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なぜか物凄いPVが入っていてびっくりしました。
モチベが急上昇したため急遽投下します。
「フィル、大丈夫か?」
「は、い……」
息も絶え絶えのフィルに手を貸してやりながら、俺は俺で荷物を担ぎなおす。重さはともかく、バランスが悪すぎて持ちにくいのだ。
「辛かったら、今回は無理をしなくても良いんだぞ?」
「いえ。これ、くらいは、できない、と」
「そか。それじゃあ無理しない程度に頑張ろうか」
フィルが軽く息を整えるまで、ごつごつした地面に腰を下ろす。
俺達が何をしているかというと、例の運搬依頼だ。
幸い目印の看板は非常に目立ち、一発で見つけることができた。中に入ったところ、即座に仕事がスタート。
着くなり背の低い髭もじゃで筋肉質の男が「おうお前さんたちか。話は聞いとるぞ。早速で悪いが、こっちの荷物を全部運んどくれ。場所はここから西に、通りを三つ離れた先じゃ。ここと同じ看板があるから迷うことはないじゃろうて。おいお前ら、こんなお嬢ちゃん達が荷物を運ぶんじゃ、手前の仕事道具くらい手前で運ばんかい!」と叫ぶや否や、わいわいがやがやと扉から出て行く職人達。残された俺達と、大量の荷物。
せっかちな職人達だ、と嘯く暇があるなら、さっさと始めたほうが良かろうと、こうして今に至る。
しかしあの人、岩人なんだろうか。口調の割りには姿はそこまで老いてはいなかった。髪も髭も黒々としていたし。いや、茶髪だったけど。
さて、通りを三つとは言われたものの、一つの通りが長いこと長いこと。
前にも説明したが、この街は貴族街と住宅街、職人街が円環状に広がっている。中央が城で、そこから東西南北に大通りがあり、住宅街から先は円状に細かな道が幾つもある。
職人は、その細かな道を通りと表現したわけだが、それはあくまで上空から見た場合の話である。地の上を歩いて移動するならば、やはりそれなりの距離があるのだ。具体的には徒歩十分程度。つまり一往復には一時間ほどかかるわけで。
俺一人であれば、影の中に荷物をぶち込めば簡単に終わるのだが、さすがに俺一人だけで行うのは問題がある。
よってフィルに冒険者の仕事を実践してもらおうと、こうしていくつかの荷物を運ばせている、のだが。
「そりゃ女の子だもんなぁ……」
以前レンガの運搬を一緒にこなした冒険者、カルロス一行の魔術師、マディと言ったか。
フィルは、彼よりも非力だった。
いや、持ち運び自体は同程度にこなせるのだが、いかんせん持久力が足りない。この辺は種族的なものもあるのかもしれないが。
荒れた道を行くこと一往復。
足場の悪い中、そこそこの重さの荷物を運ぶのは神経を使う。
あからさまに大きな荷物は俺が運んでいるが、中途半端な大きさと重さの物を、何回も運ぶのは骨が折れるとは思っていた。
だから、その一部でもフィルに運ばせれば、彼女自身の経験にもなるだろうと思っていた。好きに選ばせたら、どう見ても体格にあっていない代物を選んだのだが。失敗も含めて経験ってことで。
ただ、予想以上にフィルの体力がなかった。やはりそこは、まだまだ幼い少女なのだ。
膝に手をついて、滝のような汗を流している。
額から顎にかけて滴り落ち、地面に大きな染みを作っている。
強化の呪いは掛けていない。
そもそもの目的は、一人前の冒険者として扱うとはどういうことか実感してもらうことだ。
呪いを掛けてしまえば、俺におんぶにだっこの状況が生まれるだけ。
それじゃあ意味がない。
多少辛い思いをさせてでも、真っ当な仕事ができるようになってもらわないといけない。
生きていくだけならば、例えば『山猫酒場』の店員として雇ってもらえれば良いのかもしれないが、それだって一生続けられるものでもないだろう。
森人である彼女の寿命は長い。ティトペディアによると、平均的な戦人の五倍から十倍にもなる。
成長が緩やか、というわけではなく、最盛期の時間が非常に長いらしく、それこそ百年単位で活動できるそうだ。
その期間を、まともに生きていけるような技能や技術を身につけなければならない。
本来ならば身内に教えてもらうようなことなのだろうが、今のフィルには無理な状況だからな。
「……もう、大丈夫です」
まだまだ大丈夫そうには見えないが、いつまでも休憩しているわけにもいかない。
彼女の自己申告通り、そろそろ進むとしよう。
それに実際、ぶっ倒れる限界というものも経験しておくべきだ。肉体的疲労を実感しておけば、これから先も無理はしまいと脳に刻み込まれるだろう。
でもなんだか、児童虐待の現場みたいに見えて物凄くアレな感じがするね。
俺は影から塩と果汁を混ぜた水を取り出して、フィルに渡す。
「飲んどけ。そこまで汗を流してたら、体に悪いからな」
「はい。ありがとう、ございます」
両手で水筒を受け取り、こくこくと白い喉を動かしていく。
やはり体が乾いていたのだろう。フィルから返された水筒の中身は、ほぼ空っぽになっていた。
「……ごめん、なさい。全部、飲んで、しまって……」
「気にすんな。そのために用意してたんだ。むしろ飲んどけ」
実際、飲みすぎると逆に体力を消耗しそうな気もするが。熱中症で倒れられるよりはマシだ。
再び荷物運びを開始する。
そもそもこの依頼、なぜ発生したかというと、今度新しく人を入れるとかで、工房が手狭になったらしい。
そして新しく入る人とやらが、その職人のお師匠さんが手塩にかけた弟子、つまり弟弟子だそうだ。
さらにいえば、その弟弟子にあたる人物は冒険者向けの装備を打つ鍛冶師だそうで、それならばより冒険者の拠点に近い区域に移動しよう、となったとか。
しかしながら、工房の移転は大作業になる。普通は引越しよりも、建て替えた方が早いと思うのだが。特に炉とかは移転させるよりも作り直せよと思わないでもない。
というか仕事道具を冒険者に移送させるな、とも思わないでもない。お前らに鍛冶師としての誇りは無いのか。素人が道具を触るんじゃねぇ、みたいなさ。
まぁ、本当に大事な道具は既に本人達が運んでいるので、俺達が運ぶのは作業台であるとか、ロープであるとか、脚立であるとか、そういった雑貨類ばかりなわけだが。
だからこそ、中途半端に大きく、中途半端に重く、何度も往復を繰り返さなければならないわけだ。
しかも全ての道が完全に舗装されているわけでもなく、場所によると石畳が軽く捲れているような地域も存在する。
そこを移動しなければならないのだから、思った以上に重労働だ。
その分、多少ながら報酬は良い。銀貨六枚。
俺達は二人で仕事をこなしているわけだから、一人当たり銀貨三枚。銅貨一〇枚で一泊できることを考えれば、この依頼を達成するだけで、一か月分の宿泊費を手に入れられることになる。
うん、親父さんの言った通り、割りの良い仕事にはなっている。
危惧していた襲撃も、今のところ殺意感知にこっちに向かってくる反応はない。
あちらこちらに動かない反応が見えるが、これが『守り』なのだろう。そりゃあ殺意ビンビンに撒き散らしている奴がいれば、まともな神経の奴は近寄りたくもならないよな。斥候的には、それは良いのだろうか。駄目な気がするんだが。
まぁ俺達が安全であるというのであれば、何も問題は無い。荷物の量的に、一往復では終わらないどころか、今日中に終わる気もしない。というかぶっちゃけ、最初に向こうに荷物を持って行った時、一週間くらいかけていいとか言われたし。そこまで長期間、単純労働をする気は毛頭無いが。
だからこそ、最初の一日は限界ギリギリまで働くことにして、明日に俺が終わらせる予定を立てた。フィルには筋肉痛にでもなってもらうとしよう。それくらいの痛みすらなければ、何の成長も期待できなくなってしまう。
太陽はまだ中天。照りつける日差しが少しずつ厳しくなってきている。だんだんと夏が近づいている予感がするな。そういや、梅雨の時期とかはこの世界にあるんだろうか。後でティトに聞けば良いか。仕事は丁寧に、責任を持ってやり遂げなければ。
少し歩くだけで汗だくになっているフィルに歩調を合わせ、それでもなお可能な限り工房へ急ぐ。この辺の道は荒れている。馬車が通るわけでもないから、多少石畳が剥がれていようがそのまま放置されている。仕事しろよ領主。てか、ここって首都じゃねぇのかよ。道の整備くらい公共事業でやっとけよ。
色々と愚痴が出てきてしまうが、それを言って直るわけでもない。いっそのこと魔法で補修してやろうかと考えもしたが、もし本当に公共事業が企画されていれば、俺がでしゃばるようなことではない。
この道はこういうものだ、と納得して進む以外に取れる手段は無いだろう。
えっちらおっちら歩いていく俺達の横を、大きな材木を抱えた職人が、ほっほっと軽やかに走っていく。
「……真似、できねぇな」
獣人は身体能力に秀でているという。あの職人も、頭頂部から耳がぴょこんと生えていた。なんとなく猫耳のように見えたし、身のこなしには自信があるのだろう。荒れた道であろうとお構いなしに、あっという間に姿が見えなくなってしまった。
あの動きは流石に真似できない。いや、やってやれないことはないだろうが、失敗する目算の方が高く、大事な運送の最中にすっ転んで荷物を破損させてしまえば大問題だ。いくら冒険者といえど、そんな冒険はいらない。
その運動能力よりも驚愕したことが、筋肉もりもり男のネコミミは、何と言うか意外とダメージでかいな、というのは秘密。
「俺達は俺達で、地道に運んでいこうな」
フィルに声を掛け、力強く頷くフィルに手を貸してやりながら工房へと向かう。二回目も、もうそろそろ終わりだ。
この辺まで来るとさすがに道が綺麗になっている。職人の中に石工でも居るのだろう。むき出しの地面が見えていたような路面が、ある程度整然と敷き詰められた石畳に取って代わっている。
随分と歩きやすくなったからか、フィルの足取りも若干軽くなっているようで、小休止を挟むこともなく無事に目的地に到着することが出来た。
やはり一回目よりも疲労が出てくる。道が分かっている分、心情的に楽は楽だが、残りの往復回数を考えると嫌気が差してくる。
「ちわーっす、三河屋でーす」
「みかわや、って何ですか?」
「気にしないで。ただの独り言だから」
いや、やっぱり荷物を届けるときの掛け声って言ったら、なぁ? そこを突っ込まれるとは思わなかった。
「お、来たのう。お前ら、荷解きの準備じゃ!」
中央で指揮を取っていた男――恐らくは親方だろう――が、俺達に気付くやいなや建物の奥に向かって声を張り上げる。
それに呼応するように、建物内のあちらこちらから野太い声が響き渡る。
これもまた日に焼けた男達がぞろぞろと出てきて、俺達が運んできた荷物を軽々と肩に担いで建物の奥に並べていく。
軽くなった肩をくるくると回してほぐしていると、親方が人懐っこい笑みを浮かべながら近づいてくる。
「全く。どんな奴が請けたかと思えば、可愛らしい嬢ちゃん達じゃねえか。『妖精憑き』なんていう都合の良い人材がいるとは思うな、なんて言われていたがよ。まさかこんな子が請けるたあな」
「そういう台詞は最初か、一回目にここに来たときに言ってほしかったがな」
まぁその時は陣頭指揮であまりにも忙しそうだったから仕方なかったんだけどな。
「悪いの。向こうの奴も、急に免許皆伝が決まったらしくてな。この移転も、予定はしていたんじゃが、急遽前倒しになっちまったからよ」
「へぇ、急に免許皆伝……どういうこと?」
免許皆伝なんて、そんな急に決めるもんだっけ? 修行の成果とか、何かしらの実績を見せる必要とかあるんじゃねぇの?
「知らんよ。師匠はその辺がわけ分からんからな。俺っちの時も、急に教えることはもうない、看板はやるから好きにしろって放り出されたからのう」
ふむ。なるべく関わりたくない部類の人種だな。
「しかしよう、お前さん、そんな細っこい腕してんのに、よくこんだけの荷物を持ってこれたの?」
親方が俺の腕をじろじろと見る。あんまり見るなよ。何か恥ずかしいじゃねぇか。今は動きやすい、例の体操服モドキを着てるんだからさ。
おっと、さすがに腕を握ろうとしてくるのはNG。半歩下がって睨みつける。
「おっと悪い悪い、職業柄な。良い筋肉には惹かれちまうんじゃ。分かるじゃろう?」
「分かりたくねぇ」
「男の浪漫の分からん奴じゃの」
それは男の浪漫にならないと思う。岩人男児の浪漫なのだろうけれど。あるいはボディビルダー的な浪漫。あと多分、俺の腕はそんなに筋肉質じゃないと思われる。軽くさすると、割りとぷにぷにしてたし。
「しかしこれだけの荷物を運んでおいて、ちっともへばっとらんの。慣れとるのか?」
「いや、まぁ、俺は慣れてるけどな」
横を見れば、汗だくになって息を切らしているフィル。これには俺も親方も苦笑い。
「ま、こんだけ運んでくれりゃあ期日までには終わるだろ。今日は上がって良いぞ」
親方の言葉に、フィルの顔があからさまにほっとする。
「引越しなんざ、早く終わるほうが良いだろ? もう二往復くらいやるさ」
そして俺の発言に顔を青褪めさせるフィル。
うん、フィルは終わって良いんだけどね。言ってなかったもんね。
「フィルはもう宿に帰りな。ゆっくり休めよ。今晩だって修行はやるだろうし、明日もまた運んでもらうわけだし」
だがフィルは黙って首を横に振る。
そして俺の目を見据えて、強い口調で宣言した。
「わ、私も、運びましゅ」
噛んでたけど。
その決意は無駄にしてはいけない。
たしかに俺一人でやれば楽に終わる。それはレンガ運びのときに分かっている。
しかし、これはフィルの仕事でもあるのだ。彼女が自らの限界を悟り、引き際を見極めるための練習でもある。
「じゃ、いけるところまでいこうか」
振り返りざま、フィルの頭にぽんと手をやり、建物を出る。
フィルはぽかんと撫でられた頭に手をやっていたが、俺が入り口で待っていると慌てたようにとたとたと駆け寄ってくる。
「そんじゃあ、予定としては明日に終わらせるつもりで」
「っ!?」
やるって言ったんだし、どこまでやれるか俺も見てみたい。
まぁ、フィルは明らかに無理をして、大きな荷物を運んでいた。中途半端な大きさとはいえ、彼女の体格には見合っていない。
手助けするのは論外だが、助言くらいならば良いだろう。効率的な体の使い方やら何やらは実践で覚えればいい。大抵のルーキーはそうやって育っていくものだ。想像だけど。
自らの身体スペックに拠って立つ部分が大きい俺が言えた義理ではないからな。リアルにこんな運び方をすれば、確実に腰を痛めてしまう。
妄想の中の俺、マジ半端ねぇ能力だわ。
なお、本日の荷物運搬は次の一往復で終了した。
フィルは意外と根性が据わっていることも分かったし、中々の収穫だったといえるだろう。
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