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 三人組は北の商業区に入る直前に降りていった。

 こんな短時間で得られる情報としては上出来だ。

 寝て待てる果報はどうやらなさそうだ。

 親父さんやイリーヌさんの続報を待つ必要はあるが、その後の行動は、何をするにせよ迅速に行わなければ。

 そんな風に考えていると、(UMA)車が静かに停止する。


「着いたよ。この先は馬車の通行が認められていないが、なに、店はすぐそこだ。看板だって見えるだろう?」


 運転手の声が聞こえてくる。

 俺達は礼を言って、(UMA)車から降りる。

 短時間ではあれど、少々痛くなった尻をさすりながら、周囲を観察する。

 商業区は大通りから少し入り込んだ場所にある。

 この辺りまで来ると、大通りほどの活気は見られない。第一、ここらは冒険者相手というよりは、一般庶民のための店であり、時間的に一般庶民は労働に精を出しているはずだ。奥様方は見かけるが、それでもその数は少ない。これが夕飯の買出しの時間になるとまたごった返すのだろうけれど。

 些細なことだが、昼飯の文化が無いということが一層感じられる。


「買うものはフィルさんの服を四着と、ユキ様の服を一着。これでよろしいでしょうか?」

「ああ。それで頼む。あと、一応下着な」

「任せてください」


 デザインをティト任せにするというのも、俺にとっては地味に不安なんだけど、それを言っても仕方ない。

 俺の場合、店員に勧められるままに、とんでもなく恥ずかしいデザインの物を買わされてしまいそうだ。押しに弱いんだよ。

 だったら、俺の希望を聞いてくれるティトに任せたほうが、まだマシだろう。

 それにフィルの服を選んでくれるというのも大きい。ティトならばきっと、フィルの魅力を引き出すものを選んでくれるはずだ。

 あんまり引き出しすぎても問題なんだけども。地味に映るくらいで丁度良い。

 ただでさえ、俺の容姿は人目を惹くのだ。これでフィルまで目立ってしまっては、否応無く問題ごとに巻き込まれかねない。

 そのあたりの加減を、ティトはきちんとしてくれるのだろうか。

 気を揉んだところで、実物が出てこないことには判断できないな。

 とりあえず服屋に入ろう。

 鋏と布を交差させたような看板はすぐ先に見えている。これが服屋の目印だ。

 両開きのドアを開けると、店員の歓迎の声が聞こえてくる。


「それではユキ様、見てきますね」


 そう言って飛び立とうとするティトを捕まえる。


「お前一人で行ったら危ないだろうが。とりあえず俺とフィルがざっと見て回るから、ティトは俺のコートの内側から検品していってくれ」

「何だか、逢瀬みたいですね」

「何言ってんのお前」


 言うに事欠いてデートとか。

 どういう構図だよ。わけわかんねぇ。

 そしてフィルさん。何でアンタも顔赤らめてんスか?

 店内は見て回ると言うほど広いわけでもなく、ざっと一回りするだけで終わってしまった。

 だが収穫はそれなりにあり、俺たちは目当ての服をそれぞれ握っている。

 俺の想定通り、フィルの服は地味な色合いの、露出も少ない服だった。ティトもさすがに自重したらしく「本当ならばこちらを選びたいのですが」と、白いドレス風の衣装を諦めていた。

 うん、確かにフィルに似合いそうだけども、派手すぎるよな。色はともかく、スカートにボリュームがありすぎる。どこの貴族様だよ。

 そして選んだものが、緑色のチュールワンピースドレス。森を思わせる色合いは、しかし決して自己主張せず、穏やかな雰囲気を身に纏う者に思い起こさせる。

 色違いでもう一色、今度は暗い青色のものだ。夜を思わせるその色は、彼女の金の髪と合わせて、まるで満月の夜空を想起させる。

 さらに一着は俺とお揃いのデザインだった。スピンドルレースのジャケットシャツ、と表現すれば良いか。腰よりも若干長い丈の服は、外に出しておくと程よく体型を目立たなくさせてくれる。俺の分は黒で、フィルの分は白と、色も変えている。身長による体格差があるので着回すことはできないが、そもそもそういう予定も無い。

 最後の一着は、フィルが自分で選んだものだ。選んだ、という言い方は適切ではないな。

 じーっと、穴が開くほど見つめていた服があったので購入した。

 あまりにも見つめていたので、何とはなしに手に取ってみると、取った服に視線がつられて動く。

 右へやると右方向に、左へやると左方向に。顔ごと視線が動いていく。


「……これ、買おうか」


 そうしてフィルがぱぁっと笑顔になって、抱きしめるように抱えたのは、うさみみフード付きのパーカーだった。

 子供っぽいなぁ、という考えが浮かんだが、そもそも彼女はまだ子供と言って差し支えない年齢だった。それならば仕方ない。

 そのパーカーに合わせるスカートはティトがいつの間にか持ってきていた。というか恐らくセット品だろう。うさ尻尾が付いたミニスカートだもの。赤を基調としたチェック柄のスカートには、裾にはファー、腰には尻尾が付いていて、非常に愛らしい。

 このスカートを見たフィルの笑顔は値千金。お金で買えない価値がある。買える物は(以下略)

 店員を呼ぼうとした所で、個人的に買っておきたい服を見つけた。数枚セットで半銀貨一枚というお買い得品。体操服のような、活動しやすい服装だ。へそが出るくらいに丈が短いのは諦めよう。そういうデザインのようだし。

 俺は店員を呼び、清算を済ませる。幸い、フィルの分は服の丈を仕立て直す必要が無いほどにぴったりなものばかりだった。どうしてそんなにサイズが揃っていたのかは分からないが。運が良かったと思っておくか。丈合わせせずに済むのは正直ありがたい。それなりに高いし。いや、お金は潤沢にあるんだけどね。ちょっとこう、豪華なディナーが食えるくらいの値段がかかるって聞いたらね。払えるけど躊躇してしまうよね。

 あとは下着だ。ここでもやはりゴムを使った製品はないようで、紐で調節するタイプのものばかりだった。

 サイドで調節するものばかりではなく、俺が思っていた通り、前で調節するタイプのものもあった。一枚だけ作っておいたが、やはり職人の手作りはモノが違う気がする。厳しい職人が一枚一枚手作りする女児用パンツ。冷静に想像すると非常に滑稽だが、気にしてはいけない。第一、女児用パンツを縫う職人が男であるとは限らない。

 さすがに染色等で凝ったものはなく、兎のアップリケが付いているようなものもなかった。価格も大して変わらないので、何枚か掴み取って清算する。流石に俺が今穿かされているようなタイプは買わないけど。紐パンを穿く中学生とか嫌すぎる。というか、それを穿いている女の子と一緒に寝るんだぞ。しかも抱きつき癖疑惑のある子と。うっかり取れたらとんでもないことになる。

 そういえば、だが。服屋には生地を売っているコーナーもあった。ここではかなり安価で布が手に入る。

 ティトに聞いてみると、生地だけ買って、デザインを服屋で見て学び、家に帰ってから記憶を頼りに服を作る、という手段もあるそうだ。

 そんなことで服が売れるのか、と気になるが、手本として一着買っていったり、そこまで裁縫が上手でない人が実物を買って行ったりと、特に問題は無いらしい。

 俺は裁縫なんて出来ないから、既製品を買う側になるけれど。服を何着も買うというのは、実は金持ち側の行為らしい。確かに支払った合計金額は銀貨四枚と、一般家庭が一ヶ月ほど生活できる金額だ。五着買うだけでそんな値段が付くなど、俺自身の常識に照らし合わせるとなかなかありえない値段だ。金持ちの所業というのも納得できる。

 なるほど、道理で店員が気持ち悪いくらいの笑みを浮かべているわけだ。優良顧客とでも思われたのだろう。暫く来ないけどな。


「お客様ですと、こちらのお召し物もお勧めです」


 清算後に、別の店員が華美な衣装を持ってやってくる。タイミングおかしくね?

 ちらりと見ただけなのに、見たくもないのに鑑定が発動した。「鮮血のドレス。血で染まったかのように紅いドレス。夜会用として製作されたが、何人もの着用予定者が兇刃に倒れたため買い手がつかなくなった。死人が出るたびに、ドレスの色は濃く深く美しくなっていくという」しかも結局曰くつきじゃねぇか!

 値段は銀貨一枚と、少々高い金額でもある。誰が買うか。確かに色合い的には俺に似合うかもしれないが。

 丁重にお断りして、店を出ることにする。店員さんの泣き笑いのような顔が印象深かった。何だったんだろう。


「はふぅ……」


 フィルはフィルでご満悦だ。うさみみパーカーに顔をうずめている。

 その様子は、何というか、少々残念だ。この世界に来てから、どこかが少々残念な女性にしか出会っていない気がする。

 年齢的に許されるし、充分可愛いから、まぁ許されるか。残念ではない。これはむしろ正義に分類される。たとえ若干涎が垂れそうな顔をしていようが。


「……お気に召したようで何よりだ」


 やっぱアウトだろ、と思いつつも、何も言えない。

 何だかんだでそれなりに時間が経っている。

 時刻は昼過ぎ。文化的に昼食は食べずといえど、習慣的に食べずにはいられない。

 ただ、何かつまむものをと思っても、屋台の類はこちらには出ていないようだ。

 一般人向けといえども、休憩所みたいな感じで軽食でも作ってくれる店があっても良いだろうに。


「何か、探してますか?」


 フィルが心配そうに聞いてくる。


「怖い顔、してます」


 おっと。空腹の不機嫌さが顔に出ていたか。これはちょっと恥ずかしい。


「いや、ちょっと腹が減ってな。そうだ、フィルは喉渇いてないか?」


 長時間外に出ているんだ。俺だって腹が減ってるし、フィルも飲まず食わずなら疲労も溜まっているだろう。

 こういうところを気にしていかないとな。自己主張しないタイプの子だし。


「ちょっとだけ」


 つまり渇いていると。

 かといって土地勘もないこの状況。どこか良い店は無いものか。

 ここはやはり奥の手、手当たり次第に聞きまくるを実行すべきか。


「ユキ様、そのようなことをせずとも前方に飲食店があるようです」


 ティトが耳元で声を出す。

 そして指し示す先には、果物とコップの絵が描かれた看板が。

 この図柄で、食料品や飲料が売っていない店ということはあるまい。


「サンキュー、ティト。それじゃああの店に入るか」


 ウェスタンドアを押して店に入る。

 ところでこういうタイプの扉が多いけれど、四季があるらしい地域でこういうのって寒暖対策は大丈夫なのだろうか。生活の知恵やらなにやらで、普通は閉めきるタイプの扉が発達しそうなものだけど。

 いや、日本でも平安時代の建物は障子だの襖だのがあっても、庭と廊下は仕切りはないよな。生活空間が区切られていればそれで良いのか。

 益体もない考えを鼻で笑う。

 さて、空いてる席はどこだろうか……。

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