表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アイドル育成計画  作者: 夜明天
第2章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

24/39

第19話

2025年3月13日、今日はアイドル活動と並行して行うコンセプトカフェのオープン日だ。店名はグループ名と同じ『METROPOLARiS』だ。

午前10時。オープンまでまだ1時間あるというのに、店の前に人だかりができている。最初は、「早いお客さんだな」程度に思っていた。しかし、窓から外を覗くたびに列は長くなり、今では街角の向こうまで続いている。

僕は店を出て列の整理に向かったが、人の波は街角を曲がった先まで続いている。一体どこまで並んでいるのか、最後尾を見つけることすらできない。

いくらオープン初日とはいえ、僕が見込んでいた人数は数十人くらい、しかし、その予想を遥かに上回る数百人もの人が列を連ねていた。

僕は1週間前に雇ったスタッフを最後尾に残し、店へと戻る。

心臓が早鐘を打っている。これまでの準備が報われる喜びと、果たして期待に応えられるのかという不安が、胸の奥で複雑に絡み合っていた。

これほどの注目を集めたのは嬉しいが、果たして僕たちで対応しきれるのだろうか。重い足取りで店へと戻りながら、責任の重さを改めて感じていた。

店に戻ると、ホールスタッフとして働く志歩、菖蒲さん、綾乃さん、初歌ちゃんが、キッチンスタッフとして働くルナ、玲奈ちゃんが、そして、ホール、キッチンどっちもやる千佳がそれぞれ開店準備を進めていた。

「えっと…今日の閉店後の練習は中止にしよう。」

そう僕が言うと全員不安げな表情で僕の方を見てくる。

「どうしたの?」

「今日は流石にお客さん来すぎて、多分営業だけでみんな疲れ果ててる未来が見えてるんだよね。今、外を見る限り、列に並んでる人は大体400人前後、一応1組1時間の制限は設けたんだけど、このキャパシティだと閉店するまでずっと満席って感じだし。」

「頑張る…!」

「ああ、頑張ろう。」

僕がそう言って元気づけると、志歩が勢いよく頭を突き出してくる。

「頭撫でてくれたらめっちゃ頑張れるのにな〜」

志歩がいつものように首を傾げて、上目遣いで見つめてくる。

「後ででもいい…?」

僕がそう言って場を収めようとした時、左腕に柔らかい感触が。振り返ると、綾乃さんが無言で僕の手を自分の頭に導いていた。普段は物静かな彼女だが、こういう時だけは積極的になる。

「ずるい〜!」

志歩が頬を膨らませて抗議の声を上げる。そのまま僕の右手を掴んで自分の頭に乗せた。

「私も私も〜」

「アタシもだぜ〜」

千佳とルナの声が重なったが、2人とも完全に棒読み。千佳は少し恥ずかしそうに指をくるくると巻いているし、ルナは苦笑いを浮かべて肩をすくめている。本気で甘えたいわけじゃなく、場の空気を盛り上げようとしているのが丸わかりだった。

「参ったな、需要に供給が追いついてない」

僕は苦笑いを浮かべた。

そんなところに、初歌ちゃんが更衣室から出てきた。

「健人、何してるの?」

「いやぁ〜、これは…ね?」

初歌ちゃんが怪訝そうな顔で僕達の方を見てくる。

「健人くんに頭撫でてもらおうと思ったけど、撫でてくれないよ〜」

千佳が嘘泣きを見せながら初歌ちゃんに訴える。

「はいはい、あと10分で開店だから、悪ふざけはおしまいね。」

僕がそう言って千佳達に時計を見せる。時計は午前10時50分を示していた。

開店から1時間。

キッチンから店内を見渡すと、入れ替わり立ち代わり客が訪れていた。予想を遥かに超える盛況ぶりに、正直戸惑いもある。

まだ初日の、しかも1時間しかやっていないはずなのに、ホールスタッフの4人とキッチンスタッフの2人、は慣れた様子で料理を作ったり店内を動き回っていた。中でも千佳の動きは目を見張るものがあった。常に両手に何かを抱え、キッチンとホールを行き来する姿は、まさに百戦錬磨の店員そのものだ。ほぼ休むことなく動き続ける彼女を見ていると、流石は口コミ3.8の人気店で鍛えられただけのことはあると感心してしまう。

店内をキッチンから見回してみると、常に客が入れ替わりで入ってきていた。

ここまで人気になるとは思わなかったが、まさか千佳が思ったより有能だと言うことは想定外だった。ただ、ここで褒めると調子に乗って弱体化するのが目に見えるので、営業が終了したら褒める事にしよう。

そんなことを考えながら、ルナ、玲奈ちゃんと時々入ってくる千佳とドリンクを出したりフードを出したりしていく。

オーダーの声が飛び交う厨房で、僕は手際よくドリンクを作っていた。そんな時、初歌ちゃんが慌てた様子で駆け込んできた。

「健人、お客さん。」

彼女の声は普段より明らかに高く、緊張が滲み出ていた。

「え、僕に?」

「そうだよ...なんか、テレビ関係者っぽい」

彼女の表情を見て、僕は嫌な予感がした。

「この忙しい時に一体…。」

入口に向かうと、そこに立つ男性の正体は明らかだった。高級そうなスーツに身を包み、金縁の眼鏡の奥で鋭い目をしていた。その堂々とした立ち振る舞いから、業界の実力者であることが一目で分かった。後ろにはスタッフらしき男性もいる。

僕は最大限の警戒心を抱きながら、その人の方へ近づく。

「……あの、どちら様ですか…?」

男性は僕の全身を一瞥してから鼻を鳴らして笑った。

「私は、オーナーを呼べと言ったのですが?しかもなんですかそれは。マスクにメガネって、来客対応だとしても失礼ではないですか?」

その瞬間、僕の心臓が止まりそうになった。声に覚えがある。

まさか、あの時のプロデューサーの一人では...?

「ここでは外せないので、裏の事務所まで来てもらってもいいですか?」

マスクを外すのが怖かった。でも、逃げるわけにはいかない。

事務所でマスクを外した瞬間、男性の表情が変わった。

「乃木健人くん...まさか君だったのか」

やはり気づかれた。僕は覚悟を決めて答えた。

「はい、そうです。私がここのオーナーと店長を兼任している乃木健人です。一応『METROPOLARiS』の運営も担当しています。」

そう言って僕は名刺を差し出す。男性は感じ悪く名刺を受け取る…と言うより半ば奪うような感じだった。

そして自分の名刺も渡してきた。正直、こう言う感じの悪い人とはあまり一緒に仕事はしたくないが、大人の対応でそれを鎮めた。

名刺には『サンケーテレビ 制作局長 大島正太郎(おおじましょうたろう)』と書かれていた。

「サンケーテレビさんですか。何のご用でしょう?」

僕が聞くと大島さんは若いAPさんらしきスタッフに耳打ちをして資料を出させる。

「お忙しそうですので、手短に。」

「ありがとうございます。」

「実は我々と大手レコード会社が組んで、アイドルのサバイバルオーディション番組の制作を考えているんです。」

「なるほど…それって、引き抜きとかでは…?」

「いえいえ、そういうことではありません。我々はグループ単位での参加を想定しています。運命を共にする、と言った方が分かりやすいでしょうか。」

僕が警戒していると大島さんが食い気味に説明してくる。

「なるほど。つまり、各地の地下アイドルを集めて競わせる形式ということですね。」

「大体そんな感じです。一応、番組名は仮なのですが、『Heaven or Hell project 』、まあ『天国か地獄か』、です。そして、天国から地獄へ堕ちてくる人もいる。」

「と、言いますと?」

「早いところが、かつて人気絶頂だったアイドルなんかも出演するんです。世はまさに“アイドル戦国時代”、そこで勝ち上がったアイドルとレコード会社で契約し、我々の方でも冠番組を制作しよう、と言った感じです。」

「なるほど。」

『かつて人気絶頂だったアイドル』という言葉に、僕の胸がざわめいた。脳裏に浮かぶのは、あのグループの姿だった。

まさか、あの2人のことではないだろうな。

「もうそろそろ、エントリーを開始しようと思っています。」

「分かりました。私共の方でも考えさせていただきます。」

「まだ、あります。」

大島さんは強調させて言った。

「“METROPOLARiS”の動画、拝見いたしました。」

「ありがとうございます。」

実は初ライブの映像を動画サイトにアップしていた。記録として残しておきたかったからだ。

まさかそれが業界関係者の目に留まるとは思ってもみなかった。

「結成してまだ2ヶ月も立っていない、しかも、メンバーは全員新人とは…驚きました。そしてそんな中であの仕上がり、彼女達は必ず化けると私は思っています。もし、参加されると言う事なら、審査は書類だけにしますので。」

「……!」

キー局主催の番組というので、沢山のアイドルグループが応募してくるだろう。だから、この対応はVIP待遇すぎる。

「分かりました。一度、こちらで持ち帰って話し合いをした後、ご連絡させていただきます。」

「ありがとうございます。では、お忙しいでしょうから私達はこれで失礼します。良い返事、待ってます。」

事務所を出て、エレベーターホールで待っていると、大島さんが振り返った。

「そういえば」

ちょうどその時エレベーターが到着し、僕たちは乗り込んだ。

エレベーターの中で、大島さんはさっき話そうとしていた話の続きを僕に言ってきた。

「『Emma』にも声を掛けてるんです」

その名前が耳に入った瞬間、まるで氷水を浴びせられたような感覚に襲われた。店内の喧騒が遠のき、エレベーターの狭い空間で僕の呼吸だけが異様に大きく聞こえた。

まさか、あの名前をここで聞くことになるとは。僕は平静を装おうとしたが、きっと顔に出ていただろう。

大島さん達を見送った後も、僕はしばらく立ち尽くしていた。店に戻る足取りは重く、握りしめた拳は小刻みに震えていた。

初歌ちゃんと玲奈ちゃんに、そしてみんなに、この話をどう切り出せばいいだろうか。

2人との再会は避けられない運命なのかもしれない。

でも今度は、僕たちは敵同士として向かい合うことになる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ