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幾度目かの聞き込みを終えて。
「……ようやく、か」
レーダーを確認する。俺達から付かず離れずの距離を保つ光点が確認できた。
「もうお昼ですね。随分と掛かった気がしますが」
「ま、イリーヌさんの情報でも、数時間で尾行けられたってことだったしな」
逆に言えば、叶うまでは数時間かかるとも。朝から昼まで掛かって釣れたと考えれば、想定の範囲内だ。
「次、どうします、か?」
「もう少しだけ泳がせておく。どうせ向こうから接触してくるだろう」
光点の数を正確に確認しておく。俺たちの動きに合わせて移動を続ける光点は、合計四つ。俺達の後ろ、二、三〇メートル離れたところでついてきている。
四人釣れたか。殺意感知ではあくまで赤黒点滅。洗脳された人員ではない。
事件の全体像としては無関係な人間だろう。そんなの関係無いけどな。
奴等も、全く振り向かない俺たちが、自分達の位置を把握しているとは思っているまい。
むしろ気付かれずに尾行出来ている自分達の技量に酔っているのではなかろうか。
何も知らない振りをして誘い込み、逃げ出せない場所で追い詰める。
誰に手を出したのか。自分達が何を仕出かしたのか。
思い知らせてやらねばなるまいて。
「では、どうされるおつもりで?」
「路地裏に誘い込むよ。敵の退路は魔法で断てば良い」
離れた地面を隆起させることも、不可能ではないだろう。特にこの街のような石造りならば、イメージもしやすい。
俺達は近道する風を装って、露天商と露天商の間の道を抜ける。
真昼間とはいえ、路地裏ともなれば陽光は遮られている。
幅は大人二人分といったところか。俺とフィルなら、もう一人くらいは並べそうな気がする。
薄暗い道を進みながら、レーダーを確認する。
少しずつ、距離が縮まっているな。無理もない。こんな路地で撒かれたら、相手としても失態だろうし。
フィルの手を引きながら、のんびりと、しかし確実に奥へ奥へと進んでいく。
「……頃合、かな」
地形を熟知しているわけでもない。
その辺は相手に分があるだろう。
俺達が進むにつれ、光点はますます近づいてくる。そして、下卑た笑い声が聞こえてくる。
「そっちは行き止まりだぜ、お嬢ちゃん」
だろうな。まぁ、それで構わない。周囲に人気はない。ここでなら、目撃者も居ない。
四人の男達が、帰り道を塞ぐように陣取る。
「ちょっとばかし嗅ぎまわりすぎたな。この街じゃ、触れちゃいけないことがあるって、覚えておきな」
「もう手遅れだがなあ? ハハハ!」
どう見ても質の悪いゴロツキだ。むさくるしい風貌に、小汚い格好。むしろこいつらがマイレに雇われているというのなら、マイレとやらの衛生観念を疑う。店やってるんだろうに。
裏の用心棒だから、その辺は関係ないとでも言いたいのだろうか。
フィルが俺の手をぎゅっと掴む。
安心させるように彼女の前に一歩出る。
「お? 小さい子を守ろうってか。良いねえ愛情だねえ」
「だけど、女の細腕で何が出来るってんだ?」
「良い声で泣き喚くくらいしか出来ねえんじゃねえの?」
ギャハハ、と聞くに堪えない濁声。
自分を圧倒的な強者と勘違いした、その傲慢。
軽く圧し折ってやろう。
さらに一歩踏み出す。
「お? どうした、諦める気になったか?」
手を突き出す。
「おい、何の真似だ?」
想像しろ。巨大な石壁が隆起する様を。
想像しろ。轟音と共にせり上がる悪魔の壁を。
想像しろ。奴等の退路を断ち、恐怖を呼び起こす死の壁を。
「突っ立ってねえで、何とか言えよああん!?」
「……囀るなよ、下衆が」
静かに呟いた俺の言葉と同時に。腹に響く衝撃と共に厚さ数十センチの石壁が奴等の背後に出現する。
「な、あ!?」
「こいつ、魔術士か!」
「と、取り押さえろ! 押さえ込めば勝ちだ!」
すぐさま俺に飛びかかろうとする男達。
その判断力は買おう。尾行として雇われるくらいだ。能力そのものは高いのだろう。
だけど。
「あ? なんだ、これは!?」
「ひ、動かねえ!? 抜け出せねえ!?」
この薄暗い場所では、地形、空間、状況、全てが俺の武器だ。
影を広げ、即座に四人を拘束した。
腰まで埋まり、両腕に渾身の力を込めて抜け出そうとするも叶わない。
男達を見下ろす位置まで近づき、思いっきり口元を歪める。
「お前ら、マイレを知ってるよな? だから俺達を狙ったんだよなぁ?」
「おい、俺達をどうするつもりだ!」
俺の言葉を遮った男の頭を蹴り飛ばす。板金補強された靴の爪先が血で汚れる。
歯が数本飛んでいったようだ。顔が一気に腫れ上がりはしたが、まぁ問題はあるまい。首はまともに繋がってるし。
「質問に答えろ。それ以外は許可しねぇ」
視線は冷たく。口調は冷淡に。
生殺与奪は俺が握っているのだと。
静寂が支配する路地裏に、生唾を飲み込む音が響く。
「マイレはどこに居る? この街で何をやっている?」
「へ、へへへ。誰が言うもんかよ?」
一人が薄ら笑いを浮かべながら答える。この状況で、その胆力は評価しよう。大した忠誠心だ。
「そうか」
だが無意味だ。
影を広げ、その男を完全に地面に落としこむ。
とぷん、と音がして、そして再び無音が広がる。
あの人型魔獣が、自分の意思で沈み込めたのだ。この影を落とし穴のイメージで作っているのであれば、深さを調節すれば同様のことはできる。できないはずがない。
「お、おいテメェ、何をした!? 何をしやがった!?」
一人は気絶し、一人は沈めて、一人は取り乱し、残る一人が事態を静観している。
さて、ここからどうやって情報を引き出そうか。
とは言っても、交渉術なんて知らないからな。
脅すくらいしかできない。
「四人も居るんだ。三人死んでも問題はねぇよなぁ? ヒャハハハハハハハ!!」
高笑いの一つでもあげて狂人アピール。ついでに剛剣・白魔も取り出しておこう。
何をしてくるか分からない人間ほど、恐ろしいものはない。
その相手が、人を簡単に殺せるほどの凶器を持っているのなら、その恐怖は如何ほどか。
「俺の要求は、さっき言った通りだ。マイレの情報を渡せ。出来なきゃ……」
男達を少しだけ深く沈める。
それだけで半狂乱に陥る男。静観している一人も、冷や汗が吹き出ている。
「その目が気にいらねぇ」
静観している男を口元まで沈める。もう声を上げたくても上げられない。
その姿を目の当たりにした半狂乱の男が叫ぶ。
「わ、分かった! 言う、言うから! 俺だけは助けてくれ!」
「俺だけは、か。大した仲間思いの発言だなぁ? まぁいいぜ、嫌いじゃない」
屈み込んで、爪先で顎を持ち上げる。
しっかりと目を見つめながら、囁く。
「マイレはどこにいる?」
「そ、それは知らねえ!」
「あ?」
足に力を入れる。いつでも、首を飛ばせるほど跳ね上げられるように。
「ち、違う、あいつは幾つも拠点を持ってるんだ。今どこにいるかはわからねえ!」
「なら拠点の位置を全部教えろ」
いくつあろうと構わない。どうせ全部潰すんだから。
「み、三つだ。一つは本店で、これは西区に行けば嫌でもわかる。名前付きの看板がある建物だ。あとの二つは、一つは東門の近くにある奴で、最後の一個は中央区だ」
「東門の近く? それはこの前潰された店とは別でか? 噂くらい出てるだろ」
胡散臭いオッサン、ハーケンと言ったか。彼が手引きして騎士団が大捕り物を演じた店も東門の近くだった。それと繋がりがあるのかどうか。
「そ、その店だ。だが、地下の隠し通路から別の店に繋がっててな。上からじゃあ入れない場所だから、隠し拠点として使ってるはずだ」
「なるほど、良い情報だ」
つーか、騎士団の探索能力の低さよ。まだ調査中なのかもしれないが。続報もないし、隠し通路は未発見ということで良いだろう。
「で?」
「中央区は、貴族街の一角だ。俺等みたいなのは近づくこともできねえよ。だからそっちは何も知らない! 頼む、助けてくれよ!」
ふむ。貴族街の一角、ね。確かに紫の光点がついてる場所があったよな。そこで良いだろう。
「そのどこかに、マイレが通ってると」
「ああ、そうだ! 日中は色々と動いているが、夜にはそのどこかに行ってるはずだ!」
貴重な情報だな。
特に隠し通路の件と、貴族街にもやっぱり絡んでいたという件。
じゃあ次は。
「お、おい。助けてくれるんじゃないのかよ!?」
「あぁ? まだ話は終わってないからな」
口元まで埋めた男を肩口の辺りまで引きずり出す。荒い息を吐いているが、構うまい。
「さすがにこの状況でダンマリ決め込むのは、ねぇって分かるよな?」
ヤンキー座りのまま、思いっきり肩を踏みつける。
よほど圧が掛かっているのだろう。だらだらと汗が止め処なく流れている。ま、力を入れてるんだけど。
男は微かに頷く。
「そっちの奴が言ってたこと、補足や訂正は無いか?」
「ま、間違いない。少なくとも、俺達はそこまでしか知らない」
そこまで、ね。確かに、尾行させて襲わせる程度の役割の奴に、内情をべらべら喋るような間抜けじゃないだろう。
だが足掛かりはできた。本店にいる人間はさすがに表の顔しか知らないだろうが、隠し通路の先にいるような奴が何も知りませんってのは通らない。
次はそちらだな。
後は、今の俺達の行動がどこまで知られているか、だな。
「マイレを嗅ぎまわってたのは、つまりはこういうことでな。都合よく釣れて助かるわ。で、お前らはどのタイミングで俺を尾行けた? 誰かに指示されたか?」
答えに詰まる襲撃者。黙ろうとしている、というよりも、何と答えていいか分からないといった風だ。
「単純な話だ。テメェらが請けた話の内容を晒せっつってんだよ」
「それなら、あれだ。街中にいる、マイレの協力者って奴らから情報を貰って、お前みたいな怪しい奴を痛めつけろって言われてる。可能ならばつれて来い、とも」
街中の協力者、ね。恐らくはあちこちにいる紫の光点のことだろう。
そいつらが目となり耳となり、情報の連携をとっているのかもしれない。
となると俺の行動は、というか、敵対者の行動はほぼ筒抜けと考えて良いだろう。欺けるとするなら、マークされていない人間が動くか、感知外の位置取りで動くか。
レーダーを確認する。周囲に紫の光点は無い。ここからは極力、紫の光点に感づかれないように動かないとな。
ま、これだけの紫の光点全てが、熟練の技を持つ人間とは考えにくい。光学迷彩の魔法でも使えば、ある程度は対応できるだろう。
男を放してやって立ち上がる。
石壁に手をつけば、隆起したそれはあっさりと消えていく。
「行くぞ」
振り返り、フィルに声を掛ける。
埋まっている男達を避けて、俺に飛びつくようにしがみつく。
怖がらせてしまっただろうか。安心させるように頭を撫でる。
耳がピクピク動いている。うん、多分大丈夫だ。
路地を後にしようとすると、濁声が響き渡る。
「おい! 助けてくれるんじゃねえのかよ! 出してくれよ!?」
「話が違うぞ!」
ああ、そういえば埋めたままだったな。
意識から除外すれば魔法は解除されるはずなんだけど。
だからこそ。
にっこりと笑ってやる。
「え? 何の話?」
第一、奴等が揃って嘘を言っている可能性が残っている。答え合わせが終わるまで、目の前で解除してやる必要なんてないよな。
ついでに路地から出られないよう、再び石壁を作っておく。
後にする路地に汚らしい罵り声が響くが、少し歩けば聞こえなくなった。
そういえば、胸部圧迫による窒息ってのもあるんだよな。息をしようとしても肺が膨らまないから、酸素を取り入れられないっていう。
魔法が解除されたのか、あるいは。
まぁ、手を出してきた奴が悪い。
そう。俺を敵に回したのが悪い。
ただそれだけの話だ。
なお踏みつけている主人公の装いはショートパンツ。
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