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魔獣の破壊痕を辿りながら、気になったことを聞いておく。
「ところで、人型の魔獣って何か恐ろしいことでもあるのか? 初めて出てきたのなら、脅威度とかも全くの不明だと思うけど」
何故かやたらと警戒していたような。ティトにしては珍しい気がする。わりと動じないタイプに思ってたし。
「……ビートベア型の魔獣を覚えておいでですか?」
「ああ、忘れるわけねぇよ」
その魔獣の素材で武器も作ってもらったからな。実戦で使った回数が殆どないままにお役御免になっちまったけど。影の中にはいまだに入っている。これがなければ剛剣・白魔を打ってもらうこともなかったから、ある意味では重要な品なんだけど。どうにも影が薄い。なんというか申し訳ない気持ちで一杯になる。
「魔獣が現実の生命体を象った場合、その生命体の特質をも引き継ぐことになります。ですから、ビートベア型の魔獣の場合は、強大な瞬発力と、仲間意識を持つ魔獣となるわけです」
「つまり、もとの生き物の特性を持ったまま、防御能力がやたら上がるってことだよな」
でも人型になったからといって、何が脅威となるのだろうか。防御力が上がるだけじゃね。人類ってわりと弱いほうの部類だと思うんだけど。単体で出てきても意味無いよな。
「人は、学びます。学習して、同じ失敗を繰り返すまいと努力する生き物です」
「人によるけど、まぁそうだな」
俺だって、同じ手は食うまいと行動することはできるわけだ。一回防いだら、その次に同じような手を食らってしまったわけだが。あれは仕方ないよね。
「相手の動きを真似、模倣し、独自のものに昇華させることもできます」
「……うん、そうだな」
ちょっと待ってくれよ。何だか恐ろしい想像になってきたんだが。
「そしてそれを、他者に伝播し、教示し、共有することも」
「待て。嫌な予感しかしないんだが」
ティトはそこで一息つく。そして。
「人型の魔獣は、戦った相手の攻撃の癖や行動を読み取ることができます。つまり、戦えば戦うほど、相手が強くなってしまう。そのような特性を持つことになるでしょう」
「……逆に言えば、戦った相手が弱けりゃ」
「さして強くないことになりますね。さすがに身体能力までは真似できませんので、ユキ様に敵うことはなかったようですが」
うん。つまり。
俺が見切れる程度の剣技ってのは、俺がそんだけへっぽこな剣技ってわけだ。ある意味自分の拙さに助けられた面もあるが。
だが、真の脅威はそこではない。恐らくだけど。
「他者と共有ってのは?」
「そのままの意味です。もしあの場に他の人型の魔獣が居たのならば、あるいは何がしかの手段によって戦闘現場を見られていたのならば、その魔獣はユキ様の攻撃手段を知識として蓄えたことになります」
人は群れる。集団で行動する。その中で情報の共有も行われる。
もしも人型の魔獣が集団となっていれば、人以上の防御能力を持ち、人と同じように学習し、知識を集積する存在が大量に生まれることになる。
魔力だの何だのは人基準であるため、さほど強くは無いかもしれない。先程の人型魔獣は侯爵級の力を有していたが、人にだって色々居る。俺みたいな戦闘メインの奴も居れば、作戦参謀のような役割を持つ奴もいる。
だが、人型魔獣の群れの中で、そのような役割分担が完成したとするなら、どうだろうか。
考えるだに恐ろしい。
「ティトが気にしてた理由は分かった。だけど、どうして今までは出てこなかったんだろうな」
「それは、さすがに分かりません。生物種として脆弱であるため、象る必要性がなかったというのはあるでしょうけれど」
つまり逆を言えば、生物種としての脆弱さを越えて、人族を象る必要性を感じたということだ。
魔獣が、それを感じた、と。
「……悪魔って、現象名なんだよな?」
「それが、何か?」
最初にそう聞いた。
悪魔とは個体名ではなく、魔獣の大量発生を表す言葉だと。
だというのに、今の言葉を聞く限りは。
「なんだか、意思を持ってる気がしてな」
必要に駆られて新種を生み出す。
単純な進化と呼ぶには、少々異質な発生状況ではなかろうか。
「……確かに、そうですね。周期のズレも、意思を持っていると考えるならば、奇襲だと言えるでしょうし」
「まぁ、こうやって考えていても答えなんて出ないんだけどさ」
話を打ち切り、移動先に目を向ける。
瓦礫は一直線に続いている。
建物が破壊されたものもあれば、街路が踏み潰されているものもある。
最初は多分ゴリラ魔獣の方が暴れてたんだろうから、あの巨体が動けばこうなるわな。蜘蛛型の魔獣ですら、着地の際には大破壊をもたらしていたのだから。
ただ、その破壊痕も、あの郊外に一直線に続いており、あちらこちらに被害を撒き散らしているわけではない様子だ。
ということは、最初から郊外に向かっていたか、あるいは最初から人型の魔獣に追い立てられていたか。
まぁ、魔獣の考えていることなど分かるまい。今すべきことは、発生源に何があるかを確認することだ。
レーダーの紫の光点群は消えているが、反応が何も無いというわけでもない。
付近の住民か、あるいは発生地点から逃げ遅れた住民か。どちらにせよ、何が起きたかを確かめるに必要な人物がいるだろう。
幸いにして、というべきか。
住居や店舗を破壊されたにもかかわらず、住民達に悲壮感は無い。
ここが西側だからだろうか。バザールが近い商人的な意識のもと、命があればどうにかなるとでも考えているのか。
むしろおばちゃん連中は豪快に笑いながら、今日の夕食時に竈を貸してほしいだの何だのと話している。たくましいなおい。
だがそれも、中心地に進むにつれ、動揺が大きくなっている。
いや、これはむしろ野次馬か?
「この先って空き家だったはずだよな?」
「ああ。ここ数年、誰も入ってないはずだぜ」
「だったらなんで怪我人がいるんだ」
「さあなあ。魔獣に巻き込まれたんじゃないか?」
「それにしても瓦礫の下敷きだろ。てことは、中で住んでたってことじゃないのか」
野次馬連中の会話に、妙な焦燥感を覚える。
「唐突な魔獣発生の中心地に怪我人。どういうことだと思う?」
ティトにこっそり聞いてみる。急な魔素溜まりが発生したのだから、住民が居ても不思議ではないが。
「ティト?」
ティトからの返事が無い。肩越しに見ると、顔が蒼白になっており、息も荒くなっている。
「おい、ティト。どうした?」
ローブの上からティトをつつく。ようやく気付いたティトだが、反応は鈍い。
「あ……いえ、何でもありません」
「何でもないってことはないだろうが。明らかに様子がおかしいぞ」
ティトが隠し事など珍しい。聞いたらわりと何でも答えてくれるのに。あ、わりと、か。何かを隠してても不思議ではないな。
「……確証はありませんが」
「それで良いよ。もとから俺にはさっぱりだ。情報だったら何でも良い」
掠れる声で、ティトがぽつりぽつりと話す。
「過去、魔獣を人為的に発生させる研究がありました」
「人為的に? 何でまた」
人類の天敵のような奴だろ。んなもん発生させて何になる。
「一つは、敵国に対する破壊工作」
「……おう」
そりゃまた随分な話だ。そりゃ確かに、都市の中心部にでも魔獣を人為的に発生させれば、戦争どころじゃないわな。国防に当たっている兵士や騎士も、魔獣討伐に追われる羽目になる。そこに軍隊を進めれば、そりゃああっさりと勝てるだろうよ。
だけど、結局その魔獣を倒しきらないと、仮に戦争に勝ったところで自国も大被害を受けそうな気がするが。その辺りは気にしないのだろうか。いや、気にしないのかもな。目先のことさえどうにかすれば。
「そして二つ目に、魔獣の資源獲得です」
「それなら分かる」
出てくる魔獣の質にも拠るが、それでも魔獣素材は良質な素材だ。最下級の魔獣の牙一つですら、銀貨で取引されるような高級品。人為的に発生させて、牧場のように使えるのならば、それはそれは有益に思えるだろう。制御できるとはとても思えないが。
「ご想像の通り、人類には手に余るそれは闇に葬られ、とうの昔に廃れた技術のはずです」
「だけどティトが今その話を持ち出すってことは」
「ええ。唐突に出現したことと、中心地に人が居るということは、状況的にはほぼ確実に」
なるほど。
とっくの昔に廃れたはずの人類の技術。
それに加えて、出現した人型の魔獣。
そこを結びつけることは、容易く思える。
意思を持つ何者かが介在しているとすれば、余計に。
「私の知識と、今回の手法が同じかどうかは分かりません。あれは非効率ですし、もしかするともっと別の方法が編み出されているかもしれません」
「何にせよ、自然発生的な現象じゃあないってことだろ」
個人的には、大昔に廃れた知識をどうしてティトが知っているのかに興味が沸くが。何歳よティトさん。あんまり見ていると要らんしっぺ返しを食らいそうだからやめとこう。
「……ユキ様、何か、臭いませんか?」
「あ? いや、別に何も――」
感じないと答えようとした、その刹那。
工事現場の近くを通れば、よく似た臭いを感じられるだろう。
砂と、石と、水分。それらが入り混じった臭い。
それと同時に、焦燥感の理由も把握した。
瓦礫の下敷き。土煙の臭い。消えた光点群。魔獣が潰した家屋。
情報を合わせれば、何が起きたかなど見ずとも分かる。
信じたくないという気持ちもどこかにはあるが。
「ともあれ現場を見よう。正確な情報が欲しい」
人垣が見える。完全に足を止めている野次馬となれば、恐らくは交通規制などもかかっているのだろう。
隙間を縫って、少しずつ前へ進んでいく。
何となく現場が見えるようになると、そこには数名の騎士達が怪我人らしき人々を搬送しているようだった。
レーダーを見ると、瓦礫の下に赤い光点がいくつか灯っている。紫のものは一つもない。まだ生きている一般人は多いようだが、失われた命も多かろう。
「ここからは入るな! 戻れ!」
「おい、搬送急げ!」
「復旧の連絡はどうなっている!」
騎士達の声が瓦礫の山に響く。
野次馬達を押し留めたり、復旧作業のための準備をしていたりと大わらわだ。
そりゃあ街中に魔獣が出現すれば、こうなるわな。
むしろこれで騎士が出動していなければ、仕事しろよって話だ。
何とか野次馬の最前列に身を滑り込ませることが出来た。
ロープを張っているわけでもなく、単純に数名の騎士が槍を横に持って押し留めている形だ。
一般人なら威圧感でそれ以上進むことはできないだろう。
俺だって、何もなければ、様子だけ見て帰るつもりだった。
何もなければ。
「あの方は……」
たった今、騎士に運搬されている女性が、顔見知りでなければ。
「っキリカ!?」
「お、おい! 止まれ!」
「っるせぇ!」
肩口を相手に押し付けた状態で、膝のバネを使って押し上げる。重装の騎士とはいえ、バランスを崩す。そうなればもうこちらのものだ。
小柄さを活かして、開いた隙間に身を潜り込ませる。
運搬役の騎士に飛び掛るように接近し、キリカの元へ。
「どうした。何があった!」
声を掛けるが、反応はない。
体を揺すろうとするが、肩口に引っ張られるような違和感。
「揺すってはいけません。とにかく安静な状態を保つべきです」
冷静なティトの声に我に返る。
気絶しているのなら、何を言っても無駄だろう。
もしかしたら頭でも打っているのかもしれない。担架で運ばれているのだから、安全な場所へ運んでもらえるのなら、それがいい、はずだ。
「けど、なんだって、こんな!」
運搬の騎士も、暫し立ち止まってはくれているが、いつまでもそうしてはいられない。
まだまだ運ぶべき怪我人は大勢居るのだから。
幸い、強行突破したというのに、俺を取り押さえようとする騎士たちは居なかった。友人のためと思ってくれたのかもしれない。
「くっそ、誰がこんなことを……!」
苛立ち紛れの声。答えてくれる相手は居ない。
と、思いきや。
「ゆ、き?」
か細い声が届いた。
キリカだ。
「キリカ! 大丈夫か、なにがどうなってんだ!?」
彼女の目は何かを映しているようには見えない。
虚ろな目で、しかし涙を流しながら。
「マイレの……やつ、うらぎ……ごめ……」
少しずつ力を失う声で。
「エウリアを……たす、け……」
それだけを俺に伝えた。俺に伝わった。
何があったかは分からない。だけど、それだけ分かれば十分な情報をもって。
あとは、そいつに答えさせればいいだけなんだから。
気を失い、だらりと垂れ下がった手を握り、俺は誓う。
フィルは守る。それは勿論そうだ。
だけどな。
知り合いをこうまでされて、自分の身の安全だけを考えるってのはさ。
「男の子として、やっちゃいけないことだよなぁ……!」
小さな声ではあるが、はっきりと。
立ち退くように寄ってきた騎士の指示に表向きは従い、現場を離れる。
敵がどれほど居るかは分からないが。
少なくともその一人の名前は分かった。
俺一人でできることにも限度がある。
まずはこの情報を親父さんに伝える。
行動するのはそれからだ。
貸し一つ、返してもらうとしよう。
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