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物凄い勢いでブックマークが増えています。
ありがとうございます。
カツン、と無駄に足音を響かせてやる。
カツン、カツン、カツン。
一歩一歩、刻むように進むと、騒がしい音の主も気付いたか、物音が途切れた。
さて、覗き込めば中を探れる位置まで来たが。こういうとき、レーダーでは位置しかつかめないのが不便だな。透視でもできれば良いんだけど。
「ユキ様、光学迷彩は発動しています。目視で確認できる相手はいないでしょう」
ティトが耳打ちしてくる。そうかい。なら顔を覗かせた瞬間に飛び道具で奇襲されるようなことは無さそうだ。
ただ、全くの無警戒は相手を舐めすぎだろう。壁際に身を寄せ、そっと中を覗く。
慌しく書類をかき集めようとしているのか処分しようとしているのか、イマイチ判断に困るほど散らかった部屋の奥に、油断なく短槍を構える男が一人。
壁を背にし、入り口を凝視している。ただし、歴戦の戦士のような威圧感は無い。きっと商人なのだろう。
投げつける構えではないため、たとえ光学迷彩がなかったとしても不意を打たれることはなかっただろうな。
こちらも息を吸い込み、男の視界から外れるように部屋に忍び込む。
石畳を板金補強のブーツが擦る音が響く。
「誰か居るのか、出て来い!」
よく見れば、短く刈った頭部から、滝のように汗が流れている。
全く、何を警戒しているんだか。
一足飛びに接近し、槍を絡め取り、足をかけて転ばせ、そのまま男を組み伏せる。
ゲフ、と汚らしい悲鳴をあげてうつ伏せに倒れる男。当然両腕は後ろで拘束する。
やっててよかった武道の授業。
さすがに攻撃行動に出ると迷彩も解けるみたいだ。
ようやく俺に気付いた男が、声を荒げる。
「貴様……どうやってここに入ってきた!?」
「力尽くで無理矢理」
「ば、馬鹿な!?」
うん、自分でも馬鹿げてると思う。剣で地面をぶっ壊す、なんて素敵な手段だもの。壁をぶち壊してトンネルを掘るっていう力技だもの。
「お前の名前と所属を言え。全部明かせば、命は助けてやる」
「白々しいことを。全て分かっているだろうに」
「はぁ?」
そりゃまぁ目星は付くけどさ。
無駄話もしていられる状況では無いし、話を進めようか。
「状況は分かるだろ? ここはマイレのアジトの一つで、お前はそこの関係者。マイレを追っている人間に組み伏せられて、次はどうなると思う?」
「私から情報を引き出そうというのか?」
「ご明察。無駄なお喋りは嫌いなんだ。死にたくなけりゃ、全部吐け。テメェのことも、貴族街にあるっつーアジトのことも、マイレの狙いもな」
両腕の拘束を強めてやると、またしても汚らしい悲鳴が上がる。
だが、敵もさるもの。
「わ、私が死んで困るのは、貴様も同じだろう? 情報源は生かしておく必要がある」
「なるほど、一理あるな」
仮に殺してしまうと、手掛かりが消えてしまう。
デメリットは、闇雲に突っ込むしかない危険性及び、時間的な損失だ。
それによって、マイレが手を打つ時間を与えてしまう可能性が生まれるわけだな。
「で、だから何?」
「は?」
一応言っておいてやるか。
「そりゃ確かに困りはするが、手詰まりになるわけじゃないんでな」
行動しているのが俺一人であるならば、現状唯一の情報源であるこいつは生かしておいたほうが都合が良い。
だが、親父さんの伝手だの何だのも動いているわけだし、もしここがダメになっても、そちらを頼れば良いわけで。
「喋らないなら死ねよ」
そう言いながら、頭を地面に押し付ける。鈍い感触が手に伝わってくる。忠誠心が天元突破している相手ならば、このまま押し潰せば良い。
だが、頭部がゴリゴリミシミシと嫌な音を上げ始めたところで、男が音を上げた。
「言う! 言うから、殺さないでくれ!?」
「最初から素直にそう言ってれば良いのになぁ」
自分の命を天秤にかければ、まぁこんなものか。どれほどの情報を持っているかは知らんが、あるだけ吐いてもらおう。
押し付ける手は緩めず、先を促す。
「私はクライヴ。マイレ商会の番頭だ」
「へぇ、結構な地位なことで」
内部事情にも通じていそうだ。キリキリ喋ってもらいましょうか。
「じゃあ色々と知ってるよな。貴族街にある、ここと似たようなアジトのことを教えろよ」
「貴族街のものは、会長の取引先でもある。場所はすぐに分かる。貴族街にある、黒い屋根の建物はそこしかない。何を卸しているかまでは、私は知らない」
平然と言い放つのに腹が立つ。
地面に押し付ける力を強める。
「喋るから! 頼む、助けてくれ!」
「ちっ……。じゃあ次だ。取引先っていうなら、その貴族は何者だ?」
喋ると言ったそばから言い淀む男。
苛々してくる。
一度、頭部を持ち上げ、地面に叩きつける。
痛みに吼える男。本当に喧しい。
額から血を流す男の耳元で、そっと囁く。
「あのさぁ。喋らなきゃ、今ここで死ぬんだけど、そこのところ立場分かってるか?」
「が……あ、う……喋る、喋るから……」
「そうそう。素直で良いね。そのまま素直でいてくれるとありがたいんだけどね」
背中に馬乗りになったまま、少し体重をかける。
圧迫された肺から空気の抜ける音が聞こえる。
「で、その貴族ってのは何者だ?」
息も絶え絶え、という風に、掠れた声で男が答える。
「相手の貴族、セイネル・ツー・トライヤベルクは、いわゆる新興貴族だ。とはいえ、もう既に数十年は経っているが……長寿の種族ならば珍しいことでもない」
「へぇ。どういった功績を挙げたんだ?」
数十年となると、前回の悪魔騒ぎの周辺時期になる。
荒れた国内やら外交関係に利をもたらせば、貴族位を与えられても不思議ではない、か?
「復興の混乱で、正確な記録は残っていない。が、国益に適うものならば、ある程度は推測が付く。恐らくは、牧畜関係だ。我が国の食糧事情が群を抜いて優れているのは、復興の直後からだからな」
「ふむ。つまり、その新興貴族が何らかの知識や技術を齎した、と」
「旧態依然のままでは、我が国の食糧事情も、他国と大差ないはずだからな。無論、土壌の関係上、収穫量は少々高くはあっただろうが」
思ったよりも大した情報じゃないな。森人の真種を集めている、とかいう貴族に連なる情報であれば良かったのだが、流石にそこまで都合良くは行かないか。
ま、一応聞いてみるか。
「話は変わるが、森人の真種って知ってるか?」
「真種……? ああ。街の噂では、探している貴族がいるということらしいが、商人の情報網ではそのような貴族はいない」
何だと? じゃああの噂はどこが出所だ?
「誘拐騒ぎは、どこの誰の仕業だ?」
「それは分からない。人身売買など、珍しい話でもないからな」
「違法じゃないのか」
無理矢理ってのは違法になると聞いたが。
「どんな代物にも抜け道はある。摘発の危険性は確かにあるが、莫大な利益を考えれば、な」
ザル警備だなぁ、おい。門番仕事しろよ。見つかるようなヘマはしてないってことだろうけどさ。
「じゃあ、その誘拐騒ぎで、森人が被害に遭ってるってのは知ってるよな?」
「……お前は、どこまで掴んでるんだ?」
何も言わずに、地面への圧迫を強める。
「分かった、聞かない!」
「街の西の森にある森人の集落から、大量に人が消えた。痕跡を辿ると、ここに繋がっていた。何か知ってるよな」
「あ、新しい商売だ。労働力のために、森人を仕入れたと、言っていた」
「ほう、マイレがか」
頷く男。
ならば集落の森人誘拐はマイレの仕業ってわけだ。
確かに言ってたもんな。森には、仕掛けを知ってる相手には効かない、道に迷わせる仕掛けがあるって。
森人の関係者であるマイレならば、知っていてもおかしくはない。それによって防衛機構を突破し、顔見知りであることを利用して誘拐に着手。それと同時に魔獣が出現、集落を襲撃、といったところか。
魔獣の出現タイミングが良すぎる気がするが……偶然か?
「マイレは何をしようとしてるんだ?」
「それは……私にも分からない。ただ、良い商売になるとは言っていたが。今晩も、貴族街に赴く予定だから、その話を詰めに行くのだろう」
良い商売ってことは、つまり金のため、か? 何だか腑に落ちない。
まぁ、こいつに聞いても、全てを理解しているわけではなかろう。悪事に手を染める人間が、他人に全てを明かすとは思えない。
やはり手っ取り早く、マイレに直接聞いたほうがいいな。セイネルとかいう貴族と組んで、何を企んでいるのか。
あるいはその貴族が黒幕で、マイレが協力者なのか。
「な、なあ。もう良いだろう? 私の知っていることは、今ので全てだ」
「ああ、そうだな」
こいつから聞ける話は、恐らくこんなところだろう。
アジトの位置も分かった。居場所の予定も分かった。相手の貴族は正体不明だが、現時点では別に構わない。
さて、あとはこいつの始末だが。
「……そこの資料を持っていくといい」
「あ?」
組み伏せられたままの男が、顎で散らばった書類を指す。
あの紙がなんだっていうんだ。
「会長の最近の取引をまとめた帳簿だ。追っているなら、必要になるだろう。どうやらお前は騎士団の人間でもなさそうだ」
「どうしてまたそんなことを?」
苦しげに、言葉を紡ぐ。
「今の会長はどこかおかしい。昔から上昇志向の強い人ではあったが、強硬策に出るようなことはなかった」
つまり、何だ。お前は、内部告発のために行動していたとでもいうのか?
状況が多少違えば、味方になっていたかもしれない、と?
「チッ」
舌打ちをして、拘束を解く。
身を起こした男に、影からライフポーションを取り出して放り投げてやる。
「使えよ。多少は痛みが和らぐだろうさ」
「何のつもりだ?」
クライヴが怪訝そうに聞く。
「この状況でテメェを殺せば、俺が殺人犯になっちまうだろうが」
指紋検出なんて技術があるかどうかは不明だが、何かしらの痕跡を辿る技術はあるかもしれない。
そうなった時に、余計なリスクを負いたくはない。
チンピラ共? あいつらのは正当防衛でいいだろ。過剰防衛だろうが、この世界じゃそこまで問われないだろうし。一応、直接は触ってないはずだし。
「それに、内部告発に動いていたんなら、遅かれ早かれマイレの手下が処分に来るだろうさ」
「……だろうな」
おや、随分と潔い。覚悟を決めていた、ということだろうか。
「私も商会に属していた身だ。裏切り者がどういう末路を辿るかは知っている」
「じゃあ何で態々、こんな行動を起こしたんだ」
「言っただろう、今の会長はおかしいと。些少なりと加担していた身で言えた義理でないのは分かっている。今更善人ぶろうとも思わん。だが、会長には、私なりに恩義を感じているのだ。恩人が、誤った道に進もうとしているのなら、止めるのもまた報恩というもの」
その言葉に、胸糞悪くなる。
まるで俺が悪者みたいではないか。良いことをしている、とは微塵も思わないけれど。
「さぁ、持っていくといい」
諦めたように項垂れるクライヴを見て、大きく溜息をつき、踵を返す。
背後から驚きの声が上がる。
「私を見逃すというのか?」
「はっ。勘違いすんじゃねぇ。テメェにかかずらってる暇なんざねぇってだけだ。それに、そんな証拠なんぞ必要ねぇよ。奴は俺の逆鱗を踏み抜いた。だから落とし前をつけさせる。それだけだからな」
立ち去る前に、一言告げておく。
「それに盛大に仕掛けをぶっ壊したからな。手下よりも先に騎士団が来るかもしれない。お前がその資料を持ってれば、司法取引くらいには使えるだろうよ。そんなもんがあるかどうかは知らんが」
「……すまない」
そんな殊勝な態度を取るな。自分のガキさ加減が嫌になる。
俺が行動を起こさなくても、きっとこの事件は解決に向かっているのだ。
俺は、そこをしっちゃかめっちゃかに掻き乱しているだけで。
やられたからやり返す、なんて考え方で。
与えられた力に、万能感を覚えながら。
苛立ちを誤魔化すように、荒く立ち去る。
「よろしいのですか?」
ティトが尋ねてくる。
良いんだよ。どうせ俺には、まともな手段なんて考えられないんだから。
周囲の思惑がどうであれ、俺は俺のやりたいようにやるだけなんだから。
俺の気が済むようにやらせてくれ。
言葉こそ発しなかったが、俺の様子を見て取ったティトが、優しく微笑んでいた。
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