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どうやらこの店は喫茶店のようなものであるらしい。
昼食の文化は無くとも、空いた小腹を満たしたいと考える客は一定数居るようで、さして広くない店内はそれなりに埋まっていた。
食事としてしっかりしたものは出せないが、軽く摘むものと飲み物が充実していた。
フィルは果実のジュースを。そして俺は軽く摘むものはずのものをがっつりと摘んだ。
具体的には軽食全種制覇。いや、サンドイッチ的なものが数種類あるだけだったもの。大した大きさでもなかったし。ティトさんも半分くらい食べたし。
具材は卵とかベーコンとかで、野菜は思ったよりも少ない。都市部であるからか、以前食べた紙みてぇな食感の野菜でなかったことが救いか。まぁ、普通にご家庭で作れるレベルの味だ。いかんな。『山猫酒場』で舌が肥えている。
それでもそれなりに腹は膨れたので満足だ。
食後のお茶を飲み干そうと手を伸ばし、一口含んだところで、
「見つけた、『妖精憑き』!」
盛大に噴く。ティトとフィルに掛からないように何とか向きは変えたが、そのせいで気管に入った。咽る。
あれー、聞き覚えがあるような、ないような。
顔見知りであることは確定だよなーと思いつつ振り返ると、以前の魔獣騒ぎで死に掛けた呪い士の女が、息を荒くして立っていた。
呪い士の女がツカツカと俺に近寄ってくる。
「えっと、何事――うぉわ!?」
俺の胸倉を掴みあげて揺すってくる。
「何事もなにもないわよ! 貴女、私に一体何をしたの!? 私の体、どうなったの!?」
「何事!?」
つか、その発言は色々と誤解を招きかねない!
店の規模的に客の絶対数は多くないが、その少ない客が一斉にこちらを見ているじゃないか。
「いきなりどういうことだ、正確に説明してくれ! まるで訳が分からない!」
「訳が分かんないのは私も同じよ! 血は吐くけど魔力は増えるし!」
「それこそ意味がわかんねぇ、病院行けよ!?」
病院という概念はないだろうけれど。
とりあえず全力で口を塞ぐという力技で黙ってもらって、テーブルに着かせる。話はそれからだ。
「話がまるっきり分からん。何があった?」
興奮冷めやらぬ彼女に、お茶を持ってきてもらうよう店員に頼む。
「貴女、言ったわよね。効果だけは高いけど、下手すると変な副作用があるって」
あ、もしかして以前使った薬の件か。何か変な副作用でも出たのか?
もしも、彼女の命に関わる不味い効果が出ていれば、それは俺の責任だ。一時助かったといっても、後々に死ぬような遅効性の毒物であれば意味がない。
最悪の事態を想定すれば、とてもじゃないが平静でいられない。事実、彼女は吐血したと言っている。
「……すまん、どんな副作用が出た? 俺もあの薬については理解してないんだ」
だからこそ、俺はいつになく真面目な顔で聞く。
俺自身が理解できなくとも、ティトに相談すれば改善方法が分かるかもしれない。
しっかりした薬が必要だというのならば、ピートを紹介しても良い。
「う……ああもう、そんな顔しないでよ。悪いばっかりの話じゃないし……」
「それでもだ。効果の分からない薬を使って、迷惑を掛けたんだろ。なら俺の責任だ」
「迷惑というか……状況を説明してほしいだけなのよ」
「というと?」
店員がお茶を運んでくる。小銅貨を渡して、彼女の話の続きを聞く。
「魔獣騒ぎの後、首都に戻ってきてからね。だから、そう。薬をもらってから何日か経ってからよ。急に血を吐いたの」
幸い彼女は呪い士だ。吐血の原因は分からないが、恐らくは傷が残っていたのだろうと、癒しの呪いを使ってその場は収まったそうだ。
「問題はその後よ。他の冒険者と組んで、害獣の討伐に行ったの。そうしたら、いつもより調子が良くて、呪いもいつもよりも多く使えたのよ」
「調子が良かったら、そういうこともあるのか?」
「たまにね。消耗が少なくて済むのか、回復が早いのかは分からないけれど」
どうなんですかねティトさん。
「体調次第で魔力の損耗を抑えることはできますね。無駄な魔力を使わずに済むので、一度か二度の余裕ができることはあるそうです」
なるほど。
「その日は、調子が良いな、で終わっていたのだけれど、次の日も、その次の日も呪いが多く使えたのよ」
「それは、良いことじゃないか」
「良いかもしれないけどびっくりするわよ。仕事が終わった後、試しに限界まで使ってみたら、どれだけ使えたと思う?」
「普段より、三回くらい多いとか?」
調子が良くて一度二度の余裕らしいし。
しかし俺の返答に、彼女は首を横に振る。
「倍よ」
「は?」
二倍って。彼女も魔獣討伐に参加できるほどの腕を持つ呪い士だ。倍も使えるとなれば、それは革命的な状況だろう。
「それで、昨日も限界まで使ったの。そうしたら、その時のさらに倍。さすがにおかしいと思わない? 何が起きたの? 原因なんて、副作用があるとか言ってた、貴女の薬以外に考えられないんだけど」
さらに倍って。つまり、あの事件の時の四倍もの呪いを使えるということになる。それはもう、とんでもない魔力容量ということになるのでは。
「ねえ、妖精って魔力が見えるのよね。私の今の状態、見てもらえないかしら?」
依頼という発言ではあるが、口調は有無を言わせない迫力を持っている。
「……ティト、頼む」
「分かりました。私としても興味深い出来事です」
そしてティトは両手を広げて彼女の顔に抱きつく。
ああ、やっぱそれは必要なことなんだ。
せめて一言説明してから行動しろよ。いきなりそんなことされたら、誰だって驚くだろうが。
「……これは」
「何か分かったか?」
体を離したティトの顔は、驚愕に満ちていた。
「そう、ですね。簡単に言えば、ありえない魔力構造になっています」
「うん、さっぱり分からない」
「どういうことよ」
俺も彼女も同時に突っ込む。
「どう言えば良いのか……少し考えを纏めます」
そこで軽く深呼吸をするティト。ティトが地味に取り乱している。珍しい。
「端的に言えば、魔力容量以上に、魔力を保持しています」
「えっと、つまりどういうことかしら?」
んー。俺的に判りやすく言えば、最大MP以上の現在MPになってるってことだよな。八〇/五〇みたいな。
「……本来、生物が体内にとどめておける魔力量というものは、その生物の魔力容量に依存します。これは常識ですよね」
「ええ」
へぇ、常識なんだ。感心するけれど、黙っておく。常識知らずと思われたくないし。知らないから仕方ないんだけどさ。
「そしてこれは、自然回復力にも影響します。ユキ様のように途轍もない容量があれば、一日でその全てが回復するのですから、単位時間当たりの回復量も途轍もない数字になるわけです」
つまりあれか。回復量は、最大MPに対する割合で回復していくってことだよな。寝たり瞑想したりとかで、多少回復量は高められるかもしれないが。
「貴女は、回復量は魔力容量に依存していますが、魔力容量以上に魔力を保持しているという、意味不明の状況になっています」
「……ごめんなさい、もう少し分かりやすく説明してもらえるかしら?」
うん、ゲーム的な考え方が出来なければ、少々ややこしい話だ。
例えばの話、彼女の最大MPが五〇だとして。普通は一日にとりあえず何が何でもMPが五〇回復するわけだ。
そして普通ならば上限の五〇で、それ以上は回復しないはずが、なぜか六〇にも七〇にも増えていくと。
そういったことを、用語をこちら風味に変えながら説明してやる。
魔力容量を数値で確認するなんてこと、できないからな。ステータス画面が欲しい。
「……何となく理解はしたわ。じゃあ次に、呪いが大量に使えることになった理由を教えて欲しいのだけれど。今の説明だと、一旦使い切れば、またいつも通りになると思うのだけれど」
どうなんですかねティトさん。
「その前に、魔力容量を大幅に越えた魔力を保持した場合、生物にありえない事象ですから、生命を蝕むことは確実です。それを覚えておいてください」
「えっと、つまり、適度に魔力を使わなきゃ死ぬってことか?」
「そういうことですね」
「あ、だから吐血したの!? 実は私、意外と危なかった!?」
というか呪い士で良かったな。吐血した瞬間に回復できたんだから。
「そして魔力容量は、使った魔力に応じて大きくなります。普通は何ヶ月も魔力を枯渇させ続けてようやく、ほんの僅かに増えるかどうか、というところなのですが」
魔力枯渇で気絶するってのを繰り返して、ようやく最大MPが一増えるかどうかってことか。一年で二か三ほど増えれば上等くらいなわけだ。
レベル制の世界なら、修練によるレベルアップで一気に成長することもあるだろうけど、この世界はレベル制じゃないしな。
でもそれなら、彼女の数日で四倍に増えた最大MPの説明がつかない。
実はこの世界では最大MPが10ほどあれば大魔導師、とかでなければだが。魔道具でも魔力を消耗するわけだから、そこまで低いわけではないよな。
「それはあくまで魔力容量の上限分の魔力を使った場合です。貴女の場合、魔力容量の上限を越えた魔力を使用したわけですからね」
そこでティトは申し訳なさそうな顔をする。
「こういった事例は過去に聞いたことがありませんので、憶測でしかありませんが」
「良いわよ。憶測でも間違ってても、納得できればそれで良いから。妖精の意見をお願い」
ティトはまっすぐに彼女の瞳を見据える。
「魔力容量を越えた魔力など、現実には存在しません。ですから、その矛盾を解消するために、使った魔力に見合うよう、魔力容量そのものを変質させたと思われます」
オーケー。MPが一〇〇/五〇なんてありえないから、一〇〇を使い切ったら最大MPが一〇〇になると。こういうことだな。
で、魔力容量が増えた分、自然回復量も大きくなって、結局次の日には全回復。一〇〇/一〇〇になる。そのまま一日放置すれば二〇〇/一〇〇になって、さらにそれを使い切れば最大MPが増えると。
限界まで使うと言っても、本来ならば最大MP分を使うことしかできない。だからその範囲でいくら使ってもなかなか最大MPは増えない。けれど彼女の場合、限界まで使ったときに最大MPを超過して使うことが出来る。だからその分、いとも容易く最大MPが増えた、という感じか。
「……ええ、なるほどね。分かったわ」
「分かっちゃったんだ」
「正直理解の範疇外だけど、とりあえず『妖精憑き』のせいってことよね」
「間違いなくそうですね」
「ティトさん軽やかに裏切らないで」
いや俺のせいなんだけど。
「うん、でも、悪いことばかりじゃないわよね。魔力はあって困るものじゃないし、適度に使うことさえ怠らなければ、命にも別状はないってことだものね」
そこでようやくお茶を口につける。
「心底呪い士で良かったわ」
なぜだろう。魔力を使うなら魔術士でも良いじゃないか。戦士とかだと困るだろうけれど、それはそれでそもそも基礎の魔力量が少なすぎて、生活用の魔道具を使うだけで充分な量を消費しそうだしな。
と思っていると、ティトが口添えする。
「自身に身体強化を施したり、魔道具を作成したりと、日常生活であっても使い道には困りませんから」
「あー」
それもそうだ。毎日毎日依頼を請けるってわけじゃない。魔術士が何もないところに攻撃系の魔術を打つわけにはいかないし、魔力の使いどころに困ってしまうだろう。
呪い士ならば、何事もなくても適当に使いきることも出来る。
「てことは、大量の魔力容量でも目指すのか?」
「そうね。そうできたら面白いわね。無尽蔵の魔力を持った呪い士だなんて、まるで英雄だもの」
英雄なんてごめんだけど、と笑う。
そりゃそうだ。英雄の末路は決まって悲劇だものな。
「ともあれ、納得はできた。ありがとう、『妖精憑き』」
「その二つ名、マジでやめてくれませんかねぇ!」
ありがとう、ド変態。感謝されてる気が一切しない。いや、最近の妖精憑きに対する色んな人の反応を鑑みると、そこまで悪い意味ばかりじゃなさそうなんだけどね。
まぁ、お互い名乗りあってないんだから、二つ名で呼ぶしかないってことくらい分かるんだけどね。
結局互いに名乗らないまま、別れることになった。
多分、もう会うこともないだろうし、それはそれで別に良い。互いに、変な相手に関わった、くらいで思っておけばいいのだから。
それくらいの距離感が丁度良い。
「お師匠様、すごいんですね」
ごくりと、残った果実水を飲み干し、フィルがぽつりと呟く。
うん、魔法ってすごいんだよ。俺も把握しきれてないくらいだからね。
呪い士としての弟子のはずなのに、どうしよう。
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