第18-2話
事務所の一室で、私は壁の時計を見つめていた。針が3時を指している。
いよいよ本当にマズい状況だ。
2ヶ月前、玲奈と初歌がEmmaを脱退した。今ではメンバーも私と優太の2人だけだ。
まさか、グループを抜けて健人のプロデュースするアイドルグループに加入してしまうとは思わなかった。玲奈と初歌の事は完全に掌握できたと思っていたが、飼い犬に手を噛まれるとはまさにこの事だ。
そして、隣では優太が相変わらずスマホを弄っている。この状況だというのに、まるで他人事のような態度だ。
「少しは危機感を持ったらどう?」
そう言いかけた時、ドアが開いて社長が入ってきた。
「綾瀬、上原、久々の仕事だ。」
その社長の言葉を聞いた瞬間、優太がスマホを持ちながらソファーから勢いよく立ち上がる。私も『久々の仕事』と言うワードを聞いて覚悟を決めた。
3ヶ月前に健人が脱退し、そして、2ヶ月前には玲奈と初歌もその後を追うように去っていった。その後、ディレクターとの縁故で出演したバラエティ番組も思うような結果は残せず、リピートはなかった。
主な仕事といったら某中華通販サイトの広告に出るか、よくわからない商材の宣伝くらいだった。本来の本業であるアイドル活動なんて一切できていない。音楽番組などは全く呼んでもらえなくなった。
だが、今回の社長の声のトーンは今までみたいに重々しくなく、内容はそこまで悪いものではないと思った。
「今回は、どんな仕事なんですか?」
優太が身を乗り出して聞いた。
「体を使う仕事だ。」
社長の言葉に血の気が引いた。まさか、そんなことまで…
「え…?それって…」
「AVとか…って事ですか?」
私の声が震えた。
「まだ、そんなところまで堕ちてもらったら困る……。いや、綾瀬は今売っといた方が高くなるな。やるか?」
社長の言葉に、一瞬だけ心が揺らいだ。確かにそれだけのお金があれば…いや、違う。そんなことをしても、あの輝いていた頃の、Emmaには二度と戻れない。私たちが目指していたのは、こんな場所じゃない。
「絶対にやりません。」
「“絶対”と言うのは保証できないが、分かったよ。そんなことはどうでもよくて、今回の仕事は体を張るタイプの仕事だ。綾瀬、上原『Ready Steady Go!』って知ってるか?」
「知ってます。」
と優太が頷く。
「確か、インターネットテレビで人気の格闘技番組ですよね?」
ガラの悪い男性たちが拳で決着をつける番組だった。配信を始めれば一気に同接が増えるので、世間に向けて露出するには絶好の機会だ。
「ああ、そうだ。今回上原はそれに出てもらう。そして、綾瀬にはそれの女版に出演してもらう。」
「自分の顔に傷をつけろって言うですか?!」
私は思わず、優太と声を揃えてそう叫ぶ。
「なんだよ、やりたくないのか?この仕事を受けなかったらこのままEmmaは、『乃木健人ありきのグループ』と言うレッテルを貼られ、そしていつしか世間から忘れ去られていくだろう。世間に忘れられるよりは、顔に傷作るのくらい安いものだろ。」
社長の言葉が部屋に響いた後、重い沈黙が流れた。優太も私も、返す言葉が見つからなかった。時計の針の音だけが、やけに大きく聞こえる。
「黙っていちゃ分からないだろ。お前ら、やるのか?やらないのか?」
「……やります。」
私達はファンの応援で生きてきた。その声をもう一度聞くために、世間から忘れられないために、不本意ながらも『Ready Steady Go!』に出演することを決断するしかなかった。




