ヒースコミル卿の秘密(特典ボツSS)
本日発情聖女発売日です!こちらはボツSSです。
何卒よろしくお願いします。
また告知いろいろあります!
無事にサイエンドの問題を解決し、私たちは撤収作業に取り掛かっていた。
そんな昼下がりの休憩時間。
私はダリアスと一緒に幌馬車の後ろでまったりとだべっていた。
「ヒースコミル卿と組んでた商人ってどんな人だったのかしら」
「さあ、俺は知りませんけど、なんか怪しい奴なんでしょうね」
「ダリアスも知らないのね?」
「意外でした?」
「ええ意外」
「騎士団内でも別部署ですからね、諜報部は。俺でも顔を知らない人、けっこーいますよ」
足をぶらぶらさせ、荷物がのんびり片付けられていく様子を眺めながらダリアスが続ける。
「俺は魔導士としての能力と騎士としての戦闘力を買ってもらってる訳で、元々帝国の人間じゃないし、知らないことも多いんですよね。まあ細かい事情とか噂話、正直興味ないですし」
「それはよくわかるわ」
「ただ」
ダリアスは口元に手を添える。
「ヒースコミル卿の贔屓の商人で、さらに大きなご神木を綺麗に売り飛ばすなんて芸当ができる遣り手といえばーーなんとなくどういう輩か想像はできるかも」
「そうなのね? 聞きたいわ」
「俺の想像だから、間違ってても許してくださいね?」
「もちろんよ」
「では、失礼して」
笑いながら断りを入れ、ダリアスは話を続ける。
「まず新興商人ではないのは確実です。新興商人なら目立ちますし、変なものを売ってたら同業者の噂になります。そして見事に売り捌いたと言うことは、これまでの販路で無難に売り捌けたってこと。木工品を取り扱っている商人の可能性が高い」
ダリアスが指を折りながら語るのを、私は黙って聞く。
「……そして隠れているってことは、商品そのものは人に見せびらかすものではないのでしょう。つまり家具や装身具の線は外れる。それこそ薪などの消耗品や、人に言いたくないようなものや、隠れて使うもの……」
「隠れて使うもの……」
ダリアスがもったいぶる。私は顔を寄せて尋ねた。
「それは……つまり?」
「大人のおもちゃやさんなんですよ!!」
前髪の奥から目を輝かせ、ダリアスが断言した!
「大人の……おもちゃ!?」
「お尻に挿れたりするような木の棒です!!」
「木の……棒!!! 挿れるの!?」
「噂によると、好きな人は好きらしいですよ!」
「なんですって……!!」
「だからヒースコミル卿も、もしかしたらそういうご趣味が昂って……商人と懇意に……」
「なるほど、全ての謎が解けたわね……!?」
私たちは盛り上がって頷き合う。そこに頭上から冷たいため息が聞こえた。
「何大声で猥談しているのですか。欲求不満ですか?」
二人で見上げるとセララスが立っていた。雪の妖精のような冷たい眼差しで、セララスはダリアスを見下ろす。
「ダリアス。貴方、モニカ様に余計な性知識を教えたら叱られるのではなくて?」
「げっ……い、いやー、モニカ様知ってますよね!? 尻に入れる棒のこと!」
「し、知ってるわ! 知ってる! 熟知してるわ! だからリチャードに告げ口しないで! お願い!」
「お願いします!」
「……まあ……尻に入れる棒くらいの知識なら……いいでしょう。尻の方ですし」
「え? お尻以外に……?」
「モモモモニカ様、それ以上深く追求するのはやめましょう! モニカ様の部屋に置く備品が全部持ち込み禁止になってしまいます!」
「え、ええわかったわ……!」
慌てるわたしたちに、はあ、とため息をつくセララス。
「それで、いったいなぜ二人で白昼堂々、尻の話をなさっているのですか?」
「ああ、それはね……」
話の経緯を私が簡単に説明すると、セララスはふむ、と口元に手を添える。
「答え、教えてあげましょうか?」
「セララス! 知ってるの?」
「えーセララス様ずるいです」
ダリアスがぶーぶー言う(そういえばどうしてセララスには様付けなんだろう? 女王様(傍点)への敬意なのかしら)。
「突き止めたきっかけは……まあ、私の可愛い子(傍点)の情報網なので」
「わお……ということは……やっぱりお尻の商品……?」
納得しかけた私にセララスは首を横に振る。
「違います。そちらの業界は深く狭い界隈なので、いきなり木製ディルドを大量に売り出した商人が入ればすぐに目立ちます」
「ディ……?」
「……失礼いたしました固有名詞は忘れてください」
こほん、とセララスは咳払いする。
「とにかく、ヒースコミル卿と繋がっていたのはとある移民系商人です」
「移民系商人?」
セララスは頷き、続ける。
「帝国北西の山岳地帯を超え、サイブリ山脈、デュラス公国の更に先ーーいくつもの遊牧民による小国支配が続く土地の更に最果て、東の末端あたりにこちらとは大きく文化の違う国があるのです。かつてそちらの国から大陸を横断し移民として数世代にわたって根付いた人々がいるのです」
「知らなかったわ」
「ダリアスは知っているわよね?」
「はい。そしてセララス様がおっしゃりたいこともわかりました。彼らは同族同士の絆が深く、彼らの活動は商工会はもちろん、我が騎士団の諜報部の力を持ってしても全貌を掴むのは困難です。なるほど、確かに納得です。……彼らなら目立たず売り捌ける……」
私はセララスに尋ねた。
「リチャードはもうその商人と接触しているの?」
「さて、直接接触しているかは定かではありませんが……商人がモニカ様に接触してくる可能性が高いので気をつけておくようにと厳命を受けております。ただ今は商人を泳がせておきたいとのことで、一部の部下にしか商人の正体を告げていないようです」
「もしかして俺が知らなかったのは」
「あなたが警戒しているとすぐバレてしまうからよ」
「そういうことか〜」
「では。失礼いたします。謎が解けたので白昼堂々尻の話をするのは控えてくださいね」
「はーい」
それでは。と言い残して一礼し、セララスは去っていく。
「謎が解決しましたねえモニカ様!」
「あはは、そうね……」
私は苦笑いする。
「いきなりお尻がどうのって言い出したから、ダリアスがそういう商品に詳しいのかと思ったけれど、違うのね」
「そんなそんな! 尻は大事ですよ! 踏ん張れなくなったら戦えませんからね!」
「あなたらしい事情だわ」
セララスがまた引き返してくる。
「また尻の話を続けていませんか?」
「す、すみません!」
私たちはその後、おとなしく撤収作業に戻ることにした。
◇◇◇
「セララスから話を聞いたよ。例の商人に興味があるんだって?」
その日の夜。撤収前夜の殺風景な私室にリチャードが目の据わった笑顔で現れた。
笑顔なのに勢いが怖い。私は急いで首を横に振って否定する。
「ええと、興味があるというかどんな商人だったのか気になったの」
「そっか焦っちゃった。モニカさんが別の男に興味持ったのなら一大事だからね」
壁にもたれて笑うリチャードに、私も肩をすくめて返す。
「心配かけてごめんなさい。男性に興味持っちゃったら聖女としてちゃんと働けなくなるものね。弁えているわ。大丈夫よ」
「……そういう意味でもないんだけどなあ。まいっか」
「そういう意味?」
「ううん、こっちの話」
リチャードは笑顔で誤魔化し、話題を変える。
「商人はともかく、移民系商人たちの扱うドレスは綺麗だよ。僕はよくわからないけれど、義姉さん曰く化粧品も香水も女性に人気らしいし。せっかくだから今度プレゼントするね」
「えっ!? い、いいわよ。綺麗なドレスなんて着る機会ないし」
「社交界にも顔を出すじゃない」
「その時のドレスはもういただいているし……」
「何枚あっても問題ないよね?」
「お、お金大事にして!」
「大事にしてるって。商人とやりとりする付き合いで買い物も不可欠だし、それならモニカさんのドレスを買いたいな。化粧品でも香水でも、なんだってモニカさんのために買いたい。モニカさんにプレゼントするのは僕の楽しみだし商人との付き合いに必要な経費だし、銅貨一枚分の無駄もないよ」
無茶苦茶な理屈だと思う。それに買い物ならリチャードが自分のものを買えばいいのにと思う。けれどリチャードが目をきらきらとさせて楽しそうにしていると嬉しくなって、私も強くいらないと言えない。ああ、甘やかされてしまっている。
私は微笑んで言った。
「そうね。いつか私も会ってみたいわ、移民系の商人の方に。コッフェの人と帝国の人にしか会ったことがないから、興味あるもの」
「……え?」
会いたいと言った瞬間、リチャードが渋る。
「……あまり会わせたくないなあ」
「そ、そうなの?」
さっきまでノリノリだったので、急に態度が反転したのが意外だ。リチャードは口元を覆って言いにくそうに目を逸らす。
「だってちょっと面倒なやつというか…………嫌なやつだよ」
「珍しいわね、リチャードが露骨に『嫌なやつ』なんて言い方するの」
「モニカさんに興味持っちゃってるんだよな……」
「そうなのね? 聖女だからそりゃ気になるわよね」
「……聖女だからというか……」
「?」
「うん。忘れて。モニカさんは僕が守るからね、絶対」
「? う、うん」
頑なに何度も「会わせたくない」と呟くリチャード。
そんなもんなんだなあと思い、とりあえず曖昧に頷いた。
ーーまさかそんな人があんな人だったなんて。私は後で知ることになるのだけれど
それはまた、未来の話だ。




