二階へ
私は、死後の痙攣に震える草戸のポケットから手榴弾を見つけると、それを取り上げて警備員室に向った。
小型無線機を出して、二度マイクを叩く。警備員室の制圧する準備が整ったという合図だ。
その瞬間、ビルの電源が落ちた。黒澤が配電盤の破壊したのだ。
このビルは電子ロックが採用されている。
警備員室も同様だが、停電時は機能しない。
一分後に自動的に自家発電に切り替わるのだが、その前に私は警備員室のドアを開けていた。そして、わざと音を立てて手榴弾を転がす。そして、
「手榴弾だ」
……と、大きな声を出す。そうして一度ドアを閉めた。室内からはパニックの気配があった。
なりふり構わず物陰に飛び込んだのだろう。だけど、手榴弾は安全ピンを抜かないと爆発しない。そんな事も戦場の経験もなく、軍事教練を受けたこともない彼らにはそれが分からないだろう。
戦争に関してはド素人。彼らに出来るのは、無力な市民を威嚇すること。
それが分かっているから、草戸はたった一人で反撃に出たのだろう。
警備員は三人いたが、ショックのあまり放心しているのか全く抵抗らしきものをしない。降参の意思表示もしない。だから、私は淡々と頭に弾を撃ち込む。
まぁ、例え降参して来ても撃つけど。黒澤が『皆殺し』って言っていたから。
誰も抵抗せず、撃たれるままになっていたのが奇妙で不思議だった。
屠殺場の牛みたいなものか。目の前の出来事があまりにも現実離れしていて、事実を受け入れられなかった?
「警備員室、制圧終了」
小型無線機に言う。
コン・ココンというマイクを叩く音が応じる。了解したという黒澤のサインだ。
小型のモバイルPCをイタリアの国旗をモチーフにしたピザ屋の制服のポケットから出して起動する。
警備員室に集まる画像データを、警備員室にあるPCにいったん集約し、小型モバイルPCに転送する仕組みを作る。
手榴弾をこの部屋で爆発させれば、簡単に制圧出来たのだけど、ここにある機材を無傷で使いたかったから、あんな面倒な真似をしたのだった。
警備員室のPCは、『魔法使』によってあらかじめハッキングされており、指定されたファイルを開くだけで、プログラムが起動するようになっていた。
画面が小さくて見難いけど、モバイルPCの画面にビル内の画像が表示される。
黒澤のPCにも同様のデータが送られているはずだ。警備員室を映す画面には、私が映っていた。
カメラに向って手を振ってみる。
黒澤はそれを見て失笑しているだろうか?
黒澤は上から、私は下からビル内を掃討してゆく。
電子ロックが解除されているので、せっかくの頑丈な鋼鉄製の扉もあまり意味がない。導線が複数にならないように、エレベーターも止める。
バリゲートなどの物理的な障壁以外は私たちの足止めにはならないし、監視カメラも掌握しているので、相手の行動も筒抜けだ。
狭い廊下で猟銃をぶっ放した馬鹿の死体を跨いで、二階へ続く階段に足を踏み入れる。
ここまででマガジンを二本空にした。予備マガジンはあと三つ。
弾を節約しなければと思う。でも、ナイフでの近接戦闘は面倒臭いし血で汚れるから、避けたいところだ。弾切れになる前に、皆死んでくれるといいのだけれど。
そんなことを思いながら、モバイルPCを見る。
監視カメラの映像で、階段の踊り場に短刀を握った男が隠れているのが分かった。出合い頭に短刀で私を刺そうというのだろう。
私はそっと、イタリアの国旗を模した派手なピザ屋の制服を脱ぐ。
制服の下にシャツを着ていないので、ちょっと屈んだだけでパンツが見えてしまいそうな短いスカートと、スポーツブラだけの上半身という格好になった。
まるで、露出を趣味にしている人みたいな格好だけど、私にはそんな趣味は無い。付け加えるなら、恥ずかしくもない。ヤクザなんか、サル山のサルぐらいしか思っていないから。
別にサルに裸を見られてもなんともないでしょ?
足音を立てずに男が隠れている踊り場に、私は近づいた。
その時点で、わざと『キュッ』と、靴のラバーソールを床に擦り付けて音を鳴らす。
監視カメラで観ても、明らかに男の背中が緊張しているのがわかった。
もう一度、床で靴を鳴らす。その瞬間、派手な色彩の制服を、男が待ち構えている角に投げた。
緊張がピークになっている男には、誰かが飛び出して来たように見えただろう。男は、咆哮をあげながら腰だめに短刀を構え、体ごとその制服にぶつかっていった。
その手ごたえのなさに、男がたたらを踏む。私の目の前に的が躍り出たような格好だった。
ワルサーPPKが二度跳ねる。こめかみに二発叩き込む。強烈なフックをくらったボクサーよろしく、男は横に吹っ飛び、壁面に反対側の側頭部をぶつけた。
「痛ぇ」
その時、男はそういっていたが、銃で撃たれるより、壁に頭をぶつけた方がリアルな痛みなのだろうか?
ずるずると崩れ落ちる男を踏み越えて、経理を担当する市木という末成りの胡瓜のように顔色の悪い男のオフィスに向う。
監視カメラでは、四階の廊下をはさんで三人の構成員と黒澤が撃ちあいをしている映像が映っていた。
早く、二階と三階を片づけて背後から挟撃したいところだ。
監視カメラの映像で市木は、机の下にもぐって、トカレフらしき銃をお守りのよう抱え持っているようだった。他にも二人、両手保持でトカレフを構えた構成員がいる。
この二人は、銃の構えが硬い。それが見ていてわかる。
『銃は撃ったことがあるけど、それほど習熟していない』
そんなレベルに見えた。
私は身を低くして扉の脇に張り付く。
そして今度は安全ピンを抜いて衝撃を与えて信管を作動させ、きっちり二秒数え、部屋の中に手榴弾を放り込む。
勘違いしている人もいるけど、ハリウッドなどの戦争映画の様な派手な爆発音はない。
ちょっと大きめの花火程度の音がするだけだ。ただし、鉄片が砕けて飛び散り、それで敵は負傷する。
手で投げる榴弾だから手榴弾。
トカレフを持って構えていた構成員は無残なものだった。
一人は辛うじて息があるようだが、おそらくどんな名医でも助けられないだろう。一応、まだ息のある方の男の頭に一発銃弾を放つ。
そして市木のデスクに近づいた。
市木のデスクの後ろは、窓ガラスになっていて、この篠組のダミーである『篠塚ファイナンス』のロゴが外に向けてカッティングシートで張り付けられているのだけれど、内部で手榴弾が爆発したにもかかわらず、どこも割れていなかった。
多分、防弾ガラスなのだろう。日本製の防弾ガラスは、実に優秀だ。
デスクの裏を覗き込む。
そこには身をかがめた市木の姿があった。デスクに守られて、手榴弾の破片を受けなったはずなのに、そこは血まみれになっていて、彼の持っているトカレフの銃口から硝煙が漂っていた。
それで、なんとなく事態は理解できた。
マガジンをはめ、初弾を薬室に送り込むために、スライドを引くという基礎的な知識程度は知っていたのだろう。だが、その後に起きた爆発に驚いた市木は、手指に力が入り、その結果引鉄を引いてしまったのだ。
トカレフには安全装置がない。
だから、撃つ瞬間まで指は引金に掛けてはいけないということを、忘れてしまったのだろう。これも、実戦経験の無さからくる事故だ。
所詮ヤクザといえどももこんな程度。
抵抗できない弱い奴を嬲るくらいしか、こいつらには出来ない。
「くだらない男」
思わず言葉がこぼれた。
虫のように机の下に丸まって、挙句の果てに自分の拳銃の誤射で死ぬ。
自害する意思もなく、戦って死んだわけでもない。
多分、自分が死んだことすら理解していないだろう。
アぁ……、こんな、死に方は最悪だ。
私なら、ワルサーPPKを握ったまま、戦って死にたい。出来れば、黒澤の銃弾で死にたい。市木のような最後だけはご免だった。
「本当に、くだらない男」
市木の頭には銃弾を撃ち込むのをやめた。この男には、その価値もないから。
お守りのように握っているトカレフも取り上げる。
このトカレフは、中国でライセンス生産された粗悪な拳銃だった。
銃のグリップに、ロシア製ならば赤い星が刻印され、中国製は黒い星が刻印される。
なので、『黒星』と呼ばれて、傭兵稼業の連中に馬鹿にされる銃がこれだ。
フィリピンやバリ島で作られる粗悪な拳銃……通称『サタデーナイトスペシャル』……よりはマシというレベルの拳銃だ。
日本のヤクザは、銃撃を主眼に置いていないのでこの『黒星』で充分なのだ。
一階、地下一階、二階と制圧した。
『篠塚ファイナンス』のロゴの隙間から、東池袋の通りを見下ろす。
普段と変わらない街の様子が見えた。
銃声も二度にわたる手榴弾の炸裂音も、分厚いコンクリートに阻まれて外には漏れていないらしい。
それに、ここがヤクザの事務所であると知っている地域住民は。このビルをあえて意識しないようにしているのかも知れない。
黒澤が何人殺したのか知らないけど、ここまででもう十一人もの死体がこのビル内に転がっている。
そして壁一枚隔てた外は、普段と同じ生活が営まれている不思議。
ワルサーPPKを手に、血臭漂う『篠塚ファイナンス』の事務所から出る。
左手に黒星。右手にワルサーPPK。
昔読んだ女拳銃使いの無国籍活劇の漫画を不意に思い出した。
作中の主人公はワルサーPPKみたいな小型拳銃ではなく、カスタマイズされ『カトラス』と名付けられたベレッタを使っていたっけ。
こんな風に過去の記憶が蘇るのは、私には珍しい。凶兆かもしれない。気を引き締めなければと自戒する。
ここは戦場。私は任務を遂行する兵士。精密な暴力装置を構成する歯車の一つ。歯車は歯車の仕事を全うしなければならない。
事前の調査では三階は組の事務所になっていたはず。このビルが城ならば、そこはこのビルの『本丸』ということになる。




