傭兵部隊、焼失
篠組が雇った中国人傭兵は現地採用の帰化中国人を除き九名。
うち二名は黒澤が、一名は灰谷が殺害した。
黒澤が生け捕りにした一名は、黄のクルーザーの中で、黄に分解され続けている。
残り五名は、我々を捕捉し損ねたのち、捜索を篠組の息のかかった興信所に委ねて待機している。
猟犬が獲物を狩りだすのを待っているハンターのようなものだ。
まさか、その獲物が足元に隠れていて喉笛に喰らいつく機を伺っているとは、夢にも思っていないらしい。
交代で一人が買い物に出る以外は川崎市内のアパートの一室に籠る毎日だという報告だ。紫による内定調査も完璧に行われ、空き部屋になっている隣の部屋も確保を完了したらしい。
狙撃で確実に買い物に出た一人を撃ち、帰ってこない仲間を捜索に出た者を撃ち、部屋から出ない者は壁越しに撃つつもりらしい。
乱暴な作戦だが、相手は戦争のプロだ。
打撃戦の場合は火力を集中させるのが定石。
それに、作戦はシンプルなほど齟齬を来さない。
「そっちのタイミングで着手してOKだ。片がついたら、また配置転換する」
黒澤がそう返信する。
中国人傭兵は、これで全員異国の地で果てることが決定した。同情はしないけど。それが、彼らの望んだ生き方でしょ?
「これで、動きはあるかしらね」
翌日夕方、一名が買い出しに出るタイミングで着手すると、紫から返信があった。
我々を急襲させるために温存している戦力が消滅したら、何か別の手段を採らないといけなくなる。
我々と篠組との間に休戦協定はない。
我々と交戦状態になったら、どちらかが滅びるまで戦争は終わらないから。
ヤクザなら、仲立ちする第三者が現れ、手打ちをしたりする。そして、それが縁になり、複雑に貸し借りが行われる。
我々にはそれがない。一度牙を剥けば、殺すか殺されるかの二者択一。
「紫と金には、軽井沢の別荘に隠れている篠塚を追跡してもらおう。傭兵を片づけて、紫たちが配置についたら、俺たちも着手する」
篠組のビルは、内偵調査によってほぼ丸裸になっている。
あとは、正面玄関を突破すると同時に、セキュリティシステムを殺すために電源を遮断すればいい。
東京消防庁に提出された図面によって、屋上にある分電盤の位置まで、私たちは把握していた。
面の割れていない私は、正面から侵入を狙い、黒澤は篠組の隣のマンションの屋上からロープによる懸垂下降を行う。
これが私たちの立てた大まかなプラン。
赤崎から送られてきたメールから使用頻度の高いピザ屋を選び出し、制服とスクーターも用意した。
店のロゴの入った箱も手に入れてある。
あとは、黒澤とタイミングを計る打ち合わせをすればいい。
プリペイド式の携帯電話で、篠組の人間を装って日本そばを注文する。
ここ数日、偽のオーダーを一日一回行っていた。陰湿なイヤガラセみたいね。
受け取りに出てくる新入りの若衆は、族あがりの頭の悪そうなチンピラで、連日の対応にイラついているようだった。
私は近日、ピザ屋の配達を装って事務所の入り口に立つ。
対応にうんざりしたチンピラが出てくるだろう。警備の監視カメラも「またか……」と油断してくれているといいのだけど。
神奈川県の地方版のニュースサイトで、川崎市内のアパートでのガス爆発事故がアップされた。
一棟六室の古いアパートは全焼し、焼け跡から住民と思われる身元不明の焼死体が発見されたと、その記事は書いてあった。
また、別の記事では、暴力団の抗争と思われる銃撃事件が同じく川崎市内で発生したとあった。
マスコミ各社は、暴力団同士の抗争ではないかと騒ぎ立てていたが、警察はそうは思っていないだろう。
色々と不祥事で新聞沙汰になることが多い神奈川県警だが、現場に近い警察官はとても優秀で、管轄内の暴力団の動向などはきっちりと把握しているはずだ。
場所柄、外国人犯罪も多いので、テロリスト対策などにも力が入っており、組織犯罪対策課も日本では屈指の実力を持つと言われている。
間もなく、殺害された者が人民解放軍崩れの傭兵であることを割り出してくるに違いない。
焼死体からも検死結果から銃創が発見されるだろう。
もっとも、その頃には紫と金はとっくに川崎市を離れ、篠塚が潜伏する軽井沢に向っているのだけれど。
おそらく、神奈川県警は、不穏なグループが川崎市内に潜伏していたことまでは掴んでくるだろう。
でも、これが我々と篠組の武力抗争の一環であることまでは理解できないはず。
警視庁と神奈川県警はなぜか仲が悪い。したがって事件を共有することはないから。縦割行政の悪弊ね。
更に、実態が無いに等しい我々は、組織犯罪対策課にマークすらされていない。
車で移動中の紫から電話があった。
予定外の行動なので、文句をしこたま垂れるはずだ。
黒澤が、鳴り続ける携帯電話を私に差し出す。
私は、苦笑してそれを受け取った。
通話ボタンを押す。
案の定、紫の声が耳朶に響く。
よくもまあこれだけポンポンと悪態が紡ぎだせるものだと思う。
でも、私にはわかる。彼女はすこぶる機嫌がいい。
なぜなら、存分に『人狩』が出来たから。
それに、大好きな放火も出来たから。
おそらく、隣の部屋を確保したのは、燃焼促進剤をそこに仕込むため。
ワルサーPPKが私の作戦行動の署名なら、放火は紫の作戦行動の署名だった。
「放火はやりすぎじゃないか?」
赤崎がやんわりと意見したことがあったが、紫はこう答えた、
「私、火が好き。だって綺麗じゃない?」
紫もまた毀れている。
そういえば、紫には自分を裏切った愛人を焼き殺したことがあるという噂がある。
火は浄化。穢れを払うもの。
紫は「殺し」という最大の穢れを洗い流す行為を、炎に求めているのかもしれない。
「敵が二手に分かれてしまったものだから」
流れるように続く悪態の、ほんの隙間を狙って、やっと私が言葉をはさむ。
「あらやだ。翠ちゃんだったの。黒澤の番号にかけたから、てっきりあいつかとおもって」
紫はそういってコロコロと笑った。
やはり、機嫌がいい。
「運転中なので、私が出たんです」
そう、嘘をつく。やっと紫が落ち着いた。
多分、移動の車のハンドルを握っているだろう金も内心ほっとしているだろう。
大人しくて礼儀正しい金は、紫が悪態をつくと、ハラハラした顔をする。それが見たくて、紫はわざと荒っぽくふるまっているのかもしれない。
「うちのチームは、今度は篠塚を付け狙うのね?」
篠塚が警戒を厳重にして、防備をしているなら、近距離戦闘を得意とする我々のチームより、彼女のチームの方が向いているかもしれない。黒澤はそう考えているようだった。
「はい、こっちは篠組の本拠地を潰すことに専念しますので、そっちはお任せします」
紫はプライドが高い。自由裁量に任せた方が良い作戦をひねり出す。
「いいわよ。まかせといて」
紫は上機嫌のまま電話を切った。
黒澤と打ち合わせはなかったけど、この対応でよかったのか、私は彼に目で問う。
「上出来だ。翠は紫の扱いが上手い」
黒澤はそう言ったが、私は紫の扱いが上手いわけではない。興味がないのだ。
自意識過剰なところがある紫は、どんなにうまく隠しても嫌悪感を察知する。
紫のような同性愛者を理解しようとしない赤崎や灰谷に対して、常にケンカ腰なのはそのためだ。
彼女が一番愛しているのは自分で、尊大に振舞うのはどれだけ自分に注意が向いているかを測るという意味がある。
炎に執着するのも、自分を清浄に保ちたいという願望の表れだろう。
紫は毀れているけれど、同じく毀れている私とは決定的にそこが違う。
私は私自身にすら無関心で、黒澤以外に執着を持っていないのだから。
紫は仲間意識も強い。そこも私とは違う。
閉じた小さな環の中でないと、心の平安を得られないのが彼女だ。
何かのっぴきならない事情があって、紫が私に銃口を向けなければならなくなった時、多分彼女は躊躇う。
だけど、私なら紫を迷わず撃てる。
同じ場面で、私がどうするか想像がつかないのは、相手が黒澤の場合だけ。
近くにいるけれど、無関心。仕事は気持ちよく一緒に遂行する……そんな距離感が、紫には心地よいのだろう。それが、紫が私を気に入っている理由。
「紫と金が配置についたら着手。それまでは、監視を続けよう」
私は飽くことなく、篠組のビルを見渡せる監視場所に就く。




