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受付嬢二年目・海の国編6

 大きな水しぶきが舞ったのち。

 荒れていた海は徐々に凪いで、数刻前の穏やかな姿を取り戻した。逃げ惑っていた観光客や現地の住民も、ようやくいなくなった未知の生物に安堵の色を見せながら浜辺に戻ってくる。


 けれどその代わり、ナナリーの姿はどこにもなかった。


「なんで手ェ放した!!」


 ユーリの背から飛び降りたアルウェスに、一番近くにいたサタナースが詰め寄る。

 浜辺でちりじりになっていたニケ達は、二人の元へ急ぎ足で向かった。


「恐らく、ここの海域は彼らの『領域』なのかもしれない。もしくはアレは海の王国の生物か。僕らとは魔法の概念が違うから効かなかったんだろうね」

「そういうことを聞いてんじゃねぇっつーの馬鹿!!」

「痛い痛い」


 鼓膜へキーンと響く騒音に片目を瞑った。

 肩を叩いてくるサタナースを軽くあしらいながら、アルウェスは浜辺で防御膜に守られているベラの元へと歩みを進める。どことなく急ぎ足なそれは、王女を心配してのことなのか否か。

 ベラは護衛でいる男達に周りを囲まれながら、近づいてくるアルウェスを潤んだ瞳で見つめていた。


「ベラ、怪我はない?」

「ええ、ありがとう」


 腰を折って彼女の前に跪いたアルウェスは、大丈夫かと声を掛け安心させるような微笑みを向ける。


「ベラ様、宮殿へ引き上げましょう」

「まっ待ってください!!」


 そうしてベラの周りにいた護衛達は今日は城に戻りましょうと彼女を促すが、その会話が耳に入ってきたニケやベンジャミンは何を言ってるのだとすかさず間に入った。

 無礼な行動とは分かっているが、冗談ではない。王女と勘違いをされて連れて行かれたというのに、心配も助けるそぶりも見せずに城へ帰るなんて、と憤怒する。

 

「ナナリーはどうなるんですか!?」

「魔法も効かないんじゃ、水の中で息ができてるかも分からないじゃない!」


 溺死なんて考えたくもないとニケは頭をふる。初めての国外旅行がこんなことになるなんて、誰が想像しただろうか。

 アルウェスとナナリーを会わせると、確証はないがやっぱりただでは終わらない。ニケは数刻前にナナリーと交わした『見なかったことにしよう』『そうねそうしましょ。あなた達今会ったら色々面倒そうだもの』という会話を思い出す。


 ああ、やっぱりあの時引っ張って連れていくんじゃなかったと額をおさえた。


「そいつらはほっとけよ。ナナリーは俺達だけで助けに行く」


 サタナースは静かになった海を見る。

 自分達はれっきとした魔法使いである。他の人間の助けなどなくても、友人の危機には自分達が行けばいい話だと、サタナースはベンジャミンの頭を撫でた。


「ナルくん」

「でも君達、どうやって見つけるつもり?」


 使い魔に乗って空を飛ぼうとするサタナースを横目に、ロックマンが腕を組んで呆れた声を出した。

 それもそうである。

 魔法も効かなく、ナナリーの気配を探ることはおろか、海の中にも入れない。ニケの水の魔法使いの力をもってしても、この海の中で魔法を操ることは難しかった。


「んなこと……やってみなきゃ分からないだろ。お前には関係ねーだろうし、俺達は行く」

「ちょっと待ってサタナース、いくらなんでもそんな言い方はないわ。怒る気持ちも分かるけど、あんた分かんない? それでもいの一番に助けに行ったのは隊……ロックマンなのよ。サタナースだってこの子の腕が千切れそうだったら放すでしょ? 違う?」


 ニケはベンジャミンを指しながら言う。


「……知らね」


 唇を尖らせた。

 年甲斐もなくそっぽを向く。


 サタナースも頭では分かっている事だけに、それでももしかしたらナナリーが死んでしまうかもしれないという瀬戸際で、彼女の手を放してしまったアルウェスのことが、腹立たしくて仕方がなかったのだ。

 自分でも馬鹿なことを言っていると自覚はあるが、今は不貞腐れることしか出来ない。それにこんなことをしている内にも、ナナリーの身に更に危ないことが迫っていると思うと、サタナースはいても経ってもいられなかった。


 常識なんていうものはともかく、友人や仲間に対しては人一倍情が強いのも、サタナースという男である。


 そんな彼のことを良く知っているベンジャミンは、分かってるからつい当たっちゃうのよ、ごめんね、とアルウェスに言った。

 しかしそんなことはアルウェスも分かっているので、ただ笑うだけに留める。


「ベラ、王に謁見したいんだけど予定は?」


 不機嫌な友人はさておき、とアルウェスはベラの手をそっと取った。


「お父様なら日が暮れる前に城に戻っているはずだけれど、どうするの?」

「調査の続きをしたいと申し出る」

「え……調査って……だって、あのボリズリーでも歯が立たなかったのよ? あの海の嵐を超えられると思っているの!?」


 ベラは声を荒げる。砂色の髪が風に揺れた。

 アルウェスを咎めるように言うが、言われた当の本人は十分承知だと首を頷ける。


「けれど何がどうであれ、超えなければ行けるものも行けない」

「でも二十年前に海の領海が閉じられてから、海の王国との交流はまったくないとお母様が言っていたわ。お父様だって恩情があるからあなた達を城に保護しているのであって、そんな勝手……。お友達が連れて行かれてしまったのは、私のせいだと自覚はあるけれど、でも」


 実のところ海の王国へ調査に出ていたはずのアルウェス達がここにいるのは、海の王国から手酷く拒否を喰らい怪我を負ったためであった。

 しかし正確には拒否ではなく、人間がその王国の領海に入ろうとすると海が荒れてしまうようで、それに加え魔法も一切効かないゆえに防御魔法もまったく役に立たなかったせいでもある。


 またその際に負った傷も治癒魔法では治りが遅く、近くの王国にあらかじめ出しておいた救急要請の書状を頼りに、彼らはこの王国で休息をさせてもらっていた。この調査はドーラン近隣諸国だけのものではなく、周辺、全土の国の強力の元成り立っているので、協力は惜しまれていない。


 そしてアルウェスたちが離脱した後はヴェスタヌのボリズリー率いる部隊が次いで調査に出たのだが、彼らも同じく怪我を負いこの王国に助けられていた。


 魔法の効かない、海の王国。

 まさか海の王国だけでなく、この陸に近い浅瀬でも魔法が効かないと思っていなかったアルウェスとウェルディは難しい顔をした。


「だがそれにしても妙だぞ。なぜ海の中にいたのに、陸にいた王女がここにいると分かったんだ? そこまで分別が出来るなら、普通間違えて連れて行かないだろう」


 ゼノンはアルウェスたちの現状を詳しく伺う為にこの国に来ていたが、まさか友人がこんな事態に陥るとは予想もしていなかったので、今は冷静にどうするのが最適かと頭を回す。


「ベラ……それなんだけど、本当に心あたりはない?」

「心あたり?」


 アルウェスは巨大生物が言っていた言葉を思い出した。

 

「アレが言っていた海王とは、恐らく海の王国を統べるセレスティアル王のことだ。やっと姫様を返せると言っていたけど、何か知らない?」 

「さぁ……私は十九歳だし、海の王国と交流があったのは私が生まれる前のことだもの。知らないことの方が多いわ」


 本当に何も知らないので、ベラは顎に手をあてて唸る。彼女が両親から聞いているのは、昔はよくセレスティアル王が近くの海岸までやって来て贈り物を届けてくれたりしていた、などくらいでそれ以上はまったく分からない。贈り物の詳細も知るわけがないので、何も言えなかった。


「そう」


 しかし彼女が知らないならば、海の王国と交流のあった時代を知るセレイナ王に話を聞くしか他に手立てはない。

 アルウェス達はサタナースらを連れ、宮殿へと向かった。

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