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アイドル育成計画  作者: 夜明天
第2章

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第17話

午後10時、僕は約束通り『Taverna da SANNO』の前にやってきた。メッセージアプリを開いて千佳に、

『着いた。』

とだけ送信すると、すぐに店の隣にある階段からエプロン姿で駆け降りてきた。

「健人くん、お待たせ。とりあえず上がって!」

千佳の頬は夜風で少し赤みを帯びている。階段を上がっていく彼女の後ろ姿を見ながら、改めてこの店に通い始めて随分経つが、知りたくても知ることはできなかったし、店の2階は山王家の住居なのだから、客である僕が知る必要もなかったのだ。

「あれ、今って千佳だけ?」

玄関を抜け、廊下を通ってリビングを見渡す。広々としたリビングにはテレビの音量を絞った夜のニュースが静かに流れている。千佳以外に人の気配はなく、時折下から聞こえる笑い声がこの空間の静寂を際立たせていた。

「まあね〜、お父さんとお母さんは今店の営業中だし。」

千佳はそう言って微笑むと、手際よくサラダを作り始めた。リーフレタスやミニトマト、人参を丁寧に切りながら、

「この人参、形が可愛いでしょ?」

と小さくつぶやく。その後、温かいスープとフォカッチャを出してくれた。

サラダにドレッシングをかけて口に運ぶと、久しぶりにまともな食事を口にした瞬間の安堵感が体を包んだ。

ここ1ヶ月、食パンの耳と水で済ませていた日々を思うと、野菜の甘みがこれほど贅沢に感じられるとは思わなかった。フォカッチャの温かさが胃に届き、スープの優しい味が口の中に広がって体も徐々に温まっていく。思わず目頭が熱くなった。

「ねぇねぇ、どう?美味しい?」

「正直に…めちゃめちゃ美味し…」

言い切る前に夢中で食べている僕を見て、千佳が豪快に笑った。

「めっちゃ、ゲラゲラと笑うな〜…」

「だって、そんなふうになるまで頑張らなくても、いつでも頼ってくれたらよかったのに」

千佳はワイングラスを食器棚から取り出し、白ワインをグラスの3/4ほど注いでパスタを茹で始める。その手つきは慣れたもので、見ているだけで安心感があった。

「言えるわけないじゃん。みんなに迷惑かけるだけだし…」

「健人くんって、いつも一人で抱え込むよね。私たちがいるのに。」

千佳は手を止めて振り返る。

「初歌ちゃんも玲奈ちゃんも、健人くんのそういうところ、心配してるよ。『完璧』なんて、誰も求めてないのに。」

千佳の言葉が胸に刺さる。

そこから、僕たちは普段から溜まっていた愚痴やちょっとした悩みをワインを飲みながら語り合うことにした。

時計を見ると、気づけば30分ほど経っていた。千佳は料理を作るのと食器を片付けるためにキッチンに立ったり座ったりしながら、僕の話に相槌を打っている。

「実はね、私も昔お金なくて、パスタに醤油かけて食べてた時期があるの」

千佳はそうぽつりと呟きながら、ワインの栓を開けた。

「え、そうなの?」

「うん。だから健人くんの気持ち、ちょっとは分かるかも」

さらに30分が過ぎ、千佳の頬は赤く染まり、普段よりも僕との距離が近くなっている。

「健人くん、本当にかわいい〜」

そう言って、ためらいがちに僕の腕に触れる千佳。その時、僕は彼女のワインの香りと、かすかに汗ばんだ髪の匂いを感じた。

「ちょっと、それ何本目…?」

千佳の足元を見ると、空き瓶が赤白合わせて4本転がっている。

「大丈夫だってば〜。これくらいで酔わないよ」

心配する僕を見て、千佳は少し舌足らずになった声でそう答える。

改めて酒癖が悪いと思ったが、彼女と出会った理由が、飲みすぎて終電を逃した彼女を大月駅まで送ったことだったのを思い出した。しかし、それでも今夜の彼女はいつもより饒舌で、頬の赤みも普段以上に濃い。僕はいつか彼女がアルコール依存症にならないか少し不安になった。

「今ローストビーフ作ってるから、今のうちにお風呂入ってきてよ。どうせ削れるところまでとことん削ってるんでしょ?」

「失礼な!ちゃんとコールドシャワーで毎日体を洗ったりしてますから!」

「ほらやっぱり。毎日そんなんじゃ風邪ひいちゃうよ?ほら、入った入った!」

千佳は僕の腕を引っ張って浴室まで誘導する。その手は温かく、少し湿っていた。

「ごゆっくり〜」

脱衣所の扉が閉められた。ここでためらっていても仕方がない。僕は着ていたスーツを丁寧に脱ぎ、浴室内に入る。浴槽にはしっかり湯が張ってあり、湯気が立ち上っている。その手厚いもてなしに心が温かくなった。

シャワーで体を温めた後、久しぶりにゆっくりとシャンプーで頭を洗い始める。丁寧に洗った後、シャワーで流し、コンディショナーを髪に馴染ませていると、背後の折り戸が開く音がした。

「健人く〜ん!来ちゃったぁ〜!」

軽く舌足らずで、完全に酔っている千佳の声が浴室に響く。僕は軽く下を向きながらコンディショナーを続けていたが、鏡を通して背後を見ると、そこには一糸纏わぬ千佳の姿があった。

「……え?」

困惑のあまり、僕は小さく声を漏らしてしまった。湯気の向こうで、千佳の輪郭がぼんやりと揺れている。

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