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*ニケ視点

 私の友人は成績優秀で、才色兼備、とまではいかないものの実に優れた魔女である。



 私は小さい頃から騎士団に入ることが夢だった。昔魔物に襲われそうになったとき、すんでのところを助けてくれたのが王国第三騎士団の人であり、命の恩人である彼に憧れたのが始まりである。

 両親からは危ないからやめておきなさいと反対されていたけれど、王国魔法学校に入り優秀な成績をおさめ、騎士団の厳しい試験も突破すれば反対もされなくなるだろうと、学校に入ることも騎士団を目指すことも勝手に決めて学校へと入学した。


 どうでもよい話ではあるが、私の初恋はその昔助けてくれた騎士団の男の人である。

 大きな手で背中を撫でてくれた感覚は今でも忘れない。

 勇ましくも美しい、黒髪の男性騎士。

 思い出補正があるのかも知れないけれど、今となれば良い思い出だ。

 恐怖の思い出にならなかったのは、大半がその人のおかけであった。


「私絶対一番になる! 今年こそなる!!」


 寮の部屋。

 試験前にはいつもそう意気込んでいるナナリーを見て、私とベンジャミンは笑った。


「ロックマン越えて一位ねぇ」

「ナナリーには是非ともなってもらいたいんだけどねぇ……」


 頑張り屋で努力家の友人、ナナリー。

 優秀な魔女になると意気込んで私も学校に来たわけだけれど、上には上がいるということを子供ながらに理解した。

 かなわないとか、頭の作りが違うとか、そういうことではない。

 彼女はとにかく何に対しても諦めが悪い。その一言に尽きる。

 もちろん記憶力がよいことは知っているが、それが天賦の才だとは思っていない。

 本格的に勉強をし出したのは村の学舎に通ってからだと聞いたが、勉強を始める前のことを聞いてみればあまり返事がよくなく、どうだったっけなぁと悩みながら思い出話をされることが多かった。つまりそれは生まれもったものではなく彼女が後天的に獲得したものだということがうかがえる。記憶力の良さは努力の賜物だ。

 だから私は友人であるナナリーを天才だと思ったことはない。

 なぜなら彼女は負けず嫌いで諦めの悪い、天才的な努力家だからだ。


「またヘルが二位だと」

「へー。魔力高い奴は良いよな~」


 ナナリーをやっかむ声も少なくはなかった。

 生まれもったものだからしょうがない、魔力が高いんだろうから出来て当然なのだと。


「また二位!?」


 二位という結果に敏感な彼女。

 毎度試験後の落ち込みようは半端がない。


 けれど私とベンジャミンだけが知っている。

 ナナリーでも最初は絶対につまずくのだ。


 それを持ち前の諦めの悪さと根性でどうにかしている。魔法を成功させるのは魔力が高いからなのか本当のところは分からない。けれど少なくとも成功させるために努力を人一倍二倍三倍している彼女を見ていると、ナナリーを妬んでいる者達に言ってやりたいのだ。

 悔しかったら一週間まったく寝ずに勉強し続けてみろと。

 恐ろしいことナナリーはそれを平然とやってのける。健康に悪いからとやめさせようとしたこともあるが止まらない。

 自分が成功させられない魔法にぶち当たっては本を読み漁るばかりか先生にご教授を願い、様々な観点から成功への道を導き出しては図書室や競技場に入り浸る。

 とてもじゃないが私には出来なかった。


 けれどそれくらいしなくては、真の天才には勝てないのだということをナナリー自身も分かっているのだろう。


「くらえ! 氷の屑!!」

「そんなの効かないから」


 氷の鋭い粒が、火によってあっけなく溶かされる。


 ナナリーを片手で軽くあしらう男子生徒。

 名前はアルウェス・ロックマン。


 天才、という言葉がこれほど似合う人間はそういなかった。



「ブルネル、ちょっといい?」

「はい?」


 廊下を歩いていると、落とし穴らしきものから顔を出したロックマンが視界に入った。

 いつも綺麗に整っている髪が乱れていた。

 穴を避けて通る周りの生徒はその様子を気にしながらも、触らぬ神に祟りなしと無言で通り過ぎていく。

 ナナリーに落とし穴へ落とされたのか、私は逆にその姿に笑いそうになった。

 と同時にこれほど闘志を掻き立てるものはなんなのかと二人に聞きたいくらいである。


「あれは何が嫌いかな」


 穴からのぞく顔は不機嫌な声とは違い笑顔だ。

 穴から手を出して廊下に肘をついたと思えば、そのまま腕に顎を乗せて上目遣いでこちらを見てくる。


 私は両腕に抱えている教科書を持ち直しながら彼を見下ろし、あれ、とはナナリーのことかと勝手に解釈した。

 話の流れとしては彼女一択で間違いはない。


「何って言うと?」

「動物とか」

「ああ……お化け虫が苦手とか、言ってたような」

「ありがとう」

「あの、ロックマン、様?」

「別に呼びすてでもかまわないよ」

「いえ。あの、なんでそこまでナナリーをいじめるんですか?」


 あのどこまでも真っ直ぐで喧嘩っ早い友人の代わりに聞いておこうと、畏れながら本人へ聞いてみた。

 はたしてどんなこたえが返ってくるのか。

 素直に返事をするとは思えないが、この質問にどんな反応をするのだろう。


「いじめる?」


 と思いきや、はぁ、と大きく溜め息を疲れて目を瞑られる。

 そんなに疲れるような質問をしただろうか。


「ほら、席僕の隣でしょ? 毎度うるさいくらい吠えてくるから、どう追い払えるかって考えてるだけなんだけどね」


 あのちんちくりんを、とまるで虫を追い払うかのような言い方をする。


「はあ」


 間の抜けた声が出てしまった。

 どうやら追い払っている、というのが彼の言い分らしい。

 確かにあのナナリーからの襲撃には骨を折っているようだけれど。

 でも。


 彼女が近寄っていないときでも、遠くから来てはちょっかい出してるくせに。


 その言葉を飲み込んで、私は教室へと戻った。













 とまぁ、昔のことを思い出してみたわけだけれど。


「なーんでああなるのかしらね」

「腐れ縁ってやつなんでしょ」


 カウンター席で顔と顔がくっつきそうなほど近い距離にいる二人を見て、ベンジャミンと私は溜め息をついた。

 どんな口論が繰り広げられているのかは場所的に遠いので聞こえてこない。

 普通はあれを見て焦るところなのだろうが、あのような光景に慣れっこな私達はただ見守ることに徹する。

 海の国での出来事もそうだが、よく二人はばったりと会う。仕事も違う二人なのに、まるで磁石のような引き合わせだ。

 それを中には運命だと素敵な言葉でまとめる人が多いけれど、本人達からしたらきっと不名誉な言葉なのだろう。

 

「隊長もデグネア王女との婚約の話が来てるって噂なのに、よくこんな所でしょっちゅう飲んでるわよねぇまったく」

「え!? 結婚するの!?」

「結婚じゃなくて、婚約」

「ああ婚約ね。へぇ~…… 」


 騎士団内ではその噂で持ち切りだった。

 何故なら演習場や騎士の宿舎へと、最近その噂の相手となっているデグネア王女が足しげく通っており、ロックマンの様子を見に来ては差し入れ等も渡している姿をみんなが目撃している。

 当の本人は誰が聞いても王女との関係を否定しているが、誰がどう見ても王女のほうはロックマンに恋愛的な意味で夢中となっているのが分かるほどだった。

 ゼノン殿下にも聞こうとしたが、仕事中に私生活の話題を出すわけにもいかず聞けずじまいだった。


 けれどたまたま殿下と馬屋で二人きりとなった時に、


『あいつ意外と押しに弱いからな』


 と宿舎へ押し掛けてきている王女を眺めては、殿下がそんなことを呟いていた。

 私は今しかないと思い、思いきってそのことを殿下に聞いてみると。


『それは国の交友次第だろう。アルウェスもいちおう、末端だが王族の一員だ。あいつも良い歳だからな、近頃はその手の話を周りからされてうんざりしてるだろうに』


 ロックマンが王族の一員だということはこの時初めて知った私だったが、そんな私をおかしそうに殿下が見てきた。

 ついでにと、こんなことも聞いてみる。


『貴族は、貴族としか結婚は出来ないんでしょうか』

『結婚か? 基本貴族には血にこだわりの強い人間が多い。混血は許さず高貴な血、品格を保つのも貴族の仕事だと言う奴もいる。だから未だ平民が貴族に入ったなんて話は聞いたことがないように、まぁそもそも貴族外婚は法律で禁止をされているからな。中には貴族だというのに爵位も家の歴史が一番浅く低い家などは婚姻を断られることも少なくないらしい』

『……厳しい世界なんですね』

『アルウェスのことが好きか?』

『え?』

『あいつは女にすこぶる好かれるからな。ニケもほどほどにしておくんだぞ』


 そう言ったあと、とてつもない勘違いをされたまま殿下は宿舎へと戻って行った。

 貴族の結婚など誰もが分かりきっていることを聞いたので、変に思われたのかもしれない。それがロックマンに好意を持っていると思われてしまったのは誤算だったが、殿下のことなので冗談半分で口にしたのだと思っておくことにする。




 どんなに頭がよくても、

 どれだけ異性からモテようと、


 恋愛という問題の前では形無しだ。

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