33
出てきた料理を人数分に分けながら、一つ生まれた疑問をシキミに投げかける。
「どうしてシキミは護衛の依頼なんて請けたんだよ」
なお、呼び捨てにしているのは「さんづけが気色悪い」と真顔で言われたからだ。先ほどから変わらない掠れた声で。
乾いた笑みしか浮かんでこない俺の背中を、隣に座ったフィルがポンポンとさする。ああうん、良い子だ。
「そりゃあもう、運命の出会いと愛の逃避行だよ。だけどごめんねシキミちゃん。私にはユキちゃんという心に決めた人がいるんだ」
イリーヌさんが横から口を挟む。
違うお前じゃない黙ってろ。
「方向が一緒だったから」
「あー、都合が良かったわけだ」
「ん」
「そんな! 私は都合のいい女だったってことかい!?」
ややこしいから黙っててくれませんかねぇ。
くねくねと悶え始めたイリーヌさんを無視してシキミと会話を続ける。
「何か用事でもあるのか?」
「帝国に行く」
「ほう、帝国にねぇ」
それらしく頷いてはみるが、ぶっちゃけ帝国の現状を知らないから何も言えない。
だから、そこに行くと聞いても目的が今一つピンと来ない。まぁ、帝国を良く知っている人間が聞いても分からない可能性もあるけどな。
「目的、聞かないの?」
特に聞くこともなく、腕を組んでシキミを見ていると、不思議そうに首をこくりと傾げて訊ねてくる。
こういう小動物的な仕草は素直に可愛いと思える。声が掠れていなければ。
「聞いてほしいのか? 復興途上の国に行く理由なんて、言えない理由もあるだろうに」
結界がメインの呪い士に、悪いことは出来ないだろうしな。
ただそれでも、踏み込んで良い部分と悪い部分の線引きはしているつもりだ。
誰だって根掘り葉掘り事情を探られるのはよくは思わないだろう。
「……いい子だね、君は」
「止せよ。柄じゃねぇ」
ふっと笑みを浮かべ、グラスに入った液体を呷る。俺と大して変わらない背丈なのに、なぜか凄く様になっている。
「ああそうか。そのグラス、酒か?」
「ん。強くて美味しい」
掠れた声で答えるシキミ。うん、多分酒で喉が焼けてるんだね。だから掠れてるんだね。ただの飲みすぎだ。
「君も、飲む?」
言ってグラスをこちらに傾ける。
残念だが、俺は酒を飲むつもりはない。飲めないことはないが、そういうのは一人で落ち着いて飲みたいものだ。謹んで遠慮することにする。
というか、今は酒よりもテーブルの上の料理だよ。食いきる必要があるだろうが。
食いきれって言うなら食いきれるだろうが、腹がはち切れそうだ。
「そう」
別段残念そうにも見えず、シキミはグラスをテーブルに置く。
依頼の前日だというのにがばがば酒を飲むとか、どういう神経してんだ。まぁ所詮は他人事だけどもさ。ソロの呪い士が自制を忘れて、仕事に響くような失態をするとも考えられない。俺がとやかく口出しすることじゃない。
「ともあれ食おう。冷めたら折角の料理が台無しになる」
出てきた料理には、湯気を立てている煮込み料理もある。見る限りでは何の肉か分からないが、この店の売りは鳥の煮込み料理だと聞いている。おそらくは鳥肉だろう。
取り分けた皿から、まずはブロッコリーのような緑黄色野菜を一口。
「……うん」
しっかりとした野菜の甘味が口中に広がる。噛めば噛むほど、野菜の汁気があふれ出る。
その汁気がまた、少々濃い目のスープに絡み、程よい旨みへと昇華させる。じっくりと煮込まれた野菜にしか出せない風味だ。
芋や人参といった野菜類がないのが個人的には残念だが、しかし肉料理と銘打つのだから、やはり主役は肉だ。野菜なぞ二の次に過ぎない。うん、ごめん言い過ぎた。
ともあれ肉だ、本命にとりかかろう。
フォークで突き刺しただけで身が解けるように崩れていく。
「ほほう」
この感触は期待できますよ。絶対柔らかいじゃないですか。
崩れた肉をフォークに載せ、口に運ぶ。
熱っ、熱いな。
だが、その熱さが心地よい。
舌を出しながら、熱を持った肉を吹き冷ます。
そうして口に運び、噛み締める。
牛肉とはまた違った食感。細く裂けていく肉から、スープが滲みこんだ肉汁が溢れる。
舌に広がる旨みがスープと混ざる。
ああ、何ていうかこれは……。
「パンが欲しいな」
行儀が悪いかもしれないが、食パンをちぎってスープに浸して食べたい。
勿論肉とかその辺も一緒に。
「パンならあるじゃないか、ほら」
イリーヌさんがテーブルの端に置かれていたパンを差し出してくれる。
あるじゃないですかあるじゃないですか。
早速手で小さくちぎり、スープに浸す。
それをパクっと。
「ふ、ふふふ」
そうそう、不味いはずがないんだよ、こういうのは。
俺の食べ方に触発されたのか、フィルも同じようにパンをちぎっている。
口に入れた途端、フィルの顔も幸せそうに綻んでいる。
「美味いか?」
「……!」
コクコクと首を振る。そうだろうそうだろう。
気付けば、取り分けた一人分など軽く平らげていた。
まぁ、まだまだ料理はあるし、腹にも余裕がある。
見た瞬間は食いきれるか微妙に思えたが、いざ食い始めると意外と何とかなりそうだ。
次は焼いた肉料理を取り分ける。
既に一口サイズに切り分けられているので、取り分けるのも楽だ。一人二切れだな。
口に運ぶ。
「おっ?」
この柔らかさは何だ。
確かビーフシチューとかでコトコト煮込んだ肉を、改めて焼くとホロホロの食感になるが、この肉はそれと同じ感じがする。
ということは、焼いた肉ではあるが、これも煮込み料理の一種になるのだろうか。
一度煮込まれているため、しっかりとした味もついている。
少々舌に来る刺激は、恐らく唐辛子的なものが使われているのだろう。胡椒が手に入りにくいための代用品だろうか。
でも単純に美味い。
あの女将さんが認めるだけはあるな。
たった二切れで一人分がなくなるのが惜しいくらいだ。
名残惜しいが、欲しいのならまた後ほど注文すれば良い。
たった二品ではあるが、この店のレベルが相当高いことが分かる。
であれば残りの料理も期待していいだろう。
「ここ、いいな。煮物が食いたくなったら、また来ようか」
「はい!」
おお、フィルのほうからも良い返事だ。
ティトさんも口には出していないが、顔を見れば分かる。物凄い満足げだ。
「それにしてもユキちゃん、よく食べるねぇ。やっぱり依頼や何やで遠征していたら、碌な物を食べられないからかい?」
目の前の料理を次々に平らげる俺を、イリーヌさんが面白そうに見ている。
「そういうのもあるかな。この前の魔獣討伐の時は、それほど量は食えなかったし」
食料の持ち運び自体はどうとでもなるのだが、いかんせん影の中は保存ができない。魔法の使い方をちょちょいと変えれば保存の利く影が作れるのかもしれないが、やはり最初に設定したものが強固なイメージとしてこびりついている。冷暗所には間違いないから、それでも十分日持ちはするのだろうけれど。
あとはまぁ、俺自身に調理する気がそんなになかった、ということもある。調理器具は一応入れっぱなしだったが、周りが保存食やら何やらを食べている中、一人で鍋を取り出してことことぐつぐつ煮込むとか、なぁ?
まぁ、食い気は人並み以上にあるとは思うが。
「食べられるときに食べるのは冒険者の基本」
言いながら、追加の酒を注文するシキミ。飲むな。食え。
また別の煮込み料理を取り分けて、ずずいっとシキミの方に押しやる。
「食べてるよ?」
「俺に比べりゃ半分以下だろうが。まだまだ料理はたぁんとあるんだ。食いきれなかったら勿体無いだろうが」
テーブルの上の料理をどんどんと片付けてはいるが、残り全部となると俺一人の胃袋の容量的には無理な量だ。全員で食うならいけたかもしれないが、イリーヌさんもあまり食べていないようだし。フィルも見た目通りに小食なほうだ。俺と同じ量を食べろと要求すること自体間違いだ。何を考えてこれだけの料理を注文したのやら。
頼んだのはイリーヌさんらしいけども。代金もイリーヌさんが持つらしいけども。む、そう考えたら別に俺に損は無いよな。
「残った分は包んでもらって、明日のお弁当にでもしてもらおうかと思ってね」
そう言ったのは、今の今まで悶えていたイリーヌさん。はて、昼食の文化は無かったはずだが。
「保存、大丈夫でしょうか?」
フィルからの疑問が飛ぶ。
そうだ、文化どうこうよりも切実な問題だ。晩飯を次の日の弁当に……ありえない話ではないが、それは冷蔵庫等が発達している現代での話だ。ひんやりしている場所で保存するだろうとはいえ、夏場も近いこの季節。常温保存になるこの世界で、残り物弁当は厳しいのではないか。それに移動中なんぞ、どうあがいても気温は高くなる。火をかけていられる調理場でならばともかく、旅先で保存などできるはずがない。というか、どうやって煮込み料理を包んでもらうんだ。
「そこは大丈夫さ。シキミちゃんの結界で保存できるみたいだからね」
「任せて」
そして胸を張るシキミ。
結界で、食料を保存? 待て、それは聞き捨てならない。
「なぁシキミ。結界で保存ってところを詳しく教えてくれないか?」
うまくいけば、俺の影に保存性を持たせられるかもしれない。あるいはその保存結界を俺流に魔法で再現する。
「……じゃあ、代わりに何か教えて?」
「ぬ……」
教えられるものならいくらでも教えてやる。だけども、教えられる内容が……。
「あ、一つあるわ。お互いにこの技術、秘密って事で良いよな?」
「成立。……教えても、使えないかもしれないし」
「そりゃそうだ。とりあえず俺から提案できるのは、快適な馬車の旅ってところで」
「快適な……!」
俺の言葉に、今度はシキミが目の色を変える。あ、やっぱり馬車の旅って快適じゃないんだね。そりゃそうか。あの振動だもん。
一応この技術は、イリーヌさんが公表することになってはいるが、呪い士同士で明かしても構わないだろう。呪い士の技術として独占するか、呪い士が居なくても成立する技術として成立するかの違いがあるわけだし。イリーヌさんにはゴムタイヤとサスペンションの開発を頑張ってもらおう。
「これが、保存の結界」
シキミは懐から小さな紙片を取り出す。精緻な紋様が書かれており、見ただけで頭が痛くなってくる。
「これを貼った物は、変化の速度が緩慢になる。だから、新鮮なものは新鮮なまま。温かいものは温かいまま。冷たいものは冷たいままで置いておける」
「なるほど、確かに保存だな」
この紋様に何か意味でもあるのだろう。つまり保存の結界は魔道具というわけだ。こんな紙片に書くだけで、ねぇ。
「この紋様に意味があるんだな?」
「ん。これを、魔力を込めて書けば完成。僕なら一時間もあれば用意できる」
「仕事速ぇ。保存の効果はどれくらい持続するんだ?」
シキミの呪い士としての実力に少々驚きながら、肝心のところを聞く。一日二日持たせられるだけじゃ、あまり意味がない。一日でも二日でも新鮮なままで持っていけるなら、それはそれで有用かもしれないけれど。ほら、一時間もあれば用意できるっていうなら、何枚も用意して、効果が切れるたびに使いなおせば良いだけの話だし。
「大体一週間。大きさによる」
「ほう。てことは、例えばこの残った料理を一抱えくらいの箱に詰め込んだとすれば、どれくらいいけるんだ?」
「……四枚ほど使えば、五日は」
上等すぎる。今残っている料理もかなりの量だ。満足してもまだ食べる、という暴挙に出なければ、一日分はこれでいけるだろう。そんだけ大量の料理がまだ残っている事実に愕然とする。保存の結界がなけりゃ、これ全部食べきらなきゃならなかったんだぜ?
「しっかし、こんな小さな紙と紋様でなぁ。どういう原理なんだか」
「紙片を基点に魔力で結界を作る。結界の効果は紋様によって様々。外敵を防ぐものや風雨を防ぐもの。これの場合は変化を防ぐ効果」
「へぇ。色々あるんだな、結界。そっち方面はさっぱりだから、初めて知ったぜ」
「……結界は、呪いの中でも特殊だから」
誇らしげに口元を緩めるシキミ。
それもそうか。俺のよく知ってる呪い士はアマリだが、彼女も結界が使えるなんて言ってなかったもんな。魔道具、という観点で捉えれば正確には呪いとは異なるのだけども。肉体と精神、どちらに干渉するとも言えないしな。
そういやあの村、獣避けの結界が張られているとか言っていたか。凄腕の呪い士……まさかな。
「次はそっちの番。快適な馬車って?」
「ああ。馬車を強化するんだ」
俺の言葉に首を傾げるシキミ。
「武器の強化は聞くけど」
「似たようなもんだ。馬車の車輪を魔力で覆って、地面に触れないようにちょっと浮かせるんだ。それだけで振動が随分減る」
「……ちょっと待って。馬車を浮かせる?」
「そこまで大層なもんでもないけどな。イメージ的には、車輪の周りに何か柔らかいものを巻くような感じだよ」
ここまで言えば、職人の技術でも再現できそうなものだ。適切な素材が見つかれば。耐久性が求められるからな。
その点、呪いでやれば使うのは自分の魔力だけ。コストパフォーマンスは良い方だ。
だけどシキミは訝しげな表情を浮かべている。何だと言うんだ。
「魔力消費、どれくらい? 効果時間は?」
しまった。俺の魔力容量で考えてた。
「えーと、俺はそんなに消耗しないけど、他人がどれくらい消耗するかは知らん。効果時間は、一応出発から休憩を挟むくらいまでは続く」
本当はもっと続けられるし、タイヤ以外の強化もしまくっていたけれど。
「確かに、聞いても使えなさそうな技術。面白くはあるけれど」
両手を挙げて、やれやれと首を竦めるシキミ。
「君は本当に強化に特化された呪い士。普通、そんな強化をしたら馬車が強化に耐えられなくて潰れるか、術者が気絶する」
そういや、馬車は壊れていた気がする。車軸がヤバイとか何とか。車軸はそんなに強化してなかったしな。負担が全部いったのかもしれない。そもそも強化自体やめとけよって話だが。
「そうだな。結界作成に精通した呪い士と、強化特化の呪い士。お互いにそういう領分ってことか」
だが良い話を聞けた。あの紋様は、要するに保存するという概念を持っている。そういうものを結界の基点にして、魔力の壁みたいなもので中身を覆えば良いってわけだ。やりようはある。同じものは作れないかもしれないが、似たようなことはできるだろう。
それはシキミの方も同じ考えを持ったらしく、有意義な話ができたと頷いている。
「ともあれ、良い話ができた。感謝を」
そう言って手を差し出してくる。
握り返し、軽く振る。
「ユキちゃん、私とは握手してくれないのに、どうしてシキミちゃんとはするのさ!」
お前のは魅了の術式だろうが。誰が握手なんぞしてやるかっての。
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