第5話
志歩を発掘した勢いで、ほぼ白紙の状態だったのに2人を勧誘してしまった。
志歩はそれこそ、井の頭線の改札口の前で弾き語りをしているくらいだから、もう一歩先へ前進したい気持ちは少なからずあったのだろうけど、まさかまさかの千佳さんまでノってくれるとは思わなかった。
物事がうまく進みすぎて、逆に不安になる。
でも、無職という底から一歩踏み出せたのは確かだ。焦りと期待が混ざったまま、僕は「次にやるべきこと」を渋谷の街を歩きながら考える。
レッスンスタジオ。衣装。作詞作曲の依頼先。ライブハウスのブッキング。ファンを獲得するための広報戦略。などなど全然足りない。だが、大抵のことはお金さえあれば調達可能である。
スクランブル交差点を歩いている途中、ふと耳に馴染みのある歌声が聞こえてきた。顔を上げると、大型ビジョンにEmmaのシングルPVが流れていた。
耳を澄ますと、以前の低レベルの歌声から、少し良くなったレベルの歌声になっていた。だがこれは加工された音源だろう。加工されているという時点で志歩も言っていたが、生歌が滅茶苦茶下手になってしまったが故に、こうするしかなかったのだろう、と大人の事情に心中お察しした。
ダンスパートも、映像のカットが細かすぎて、上達したのかごまかしているのか、もはや分からない。これも大人の事情というのが含まれているのだろう。
確かに助言はしていたが、それが一切なくなったことによってここまで全体の質が落ちるとは思いもしなかった。
僕は少しだけ期待してしまった。「やっぱり僕が必要だ」って、言ってくれる可能性を。
でもそんな考えは、すぐに打ち消した。
(……何なんだよ。最年少がリーダーになっただけで嫉妬して、嘘まででっち上げて、追い出すとか。20過ぎてる大人がやることかよ。見苦しいんだよ。本当に。)
胸の奥で1ヶ月分の怒りがくすぶっていた。それを抱えたまま、渋谷の雑踏の中を歩き出す。
裏渋谷の方へ向かうとふと目を引く少女がいた。
茶髪のウルフカットに、金色のメッシュ。12月だというのに、肩出し、へそ出し、ホットパンツ。まるで季節を無視したような服装。
だけど、その姿には不思議と自信が漂っていた。そしてその子は、フーセンガムをふくらませながら前を向いている。
(……原石だ。)
直感だった。すぐに声をかけようと一歩踏み出したその瞬間、女の子が僕に向かって詰め寄ってきた。
「おっさん、さっきからジロジロ見てきやがって。何者だよ。」
「おっさんって…僕はまだ23歳なんですけど?!」
強めに返してしまったが、側から見ればメガネを掛けて、マスクをしていて、おまけにフードまで被っている。これじゃあ完全に不審者だし、ぱっと見で年齢が分かりにくい。
おっさんと間違われても仕方がないのかもしれない。
彼女は舌打ちをして、足早に去っていった。
ここで追いかけたら渋谷警察署にお世話になる未来が見える。それは嫌なので彼女の去り姿をしっかりと脳裏に焼き付け、その場を去ることにした。




