初詣に行こう ~莉子side~
ここから5回に渡る『初詣編』、スタート! (* ̄▽ ̄)ノ
「莉子ー。明日の夜は初詣に行こう」
「……は?」
12月30日の夜六時過ぎ。
予備校の仕事終わりから直接玲香さんの家にやってきた新川透は、満面の笑顔で呑気にそう言った。
私はというと、玲香さんの家の台所でおせち料理を重箱に詰めるのに四苦八苦しているところだった。途中で気が散ってしまったために、せっかくの田作りがアルミカップから溢れて雪崩を起こしている。
「ああ、ああああ……」
「本当に不器用だね、莉子」
新川透は私から菜箸と田作りが入っているタッパを奪い取ると、あっという間にさささっと綺麗に盛り付けてしまった。
おせち料理とは別に今日の夕飯の準備をしていた玲香さんがひょいっと覗き込み
「あらー、上手ね、透くん」
と驚いたように声を上げる。
「初詣って何のこと? 行かないよ。同級生に会いたくないし」
「県境の近くに小さいけど学業に強い神社があるんだよ。大晦日の夜に出て、一月一日に変わるタイミングで合格祈願できれば言う事無いだろ? そこなら同級生にも会わないだろうし、会っても夜中ならわからないだろうし」
「うーん……」
確かに合格祈願には行きたいとは思ってたけど。でも、時期をずらしてこっそり行くつもりだったんだよね。
でもそうか、一月一日になった瞬間にお参りできるのは、気持ちがいいだろうなあ。受験もうまくいきそう。
「玲香さん、明日の夜は莉子を連れ出してもいい?」
「まぁ、初詣に行くことは良いことだと思うし、莉子ちゃんさえ良ければ……。あ、透くん。今日は伊知郎さんもいるし、ウチでご飯を食べていかない?」
「兄さんが? 休み?」
「明日までね。だから久しぶりにお酒を飲みたいって言って、買いに行ってるの。もうすぐ帰ってくると思うから、相手していってよ。客間に泊まっていけばいいから」
「うーん、そうだね……どうしようかな」
そう言えば、新川透はいろいろとバレてしまった今となっても、マンションで一人暮らしを続けている。
個別補習ならこっちに戻ってきた方が健彦サンもいるしラクなのでは?と思ったのだけど、
「絶対、嫌。なんにも自由にできないじゃないか」
とキッパリ拒絶された。
やっぱり一人暮らしをしていると実家は窮屈なのかなあ。やりたいことが制限されちゃうのかも。
まぁ、個別補習には恵も来るし、恵の家からはマンションの方が近いしね。気分的にも、マンションの方がまだ来やすいだろうし。
……あ、そうだ! 大事なこと忘れてた!
「ちょっと! それなら健彦サンだってちゃんとお参りしないと駄目じゃん!」
「タケ?」
新川透は思い切り「何で?」という顔をした。
ちょっとアンタ、自分の弟も受験でしょうが。何をしらばっくれてるのよ。
「新川家の大事な受験生でしょう」
「タケは受かるよ。去年だって前期試験の前日にウイルス性胃腸炎になんて罹らなければちゃんと現役で受かってた」
「そういう問題じゃなくて。健彦サンを差し置いて二人でなんて行けません! 図々しい」
「莉子は考えすぎだと思うけどな……」
「あら、莉子ちゃんの言う事も一理あるわよ。そうだ莉子ちゃん、母屋に行って健彦くんを呼んで来てくれる? もうすぐ夕飯だから」
普段、健彦サンは両親と一緒に家政婦さんが作ってくれたご飯を食べている。今日は両親が仕事納めで帰宅が遅くなるので、玲香さんの家で一緒にご飯を食べることになっていたのだ。
「あ、はーい。じゃ、ついでに誘ってみようっと」
「ちょっと、莉子!」
「二人では行かないからね、絶対に!」
台所から廊下に出る引き戸を開けながらビシッと言ってやると、新川透がむう、と口元を歪め膨れている。
そしてその様子を見た玲香さんは、新川透の背後でひたすら笑いを堪えていた。
* * *
「……という訳で、明日の夜は初詣に行きましょう!」
「何が『という訳』だ、完全にとばっちりじゃないか」
母屋に行って一通り説明すると、健彦サンがこちらもむう、と口元を歪めた。
さすが兄弟、似てるなーと思いつつ、何でそんな言い方を、とも思う。
初詣をとばっちりとは……罰当たりな。
「何でそんな言い方するの? 合格祈願、大事でしょ?」
「お前は行きたいと思ってるんだろ? だったら素直に透兄と二人で行って来たらいいだろ」
「やだよ、そんなの。何か心苦しいよ。受験生なのは一緒じゃない」
「気の遣い方が間違ってる。すっげぇ迷惑……」
うーん、まぁ、三人っていうのは難しいかなあ。よく考えれば、三人だけって今までないんだよね。
……あ、新川透のストーカーだと勘違いして追いかけた、あの時だけか。それだってロクな思い出じゃないしな。健彦サン的にはトラウマなんだろうか。
「わかった。じゃ、恵も呼ぶからさ」
「お前、ソレ個別補習のときと同じ手だよな。それしか手段がないのか?」
「悪かったね、友達が少なくて。何よ、嫌だった?」
健彦サンを睨みつけながら、ポケットからガラケーを取り出す。善は急げ、とばかりに早速ボタンをプッシュする。
隣で健彦サンが
「そうじゃないけど……」
と決まり悪そうな顔でボヤいていた。
幸い恵にはすぐ繋がって、その場で恵のお母さんの了承も得られたので話はすぐにまとまった。
センター試験がかなり重要なウェイトを占める恵は、一か月を切った今、少し焦っていたみたいで、合格祈願の話を聞いて嬉しそうに声を弾ませていた。
良かった、恵を誘って。新川透も、四人なら文句はないでしょう。実際みんな、センター試験を控えた受験生なんだもん。
「中西、来るって?」
「うん。それならいい?」
「まぁ、ね……」
玄関で靴を履きながら、「仕方ないな」と溜息をついている。
個別補習では、恵と健彦サンはわりと話をしている。私にももうちょっと愛想良くしてくれればいいのにな、と思う程度には。
あ、ちなみに新川透から置き時計型カメラは没収しましたよ。ついでに黒縁眼鏡もね。
まったく、こういうアイテムを持たせたままにしておいたら、何に使うかわかったもんじゃない。
私と健彦サンが母屋の玄関を出ると、ちょうど伊知郎さんが帰ってきたところだった。
「伊知郎さん、お帰りなさい」
「ただいま。透が来てるのか」
駐車スペースの一角に停めてある白いレクサスを見ながら伊知郎さんが不思議そうに首を傾げている。
「コイツを初詣に誘いに来たらしい。俺までとばっちりだよ」
「だからとばっちりはやめてよ。不敬でしょ」
「ああ、健彦も初詣に行くのか?」
「明日の夜、友人の恵と四人で行ってこようと思います」
「よく透がうんと言ったなあ」
「えーと……まだ言ってないです。これから……あ、新川センセー!」
玲香さんの家の玄関の扉を開けると、新川透が仁王立ちして待っていた。
「で、どうなったの?」
と不機嫌そうに腕を組んでいる。
新川透と目が合ったらしい健彦サンの肩がビクッと震えた。伊知郎さんは「おやおや」という顔をしたものの黙って成り行きを見守っている。
ちょ、ちょっとちょっと。可愛い受験生の弟を威嚇するのはやめなさいよ。
ますます私が恨まれるじゃないの!
「新川センセー!」
「何?」
こうなったら頑張っておねだり作戦だ。
ちょっと恥ずかしいけども、これ以上健彦サンに恨まれたくない。
私は急いで靴を脱ぐと、バッと近くに寄ってギュッと両手で新川透のセーターの右腕の二の腕辺りを掴んだ。
「あのね、恵にも連絡とったの。恵、センター試験が大事だからちょっと気負ってたし、心配で」
「まぁね」
「だから、私達三人を連れて行って! お願い!」
「どうしても?」
「どうしても!」
ねっ、いいよね?と気持ちいつもより近距離で新川透の顔をじっと見上げる。
しかしそれとは裏腹に、逃げ出したい気持ちもいっぱい。私の背中からは何だか嫌な汗が噴き出している。
は、恥ずかしい~~!
何が恥ずかしいって、伊知郎さんも健彦サンも玄関にそのまま棒立ち、そして台所から顔を出した玲香さんまで私達二人をじっと見つめてるから!
皆さん、なぜ固唾を呑んで見守ってるの? そんなにおかしいかな、私の言動。慣れないことはするもんじゃないなあ。
しかしここで視線を逸らしては作戦が水の泡。必死感を出さないと!
頑張って目で訴えていると、新川透の口元がむずむずとおかしな動きをし始めた。
ん? 笑いを堪えてるのかな? 目尻が下がってきたし。
もう一押しするべきか黙って見つめ続けるべきか悩んでいると、新川透がふいっと私から視線を逸らした。
「仕方ないな。そこまで頼まれたら」
どうやら根負けしたらしく、ふう、と溜息をついている。
だけで口の端がちょっと上がって微笑んでいるようにも見えるから、きっと怒ってはいないんだろう。
やったね! この勝負は私の勝ちだよ!
玲香さん、最初が肝心ってこういうことだよね! 先手必勝、有無を言わせないってやつ!
……と思いながら「ありがとう!」と満面の笑みで答えると、ガシッと右腕を掴まれる。
ギョッとして自分の腕を見てから「何だ?」と思い再び見上げると、新川透の表情は例によって魔王スマイルに切り替わっていた。
何だ? 何のスイッチを押したの、私!
「感謝は態度で示してね、莉子」
「へ?」
「さ、ちょっとあっちに行こうかー」
「ちょ、な、何をする!」
「透くん、我が家でおかしな真似はやめて!」
「はぁ、バカだ……」
「いやはや、スゴいものを見たなあ」
ずるずると台所でもリビングでもない方向に連れて行かれそうになり、玲香さんが慌てて止めに入る。玄関では健彦サンと伊知郎さんが靴を脱ぎながら謎のボヤきをしていた。
誰が、バカだ、新川弟! そして伊知郎さん、スゴいって何が?
とにかく新川透、腕をはーなーしーてー! アンタそれでも大人ですか、いたいけな少女に対価を要求するとか!
* * *
その後、どうにか玲香さんがストップをかけてくれて、新川透は不満タラタラの顔をしながらも私の腕を離してくれた。
はいはいご飯ですよ、とばかりにリビングに押し出し、私は玲香さんの傍にピッタリと寄り添って夕飯やお酒のおつまみの準備をした。
そのうち兄弟二人の酒盛りが始まって、どうにかこうにか落ち着いた、ということで。
まぁ、とにかく……こうして、大晦日の夜の初詣行きが決定したのでした。
ちゃんちゃん!




