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「ちょっと掴まってろ。跳んでいくから」

「え? は、はい」


 腰にぎゅっとしがみつくフィル。

 ここから東門となるとそれなりに距離がある。

 地上を素直に歩くのは時間の無駄だ。

 なのでいつも通りというか、身体強化をかけて屋根の上を行くことにする。


「歯ぁ食いしばっとけよ。声出すと舌噛むかもしれねぇかんな」


 きゅっと口元を引き結んだことを確認。

 しがみついたフィルを横抱きにして、壁を蹴りながら屋根の上まで跳躍する。

 我ながら人外じみた動きだ。重力はどこへ行ったのやら。

 フィルの可愛らしい悲鳴が聞こえた気がするが、気にしない。フィルを抱いたまま東門の方へと駆ける。 

 あまり時間はかけていられない。

 既に俺は発見されている。尾行が付くのなら、上にまで情報が渡っていても不思議ではない。

 指示の内容を考えればそこまで致命的な状況ではないだろうが、尾行した奴等が戻ってこない、となれば警戒度は上がるはず。雲隠れでもされると厄介だ。落とし前はつけさせなければならないからな。

 屋根から屋根へ。身体強化をかけて、強く踏み込む。

 無論、光学迷彩も忘れない。服にも効果があるのだから、抱きかかえているフィルにも効果は及ぶだろう。

 この状態ならば、洗脳された奴に見つからずに、現地まで行けるはずだ。

 跳ぶ度に、フィルが小さく悲鳴を上げている気がするが我慢してもらおう。

 高い建物はそれほど多くない街並みだ。中央に行けば行くほど階層も多いようだが、幸いこの辺りは職人街。たまに高い建物があったとしても、避けていけば良い。


「ユキ様、一時の方向にある赤い屋根の建物を目印に直進してください」

「おう、助かる」


 ティトの指示に従いながら、一歩、また一歩と目的地へと近付いていく。

 広い街ではあるが、身体強化をかけていればあっという間だ。

 思い出の宝石を仕掛けていた路地裏を発見する。

 屋根の上から覗き込み、見張りの類が居ないかを確認。レーダーにも反応が無いため、完全に放棄されているようだ。

 まぁ、強制捜査の入った店に人員が残っていれば、何かが残されていると再度捜査の手が入る可能性があるわけだし、無理もないか。

 目を回しているフィルを地面に下ろし、裏口から店内を覗き見る。


「ここのどっかに、地下に繋がる隠し通路があるって話だよな?」

「ええ、彼等の言い分が正しければ」


 隠し通路の探し方と言えば、軽く叩いて空洞音がするかどうか、とかだっけ?

 仕方ない、ちょっくらコンコンやってみるか。

 一歩踏み込み、床を軽く叩く。

 木製のそれはしっかりした手応えと、その下の大地に支えられた鈍い音を返す。

 ま、入り口付近に地下通路なんぞ作らんわな。


「ユキ様。少々お待ちを」

「どうかしたか?」

「この床ですが、普通のものではないようです」


 普通じゃない、とな。

 訝しげにティトを見ると、首元からするりと抜け出して床を調べ始める。

 俺には普通の木の床に見えるけど。

 でも確かに、言われてみれば手触りはおかしかったかもしれない。木製なのに、乾いた感じがしなかったというか。

 ぺたぺたと床を触っていたティトだったが、得心したようにこちらを向く。


「何か分かったか?」

「はい。木製に見えるよう塗装されておりますが、金属ですね」

「金属だ? 触ったけど、さすがに金属の感触じゃなかったぞ」

「木屑を混ぜ込んだ塗料を分厚く塗しているようです。手触りだけでは金属とは分からないでしょうね。ですが少し引っ掻けば、ほら」


 そう言って、パラパラと落ちる木屑を見せ、その跡を指差す。

 薄暗いので見落としそうだが、確かに入り口からの光を鈍く反射している。


「何でそんな偽装をする必要があるんだ?」

「……魔力の痕跡を感じます。隠し通路を、本格的に隠すためのものでしょうか」


 ふむ? となるとあれか。謎解き的な何かをしなければ開かないタイプの隠し扉でもあるわけか。

 答えを知っている関係者ならば通行できるが、知らなければ決して見つからない、と。

 騎士団が無能ってわけじゃなく、相手の偽装が上手だったと。

 そこまでして隠す必要があるってのか。どんなアジトだ。いや、簡単に見つかるようじゃアジトとは言えないだろうけども。


「なるほどな。じゃあやることは一つだ。二人とも、ちょっと店から出てくれ。で、耳を塞いどけ」

「え、あの、何を……?」


 困惑するフィルを店の外に押しやり、影から剛剣・白魔を取り出す。

 この下に通路があることは分かっている。どこにあるか分からないだけで、入り口自体は店内にあるのは確定だ。

 ならばやることなど決まっている。

 スゥ、と息を吸い込み。


「解体工事だよ!」


 床目掛けて、思いっきり振り下ろす。

 ガイィィィィン! と硬質な音が響き渡る。打ち付けた場所を見れば、圧力に耐え切れなかった床が爆砕し、金属片が宙に舞い散っている。

 うん、外れだ。

 一歩踏み込み、再度振り下ろす。

 金属と金属が打ち付けあう音が店内に木霊し、そして床が破砕されていく。

 一歩ごとに、一歩ごとに、床は捲れ上がり、金属片が周囲に撒き散らされる。


「ゆ、ユキ様!? 罠が仕掛けられているかもしれないのに、それは!」

「知るかよ! 罠ごとぶち壊せば済む話だろうが!」

「た、確かにそうかもしれませんが……」


 はい論破。そもそも正規の手段で入るような場所に複雑な罠など仕掛けまい。

 仮に複雑な機構のある罠ならば、ここまでガッションガッションぶち壊せばまともに機能することもあるまい。

 つまりあると分かっている隠し通路ならば、破壊して見つければ良いのだ。

 ダメージは床にしか行かない。これが壁であれば倒壊の危険性もあっただろうが。

 地下に秘密の通路を作った、自分達の愚かさを悔やむがいいさ。

 どれほどの回数を振り下ろしたか。一撃で破壊できるから、さして時間は経っていまい。

 振り下ろした剛剣・白魔が、相応の手応えを返さずに地面にめり込む。


「お、これはビンゴか?」


 二度三度と、繰り返しその周辺に攻撃を叩き込む。

 すると、もろもろと地面が崩れ、その下から階段が姿を現す。瓦礫が階段を埋めるが、突けばさらに下へと雪崩れ込む。

 隠し通路発見だ。これで先に進めるな。

 裏口へ向かい、律儀に耳を塞いでいる二人の肩を叩く。


「終わったぜ。先に進もうか」

「釈然としませんが、ユキ様ですものね」

「……お師匠、様。すごいです」


 褒められている気が全くしないが、良いじゃないか。今は効率重視だ。

 さすがに音が響きすぎたか、レーダーにはチラホラとこちらに寄ってくる反応がある。幸い、殺意感知でも紫色にはなっていないので、ただの野次馬であろう。

 音が消えれば散っていくに違いない。


「じゃあ行こうか」


 頷き返す二人を連れて、魔法で明かりを生み出し、階段を下っていく。

 地下通路とやらはそれなりに深いようだ。感覚的には地下二階といったところか。

 石組みで作られた頑丈な地下通路に、コツ、コツ、と足音が響く。

 中々に反響音が凄い。


「……随分と、広い、です」

「だなぁ」


 今のところ一本道だが、ぶっちゃけこれ、随分と入り組んだ構造になっていそうな気がする。

 具体的には首都全体に及ぶような。

 となると、実はこの通路ってさ。


「ティト。王族用の秘密の脱出口みたいなものってあったりするかな」

「ない、と断じる理由がありませんね。恐らくは、その支道の一つなのでしょう」


 だろうな。まぁ、本当に王族関係が通るような道には、それなりの封鎖がされているだろうけどもさ。

 あとはこの地下通路から急襲を仕掛けられないように、ハズレの道なんかも用意されているだろうし。

 きっとそういう数多のダミーの一つを利用しているのだろう。どういった経緯でこの地下通路の場所を知ったのかは知らんが。まぁ、貴族街の洗脳済みから聞き出したとでも思っておくか。


「……人の出入りの痕跡がありますね」


 暫く歩いていると、ティトが急に飛び出して地面を調べ始める。

 どうやら壁の先に繋がっているようである。

 軽く調べてみるが、俺にはただの壁にしか見えない。

 フィルも周囲をぺたぺたと触っているが、何も分からないようだ。

 ティトの見識に期待しよう。


「期待されても困るのですが……どうやら特殊な術式が仕掛けられているようです」

「特殊な術式?」

「ええ。呪いの中に、紋様を武具に施して性能を上昇させる技術があるのですが、その応用とでも言いましょうか」


 武具に施す紋様、ね。いわゆるエンチャント的な奴か。そういうのもこの世界にはあるんだな。

 まぁ属性防御や状態異常防御のアクセサリがあったわけだから、その手のゲーム的な術もあるんだろう。

 で、特殊で応用編ってのは、一体何をどうしているわけなんだ。


「正式な手順を踏まなければ起動しない、というところが、正式な手順を踏まなければ爆発する、となっています」

「物騒だなおい」


 確かにアジトを隠匿するためには必要なことかもしれないが。


「どうされます? また関係者を捕まえますか?」


 ここまで来て足止めか。どうすべきかね。

 またぞろ時間を掛けて釣るか? だが、今からだと夕方以降にようやくお出ましになるくらいか。それでは遅すぎる。できることなら今日明日中に決着をつけたいし。

 先程の男達に改めて問うてみるか? 生死を確認しておく意味も含めて。

 しかし先程の騒音がどれほどの影響を及ぼすかが読めない。場合によっては、この隠し通路の先のアジトを完全放棄される可能性もある。

 であれば戻っている時間は無いな。

 しかしそうなると解除の方法をどうすべきか。

 顎に手を当てたところで、ふと思う。


「……考えてみりゃ、迷う必要ないよな?」

「は?」

「お師匠、様?」


 そうだ。よく考えてみれば、馬鹿正直に謎解きに付き合ってやる義理はない。

 爆発という言葉に怖気づいてしまったが、それはあくまで「目の前にあるこの壁を壊そうとすれば」の話だ。

 直通の壁でないわけだから、多少の時間と労力はかかってしまうだろうが、要するにさっきの床と同じだ。


「ちょっと離れててくれ。もしかすると認識範囲が広いかもしれない」


 さっきぺたぺた触ってもどうもならなかったから、そこまで心配はしてないけどさ。


「……あー」

「フィルさん、理解してはダメですよ。このような所業、ユキ様しかできませんからね」

「ひどい言われよう」


 やることは確かにひどいことだけども。もし俺が仕掛けの術者だったら泣いてるね。泣かせてやる。

 再び剛剣・白魔を構え、仕掛けがあるという壁の、隣に思いっきり振り下ろす。


「ぐっ!?」


 やはり、思った以上に手応えが返ってくる。かなり手が痺れるが、やってやれないことはなさそうだ。

 今の一撃で、壁に大きくヒビが入っており、その後ろにある土が微かに見えている。数度繰り返せば壁は破壊できるだろうし、あとは土を掘り返して、再び壁破壊に向かえばいい。

 爆発するという仕掛けが起動した様子もないし、やはり力技で突破できそうだ。

 二度、三度と壁に白魔を打ち付ける。

 ガラゴロとレンガの崩れる音と共に、その先の土塊が零れ落ちてくる。


「さって、あとはこの土を掘るわけだな」

「あ、手伝い、ます」

「お? 助かるが、道具はどうするよ」


 そういえばスコップも何もない。俺ならば白魔をスコップ代わりにすればいいのだが。

 というか一連の使い方が非常に酷い気がする。ごめんミスラ。


「手、で」


 胸の前で両手を握り締めて気合を入れている。

 流石にそれは許容できない。

 どうにか上手い方法は無いものか。

 と、一つ思いついた。


「シールド工法、だっけ」


 機材はないが、俺には魔法がある。

 先程の壁付近では、魔力を使うと罠が暴発しそうだったが、この土相手にならば問題あるまい。

 大きな穴を開ける必要もないわけだし、人が通れれば十分。俺もフィルも小柄だからな。


「しー、るど?」

「まぁ見てな」


 フィルを退避させ、土壁に手を付く。

 イメージするものはいつぞやテレビで見たシールドマシン。地下鉄なんかを作るときの機械だっけ。

 ゆっくりと掘削を開始し、土が円筒形に削れていく。削れた土はそのまま補強用にぎゅっと押し固めておく。落盤は怖いし、魔力でトンネル全体を補強なんぞしていられない。土を圧縮しておけばある程度は持つだろう。

 本来はトンネルに沿う形に金属部品で固定していくはずだが、そんなに大量の金属は無いし。強度的には不安が残るが、なに、今日一日持てば十分だ。

 この一箇所にトンネルを作ったからといって、首都全てが陥没することもあるまい。

 この上の建物が崩壊するかもしれないが、どうせ奴等のアジトだ。俺が情報収集するまでの間だけでも保てばそれでいい。出る時は地上階の壁をぶっ壊せば良いし。

 考え事をしながら作業をする。ものの数分で予定の場所まで穴が開いた。少し力みすぎて、目的の通路沿いの壁まで破壊したようだが、問題はない。

 通路は暗かったが、魔法の灯りで照らしてみると、そこは階段の傍のようだった。

 フィルを呼び戻し、警戒しながら階段を登っていく。

 少々長い階段を登っている最中から、何やらドタバタと騒がしい音が上から聞こえてくる。

 ふむ。どうやら当たりっぽいな。

 マイレかどうかは分からんが、こんな隠し拠点に居るほどの奴だ。何か知っているに違いない。

 地上からは入れないはずの場所にさらなる逃げ道があるとは思えないが、少々急ごうか。

 フィルを階段途中で留まるように手で指示して、残る階段を一気に跳び上がる。

 登りきった先の通路の奥から、灯りが漏れている。さらには焦ったような声も微かに響く。

 口が歪むのが自分でも分かる。絶対、物凄く悪い顔してるんだろうなー。


ニタァ(悪い笑顔)


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