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ブックマークが500件を突破しました。ありがとうございます!

 そういやシキミという名に覚えがある。

 一応聞いておこうか。


「なぁシキミ、ちょっと聞いていいか?」


 相変わらず酒ばかり飲んでいるシキミが、ちらりとこちらを見る。


「赤心の首飾りって、知ってるか?」

「……どうして、それを?」


 シキミのその瞳に、剣呑な光が宿る。


「ちょっとな、知り合いが持ってたんだ」


 思いがけない視線に、少々たじろぐ。

 その様子を見て、シキミが慌てたように手を振る。


「咎めているわけじゃない。もし君が、次にその知り合いに会ったら」


 俺から視線を外し、手元のグラスを軽く揺らす。

 そして、何ともないように、軽やかに告げる。


「首飾りを破壊するか、手放すか。そう伝えてほしい」

「どうしてだ?」


 あの首飾りに、そこまで酷い効果はなかったと思うが。作成した意図はともかく。

 それに、友人のために作った物なんだろう? 受け継がれているとはいえ、彼女にとっては形見になっているかもしれない品だ。

 まぁ、本人は依頼の報酬として手放すことを考える程度の意識みたいだけれど。


「あの品には重大な欠陥がある。効果を高めるために、反動制約を組み込んだ。それが問題。勿論、僕の友人が使っている限りは、何の問題もないけれど」

「あー」


 ウソをついたらペナルティ的な文言があった気がする。それが反動制約とやらか。


「世の中、優しい嘘もある。僕の友人なら、問題はなかった。わりとずけずけとモノを言う性質だし、いざとなれば、うまく引っかからないような物言いをするから。ただ、友人の性格を考えると、誰かに渡す可能性もある」


 それ大正解だわ。娘か誰かに渡してるぜ。しかし、優しい嘘、ねぇ。それすら嘘と認識するなら、確かにそれは一般的には欠陥品だ。

 一体どのようなペナルティを受けるのかは知らないが。


「一応聞いておくか。嘘を吐いたらどうなるんだ?」

「僕の、ありったけの呪詛」


 ぽつりと、端的に。

 だが、非常に重いものだと予想させるには十分すぎる一言。

 乾いた笑いしか浮かんでこねぇよ。

 

「受けたらどうなる?」

「聞いて、どうする?」


 シキミの即答に、思わず苦笑する。

 そうだ。聞いたところでどうしようもない。

 今からエウリアを探し出して、捨てさせるわけにもいくまい。

 目の前には、少しばかり残った料理。

 さすがにもう食えない。

 フィルもティトもお腹を押さえている。

 そんなこんなで料理をひとしきり楽しめば、それでもうお別れだ。楽しむという量ではなかった気もするが。余った分は紙を敷いた箱に詰めて、シキミが保存の結界を施した。

 イリーヌさんが料金を支払っている。慌てて俺も出そうとしたが、手で軽く制されてしまう。


「ユキちゃんから買った薬で得たお金だから、間接的にユキちゃんが払ったことになるからね」

「間接的すぎて最早関係なさそうなんですがそれは」


 言い方ってものがあるだろうに。

 なお、ティトさんはひったすら食べ続けていた模様。その体のどこに入っているんだ。

 明日にはイリーヌさんは遠い地に出発するし、俺はフィルと共に適当な依頼を受注する予定だ。

 店を出て、軽く手を振るイリーヌさん。

 別れと言っても精々が半月程度。タイミングによっては会えないかもしれないが、イリーヌさんはこの街を活動の中心としているのだし、俺だってしばらくはこの街から出て行くつもりもない。機会はこれから先も山ほどある。

 何度も考えて、何度も出した結論だ。そう簡単に覆ることなどない。

 だから俺は、笑って手を振った。


「またな」

「ああ。また会おう」


 イリーヌさんも、はにかむような笑みで答えてくれる。

 これくらいで、丁度いい。

 得がたい友人だと思う。見た目の割りに中身が残念な人だけれど、逆に言えば親しみやすいと考えることもできる。

 たった数日、行動を共にしただけだとはいえ、人と人との関係は過ごした時間の多寡では計れない。

 だからこそ。また会いたいものだ。

 名残惜しい気持ちはあるが、いつまでも引きずるわけにもいかない。

 店の前で別れ、俺は『山猫酒場』へ、彼女らは彼女ら自身の宿へと足を向ける。

 と、思ったのだが。


「そうだ。忘れ物」


 イリーヌさんが、ふと思いついたように空を見上げる。

 そうだよ、本題だよ。マイレの件はどうなった。

 だがそういう話にはなりそうにない。

 いきなりツカツカと歩み寄ってくる。

 何事かと思って見ていると、唐突に抱きしめられた。


「――――っ!?」


 ふくよかな塊を顔に押し付けられる。

 ぽんぽんと頭を撫でられるような感触もあったが、正直そんなものを気にしていられる余裕なんてない。

 声を出そうにも完全に口元を押さえられている。むぐぅ、もごぉ、とくぐもった声しか出せない。

 いや、気持ち良かったり良い匂いだったり色々と思うところはあるんですけどね!?


「はむ」

「ふあぁっ!?」


 耳を舐めるな、甘噛みするな! 変な声が出ただろうが!?

 幸いそれは一度きりだったが、再び頭を抱え込むようにして抱きしめられる。

 抵抗したところで離す様子はない。もう半分諦めの境地にして、されるがままになっておく。

 再度変なことをしようとしたら、全力で突き飛ばすけどな。スプラッタになろうが知ったことじゃない。


「ふぅ、ユキちゃん分の補充完了」


 どれほどの時間だったろうか。多分、十数秒といったところだろうけれど、無駄に長く感じたのは精神的な疲労が溜まったからであろうか。


「いきなり何をしやがる!?」


 俺のこの台詞も至極真っ当なものだろう。何だよユキちゃん分って。どんな栄養素だ。


「暫く会えなくなるからね。ちょっとくらい、良いじゃないか。ねぇ?」

「何一つ良くねぇよ! 見ろ、シキミもフィルも困惑してるじゃねぇか!」


 口元に手をあてて、酒で赤らんだ顔をさらに真っ赤にして、シキミがこちらを見ている。

 フィルは手で顔を覆っているが、ばっちり指が開いている。わー、とも、ふぁー、とも聞き取れる声が漏れている。


「……僕は別に。なるほど、珍しいものを見たよ」

「珍獣扱いされてんぞ」

「おやおや。愛の形なんて人それぞれだろうに」


 またこいつはそんなことを言う。

 こちらも羞恥から顔が熱くなるのを、手で扇いで誤魔化す。


「全く。ちょっとばかしの別れくらい、しんみりとできねぇのかよ」

「ちょっとばかり、だからこそ楽しいほうが良いじゃないか」

「そりゃあ、そうかもしれねぇけどさ」


 だからといって、こういった乱痴気騒ぎになるのはどうなのか。


「ともあれ、とりあえずこれでお別れだ! 次に会うのは何時になるか知らんが、俺は暫くこの街に居るつもりだから!」

「ふふ、そうかい。それじゃあ予定通り進めば、半月後には戻ってくるよ。その時にまた愛を語り合おうユキちゃん」

「愛とか無ぇから!!」


 怪しい怪しいと前から思っていたが、確実にそっちの気があるじゃねぇか。他所で見ている分にはどうでもいいが、自分自身に来るとなると何とも言えない気分になる。

 まぁ、俺も今は女の姿だし、もし恋愛をするとしても男相手は御免だから、確実にそういうことにはなるんだけどさ。

 でもイリーヌさんだけは無いわ。

 最後の最後に気分を台無しにしてくれた残念美人の後姿を見送り、俺も宿に戻ることにする。

 しかし気になるな。こういう状況になれば、ティトさん絶対暴れそうなのに。


「ティト、何か大人しいけど、どうした?」

「いえ。何でもありませんよ。別に彼女に悪意はありませんし」


 悪意が無ければある程度はオッケーなのかい。そういや山頂の宿でも、ティトはわりとドライに魅了の術式だとかの話をしていたな。

 考えていると、ティトがこそりと囁く。


「それよりも、襟元に手紙が忍ばされています。後で確認しておいたほうがよろしいかと」

「え?」


 間抜けな声が漏れる。

 イリーヌさんからの手紙? 一体何の――。


「あ、オッケー。分かった、後で読む」


 マイレのことだろうな。

 俺がメモで渡したからこそ、イリーヌさんも手紙という手段で教えてくれたのだろう。

 ならばきっと、フィルには聞かせられない内容であることが予想できる。


「……下衆い中身じゃありませんように」


 祈らずにはいられない。

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