受付嬢二年目編・4
昨日は久々に父がこの魔導所に来ていた。
いつもは西のハーレにいっているのだが、たまに私の仕事ぶりを見るためにやって来る。私としては正直恥ずかしいので来ても何の反応もしないのだけれど、娘がいつもお世話になってますと手土産をこさえて受付までくるので所詮無駄な足掻きだった。
やめろ父よと視線で訴えるも、そんなの知らん顔でしばらくのあいだ私の受付台で最近の母との喧嘩内容(主に母が父を怒るので喧嘩と言うより叱られた内容である)を喋り倒していく。
仕事をするようになっても授業参観の気分を味わうとは最悪だ。
でも母と父は好きだ。
『ナナちゃん久しぶり!』
『ペペ~元気してた?』
それとその前の日は破魔士ではない地元の幼馴染みが依頼人としてやって来て、これまた懐かしい気分になった。
私の村は農業が盛んで、その幼馴染みの家は草食獣のポッケルを広い敷地にたくさん飼っている。他にも『くるくるマープ』という成熟したら勝手にくるくる回りだし茎から実を落とす黄色い野菜を育てている子の家や、貴族向けに作っている七色茶葉の畑をもつ子の家もあった。
依頼人として来た幼馴染みはペペと言う私より一つ年下の女の子で、しばらく帰っていない地元の村の様子を教えてくれたりと随分念入りに話された。帰ってこないかな、寂しいな、っておばさんが~と話の節々で言われたので、これは近々一度実家に帰るかと考えを巡らせた。
「ねぇヘルちゃん、今日は色っぽいのある?」
「色っぽいの……男性宅に住み着いている魔物もどきの駆除でしょうか」
「何歳?」
「二十八歳です」
「行くわ!」
黒に少し青さが加わったような少し癖のある長い髪、瞳は黒く、肌は血色のある健康的な肌色、唇は真っ赤でこれまた血を塗りたくったような色。
彼女の名前はデジーノ・ゴナス。最近恋人と別れて意気消沈中との噂があったが、今はとうに吹っ切れて愛を探し求めているのだという。破魔士である彼女はキングス級でありながら報酬の高い物はあまり求めず、楽しそうな、その時その時の自分の欲望にあった仕事を選ぶ。ここの所は「色っぽい」仕事という台詞が癖になっていて、私達はそのたびに頭の中をグルグル回転させて仕事を選んでいた。
色っぽい仕事などない。
「必要以上に接触してはいけませんよ」
「わかってるも~ん」
魔物モドキとは、魔物のような色をした、けれど魔物ではなく退魔の呪文も効かない生物のことをそう呼んでいる。人間を襲ったりすることはないけれど、住み着かれると簡単には払うことが出来ず、建物を徐々に腐らせていってしまうので住み着かれたらそれはそれは大問題なのだ。魔物モドキの見た目は魔物と違い皆同じ姿をしていて、人間の半分くらいの大きさ、四本足でぽっちゃり体型で目が一つしかない奇妙な形。人によっては可愛いとも言われている見た目である。私は可愛さが分からないが。
「ナナリー、ハリスと事前調査に行ってきてくれ」
「分かりました。じゃああの、ニキさんあとお願いします」
「うん、任せて。行ってらっしゃいよ……ってちょっと待って筆忘れた! すぐ戻るわね」
ニキ先輩は忘れっぽい。
*
今回の事前調査は文化館の館長からの依頼で、ある絵画の前を通るとたちまちその通った人が倒れてしまい、いずれも倒れるのは女性で困っているから助けてほしいとのことだった。
館長は魔物か何かの類いだと疑っているらしい。
館長自身は男なので何事もなかったようだけれど、絵画を壁から離そうとしてもなかなかとれず、今は仕方なしに文化館を閉めているようだった。
「魔物といっても、絵画ですからね。どうなんでしょう」
「ただの呪いだったりするし、いつかの夢見の魔物みたいなやつかもしれないしねぇ。……着いたわ」
大きな文化館。千年前からある古い建物に少し手を加えて再利用をした建物だ。今にも幽霊が出てきそうとまではいかないものの、大きい建物や家の前に来ると不思議と誰かに見下ろされている感覚に陥る。誰かを見下ろすのならともかく、誰かに見下ろされるというのは私的にあまり居心地はよくない。見下ろすべくして見下ろしている王族達や仕事先の上司、親やまぁ友人も別に良いだろう。
……あれ、結局誰に見下ろされるのが嫌なんだっけと考えがあちらこちらへさ迷っていると、文化館の玄関から館長らしき白髪のおじいさんが杖をつきながら出てきて私達を手招きした。
「ハーレの者です、お待たせしました」
「おおお、よく来てくれたね」
こんにちはと急ぎ足で挨拶をして中に入ると、ドーラン王国の地形を形作った模型がまず目に入る。
村の学舎に通っていた頃、学習の一貫として文化館に来たことがあるがその時は確か模型なんてなかった。内装もだいぶ変わっていて昔は床が無機質な灰色の板だったのに、今や古くさい文化館の見た目とは裏腹に、床は赤や黄色の絨毯が敷かれていたり壁にはお洒落な台形の照明具が飾ってあったりと綺麗である。
私は記憶との間違い探しをしながら廊下を歩いていった。
「あれが問題の絵なんだがね」
「……あれですか?」
館長に案内されるがまま、私達は問題の絵画を見せてもらう。
とは言っても私とハリス姉さんはその絵画からはるか離れた所から見ているので、どんな絵が描いてあるのかは朧気にしか見えない。
ハリス姉さんは視力が悪く眼鏡をしているので、眼鏡をカチャカチャ指で弄りながら「見えるわけないじゃないのよ!」と文句を言っていた。
館長が近くにいることを完全に忘れている。
「倒れちゃいそうですかね?」
「私達が倒れたら大変ねぇ」
そもそも女の人が倒れるというのだから男の人が事前調査に来たら良かったのではないかと今更気づく。それとなくその考えを彼女に言ってみれば、女が行ったほうがもし魔法にかかったときどんな被害状態だったのか分かるし、どっちみち記憶探知を出来るのが今あそこで私だけだったので考えても仕方がないと言われた。
じゃあ、と本題に戻ってどうしようかと考える。
「記憶探知してみますね」
とりあえず記憶探知であの絵画の時間を戻してみようということで、私とハリス姉さんは効くか分からない防御の膜を自分の回りに張って絵画に近づくことにした。斜め後ろの廊下の壁から顔を出してこちらを覗いている館長はさておき、今のところ近づいても全く問題がないため、私は絵画に向かって指をくるくると回しはじめる。
昨日とその前の晩御飯や朝御飯を思い出しながら。
それにしても。
「芸術ってよく分かりません。綺麗ですけどよく分からないグチャグチャの絵もありますし」
そっちの才能は全く無いので頭がグルグルする。
「そこにあるただの爺さんの像がとんでもない価値らしいけど、私もまったく分からないわ」
問題の絵画は、湖の上で小さな小舟に乗った男の人が一人ぽつんと座っている絵だった。
今のところその絵にも変わりはない。
そしてしばらくしても絵に変わったところも誰かがいじった様子もなく、記憶探知では特に分かることはないのかと諦めようとしたとき、私は徐々に絵の不可解さに気づいた。
「ハ、ハリス姉さん」
「どう?」
「たぶんこの絵の、船に乗った男の人が、女の人を湖に沈めてます」
「……え、なに? 何て言った?」
逆戻りしているので分かりにくいが、男の人が湖から女の人を引き上げている。でもこれを戻さないで時間の流れをただした場合、この男性のしていることはそれとは真逆のことだった。
元は女性と男性が二人乗りしている絵だったのだろうと思う。
眼鏡を制服の布で磨いていたハリス姉さんは、私の言葉を聞いて急いで絵画を見る。私ももう1回記憶を戻して同じ場面を見せると、ハリス姉さんは即座に手で顔を覆った。
「うわ怖っ超こわっ」
「私今日寝れません」
絵が動くことはそこまで珍しくもないしそういう魔法がかかっているというならともかくとして、これはそういう絵ではないことは一目瞭然であり、しかもかなり猟奇的な動きというか殺人を犯している絵なんて誰が見ても気持ち悪いし怖い。それにかなりゆっくり動いているようなので、気づかないのも当然だ。館長あたりは最初の絵の状態を知っていたのなら今の時点で変化に気づいてほしいものだけれど、その絵が災いを起こしているというのなら直接見たくはない気持ちも分かる。
とにかく怖い。その一言につきる。
「これは呪い……というか、誰かが無意識にかけたものに近いわ。生き霊みたいなものかも」
後ろで丸く一つに纏めた、緩く癖のある薄茶色い髪をぽんぽんといじりながら、ハリス姉さんは私を見た。
「確かペストクライブと似たようなものですよね」
「雷の魔法使いでこういう系得意な人多いのよ。除霊、みたいな?」
占い師などにも雷使いが多い。
「じゃあ館長、ここは閉めたままでお願いします」
調査書に記録を記入し、未だ壁から覗いている館長にハリス姉さんが頭を下げた。
そしてさっさと帰りましょうと踵を返して、彼女は文化館の出入り口へと向かう。
「のうハリスちゃん、ワシ生き霊と二人でいなきゃだめ?」
「家に帰ればいいと思いますよ」
いやに館長に対して塩対応のハリス姉さんに不思議そうな目を向けると、以前仕事の際に言い寄られたことがあるとのことでそれ以来軽くあしらっているのだと言われた。
館長は見た目のわりに元気なおじいさんだった。
本日2話更新。




