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 『山猫酒場』に戻ってくる。

 フィルはもう起きており、カウンターで牛乳に似た飲み物を静かに飲んでいた。


「あ、お師匠、様……!」


 顔を上げるやいなや、コップを置いて俺の元に走り寄ってくる。

 あ、違う。これ走り寄ってくるだけじゃない。

 咄嗟に受け止められるように構える。

 思ったとおり、フィルは俺に飛びついてきた。


「無事、で、良かった」


 そういや、フィルが解毒の呪いを使ってくれたんだっけ。そのおかげでアンチドートを飲めたのだとすると、ある意味命の恩人ではあるのか。


「フィルのおかげだよ」


 抱きとめたフィルの頭を撫でる。

 はふぅーと吐息の漏れる音が聞こえる。

 耳がぴくぴく動いている。

 へー、森人って耳動くんだ。


「おう。魔獣はどうにかなったみたいだな」


 親父さんが声を掛けてくる。カウンターには小さな革袋。これが報酬だろう。多分、他の冒険者じゃ割りに合わない報酬だとは思うが。


「まぁな。んで、気になることがあってさ。相談したいんだが」

「ほう? なら奥に行くか」


 親父さんがカウンター奥を指差す。そこプライベートエリアじゃなかったのか。あるいは、相談事ならば誰にも聞かれない場所ということで気を利かせてくれたのか。

 どちらにせよ助かる。どこから話が漏れるかわからないからな。


「フィルは部屋に戻っててくれ。まだ眠いだろ?」


 丸一日寝てた俺の看病をしていたんだ。疲れているに違いない。そういう気持ちを前面に出して、遠ざけようとした。

 だけど、俺は彼女の聡さを甘く見ていた。


「……聞いちゃ、だめなこと、ですか?」

「あ、いや」


 言葉に詰まった。この時点で詰みだ。隠し事をしていることがバレバレじゃないか。

 悲しそうに顔を伏せるフィル。

 一体どこまで読み取ったのだろう。


「ユキ様。フィルさんには聞かせておいたほうがよろしいかと」


 まじで。キリカのこととか、かなりショッキングな内容だと思うんだが。


「除け者にされていたと感じる方が苦痛でしょう」

「そう、だな。それもそうだ」


 子供だからと蚊帳の外に置かれていて。

 気が付いたときには、何もできないままに全てが終わっている。

 そんな状況ほど悔しいことはない。

 仮に聞いたとして、何かができるわけではないとしても。

 何も知らされないままよりは、ずっとマシだと思う。

 俺なら、聞きたい。聞いておきたい。


「フィル。お前も聞いとけ。かなり衝撃的な内容だが、それでも良いなら」

「っ!」


 ぱぁっと顔が輝く。

 内容としては、この輝きを曇らせることになるのだろう。

 でも、それでいい。きちんと、関係者として。

 事実を把握してもらう。

 フィルの手を引いて、親父さんの後を追う。

 関係者以外立ち入り禁止のような雰囲気を感じたため、ついつい見回してしまう。

 どうやら寝室が二間続きになっているようで、恐らく娘さんは奥の部屋で寝込んでいたのだろう。

 厨房裏にも続いているようで、その間に小さな部屋もある。家族の食事はそこでとるんだろうな。


「あんまりキョロキョロするんじゃない。恥ずかしいだろうが」


 親父さんが苦笑する。

 うん、プライベートスペースだもんね。確かに悪いことをした。


「すまん。こういう仕事場の裏側ってのに興味が沸いてな」

「そんなもの、普通の家庭と変わらないさ。鍛冶場みたいに専用の仕事場があるなら別だが」


 なるほど、そんなものか。

 まぁ確かに日本でも、住居の一階が店舗だという所もあるものな。それと同じだろう。


「それで、相談したいこととは何だ」


 どかりと椅子に腰掛けるなり、本題を切り出す親父さん。

 俺達もその辺に置いてある椅子に座る。


「さっき倒した魔獣なんだが、人型をしていた」

「人型? 初めて聞くな」

「らしいな。妖精もそう言ってた。倒したから良いんだけど、話は次なんだ」

「続けろ」


 神妙な顔で促す親父さん。


「洗脳されてる奴等の魔力反応が一気に消えたから、気になって見に行ったんだ」

「……待て。おかしな説明があったんだが」


 何がだろう。普通の説明しかしていないんだが。


「洗脳されている人間の見分けがつくのか?」

「ああ、それな。死に掛けたときに、できるようになった」

「理不尽だな」

「理不尽ですよね」

「軽やかに裏切るのやめようよティトさん」

「あ、あの、続きは……」


 フィルまじ癒し。ぎゅって抱きしめちゃう。


「続けるぞ。最初に出てきた魔獣の反応は、洗脳されてる奴等が集まっていた場所から出てきたんだ」


 そして一気に反応が消えた。魔力反応は生きている限り放出される。

 消えたということは、すなわち死んだということ。


「あとは妖精から聞いた話だが、過去に魔獣を人為的に発生させる手法が存在したらしい」

「人為的に? 可能だとすると、理由は二つ三つ思いつくが……それも初めて聞く話だな」


 さすが歴戦の冒険者。利用法をこうも簡単に思いつくとは。


「で、だ。今回がどういう手段で魔獣を発生させたかは知らないが、そこに俺の知人が巻き込まれてな」


 横でフィルが息を呑む音が聞こえる。

 だから、フィルに視線を向けて、はっきりと告げる。


「キリカが、巻き込まれたんだ」

「っ!」


 拳を握り締めて、言葉を続ける。


「キリカが言ったんだ。マイレの奴が裏切ったって。きっとエウリアも、危険な状態だと思う」


 でも、きっとそれは規定路線で。

 最低に下衆な予想の中の一つで。

 正直、読めてた。分かってた。

 認めたくなかっただけだ。

 ここは、何だかんだ言って優しい世界だって、信じていたかった。


「なぁ親父さん。フィルを頼んでいいか。貸し、これにしてくれよ」


 奴等は、どういう理由かは分からないが、森人を集めている。

 マイレとやらが裏切り者だというのなら、ほぼ確実にフィルの情報も入っているだろう。

 かといって、俺自身や知人をここまで虚仮にされて、黙って守勢に回れるほど俺は出来た人間じゃない。


「フィルを守ってほしいんだ」


 フィルを守るのは俺の役目だ。それは分かっている。

 だけど、俺は誰かを守りながら戦えるほど、戦闘経験があるわけじゃない。

 フィルを連れて行くわけにはいかない。

 もしもフィルを人質に取られれば。

 いや、人質に取られるだけならば魔法でどうにかできると思う。

 問題は不意を打たれて、俺の知識にはない方法で、フィルを利用されること。

 キリカが何かをされたように、フィルに何かされることが、一番困る。

 あの二人は、フィルを遠巻きに置いておいて、全部終わった後で、また元の暮らしに戻りたかったようだけど。

 もう何もかもが手遅れだ。

 森人は洗脳集団に攫われている可能性が高く、キリカもエウリアも囚われている。

 俺だって既に何度も襲われている。

 こんな状況で、フィルを守るだけ、なんて行動は取れない。


「お前は、どうするつもりだ?」


 真剣な顔で、親父さんが問う。

 答えなんて決まりきっている。


「マイレを潰す。その後ろに何かが居るなら、そいつも潰す」


 親父さんは腕を組んでこちらを見据える。


「無謀だ。個人で立ち向かえる相手じゃない」

「だから何だ。立ち向かえないから諦めろ、泣き寝入りしろってことかよ」

「そうは言ってねえ」


 親父さんが獰猛な笑みを浮かべる。


「俺にも一枚噛ませろ。それくらいでないと、貸しの大きさに釣りあわん」

「っ……は、ありがてぇ」


 不覚にも、胸が熱くなる。

 しかし、俺は気付く。袖を引っ張る小さな手に。

 フィルが、泣きそうな顔でこちらを見上げている。


「フィル?」

「……私、やっぱり――」


 そこで口を噤むフィル。

 きっと、足手まといだとか、ついて行きたいとか、そういう類のことを言いたいのだろう。

 彼女の気持ちは分かる。

 姉が危険に晒されているのだ。

 自分だけがのうのうと安全な場所で居座るのは我慢ならない。

 それは分かる。

 だけど、リスクもある。が、その目を見て、俺は頭を殴られたような衝撃を受けた。


「フィル、あのな」

「フィルさん」


 何と言おうか迷っていると、ティトが鋭い声を出す。

 初めて聞く声色だ。

 正直、恐怖しか覚えない声だ。


「それは甘えです。ユキ様は、貴女を一人の冒険者として扱うと仰いました。であれば、貴女は自身の足で立ち、自身の考えで動かなければなりません。必要ないと言われた? それで諦めるのが貴女の選択ですか。それとも、そのような仕草で他者からの慰めの言葉でも求めるのが貴女の誠意ですか? なんと浅ましい。ユキ様は口を開けてただ餌を待つだけの雛を拾ったわけではないのですよ。以前言いましたよね。迷惑を掛けないことを考えるべきでないと。そして貴女は答えましたよね。考えます、と。考えた結果がその行動ですか? 考え抜いた結果が、その甘えですか? ユキ様の行動を阻害していると、理解したうえで選び取った行動がそれですか? なんと度し難い。確かに貴女は子供です。子供であるからこそ、無知も無恥も許されるでしょう。ですが子供であることを免罪符に、あらゆる行動を肯定されると思うのは間違いです。それくらい理解できますよね? 今の貴女に何ができますか。今の貴女に何を成せますか。答えられるものなら答えてみなさい。できるわけがありません。今の貴女は何の力もない。無力な人間でしかない。そんな貴女が、守られる立場であることを不満に思うなど、傲岸不遜も甚だしい。言ってほしいようですからはっきりと言いましょう。貴女は足手まといです。どこに居ようと貴女は狙われ、何をしていようと貴女を守る必要がある。人手は有限であり、戦力も寡少。その状況下で、貴女はまだ甘えようというのですか。なんと、愚かしい。もう一度言います。貴女は存在しているだけで迷惑なんです。何を思って、どのように行動するかを自分で決めることすら出来ないのならば、無人の集落にでも戻って一人野垂れ死ねば良い。迷惑を掛けたくないと思うのならば、それが一番の良策でしょう。貴女の今の行動は、身を挺して貴女を守ろうと決意した方々全てを侮辱する行為です。それとも、それが許される立場にあるとでも考えているのですか? 思い上がりも甚だしい」


 やめたげて! 聞いてる俺ですら心が抉られそうだから!

評価・ブックマークありがとうございます。なんだか一気にブクマが増えた気がします。

引き続き、誤字脱字のご指摘、感想等よろしくお願いします。


長文お説教に誤字脱字があったら悶死しそう。

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