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アイドル育成計画  作者: 夜明天
第1章

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第4話

「とりあえず、どこか座って話しませんか?」

僕は2人を見回した。立ち話では落ち着かないし、志歩もまだ僕のことを完全には信じていないようだった。

「あ、スタバがあるね」

千佳さんが指差す先には、SHIBUYA TSUTAYAのスターバックスコーヒーがあった。平日の昼下がりということもあり、それほど混雑していない。

スターバックスの店内は、平日の昼下がりの穏やかな空気に包まれていた。エスプレッソマシンの音が定期的に響き、客たちの低い話し声が心地よいBGMとなっている。

窓際の席に座った僕たちの間に、微妙な緊張感が漂っていた。

女の子が改めて僕を見つめる。その瞳には、まだ半信半疑の色が残っている。

マスクとメガネを外したとはいえ、やはり信じがたいのだろう。

「本当に乃木健人さんなんですか?」

彼女の声は小さく、周囲に聞こえないよう配慮されていた。

「証明になるものを...」

僕は財布から身分証明書を取り出して、テーブルに置いた。志歩は恐る恐るそれを手に取り、写真と僕の顔を見比べる。

「本物だ...」

小さくそう呟いて、証明書を僕に返した。

「改めて自己紹介させてください。月島(つきしま)志歩(しほ)です。普段は路上ライブをやっていて...本当にありがとうございました」

一方で千佳さんは、まるで友達同士のお茶会のようにリラックスしていた。

「志歩ちゃん、かわいい名前~。何歳?高校生?」

千佳さんのフランクな態度に、志歩さんは少し身を引く。

「あ、はい...17歳です」

答えはぎこちない。元アイドルの僕よりも、むしろこの正体不明の女性の方に警戒しているようだった。

「それで...」

僕は少し迷ったが、思い切って口を開いた。

「志歩さんは、僕がなぜアイドルを辞めたか、詳しいことはご存知ですか?」

「ニュースで見た程度で...契約上の問題があったって」

「実は、もう少し複雑で...この1ヶ月のこと、お話ししてもいいですか?」

志歩は頷いた。

全てを話し終わった後、志歩さんは口元を押さえて絶句していた。そして「そんな…酷い…」と、口に出すのがやっとという様子で言った。

「まあでも、1ヶ月前のことですから…」

僕はそう言いながらも、志歩の反応に少し心が重くなった。

「けど、まあ酷かったね。昨日のEmmaの歌番は」

横から聞いていた千佳さんが、さらりと爆弾を投下した。

「え、そうなの?具体的には?」

僕は驚いて千佳さんの方を見た。

「音程がバラバラで、ダンスも揃ってなくて…ネットでも話題になってるよ。『乃木健人がいた頃のほうが良かった』って」

その言葉は、僕の胸に複雑な感情を呼び起こした。予想していたこととはいえ、実際に聞くと心が痛む。

「でもまあ、そうなるのも当然かもしれない」

僕は小さくため息をついた。

「どういうことですか?」

志歩さんが首をかしげる。

「実は僕、表向きはメンバーでしたけど、裏ではほとんどマネージャーみたいなことをやっていたんです。ボイストレーニングもダンストレーニングも、トレーナーと一緒になってメンバーを指導していました」

「そうなんですか?!」

志歩は目を見開いた。さっきまでの同情的な表情から、純粋な驚きの表情に変わっている。

「そうですよ。ボイストレーニングでは『ここで力を入れて』とか『もっと壮大な感じで歌って』とか、細かく指導していました」

僕は苦笑いを浮かべた。

「でも最近は『もう必要ない』みたいな空気になっていて...まあ、僕がいなくなれば当然こうなりますよね」

複雑な気持ちだった。彼らの失敗を喜ぶ気にはなれないが、自分の存在価値が証明された気もする。

「乃木さんって、アイドルもやってプロデューサーみたいなこともやって...一体何者なんですか?」

「ただの一般元国民的アイドルですよ」

「一般元国民的アイドルって、すごいパワーワード」

志歩さんがツッコミを入れた。

「ハハ、確かに」

そう言って、僕は頼んだダージリンティーを一口飲んだ。少し苦味のある味が、今の複雑な気持ちとよく合っていた。

「紅茶を飲む姿もかっこいい…流石健人くん…」

「千佳さん、オタク出てますよ。」

僕は流れツッコミを入れ、そろそろ本題に入る。

「僕はこれからアイドルを作りたいんです。『Emma』を超えるような、そんなアイドルを作りたいんです。」

「それで何で私達なの?」

千佳さんが謎めいた顔で言う。

「それは、メンバーにするためですよ。」

数秒の沈黙の後、千佳さんが驚いたような表情で叫ぶ。

「はい!?私がアイドル!?いや、無理でしょ!?無理無理!だって、来年27だよ?!」

そんな千佳さんの肩に手を置いて諭す。

「大丈夫です。Emmaの最年長メンバーは来年で29歳です。まだギリギリ現役だと思いますよ。」

「あ…それでもギリギリなんだ…」

今度は肩を落とす千佳さん。

この人の感情はまるで、スペースショットみたいに上下する。本当に忙しい人だ。

「千佳さんは顔も可愛いですし、私は歌を歌えるし…って事ですか?」

「何を言っているんですか。あなたも十分可愛いと思いますよ。」

「可愛い」という言葉に、志歩さんの頬がほんのりと桜色に染まった。慌てて俯く彼女の仕草が、言葉通り愛らしい。

普段、人前で歌を歌っている彼女も、こういう場面では17歳らしい一面を見せるのか。

「女子高校生を口説いちゃ駄目だよ!健人くん!」

「口説いてませんから!で、千佳さん。やるんですか?やらないんですか?」

「小さい時、ダンスをやってたから、まあできると思うけど…」

千佳さんは遠くを見つめるような表情になった。

「実は昔、オーディション受けたことがあるんだ。でも年齢で落ちちゃって。まさか今になって、こんな話が舞い込むなんて」

そう言って苦笑いを浮かべる彼女の表情に、諦めきれない夢の残滓を僕は見た。

そんな事はさておき、某アイドル育成ゲームの属性で言う『青色』、クール属性の千佳さん、『黄色』、元気属性の志歩さん。こうなってくると赤色属性の、所謂『普通の子』が必要になってくるが、それでは物足りない気がする。

「もう1人…いや、出来れば3,4人は欲しいですね。」

「どう言う系統の子?」

「1人確実に欲しいのは、もう、本当に『普通の女の子』ってタイプの女の子です。もう3人はどういうタイプでもいいです。」

「分かりました!………あの、良かったら千佳さんと乃木さん、タメ口使ってくれませんか?」

「まあ、いいで…よ。」

ついうっかり敬語が出てしまいそうになった。

「あと、グループチャット作らない?連絡先交換しよ。」

千佳さんの提案で連絡先を交換し、グループチャットを作る。

この日はこれで解散となった。僕は田園都市線(でんえんとしせん)の各駅停車に乗りながら、やるべきことをiPadに書き出していった。

(ここから僕の人生を変えるんだ。)

その気持ちが僕を突き動かした。

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