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受付嬢二年目編・2

 アーランド記三六六七年、光の季節一月目と十日。

 この年、またしてもハーレには新人が一名しか入らなかった。


「これは危機よ!」

「まぁまぁ落ち着いてくださいよ所長」

「だって!」


 鼻とほっぺを赤くさせて、所長はブイブイの丸焼きに串をダンッと差した。その振動で私の席に置いてある木の杯からチャプンと水がこぼれる。


「一体何が足りないっていうの⁉ 私達は真面目にやって来ているじゃない! そりゃ目立ったことはしてないし大きな事件を解決したりなんて当然しないし、文句も色々多方面から言われたりする職業だけれども、でも、でも、でもでもお給金はどこより悪くないんだから!」


「誇れるところそこだけなんですか」


 もっと自慢できるところはいくつもあるはずなのだけれど、本人はとても悔しそうな顔をしている。今のところ彼女の中ではお給金の額が一番の魅力らしい。


「所長飲み過ぎっすよ」

「騎士団なんか気にしてもしょうがないですって」


 職員達が所長を宥める。

 串を片手に度数の高いマナス酒をあおぎ飲む彼女は、鼻と頬を真っ赤にして涙目になっていた。私はペトロスさんの所で買った酔い止め薬を胸元に確認して、いつでも出動できるように構える。


「ベリーウェザー服を着なさいよ!」

「やぁよ暑いの~」


 ベルさんがお酒を飲んで暑いと騒ぎだし服を脱ぎはじめたので、ゾゾさんがあわてて服を抑えていた。


 今日は折角の新人歓迎会を開いているというのに、祝って歓迎するどころか肝心な人(我らが所長)が悲観に暮れている。最初ほうは確か「来てくれてありがとう!頑張りましょうね!」と気分上々で乾杯をしていたはず。


 東西南北のハーレから夜間勤務ではない職員が集まっていて、ベリーウェザーさんとヤックリンさんも昼勤務だったので参加しているし、草食狼の店も完全貸切りにしているのでたいへん盛り上がっていた。所長をはじめ新人の子に好きな食べ物、好きな動物、嫌いだった教科などなど楽しそうに聞いていたりした。

 

 けれどそれから学校の話になり、ついには新人の子の同級生は騎士団に入団した子が多かったとの話を聞くと、だんだん所長は自暴自棄になっていったのである。

 やめておけばいいのにと学校の話をし出した時点でハリス姉さんが呟いていた心配は見事的中した。

 いや本当やめておけばよかったのに。


「ヘル先輩、それはなんですか?」

「これ? これは酔い止め」

「常備してるんですか?」

「うーん、こういう場所ではとりあえず」

「さすが!」


 手を叩くと揺れる、彼女の可愛らしい外ハネぎみの髪の毛。


 今年ただ一人入ってきた新人の女の子、名前はチーナ・カサルという。

 彼女は人をすぐに賛辞する癖があるようだ。

 私はおだてられるとすぐその気になってしまうから、是非ともやめていただきたい。



『よろしくお願いします!』


 彼女がハーレに入って一日目の日、魔導所の一人一人に挨拶をするのがまずは新人であるチーナの仕事になっていた。皆が一ヶ所に集まって挨拶をする時間はなかなか取れないのでやむ終えないが、こうしたほうが色々互いに覚えて貰いやすいのらしい。かくいう私も私でそうだった。


『ヘル先輩!』


 しかしその初めましての場面でまさか両手を握られて鼻息を鳴らしながら女の子に迫られるとは、予習が得意で新人さんにどう挨拶しようか何かお菓子でも用意しておこうかと色々考えていた私でもさすがに思いもしなかった。


『ヘル先輩がハーレに就職したとのことで、初めは破魔士か騎士を希望だったのですが、私もハーレに是非行きたいと思いまして!』

『あ、あ、……えっ、そうなの?』


 背筋をピシッと伸ばし、たいへん姿勢がよろしい彼女。


 チーナと学校で話したことはない。

 下の学年の子と交流があったのは魔法型別の授業の時ぐらいで、せいぜい関わっても五人ほどだった。


『私の憧れだったんです! 先輩達の学年は貴族と特に仲が良かったですし、その中心にはいつもヘル先輩がいて、キラキラしていて、平民の星で、頭も良くて、綺麗で可愛くて本当に本当にっフゴ』

『う、うんわかった、えっ、わかった!? ちがうちがう分かんないけど分かったからちょっと』


 可愛らしい口からスラスラと出てくる賛辞を手で塞いだ。


 私は恥ずかしいとかの前に、そんな事実はあったかと回想してみた。

 確かに徐々に仲は緩和されていったが、特にというほどそんなに良かったかと言われればまぁ普通の平民と貴族の組み合わせでは確かにいいほうだった気はする。

 しかしその中心にいた覚えはない。

 私とロックマンがいざこざを起こす度に野次馬のように周りを囲まれていたけれど、それも言葉を言い換えれば中心にいたということにはなるはなる。第三者から見ればそんな素敵な感じに見えたのかもしれないが、大抵周りを取り囲まれているときは『アルウェス様、お間抜けヘルに負けないでくださいね~』と虐げられていた。


 ……なので年上補正がかかっているのか何だか知らないが、一から説明するのもあれなので「綺麗で可愛くもないし成績も二位でキラキラしてないし中心はちょっと違うけど、そう言ってくれてありがとう嬉しいです」とだけ言わせてもらった。


 ほぼ真実とは違う解釈をされていたが、『憧れ』なんて、そう言われて嬉しくないはずはない。

 少なくとも私は買ったばかりの髪止めを明日から使ってみようかなと思うほどには嬉しかった。



 ……だから私はおだてられたらその気になると何度言わせれば。


「先輩、今日ゾゾ先輩に教わったこれなんですけど」

「なに? どれどれ」

「一ヶ所だけ私の解釈が心配な点があって」

「これは、そうだね。依頼人の――」


 彼女も彼女でまた優秀な人材に変わりはなく、仕事熱心な人だった。

 分からないところがあればまごまごすることはなく、すぐに先輩である職員に確認を取ったりする。こういうことに関しては素直さが大事なのだとゾゾさんが前に言っていたが、確かにと第三者視点で見て改めて感じた。

 マリスも王女様を見て勉強になることが多いと言っていたので、私も彼女を見て勉強になることが改めてたくさんあるのだと思い知る。


「皆、次の飲み会までに案を出して来なさい!」

「え~」

「魔物も年々増えてるし破魔士も増えてるのに、私達の人数が追い付かないわよ!」


 そんなことをしているうちに、新人歓迎会は新人を増やす課題を出されて終わりを迎えた。


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