ぽかんとしているじゃないか。
「まぁ、それなら大丈夫か」
俺のこの力が、意思を奪われ、誰とも知らない訳の分からん奴に利用されるなんぞごめんだ。
俺は俺の意思で、この暴力を振るうんだから。
「……あの。様子、どうです、か?」
フィルに言われて、改めて殺意感知を見てみる。
うん、どうやら『山猫酒場』付近からはある程度離れたようだ。
行くなら今のうちだな。
「大丈夫そうだ。ここからは一気に行くぞ。しっかり掴まってろよ」
「……ひぃ」
そんな声を出してもダメです。
フィルを横抱きにして、ティトが首元に陣取るのを確認してから、一気に駆ける。
ものの数分で『山猫酒場』が見えてきた。
殺意感知にも、ここから建物までの直線には反応がない。
であれば、今がチャンスだ。光学迷彩を使っているから、居ようが居まいがあまり関係はないんだけど。
ぶつかると流石に不味い気がするからな。
最後に大きく屋根を蹴って跳躍。
気分はジェットコースター。
「ひぃやあああああ!?」
おっとフィルには刺激が強すぎたか?
どすん、と着地を決めて、店内に駆け込む。
と同時に光学迷彩を解除。呆れたように額を手で押さえる親父さん。
おう、騒がしくて済まない。
「そうだ、ちょっと話しておきたいことがある。奥に来てくれないか?」
飯を食いに食堂へ行こうとすると、親父さんが呼び止めてくる。
何か新しい情報でも掴んだのだろうか。
まぁ、こちらとしても伝えておきたい情報もある。
共有しておくとしよう。
ジェットコースターによる吊り橋効果。
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