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先を進む男に着いていくこと暫し。『山猫酒場』に向かうルートでもあるので、少々ありがたい。
男が唐突に立ち止まる。
「どうした、この辺が拠点なのか?」
周囲を見回すも、拠点となりそうな建物はない。この辺りはまだ居住区のはずだし、時間も時間で明かりが漏れている家もない。路地に入っていくというのなら、わざわざ立ち止まる必要もないと思う。
別の襲撃があるかもと念のためレーダーと殺意感知を使うが、近くに反応はない。
何事かと思っていると、男が苦々しげに吐き捨てる。
「やられたなあ、ここまで忠誠を誓っているとはねえ。これはむしろ洗脳だよ」
抱えていた襲撃者をその場に放り捨てる。
「お、おい。どうしたんだよ」
「死んだ。多分、口の中に毒薬でも含んでいたんだろう」
見れば、月明かりに照らされる襲撃者の口から、血が垂れている。三人が、三人ともだ。
「お嬢ちゃんの担いでるそいつも、死んでるんじゃないかな?」
「え?」
慌てて下ろす。
やはり、口から血が垂れており、口元に手をやるが、呼気を感じることが出来なかった。
そうだ。レーダーを使ったが、近くに反応はなかった。俺と目の前のこの男以外の反応がなかった。
担いでいるから見えなくなっているだけだと思っていたが、本当に反応がなかったのか。
そして驚くことが一つ。
人が死んだというのに、何の感慨も浮かばない。あぁ、そうなんだ、程度に考えている。
俺の中の生命観はそんなにも軽いものだったのか。それともこの世界に来てから軽くなったのか。
魔獣と命のやり取りはしたが、それだけで変わるものなのだろうか。
「動揺するんじゃないよお嬢ちゃん。こういうことはよくあることさ」
「あ、いや……」
死んだことに動揺したわけではない。動揺しなかったことに、戸惑っている。
自分で手を下したわけじゃないから?
もう既に何匹も生物を殺しているのに、人間だけは別だと思っていた?
あの街で魔獣に殺された人間を見たから、もう既に麻痺している?
「ユキ様……」
ティトの心配する声が聞こえてくる。
そう、だよな。逆に考えよう。こんな状況で取り乱さなくて良かったと。
「……大丈夫だ。問題ない」
問題だらけだけど、今考えるべきことはそれじゃない。
この死体をどうするべきか。
「お嬢ちゃん。さっさと路地裏に放り込むんだ」
「あ?」
見ると、男は手早く三人を路地裏に放り込んでいる。
いや、身元の確認とか必要ないのか?
「いいから早く」
「お、おう」
急かされるままに、俺も足元に置いた遺体を路地裏に入れる。
全く、何がどういうことだ。
思っていると、急に襟を引っ張られた。ついでに首が絞まる。
「ごぉふっ!? な、何しやがる!?」
変な声が出たじゃねぇか。
だが男はそれに留まらず、俺をさらに引っ張って建物に張り付く。
「伏せるんだ」
「ぬぁっ!?」
そのまま頭を押さえつけられる。
何だ何だ、一体何が。
と思っているのも束の間。
小さいが、ぼん、ぼんと爆発音が鳴る。
いくら物陰だとしても、多少の衝撃は来そうなものだが、ティトが咄嗟に防御障壁を張ってくれたおかげで、そういうものは一切なかった。
「……は?」
「服毒の上に自爆だよ。一体何を考えて生きているんだろうねえ、こいつらの上司は」
そういう説明が欲しいわけではない。いや必要だけれども。
慌てて様子を見に行くと、そこには無残なバラバラ死体があった。頭は無いし、残っているのも手足の欠片だけ。
漂う臭気に、こみ上げてくるものがある。むしろ、よく吐かなかったものだ。
「言っただろう。ここまでくると洗脳だって。よほど尻尾を掴ませたくないようだねえ」
やれやれ、と首を竦める男。
いやいや、待ってくれ。どうしてそんなに落ち着いているんだ。
「ん? オジサンが落ち着いているのがそんなに不思議かい?」
「あぁ。もうちょっとこう、狼狽えるものなんじゃないのか? まぁ普通ってのがどういうのかは知らないけどさ」
だが少なくとも、この胡散臭い男が普通でないことだけは分かる。というかこんなのが平均であってたまるか。
「まあオジサンも人生経験が長いからね。歳食ってる奴の凄みって奴?」
言いながら身を起こす男。
「はっ。言ってろ」
あんたにあるのは凄みじゃなくて不気味だ。それも、何を考えてるか分からないから怖いってタイプ。
俺も立ち上がり、そして嘆息する。
「手掛かり無くなっちまったな。どうするべきか」
実際には一つ残っているが、期待はできない。襲撃が失敗したばかりの場所に、いつまでも居残るとは考えにくいし。
一応残してはおくが、明日の朝には回収しなきゃな。
「ま、地道にいくしかないねえ。オジサンはこれで帰るけど、お嬢ちゃんはどうするんだい?」
彼は彼で、この事件を追っているのだろう。彼に仲間が居るのなら、親父さんに伝えて冒険者同士の協力を仰いだほうがいいかもしれない。相手が受け入れるかどうかは分からないが、個別に動くよりは良い結果を……ろくに知らない相手と連携を取るほうが難しいかもしれないな。一応、伝えるだけ伝えるけど。
「俺も帰るよ。今日中に出来るようなことはもう無いしな」
カメラも仕掛けたし、襲撃者の身元を確認しようにも、アレじゃさすがに無理だし。
「そうかい。それじゃあ同じ事件を追ってる同士みたいだし、また会うこともあるかもしれないな」
その時はよろしく、と手をぶらぶらと振りながら去っていく男の背中を見つめながら、俺は次の手を考える。
だがその前に、確認しておかねばなるまい。答えの出ない問いではあるが、考えることは無駄にはならないはずだ。
「なぁティト。この襲撃で、相手は何をしたかったんだろうな?」
一番気になる点はそこだ。俺を狙うことにどんな意味があったのだろうか。
考えられる選択肢はそれほど多くはない。手持ちの情報にも限りがある。
まず一つ。以前に東門のあたりで誘拐があったのと同様、今回も誘拐事件を起こそうとしていて、それに巻き込まれそうになった。
二つ目。フィル達を連れて戻ってきた時の襲撃が失敗したが、容姿は覚えられていたため何かしらマークされていた。日中に護衛をつけた依頼をこなしたのだから、俺自身が何かの重要人物だと思われている可能性はあるし。よってこの二つの可能性が生まれてくる。
そして三つ目。敵が森人の真種を探している可能性。手当たり次第に森人を捕まえていて、本当の狙いはフィルであり、俺に関しては護衛を排除する、程度の考え。
さらに四つ目。そこから派生して、俺への襲撃は単なる時間稼ぎ。本命のフィルは別働隊が既に襲撃中。
ただの被害妄想と言われても不思議じゃないな。さすがに突飛過ぎる考えだ。
大体、相手がフィルのことをしっかりと認識しているかどうかすら不明だもの。街に帰ってきた時はローブをすっぽり被っていたわけだし。
「可能性だけを考えるならば、それこそいくらでも考えられますけれど」
言いにくそうに眉を顰めるティト。だよなぁ、情報が足りなさ過ぎて、どうにもならない。
襲ってきた奴がどこの誰なのか。
そもそも前の襲撃と同一の組織なのか。
街で起こっている誘拐と、今回の襲撃が本当に繋がっているのか。
それぞれが全くの無関係とは思わないが、ピースが足りなさ過ぎてパズルにもならない。どう見繕っても欠陥品だ。
だけど全てをただの偶然で片付けてはいけない。
どこかで、何かが繋がっているはずだ。
束ねているのが誰なのかは、きっとまだ分からないけれど。
「……ユキ様。そろそろ離れましょう。死体があるところにいつまでも居ては」
「あ、うん。そうだよな」
誰かに見られでもしたら、俺が下手人と疑われてしまう。いや、そのものだけども。
いやいや、返り討ちだから、正当防衛は成立しているはず。その後は勝手に自爆したわけだから、過剰防衛にもならないはず。
だからといって、余計な噂をたてられるのを良しとはしないけど。
「それにしても、あの男。一体何者なのでしょうか」
移動の最中、ティトが苦々しげに呟く。
ティトのプライドを酷く傷つけたらしい。
まぁそうだよな。隠蔽が見破られたし。俺より強いだろうし。
というかあれだけ強い奴がいるなら、わざわざ俺みたいなのを召喚する必要もなかったような。
あれか。実は性格が歪んでたりするのか。ないわー。
「同じ事件を追ってるみたい、とか言ってたからな。親父さんなら何か知ってるんじゃね」
「そう、ですね。確かに、ユキ様を囮に使うほどに、援助のあてがあるようでしたし」
もし本気で親父さんの伝手なら、むしろしっかりと伝えて欲しかった。相手にも俺にも。実は仲間同士でしたーとかの同士討ちは勘弁だぜ。
あれだけの腕前が味方なら心強いんだけどさ。
どう足掻いても胡散臭さが勝ってしまうんだけど。
大体無精ひげのせいだよね。
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