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「おう。なんかやつれてるな。どうかしたか?」

「……何でもねぇよ」


 朝起きたら、フィルに思いっきり抱きつかれていただけだ。

 確かに服がはだけていることはなかったが、今日は思いっきり捲れあがっていた。

 白いお腹とお臍をばっちり見てしまった。裸を見るよりもエロティシズムやフェティシズムを感じるのはなぜだろう。

 というかつくづく今の体で良かった。男だったら色々と大変なことになっていただろう。こんな状況でありがたいと思うだなんて。

 まぁ男のままであれば、同じベッドで寝るなどありえないだろうけれど。そもそもフィルを俺が預かるなんてこともなかっただろうけど。

 二日連続で寝坊は不味いと思って無理矢理抜け出したが、やはりフィルの無駄に艶かしい声が響いた。

 あれは何なの? 無自覚なの? 誘惑されてんの? さすがにお兄さんの理性にも限界があるよ?

 なおティトさんは熟睡中の模様。


「まぁいいや。何か良い依頼が無いか見せてくれよ」

「ああ。娘の恩人だからな。割の良い依頼は残してある」


 そういって親父さんはにやりと笑う。

 様になっているのが悔しい。言ってる内容は色々と酷いのに。


「職権濫用とか言われねぇ?」

「俺が良いって言ってるんだ」

「それ、つまりは職権濫用だよな」


 斡旋する側が便宜を図る。ありと言えばありなんだろうけど。変な恨みを買うのはごめんだぜ?


「ま、割が良いとは言っても、人気は無いんだがな」


 どういうことだ。割の良い依頼のはずならば、人気があってしかるべきだろうに。

 割の良さって奴の設定が特殊なのか?


「それはあれか、比較的短時間で終わるけど、物凄く面倒な作業とか、そういう依頼か?」

「似たようなものだな。報酬は高いが、地道な作業だ」

「地道な作業か。それは人気が出なさそうだな」


 冒険者なんて、派手で何ぼの商売だ。一攫千金を夢見て、命を賭けるのだ。

 地道な作業で金を稼ぎたければ、職人になれば良い。食いっぱぐれることなく一生を平穏無事に終えられるだろう。


「で、内容は?」

「引越しの手伝い」

「それは冒険者の仕事かなぁ!?」


 むしろ運送業者の仕事じゃないですかね。アントさんマークとか。


「まあ聞け。実は面白い噂があってな」

「面白い噂?」


 面白くなさそうな予感しかしない。こういう嫌な予感って外れないんですよね。何とかの法則とか言うんだっけ。


「とある町の石切り場の出来事なんだが、『妖精憑き』の呪い士が麻袋にして七〇袋以上ものレンガを軽々持ち運んできたっていう話があるんだ」


 どこかで聞いた話ですね。具体的には一ヶ月ほど前に経験した気がします。

 その話の出所は石切り場の職人さんですか、それとも駆け出し四人組の冒険者ですか。


「それを聞いた鍛冶屋が、荷物の運搬をその冒険者に頼みたい、と言ってきてな。まあ、そんな冒険者なんざ居ねえって、誰も取り合わなかったんだが」


 そこで、意味ありげにこちらを見る親父さん。


「当てがあるからな。うちで取り扱うことにしたんだ」


 なるほど。依頼の斡旋は、どこで請け負うのかと思っていたが、何かの寄り合いみたいなものでもあるのかね。そこで取りまとめて、各斡旋所に行く、と。手数料やら依頼料やらは、そこで徴収するのかもしれない。

 直接持ち込まれる依頼もあるだろうけれど、そういう集会があるならば、専属契約している冒険者に配分しやすい、なんてメリットもあるんだろうな。


「それ、俺が請けなかったらどうなる?」

「別にどうもならんよ。鍛冶屋が自分で運ぶだけだ。俺だって当てはあるが、そんな都合のいい冒険者なんざ今は居ねえって立場で通しているからな。出された依頼を誰も引き受けないってのも外聞が悪いから、達成できる可能性の高い俺が引き取ったってわけさ」


 そうなるのか。まぁ、そうだよな。出された依頼をどの斡旋所も引き受けなきゃ、今度は誰も斡旋所に頼もうなんて思わなくなってしまう。かといって、訳の分からん依頼を無理矢理請けさせられる斡旋所も大変だ。


「ミスったからって、違約金とかは発生しないのか? 出した依頼なのに、達成してもらえないってのは、かなり問題があると思うんだが」

「今回はそもそも鍛冶屋に問題があるからな。そんな都合のいい冒険者を当てにするのが悪い。ま、ただの運搬作業ってことで処理すればいい。それは向こうも承知済みだ。それに依頼を登録する際には、多少とはいえ登録料が発生する。出すだけ無駄な依頼は、大抵はそこで諦めるさ」


 なら、問題は無い、のかな。まぁ俺が考えても仕方のないことだ。俺は請ける側であって仲介する側ではないのだから。


「それにこれなら、あのおちびちゃんの仕事としても丁度良いだろう?」

「む。確かに、そうかもしれないな」


 街中の仕事で、人手が必要なもの。まぁ正直に言えば、俺が荷物を影に入れれば一発で終わるから、フィルが必要かどうかで言えば、必要ないんだけどさ。

 だが、依頼を経験させるという意味では、お誂え向きだ。


「分かった。請けよう」


 ある程度フィルにも仕事を割り振り、体力の限界を見極めさせる。限界まで頑張れば、残りは俺が全てやればいい。


「それじゃあ、今日の昼に東門の近くにある仕事場に向かってくれ。詳しい話はそこでするようだ」

「了解。その仕事場って、目印はあるのか?」


 自慢ではないが、目印も地図も無しに辿り付ける自信は皆無だ。本当に自慢にならねぇ。


「金槌が交差している絵が付いてる看板だ。かなりでかい工房だから、東門まで行けば嫌でも目に付く」

「そんなにか」


 随分と名のある工房のようだ。腕の良い職人も揃っているのだろう。

 となれば、剛剣・白魔のメンテナンスを頼んでも良いだろうか。あれだけ使っておいて、軽い手入れだけしかできていないのは大問題だと思うんだ。血糊とかが付くような相手じゃなかったけどさ。一般的な物理攻撃が効かないくらい防御力の高い相手にガッツンガッツンぶつけてるんだから、細かい傷とか刃こぼれとかが気になる。

 侯爵級の魔獣素材の武器だから、そこらの鍛冶屋に任せていいかどうかすら分からないんだよな。一番良いのは作成者であるミスラに見てもらうことなんだが。さすがにあの街には戻れないし。

 まぁ、その辺は依頼をきっちり終わらせてから考えよう。

 一つ聞いておかなければならないこともできたし。


「ところで、さらっと東門の近くって言われたけどさ?」

「ああ。言ったな」


 顔色一つ変えやしない。食えねぇ親父さんだ。


「昨日、誘拐騒ぎが起きたのって東の方だったよな?」

「そうだな。その通りだ」

「俺等、囮?」

「言い方を悪くすれば、そういうことだ」


 チキショウ、何が良い依頼だ。予定調和じゃねぇか。

 昨日も同じやりとりをした気がするぜ。嵌められた気分だ。


「まあ待て。そう怖い顔をするな。囮ではあるが、だからこそ守りは固めてある。余程の手練が相手でなければ、何の問題も起こらない」

「フラグって言葉知ってるか?」

「フラ……何だって?」

「いや何でもねぇ」


 何を言ってるんだ俺は。フラグだろうが何だろうが、襲い掛かってきたなら返り討ちにすればいいだけだ。

 フラグは折るもの。真正面切って叩き潰すもの。それでいいじゃないか。


「その鍛冶屋の依頼もグルだったりする?」

「まさか。そのためにわざわざ依頼を出してもらうような真似はせんよ。協力者を多く募れば募るほど、どこから情報が漏れるか分からんからな」


 ご尤も。

 となれば、ちょっとした矛盾点が気になる。


「守りを固めてて、本当に囮として機能するのか? むしろあれだ。何か問題が起きたほうが良いと思うんだが」

「それか。俺は斥候のことはよく分からんが、どうやら普段と違うものが見つかれば、それで成功だそうだ。本当に何事もなければ越したことは無いし、些細な異変があれば、それが解決の糸口に繋がる。お前達のほうに迷惑がかかるようなことはない」

「なるほど」


 さっぱり分からん。

 いや、多分、森人であるフィルを狙う輩がいるとして、だ。

 手出ししようとする奴が出てくれば御用、守りに気付いて遠ざかる奴が居ればチェック、本当に何も起きなければ平和だったね、で終わる話になるんだろう。

 最悪の場合は、手出しする奴が守りを突破するほどの手練であった場合だが、それなら俺が直接しばき倒せばいいだけの話だ。


「じゃあ、もし迷惑がかかったら、何か補償とか出たりする?」


 そんな俺の発言に、ぷっと吹き出す親父さん。


「ちゃっかりしてやがる。その時は言え。俺にできる範囲で何でもやってやる」

「オーケー、言質は取ったからな」


 よほど配置される人員に自信があるようだ。

 ならば、もしも俺達に襲い掛かってくるような輩が居たときには、精々ふんだくってやるとしよう。

 そう言い残して、いつも通り髪を洗いに外へ出る。

 後ろで親父さんが怖い怖いとか言ってるが気にしない。何も言わずに嵌めようってのが気に食わないだけだ。

 何も無いのが一番だが、どう考えても何事かは起きるだろう。

 こういう予感を外したことは、今までもあまり無い。それこそフラグかと思うほどに。


「まぁ、何が来ても返り討ちにしてやるけどな」


 そんな決意を一つ。レーダーの機能も強化されたわけだし、試験運用にはもってこいだろう。


評価・ブックマークありがとうございます。

誤字脱字のご指摘、感想等よろしくお願いします。モチベが上がります。


なお、更新予定について活動報告に書かせていただいております。よろしくお願いします。

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