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「それじゃあまず、俺が倒れてる間のことを先に教えてくれ。一体どれくらい気を失っていた?」
ティトに尋ねる。親父さんも治癒に参加してくれるほどの傷を負っていたわけだから、短時間ではなかろう。毒も喰らっていたし。
「丸一日、といったところですね」
「そんなもんか」
三日ほど寝込んでいた、とか言われても不思議ではなかったが。まぁそんなものかもしれない。
そんだけ寝込んでいたら、もっと体がだるいだろうし。
「ユキ様が倒れられた後、すぐに数名が接近してきました。害意はないようでしたので、店主様の仲間だと思い救援を依頼しました」
「ほう」
続きを聞いていくと、どうやらその数名とやらに『山猫酒場』まで運んでもらい、フィルがたどたどしいながらも事情を説明。親父さんが即座に治癒と解毒を試みてくれたらしい。
ただ、ボルトには親父さんでもティトでも解毒できない、謎の毒薬が使われていたそうだ。ボルトは回収していたので、そこに塗られている毒から特効薬を作ろうとしてくれたようだが、解析にも時間は掛かる。アンチドートであれば何とかなると思ったティトは、ピートのところまで行ってくれたらしい。
まぁピートは既に実験で全て使い尽くしていたようだけれど。サンプルが足りないとティトに追加発注を頼んだそうだ。ティトはティトでその対価として、ボルトの毒の解析を依頼したそうだが。お互い、何と言うか。何て言えばいいんだろうね。どういう顔をすればいいのか分からない。笑うしかねぇ。
「で、フィルはあれかい。ずっと俺の看病ってことで傍についててくれたってわけか?」
「ええ。ユキ様が倒れられたのは、自分が足を引っ張ったからだと自責の念に駆られていました」
「何だよそれ。どう考えてもフィルに責任は無いだろ」
そりゃまぁ、ティトの防御障壁があれば死にかけることも無かっただろうけどさ。
でもティトが俺から離れたのは俺の指示だし。つーかむしろ、俺が油断してたのが一番アレなわけだし。
本当に自己評価が低すぎる娘だ。どうしてここまで自己評価が低いのやら。
「ま、そこは分かった。ただ、俺が目を覚ました原因が微妙に分からんが」
「おそらくフィルさんの解毒の呪いでしょう」
さらりと答えるティト。
解毒って、自分で毒喰らわないとダメなんじゃないのか。
まさかボルトで自分の指とかに傷をつけたりしたんじゃないだろうな。解毒薬もないのに。
「あぁ、いや。呪いに対する理解力が高いとか言ってたよな。それか? 毒を喰らわなくても解毒できるくらいなんだよな」
「断言はできません。私はフィルさんに解毒の呪いを教えていませんから」
もし本能で行ったとすれば、それは天才の所業です、と漏らすティト。
ですよね。
ただ、それ以外に説明がつかないのが現状。フィルは天才。今はそれで良いよね。慣れない呪いの結果、今度はフィルが寝込む番、と。
ありがたく思いながら、軽く腕を動かして体の調子を確認する。うん、まぁ、大体大丈夫そうだ。
一時的な解毒で意識を取り戻したところに、アンチドートで解毒。ほぼ完治と言って良いだろう。まぁ、後でもう一回服用しておくけどさ。これも一錠で完全に解毒できるわけでもないみたいだし。長時間の沈静と症状緩和だっけか。依存性があるけど。まぁ二錠で薬物中毒になることもあるまい。
「次だ。ある意味朗報なんだが」
「どうかなさいましたか?」
殺意感知を展開する。すると、いつもの赤と黒の明滅以外に、紫色の光点が幾つも点る。
そう。これは襲撃してきた奴の殺意と、同じタイプの感情をマーキングしているようなのだ。
偶然ではあるが、奴の殺意を忘れまいとしたらレーダーに変化が起きた。漠然と殺気立っている相手は赤色で、俺を狙った奴と同じ種類の殺意を持っている存在が紫色に光るようになった。
そして、その紫色の光点が集まっている場所がある。
「多分、洗脳集団のアジトが分かったっぽい」
その言葉に、ティトが目を見開く。驚き顔いただきました。
「さすがユキ様。ここに来て、また進化を遂げましたか」
「軽やかに人間止めた風な言い方するのやめてくれる?」
わりと失礼な奴だ。分かっていたけれど。
「まぁ、そこが本当にアジトかどうかは調べないと分からないけどさ」
洗脳した連中が外部に漏れないよう、一つところに集めているだけの可能性もあるし。大ボスがそこに同席しているとは限らない。
そう思って発言したが、ティトはまた別の考えを持っているようだった。
「ではユキ様、その紫色の光点ですか。それはこの街中に、どのように分布しておりますか?」
「分布? ちょっと待ってくれよ」
再度レーダーを展開する。
やろうと思ってお手軽にできてしまうのだから、魔法ってずるいよね。
軽く考えていたが、その結果は驚くべきものだった。
「……なぁ。全域って、どう思う?」
集中的に集まっている場所があるのは見えていた。逆に言えば、集中的に集まっている箇所が目立っていたため、ぽつりぽつりと点在していた光点には気が向かなかった。
だが、この結果は。
数そのものは多くはない。現代日本的に考えるのならば、一つの大型ショッピングモールに一人いるかいないか、程度の割合だ。しかし街のあらゆる場所に洗脳された人間が紛れ込んでいるこの状況は。
簡単に言えば、この街は洗脳された集団に牛耳られていることになる。さすがに中央の王城であったり貴族街であったりで紫に染まった光点は少ないみたいだが。ただまぁ、中枢にまで手駒に入り込まれている時点で詰んでないか。
というか洗脳集団が俺に殺意を持ってるというのなら、街中どこもかしこも暗殺者だらけじゃねぇか。無理ゲーじゃないですかーやだー。狙われることをやらかしてきた自覚はあるけどさ!
「やはり、ですか。であれば、様々な事態の説明はつきそうですね」
「……あぁ、そういう」
騎士団が当てにならない理由。
上位者が不正をのさばらせている理由。
無論、政治的に高度な判断とやらもあるのだろうけれど。有力貴族が噛んでいるから、変に処罰しようものなら国が傾くとか、それ系の。
それもこれも、黒幕がそこまで入り込んでいると考えれば、やや乱暴ではあるが説明できてしまう。
そんな簡単な結論に飛びついて良いのかどうかは分からないが。
「だけどさ、狐族は居ないんだろ? 審査官ってのも信用できる相手のようだし」
「何も狐族の人間そのものが居なくとも構いません。魔道具や特殊技術で、真似事はできると申し上げたはずですよ」
「む、それもそうか」
そうなると次に考えるべきは、どのような立場の奴が主導しているか、ということになる。
「そこまでいくと、この国の歴史だの貴族の力関係だのが分からないと、話にならん気がする」
「そんな大きな話に持っていく必要がありますか?」
「え?」
言われて、思う。
中枢にまで入り込まれているのはこの国の問題なのだから、一介の冒険者が口を出すようなことではない。
事件の解決を目指すのならば最終的には避けては通れない道ではあるだろう。だが、俺自身がそこまで踏み込む必要性を考えろ。
フィルを守るのが第一目標。
森人を助けるのが第二目標。既に破綻している可能性が高いけれど、まだ決まったわけじゃない。
俺がやりたいのは第三目標。すなわち、敵の首魁をぶっ潰す。その際、相手の立場だとか身分だとかを鑑みる必要はあるだろうか。
俺に手を出したことを後悔させるということに、敵の背景を考えてやる必要があるだろうか。
相手が誰であろうと、例えこの国の王であろうと、血反吐ぶちまけるまでぼこぼこにして生きていることに絶望するほどに痛めつけるだけの話だ。
そう。
相手の都合なんぞ、考えてやる必要なんてないじゃないか。
深呼吸を一つ。
「悪い、頭冷えた」
言うと、ティトは微笑む。
「ですがユキ様。決して忘れてはいけない事実が一つ」
「あぁ。なんで俺が狙われたか、だよな」
それも、ティトが俺から離れる一瞬を狙い済ましたかのような絶妙のタイミングで。
さすがにそこは偶然かもしれないが。もし狙っていたのだとすると、敵にティトの能力が一部とはいえ知られているということだ。
「貴族が森人の真種を集めているという情報はありますね」
「だよな。そこから考えれば、森人をガンガン捕まえている可能性は高い」
無論手当たり次第というわけでもないだろう。街の住人である森人が消えれば、流石に誰もが気付く。
「足がつかないように、外部の森人に限っている、くらいの制限はありそうだが」
「ですがそうなると、ユキ様を狙撃した後に、フィルさんを捕まえることなく逃走したことが気になります」
そうなのだ。もし護衛役である俺を排除するために撃ったのだとすると、どうして逃げていったのか。以前の黒尽くめ達のことを思えば、ソロで行動していること自体考えにくい。相手を取り込んだのだから、それに乗じて手勢を送り込んでも良いように思えるのだが。
勿論、他の護衛達が一斉にやってくる気配を感じたから、という可能性もゼロではない。俺を始末できればいくらでも付け込む隙はあると考えれば、一度撤退するという選択肢もアリだろう。
「……あるいは、俺の狙撃成功が、予定外だったのかもしれないな」
洗脳した駒がどれほど柔軟に行動できるかは分からない。
ただ、わりと決められた行動しかできない気がする。あるタイミングで、ある行動を起こす。こうされたら、こうする。この状況では、こう動く。
心が壊されているという親父さんの仲間の様子を聞く限り、そんな人間が臨機応変に動けるとは思わない。
だからこそ、あのタイミングではこちらに狙撃だけして、撤退することが当初の予定だったのではなかろうか。
「それこそ、何のために、となりますが」
「だよなぁ。失敗前提ってことは、何かしらの情報を得ることが目的なんだろうけど、何の情報が欲しかったんだって話だよな」
既に何度も失敗しているクロスボウによる攻撃だ。失敗を重ねるにつれて足がつく可能性が増すことを考えると、本体に辿り付かれる事よりも、失敗から得られる情報の方が利益が大きいということになる。
成功すれば障害を排除できるし、どちらに転んでも向こうにとっては良いこと尽くめになるような、そんな情報。
「分かるわけねぇ」
天井を仰ぎ、手足をだらりと投げ出して寝転ぶ。ボスンと跳ねるベッドマットが心地よい。
フィルがぐずる。おっと、起こしちまう。
柔らかな髪の毛に触れて、ぽんぽんと撫でる。安心したのか、再度幸せそうな寝息が聞こえてくる。
あぶねぇあぶねぇ。
「しっかし、どうにもこうにも行き当たりばったり感が強いよなぁ、最近の行動」
情報が足りないとはいえ、後手後手に回ったり空回りしたりと、爽快感がない。
「ユキ様は情報戦に特化しているわけではありませんから」
「悪かったな脳筋で」
頭脳戦はできる人に任せたい。俺はもっと単純なんだ。敵が居る、ぶっとばす、解決。そういう分かりやすい図式の方が好ましい。悩まずに済むから。
「悪いとは言いません。適材適所というものがあるわけですから。それよりもユキ様、お体の調子はいかがですか?」
「ああ。毒も抜けたし、動く分には問題ないな」
フィルを起こさないようにベッドから降りる。
上は脱がされており、しっかりと包帯が巻かれている。
誰が巻いたか気になるが、別に誰でも構うまい。
影からスピンドルレースのジャケットシャツを取り出して羽織る。かなりフリルフリルした見た目だが、これかへそ出し体操服かどちらかを選べと言われれば、な。撃たれた事もあるし、あまり意味はないとは思いつつも、露出の少ない服を選ぶ。
袖を通すことに全く抵抗を感じない時点で、相当染まってきてるよなーと思いつつ。
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