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アイドル育成計画  作者: 夜明天
第1章

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第9-2話

「ねぇ」

2人の声が重なった。

初歌と目が合って、私達は同時に口を閉じた。言う必要はなかった。

2人とも同じことを考えていた。

『Emma』を辞める。

「会議室、行こう」

初歌がそう言って立ち上がる。私もスマホを握りしめて後を追った。

画面には『Emma』の最新動画。再生回数は9,847回。

1万回にも満たしていない。1ヶ月前なら、あっという間に100万回を超えていたのに。

会議室のドアを閉めると、エアコンの音だけが妙に大きく聞こえた。

「玲奈」

初歌が振り返る。いつもなら冗談を言い合っている私達が、今は真っ直ぐ目を合わせることさえできない。

「あのさ...」

初歌は指先でテーブルを叩きながら、何度か口を開きかけては閉じた。

「玲奈はさ、これからもEmmaで続けていきたい?」

私の喉が詰まる。まさか初歌も同じことを...。

「私ね」

初歌は俯いたまま続けた。

「もう限界なの。毎日のレッスンも、彩葉の説教も、空っぽのスケジュール帳も。このまま続けても、昔みたいに輝けると思えない」

「初歌...」

「玲奈が一緒に来てくれるなら」

彼女は顔を上げて、初めて私の目を見た。

「私と一緒に、Emmaを辞めない?別の場所で、もう一度やり直したいの」

息が止まった。初歌の言葉が、まるで私の心を読んだかのように聞こえた。

一人で抱えていた重い罪悪感が、初歌も同じ気持ちだと知って少しだけ軽くなった。でも、それすらも自分勝手な安堵なのかもしれない。

「……すごい偶然、私も同じ事考えてた。」

「本当?なら今すぐにでも辞表、叩きつけに行く?」

本当にこれで良いのだろうか。一度健人を裏切り、今度は残されるメンバーも裏切る事になる。

でも、壊れていく場所に、いつまでしがみついていればいいのだろう。

ステージで輝いていた頃の自分を取り戻したい。その想いが罪悪感を上回った。

「いいね。」

私は震え声でそう答えた。これで良いのかわからない。でも、このまま何もせず朽ちていくよりは、何か行動を起こしたい。

***

私達は無言で社長に辞表を出した。何年もの思い出が終わったような気がした。

事務所から最寄り駅の四ツ谷(よつや)(えき)へ向かう道すがら、私達の足音だけがアスファルトに響いていた。薄暮の街に灯りが点き始め、サラリーマン達が忙しそうに行き交う中、私達だけが時間に取り残されたような錯覚を覚えた。

「本当に辞めちゃったね。」

「ね。」

「これからどうする?事務所に入るって言ったって、私達の実力じゃ入れるところもない気がする。」

「いや、1つだけある。」

そう言って私はスマホの画面を初歌に見せる。スマホの画面には健人の連絡先を表示させた。

「え…健人?」

「うん。実は健人、今アイドルグループをプロデュースしてるんだって。」

初歌が不安そうに私を見る。

「健人、怒ってないかな...」

怒ってないわけがない。

あの日のことが、鮮明に蘇ってくる。

社長室。ソファに座る健人の前に、私達4人が立たされていた。

彩葉が私の腕を掴む。それが合図だった。

「健人、実は...」

私の声は震えていた。

「9年間、ずっと我慢してた。でももう限界なの」

健人の表情が凍りつく。

嘘だ。全部嘘だ。

健人は私の音楽を一番理解してくれる人だった。でも彩葉の視線が背中に突き刺さる。

優太も黙って頷いている。初歌は俯いて、唇を噛んでいた。

健人は混乱したように声を上げた。

「僕達は家族だと言ってくれたじゃないか!一緒に夢を追いかけようって…そう約束したじゃないか!」

でも私は彼の言葉を最後まで聞けなかった。

あれから1ヶ月。あの時の健人の目が、今も夢に出てくる。

「でも、今電話して大丈夫かな。もう夜の7時を過ぎてる。」

「うーん、どうだろう。一か八かで電話してみようよ。」

「そうだね。」

そう言ったものの、指が震えていた。画面に表示された『乃木健人』の名前を見つめながら、私は深呼吸した。あの頃の関係に戻れるだろうか。

初歌が私の肩を叩いた。

「大丈夫だよ、玲奈」

大丈夫なわけがない。あんな別れ方をした相手に、今更何を言えばいいのか。

それでも、私は発信ボタンに指を置いた。

「健人なら、きっと...」

言葉にならない祈りを込めて、画面をタップする。

プルル、プルル。

コール音が2回、3回と響く。初歌が息を詰めて見守っている。

「もしもし?」

1ヶ月ぶりに聞く、あの声。私は喉の奥が熱くなるのを感じた。

「け、健人...?」

声が震えて、名前すら上手く言えない。隣で初歌が身を乗り出している。

『玲奈ちゃん、何?僕、忙しいんだけど』

声に棘がある。当然だ。あんな別れ方をしたのだから。それでも、その冷たさが胸に刺さる。

「あの、ね…聞いて…」

言葉が出てこない。何から話せばいいのか。初歌が小さく頷いて、私を励ましてくれる。

「私達、もう後がないの。健人しか頼る人がいないの」

電話の向こうが沈黙した。3秒、5秒。初歌と顔を見合わせる。

『……突然だね』

健人の声が、少しだけ落ち着きを取り戻していた。

『どうしたの、急に?』

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