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受付嬢二年目編・21


 ちびロックマンは前後の記憶が薄いのか、迷子になる前(城でちびになるまで)は何をしていたのか聞くと「うーん?」と困り顔になって分からないと言う。

 分からないのなら無理に聞かないとそれで終わったが、ちびロックマン自身、自分のことはあまり話そうとせず、お腹が空いたとか色んな遊びをしてみたいだとか、目の前の欲望に良くも忠実であった。

 アリスト博士のことは会話中によく出てくる。博士はあれが嫌い、これが好きなんだと楽しそうに話す。

 魔力が溢れて暴走してしまうからあまり話せないとノルウェラ様は言っていたけれど、ペラペラとまではいかないが普通に会話が成立していることに拍子抜けした。なんだ、普通じゃない。

 

「ナナリー? 親戚の子が来てるんですってー?」

「せんぱーい! よければ夕飯一緒にとりませんかー?」


 部屋の扉を叩かれ、ゾゾさんとチーナの声が私を呼んだ。

 まずい。


「ななりー?」

「いや、な、ナナナナ、ナイジェリーよナイジェリー! 私の名前はナイジェリー!」


 ナイジェリーって誰だ。

 己に突っ込みつつ、名前で呼ばれたことに冷や汗を流す。はーいナイジェリーですーと大声で返事をしつつ、ちびロックマンの手を引きながら扉に近づいた。

 また呼ばれたらひとたまりもないので早めに扉を開けつつ、かつちびロックマンを見せないように、ちびロックマンもゾゾさんとチーナを見れないように私だけ顔を出す。


「どうしたの、ナイジェリーってなに?」

「いやその、ちょっと遊びで……。親戚の子が少し具合いが悪そうなので、今日は部屋で過ごしてもらおうかと」

「そうだったんですか~。残念、先輩の親戚の子見たかったです」

「ほんとごめんね~。あ、こら」


 ちびロックマンは声の主達が気になるのか、私の足をどけようと右手でつついてくる。

 くすぐったい感覚に耐えつつ扉の前から二人が去っていく後ろ姿を見送った。





 お風呂に入ろうと思ったがなんとなく気が引けたので、身体の汚れを落とす魔法を私とちびロックマンにかける。

 指をひと振りすると暖かな風が私達を包んだ。長い金髪がふわりと舞い上がって、下へと落ちる。


「まほうすごいね」

「ありがとう」

「ぼくはまほう、できないから」

「?」


 魔法が出来ない? 

 しゅんとした顔をするちびロックマンは、魔法が爆発しちゃうから魔法が使えないのだと話される。


「けっかんひんっておじい様にいわれた」

「え……」


 なにそれ。欠陥品とか、子どもに使う言葉じゃないじゃん。

 ましてやそれを子どもが自分で言うなんて。

 どうやらロックマンの幼少期は、思っていたより複雑というかとてつもない環境にあったらしい。


「あんたは将来、すっごい魔法使いになるよ! 私が保証する!」

「でも」


 座ったまま前のめりになって、ちびロックマンの赤い目を見つめる。


「私より、誰よりも、すっごい魔法いっぱい使って、そんでもって女の子にもモッテモテになるんだから!」


 何故か元気づけることに必死になってしまった私だが、ほんとにそうなると良いな、と呟いたロックマンに「そうなるよ!」とさらに念をして言った。

 嘘は言っていない。

 


 しばらくするとお腹が空いたと言うので、片手しか使えないけれど軽くおやつを作る。

 私の腰ほども背がないちびロックマンは私の移動に付き合いつつ、お菓子作りに夢中になっていた。貴族だから当然こんな光景は見たことがないはずで、私が片手でポルカという焼き菓子を作るためにこねている生地を見て瞳をキラキラと輝かせている。

 何ちょっとこれ可愛いじゃんズルいとまたしても胸がざわついたのは墓場まで持っていく私だけの秘密だ。

 お菓子を焼き上げて、いただきますと二人で食べる。まぁまぁの出来具合い。

 もそもそ食べていれば「おいしい」とほっぺを膨らませてポルカを頬張るちびロックマンが笑顔を向けてくる。

 はからずもちびになる前に赤ちゃんをあやしながら私に向けた、あのふにゃけた笑顔が思い起こされた。


「あんたって」

「?」

「なんで私にあのとき、勝負ふっかけたんだろ」


 思えば、出会い頭に手遊びで勝負を仕掛けられたのが、今日(こんにち)まで至る私たちの関係性を形作ったと言っても過言ではない出来事だ。


『じゃんけんしよう』

『は?』

 

 あれがなければもう少し違う形で、もしかしたらよき友人になれていたかもしれないのに、と今は素直なちびロックマンを眺めては思う。貴族様相手に友人もへったくれもないけれど。

 

「ねぇ、おねえさん」

「なに?」

「おおきくなるまで、ぼくとずっといっしょにいてくれる?」


 離れない右手をぎゅっと握られた。

 ちっちゃい手だけれど、どこか力強いものがあった。


「ずっとは、ちょっと無理かなぁ」


 いれて三日が限界というところである。


「やだ」

「ん?」

「いてくれないとやだ」


 頬を膨らませて嫌々と駄々をこねている。

 ずっと隔離されていたというから、久しぶりに触れ合えた大人に必然的に安心感を覚えてしまったのだろうか。

 もうちょっとしたらアリスト博士のところに帰るんだよ、と言い聞かせればさらに駄々をこねた。


「えー……。じゃあ、」


 手遊びで勝ったらね。

 なんて、不覚にも可愛さに根負けして勝負を仕掛けてしまう。

 自分で自分に『え?』である。


「てあそび?」


 小さい子供相手に何をしているんだ私は。

 手遊びを仕掛けられたことを思い出していたせいか、うっかりこんなことを言ってしまうとは。負けたらどうするかも考えずに向こう見ずにする約束ではない。

 ちくしょう、けれど言ったからには責任をもたなくては。


「えっと、こう」

「こう?」


 手遊びを知らないというので軽く手遊びの指導をしたあと、本番に挑む。

 一回キリの勝負だ。


 せーの。


「じゃんけん、ぱー」

「ぐー」


 そして絶対に負けられない勝負を挑んだ私は、みごとその手遊びに勝利した。

 よし、大丈夫。

 や、なにが大丈夫?


「だめ? いてくれないの?」


 涙目になったちびっこロックマンは、ついに「ひっく」と涙目でおさまらず泣き出した。

 どうしよう泣かせるつもりはなかったのにと焦った私は、あのロックマンが小さい頃寂しい思いをしていたということを今の今になって本当に実感し、できない約束はしないし破れもしないなら、と思い立つ。

  

「ちょっと待ってて!」


 泣き張らした顔をガシッと両手で掴んで私のほうに向かせる。驚いたのか瞬きをして止まっているロックマンをよそに、私は衣装箪笥から所長にもらった緑の小箱をとりだした。


「私の分の箱。一生開けちゃ駄目だよ」


 小さな手にそれをそっと握らせる。


「占いとかおまじないとかあんまり信じないけど」


 これはロックマンが海の国へ調査へ行く前に、所長がまた二人が会えるようにと(よけいなお世話なのだが)くれたおまじないの箱だ。ロックマンはその場で開けやがったのだが、私はまぁ会えなくなると色々困るしまだ勝ちを取っていないので負かせるまでは開けないでおこうととっておいてある。


「もしこの蓋を開け続けないでい持っていたら、きっともしかしたら、嫌でも顔を合わせることはあると思うし」


「会ったら会ったで喧嘩もしょっちゅうする」


「腕を凍らされることもあるだろうし」


「髪を燃やすこともあるだろうけど」


「でも絶対に凍らないし燃え尽きない」


「何年も何十年も」


「よぼよぼの老爺になるまで、ずっと喧嘩でもして」


「いつのまにか、一緒に歳を取っていくのよ」


「兄弟でも友達でもない、恋人でもない、でもあんたと私はずっと繋がり続けるの。そしたらちょっとは寂しくなくなるでしょ? 私の箱、あんたにあげるから」


 泣くんじゃない、と左手で小さな頭を撫でた。

 

次話、来週火曜日更新予定。

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