受付嬢二年目編・6
「ヘルさん、私新しい氷の魔法作ってみたのよ」
「この前話していた魔法ですか?」
「ええ。直ぐに終わるから見ててちょうだいな」
破魔士の受付に、艶やかな長髪の美女がにこやかにやってきた。
「いくわよ」
私に突き出した彼女の指先から、シュルシュルと細い糸が出てくる。
まるで蜘蛛の糸のような細さだ。
これは? と尋ねると、これは氷の糸だと言われる。
指をクルクルと回せば、糸もそれにならって動き、綺麗な流線を描いては受付台の上に積もっていった。
「結構丈夫だから、これで服なんかも作れたりしてね」
片目を瞑って茶目っ気たっぷりに指をふるう。
「凄いです!」
「ヘルさんも何か作ってるんでしょう? 今度見せてよ」
「見せられる代物になったら声を掛けますよ」
迫る彼女の顔を避けて私はグッと親指を立てた。
ヴィヴィア・ハーヴさん、25歳。
ハーヴさんはいつも距離感が近い。話しているとだんだん身体がそちらへ行ってしまう癖があるらしいが、身体は正直なんて言うにもほどがある癖である。
今も鼻と鼻が付いてしまいそうなくらい近いのだけれど、この近さにももう慣れたものだ。
「楽しみだわ。あ、これ氷の糸の呪文のやり方ね。試してみて」
「ありがとうございます」
「こういう話相手がいてよかったわ。じゃあ仕事行ってくるから」
「いってらっしゃい」
お気に入りだという赤いブーツの爪先を鳴らしながら、ハーヴさんは扉から出ていく。
彼女は氷の魔女だ。新しい氷魔法を作っては毎度私に披露してくれる。
つい最近までは私の型を知らないハーヴさんだったが、たまたま外の仕事で魔法を使っている所を見られていたようで、受付台に来て一緒なんですねと話かけられたのが彼女との交流の始まりだ。
誰が何型であるのかは私達の方では把握済みなのだが、自分から「あなた~型なんですよね、私も同じで~」などという会話は仕事上よろしくない会話の切り口とされている。相手から言われるならまだしも、私達からはけして言わないのが決まりだ。
氷の魔法使いは私の他に数人いて、西と東のハーレにも一人ずつ先輩がいる。いずれも女の人で、寮で話すこともあった。
氷の魔法は他の型と比べて呪文の数が少ないため、自分達で作っているというのをよく聞く。
先輩たちはよく完成した魔法を見せてくれたりするので、破魔士の彼女のようなことは日常茶飯事だった。
他の型の人から見るとそれは異様な光景なのだそうだが、可能性を導き出して新しい物を作る彼らの姿は実に逞しく誇りに感じる。
「来たぞ!」
「こんにちは」
入れ替わり立ち替わりで破魔士はやってくる。
今度は小さな破魔士ベック少年。
以前より背が微妙に伸びたベック君は、受付台の下からひょっこりと顔をのぞかせた。
「悪いねヘルさん。いつも息子が」
「いえいえ、今日も元気いっぱいですね」
彼の父親であるマッカーレさんが、ベック君の頭にその大きな手のひらを置いて苦笑いをする。
ベック君は父親似なのか、笑うと目尻にできる皺がそっくりだった。垂れ目な父親に対して息子の彼の目は少々ツリ目気味ではあるけれど、目が三日月のように細まるとクシャッとなるそれは、流石親子だと誰もが頷くだろう。
ぴょんとはねた黒い髪を揺らして、受付台に手を伸ばしている。依頼書を見ようと踏ん張っているらしい。背が伸びたとはいえ、まだこの台に届くまでには時間が必要なようだった。
*
昼をとったあとは、本と資料の番号付けをするため資料室に籠りきりになる。
「ヘル先輩~、あっちの棚のやつです」
「ありがとうチーナ」
整理にはチーナも名乗りを上げてくれた。
「所長が、一々出し入れするの面倒臭いからうまくやってほしいみたい」
「浮遊魔法で戻せるのにですか?」
「出すのはしょうがないとして、本が勝手に戻るのが理想なんだって」
なかなか高度な要求だが、任せられたからにはそれにお応えしなくては。
背表紙に貼り直した番号を元に、私とチーナは意見を出し合いながら、あーでもないこーでもないと知恵を絞る。
実際に一冊の本に魔法をかけて、戻す棚の場所・位置を覚えさせてみた。しかしそれには戻すときの条件を付けなければならない。そうしないと手から離れたすきに本が棚へと勝手に戻ってしまうからだ。
「本が開いているときは戻れないようにしたらどうですか?」
「そうだね。でも閉じたら浮いちゃうことになるから……おも石とか使う?」
「はい。それでみんなに試しに使っていただいて、採用か不採用か決めていただきませんか」
「よし。じゃあ順番は変えずに、貸出帳には本の題名を一つ一つ書いて、その隣に皆の名前書いていこっか」
棚からその本が出されているときは貸出帳に記入されている題名の横に名前が出るようにする。
番号の紙に探りの呪文をかけてあるので、それをうまく使えば、紛失時に誰が持っていたかなど直ぐに分かるだろう。
それに今誰が持ち出しているのかも、その本が今は使えないということも貸出帳を見れば一発だ。
「ハーレ全員の名簿もって来ましたよ」
「ありがとう。所長なんだって?」
「面白そうね、なんでもやってみなさいな。でもみんなビックリしちゃうから説明文でっかく書いておいてね。って言ってました。あの、先輩」
「ん?」
「全部手書きで?」
「だね」
新しい帳簿に手書きで名前を書いていくのは骨が折れるが、手書きでなければ魔法が使えないのでしょうがない。魔法陣もそうだが、何事も最初が面倒で重要なのだ。それさえ過ぎてしまえばあとは楽ちんにいくのに、それでもハーレの名簿の山を見ると倒れてしまいそうになる。
けれど、こんな状況にこそ燃えるのもまた事実。
お気に入りの筆を用意し、私はチーナと手分けして文字を書いていった。
あとがき。
「先輩、この間のお土産、さっそく腕につけてみました」
「貝殻綺麗だよね」
「私もまだ旅行に行ったことがないので行きたいです」
「行こうと思っても切っ掛けがないと中々行けないよねぇ」
「海はどうでした?」
「海は……」
「先輩?」
「好みによるかも」
「えーなんですかそれー」




