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9

 ティト自身が大猪に触れているわけではなかった。

 よく見ると青い半透明の壁が大猪の突進を受け止めている。


「ティト愛してる……」

「気持ちの悪いことを言わないでください。さっさと仕留めてくださいよ」


 それもそうだ。ティトが防いでくれているなら、こちらも集中しやすい。

 だがこの規格外の獣に俺の攻撃が通用するのだろうか。

 いや、やってみなければわからない。少なくとも切れ味の良い刃物くらいの攻撃力はあるんだ。

 影を慎重に操り、大猪の体よりも大きな刃を作る。


「ギロチン、くらえ!」


 影の刃を高高度から落下させる。

 落下速度も加わり、痛手は与えられるはず。

 しかし。


「嘘だろ……」


 ギロチンは大猪の首に落下はしたが、硬質な音が響き防がれる。

 毛皮に阻まれたというのか。

 だったら。


「そのまま、ノコギリだ!」


 影の刃を再形成し、大猪の首を切り落とそうとする。

 今度はうまくいったようで、大猪の体を切り裂く。

 大猪は大きく体を捩り、どす黒い血を撒き散らしながら横手の森へと逃げ込んでいく。

 それを見送り、俺は大きく息を吐いた。

 あの短時間で膝が笑っている。先に屈みこみ、無様に倒れるのを回避する。

 そんな俺の様子を見たティトが呆れた声で告げる。


「どうして殺さなかったんですか?」


 無茶を言うな。命を奪う心算でやった。だけど、あの防御力は相当のものだぞ。

 喉が震えて上手く声が出ないので、仕方無しに視線で抗議する。


「あのですね。最初に言ったと思いますが、ユキ様の魔力は非常に強力なんです。あの程度の魔獣なら抵抗させずに首を落とすこともできました」


 そういわれても、実際にはたいしたダメージは与えられなかったじゃないか。


「大方、ご自分の魔法が本当に効くかどうか迷ったのではありませんか? ユキ様の魔法はイメージが全てなのです。効果を過小評価すれば現象も同じように効果を減じます」

「……はっ」


 吐き捨てる。思い当たる節はある。確かに切れ味の良い刃物程度の威力しかなかっただろう。

 イメージ通りじゃないか。そんなナマクラじゃあ、魔獣は倒れない。ただそれだけのことだ。

 もっとイメージを固める必要がある。バターのように切り裂ける攻撃力を。


「あの魔獣、恐らくまた襲ってきますがどうされますか?」

「決まってる、リベンジしてやるよ」


 次こそは大丈夫だ。

 助けてくれたこいつに報いるためにも、あの魔獣には一泡吹かせてやらないとな。泡吹いたままあの世に行ってもらうことになるわけだが。

 ただ攻撃するだけじゃ能がない。

 一つ思いついたことがある。一般的な冒険者に倣おうじゃないか。

 ゆっくりと立ち上がり、ローブについた土埃を払う。

 あんなことがあったわりに、薬草袋は無事のようだ。

 陽が傾いてきている。あいつを倒してから帰るとなると、さすがに夜になるか。

 緊張で食えないかと思っていたが、腹の虫が食料を要求している。

 命が助かったらこれとは、我ながら現金なものだ。


「リベンジの前に腹ごしらえだ。ティトも食うか?」

「よろしいんですか?」


 よろしいも何も一人じゃ食いきれんよ。どうにもこの体になって、食欲は少し減ったようだ。干し肉少々で暫く我慢できるくらいには。

 バスケットから五つあるサンドイッチを適当に取り出し、ティトに渡す。両手一杯で受け止め、三角形になった端からチマチマと口に運んでいる。

 俺も一つ取り出し齧ってみると、肉の脂がじわっと舌に広がった。おいおい、ハムのくせにどういうことだこの肉。

 肉の脂だけじゃない。チーズの風味が肉汁に絡み、間に挟まれていたであろうタマネギのような食感と辛味が舌の上ではじける。そして後を引くツンとした刺激はやはりマスタードか。それら全てをお膳立てする力強いパンの香ばしさもまた心憎い。軽く炙ってあるようだ。

 気がついたら一つ食い終わっていた。バスケットにはあと二つ残っている。

 ティトを見る。


「あ、二つ目いただいてます」


 お気に召されたようで。その体のどこに入ってんだ。

 この味なら俺だって三つくらい食えそうだけどさ。そうして手にしたサンドイッチに俺はまた戦慄する。


「……別の具、だと……!?」

 

 古来より男の心を掴むには胃袋を掴めという格言が伝承されているが、危うくおっさんに心を掴まれるところだった。

 なおティトによると、サンドイッチの中身はハムチーズサンドにポテトサラダサンドが二つずつ、フルーツサンドが一つだったそうだ。

 帰ったらおっさんにフルーツサンドを作ってもらうことにしよう。

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