表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
113/151

35

 宿に戻ってくる。

 昨日と同様、フィルには先に体を拭いてもらう。

 その隙に、扉の前でイリーヌさんから渡された手紙を読むとしよう。

 小さく折りたたまれた、くすんだ色の紙をぺりぺりと広げる。

 こじんまりとした可愛らしい字だ。似合わねぇって思ったのは秘密な。

 相変わらず字そのものはよく分からない記号にしか見えないが、意思疎通の呪いがここでも仕事をしてくれる。


「えーと、何々?」


 ――ユキちゃんへ。

 この手紙を読んでくれているということは、私は無事にユキちゃんと接触できたということだね。

 なんて、お約束は置いておこう。正直、そこまで警戒されているわけでは無いだろうから。

 だけどマイレはかなり厄介な人物のようだ。

 たった数時間、商人仲間づてに調べただけだというのに、既に尾行が何人かいるようだ。

 商売の邪魔でもすると思われているのか、それとも嗅ぎ回る相手を潰そうとしているだけなのかは分からないけれど。

 だからこそ、そこまで大した内容が分かったわけでもない。そこは許しておくれ。

 商売としては、真っ当に雑貨屋だ。日用品を主に取り扱っていて、住民からの評判は質が良いと上々。

 それだけ聞けば問題はなさそうだ。問題があるとすれば、どうしてこの程度の情報を調べたくらいで、尾行がつくのかってところかな。

 とにかく、私個人の感想で言えば、マイレに問題はほぼないと思う。

 女の子が二人も世話になっているのなら、十分に養ってくれると思うよ。

 店子として働いていたり、別枠で仕事を宛がわれていたりするかもしれないけれどね。

 あと気になることが一つ。

 これは私個人の興味本位だ。被害そのものは街の商人全体に及んでいるからね。

 ここ最近、交易馬車があるんだけど、それが被害に遭いすぎているんだ。

 こちらから出て行くものもあれば、こちらに向かっているものも。

 そう考えれば、私達の馬車もグラスイーグルに襲われたよね。幸いユキちゃんの活躍によって事なきを得たけれど、普通に考えれば、あれは危うい事態だ。

 何かの前兆なのか、誰かが仕組んでいるのか。

 この街の生活能力を低下させて得するような人がいるとは思えないけれど。

 出て行くものだけを狙うとか、逆に入ってくるものだけを狙うなら、意図も読みやすいんだけどね。

 だからすまないけれど、私は一旦様子を見ることにしたよ。幸い、護衛も見つかったことだしね。

 帝国に半月程度、なんて言ってたけど、場合によっては、何ヶ月も戻らない場合もある。

 何の問題もなさそうなら予定通りに行動するだけだけど、変なことが起こってからじゃ遅いからね。

 一応報告しておくよ。


「……情報はえー」


 言ったの今朝だぞ。

 今朝方から夕方まで、たったそれだけの時間で、マイレの身辺調査を済ませて、ここ最近の交易馬車の様子まで調べているとかどういうこと。

 いや、後半の情報はバザールを開いている間にも情報収集をしていたこともあるだろうけどさ。

 商人にとって情報は命。何か、まざまざと見せつけられた気がする。

 あとはあれか。帝国に半月ってのもずれ込む可能性があるのか。

 そうだよな、理由は分からないが、尾行もついていたらしい。

 すぐに帰ってきたら、変に行動を制限される可能性もある。

 それだったらほとぼりが冷めるまで、国外に居るほうが良いのかもしれない。

 なんだか申し訳ない。

 俺が頼んだことで、イリーヌさんに迷惑を掛けてしまっている。

 はぁーっと大きく溜息をつき、壁にとすんと体重を預ける。腕がだらしなく下がる。

 周りが色々と動いてくれているってのに、俺は一体何をしているんだ?

 そりゃあフィルの生活を整えなきゃ、とは思っていたが。

 随分と周囲に助けられている。

 その事は心に刻み付けておかねばなるまい。

 決意し、壁から身を離したところで、カサリと何かが落ちた音がする。

 手紙に二枚目があったようだ。

 拾い上げ、中身を読む。

 そちらには俺としても完全に予想外の事が書いてある。


 ――もし私がこの街に腰を落ち着けるなら、と見繕っていた空き家があるんだけど、よければユキちゃんに貰ってほしい。

 正直言って、腰を落ち着けるかどうかなんて分からないし、最悪の場合戻ってこない可能性もある。私が押さえておく意味が薄くなったからね。

 それだったら、色々考えると、ユキちゃんは店を構えたほうが良いんじゃないかと思ってさ。預かっている娘の事もあるし。

 まあ貰ってほしい、なんて言ってるけれど、別に私の持ち物件じゃないから、買ってもらわなきゃいけないんだけど。

 商業区の東側だから、ユキちゃんが苦手なバザールからも遠いし、良い物件だと思う。

 購入者が私からユキちゃんに変わるかもってのも相手方には伝えてある。私の名前を出してくれれば、手続きが進むようにしているよ。

 金額は、多分今のユキちゃんにはまだ払えないとは思うけれど、金貨三〇枚だ。それでもピートから貰った金貨をあまり使ってないようなら、ユキちゃんにとってはすぐに稼げる金額だと思う。

 詳しい場所はこの下に地図を書いておくよ。それでも分からなかったら、誰かに聞いておくれ。あの辺りは優しい人が多いから、きっと答えてくれるはずさ。


「……どこまでお見通しなんだか」


 可愛らしい丸っこい字の下に、簡略化された地図が付されている。

 うん、大通りやら小道やらが幾つか書かれているけれど。目印になるであろう店の看板の図もあるけれど。

 方向音痴なめんな。この地図じゃ百年経っても辿り着けねぇ気がするぜ。

 まぁ最悪の場合はティトに頼もうか。

 コンコン、と扉を叩く音。

 どうやら着替えも終わったようだ。

 今度は俺が着替える番だな。

 部屋に入る。

 フィルはベッドの上で座っている。服装は今日買ったばかりのうさぎパーカーだ。

 あれならばさすがに今朝みたいに、はだけることはないだろう。

 二人部屋が空くのはまだ先だ。

 今日も彼女と同衾することになるんだよな。

 ……彼女の抱きつき癖が、姉恋しさによる昨日限定のものだと期待したい。

 そう思いながら、さっさと体を拭いて、寝巻き用ローブに着替える。


「それでは、今日の修行を始めましょうか」


 ティトが唐突に言う。

 ふむ、それもそうだな。寝る前の修練は大切だ。

 今日一日を買い物だけの日にするのは勿体無い。

 フィルも真剣な表情で頷いている。


「だけど、修行って言っても何をするんだ?」


 この世界の魔力というものを、一体どういう風に扱えば良いのか、俺も知りたい。

 イメージだけで何でもできるとはいえ、具体的にイメージできるほうがやはり効力が高いみたいだし。


「まだ始めたばかりですからね。昨日の時点で魔力を感知するところまでできたのですから、今日は魔力の方向性を定めましょう」

「魔力、方向性、ですか?」


 首を傾げながら、きょとんとした瞳を向ける。


「ええ。呪いであれば、癒しや解毒、疲労回復など、様々な効力を持たせることができます」

「……ん」

「まずは昨日のように魔素を動かしてみて下さい」

「……こう、ですか?」


 ティトの指導の下、フィルが唸りながら何事かを呟いたり、手を動かしたり、やはり首を傾げたりしている。

 魔力の方向性、なぁ?

 俺の場合は、要するに何をしたいか、きっちりイメージしろってことだよな。

 例えば最初に使った魔法は、掃除機のイメージで風の流れを操作した。

 影を操って、草木を狩ったり、ノコギリを作ったり、落とし穴にしたり、ギロチンを作ったり。

 この辺りは、ゲームの知識等で補填できるものもある。

 ならレーダーはどうだ?

 最初のイメージは……そう、魔力の波を広げ、何かの反応が返ってくればという、いわゆるソナーのようなものだ。

 だから、方角はともかく『何かの反応がある』ということしか分からない。

 一度凝り固まったイメージを覆すことは中々に難しそうだが、このレーダーをどうにか改善したい。

 方向はともかく、そう、敵意や害意を持つ存在を識別したい。でも、どうやって? 感情なんぞどうやって識別するよ。

 そういえば、脳波によって感情がある程度判別できるとかいう研究があったな。

 詳しいことは分からんが、少なくとも敵意や害意を抱いた状態でリラックスしている奴は居ないだろう。居たらよっぽどだぜ、そいつ。

 てことは、緊張状態にある人間を、発汗状況や体温変化、呼吸量などから判断して識別することは可能だろうか。

 自問自答する。うん、多分だけど、可能だろう。

 であれば、そういった状態の人間を、ただの赤い光点ではなく、赤と黒の明滅で表示させることはできるだろうか。

 現状、ほぼ確実に緊張状態にあるのは親父さんだ。

 フローラの看病やら何やらを、リラックスモードで続けられるなら、あれほどまで親馬鹿とは言われまい。

 目を閉じ、レーダーに意識を集中する。

 先ほどまでは赤い光点でしかなかったそれは、俺のすぐ近くにある光点から、少しずつ赤と黒の明滅に変わっていく。

 反応は近場に三つ。

 親父さんとフローラと、あとはすぐ傍で唸っているフィルだろう。そういう風にイメージしたんだから。

 ならば後は、そんな緊張状態を保っている相手を検索するイメージで、探知範囲を広げていく。


「……げ」


 いかん、確かに能力的には進化したが、これはまずい。

 恐らくはこの街全体が探知範囲になっているのだろう。これは前のレーダーよりも狭い。あれは街の外まで見えていたからな。

 だが、問題はそこではなく。


「緊張状態ってだけだと、意外と引っかかるもんなんだな」


 きっと時間的に飲み屋とかそれ系だろう。街のあちらこちらで結構な人数が密集し、緊張状態になっているようだ。もしかすると興奮状態と言い換えられるのかもしれないが。

 これでは敵意や害意を識別しようとする目的にはそぐわない。

 どうやって敵意や害意を見分ければいいのだろうか。

 と、思ったところで。


「そういやティトは、俺に会うまで全力で逃げ続けたりしたんだよな」


 妖精族の秘術やら呪いやらは、ソロ活動で逃げるには最適だそうだ。

 であれば、その妖精族の秘術とやらを真似できれば、現状の魔力に反応するだけのレーダーを進化させられるかもしれない。

 それこそゲーム的に、自分や友軍、敵やアイテム類といった区別が可能になるかもしれない。便利そうだ。いや、アイテム類はやめよう。家具とかがレーダーに映っても困る。

 フィルに呪いを教えているティトに声を――。


「そうです、フィルさん。良いですよ」

「ん、はい……。こう、ですか?」

「ええ。ふふ、もう少し力を抜いて……」

「……はふ」

「そう、そのまま、ゆっくり……」

「ん……ふぅ」


 声、掛け(づれ)ぇ。

 呪いの練習ですよね? 魔力の方向性を決めてるだけですよね?

 なんでそんな艶かしい声が出るんですか?

評価・ブックマークありがとうございます。

誤字脱字のご指摘、感想等よろしくお願いします。モチベが上がります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ