第12話 ようやく復活しました。……多分
えー、前回は私、仁神谷莉子のギブアップが早く、肝心なことは何もお伝え出来なかったことを、深くお詫びいたします。
だぁってさあ! 真っ暗な夜の! 人気のない駐車場の! 車の中で! 押し倒されてハグ!
無理でしょう! しかも相手はあの、新川透だよ!?
……あ、思い出してまた頭が沸騰しそうになった。
えーと、あの後はそのまま無事にアパートに送り届けられました。
新川透のマンションに拉致されたらどうしようかと思ったけど、あっちはあっちで何だか大変だったらしいです。
珍しく「ごめん、ヤバいから今日はこのまま帰って」と真顔で言われました。
まぁ何にせよ、助かった。
で、えーと。答え合わせですね。はぁ、やれやれ……。
どうにか本日、いったいどういうことだったのか聞くことができました。
まずね。新川透が古手川さんをマークしていたのは、掃除婦・仁神谷莉子を突き止められるとマズい、と思ったからだそうです。
そんなある日……9月のマーク模試の日だね。私が盗撮魔の足音を聞いて、古手川さんの後ろ姿を見かけた日。
見慣れないガラケーを手に慌てて走っていく古手川さんの姿を目にし、新川透はちょっと引っ掛かるものを感じたそうです。妙に焦っていたし、何か様子がおかしかったから。
前も言ったっけ? この予備校では、模試の時は試験官に携帯電話を預けないと駄目なんだよね。ガラケーも不可。なのに彼女はこれまでガラケーを預けたことはなかったから、それで「おや?」と思ったみたい。
カンニングするような子じゃないし、これぐらいいいでしょ、と規則違反するような子でもない。
だからこのガラケーに何か意味があるのでは、と。そう睨んだらしい。
「まぁ、このとき俺は試験官じゃなかったし、スルーしたけどね」
「へぇ……」
「スルーして正解だったな。このとき問い詰めてたら、さっさと証拠隠滅していた可能性もあるからな」
さて、それと同時に盗撮疑惑が上がり、職員会議の議題に。それで、彼女と盗撮魔の関係はまだはっきりしてなかったけど、ひょっとして、とは思ったみたいね。7階女子トイレで急増、というのが引っ掛かったみたい。だから私が小型カメラをチェックしたい、と言ったときすんなりOK出したのか。
で、えーと……私の囮作戦後の話をすればいいかな。
新川弟から古手川さんとのことを聞き、盗撮魔からも色々聞いて、事件のだいたいのからくりはわかったみたい。当然、古手川さんの新川弟への好意も把握してたから、『ミネルヴァへのお願い』が嫌がらせだという事にも気がついた。
そもそもは私がプリントを見せた時、そのコメントの文字からすぐに古手川さんだとわかったみたいだけどね。明確に嫌がらせだと気づいたのがその時だった、という事だね。
いい機会だし私にやめるように言ってはみたけど、やっぱり納得しない。そもそもミネルヴァを続ければ、バレるリスクだって上がる。だって、正体を突き止めようと暗躍している人間がいるんだから。
かと言って古手川さんのことはまだ裏が取れていない。話すわけにもいかないし……。
まぁそういう、苦しい状況だったそうです。でもね、あんな言い方はないよね、と思う。
「あれは本当にごめん。子供だと思ったことは一度もないよ」
「……嘘だ」
「ごめん、ちょっと嘘」
「何だよ、もうー!」
ちなみに土曜日、私と新川弟の間の計画は速攻でバレたらしい。その後の新川透の授業中、左手を庇ってコソコソしているのでとっ捕まえたそうだ。
だからさあ、新川弟。頼むからもう少しハートが強くなって……。このままじゃ一生、兄の奴隷だよ?
そして日曜日。古手川さんはほぼ一日中、模試を受けていた。
シーンと静まり返り、鉛筆を走らせる音だけが聞こえる教室。
そんな中、急に携帯の着信音が鳴り響く。古手川さんは当然慌てた。だってそれは、自分がこっそり持っていたガラケーの着信音だったから。もう使っていないし、誰からもかかるはずがないのに。
そしてその科目の試験官だった新川透に注意されて取り上げられ、「模試が終わったら取りに来い」と言われた訳です。
でも、そのガラケーを鳴らしたのは当然のこと新川透。盗撮魔から古手川さんの携帯番号は入手してたからね。
「マナーモードだったらどうするつもりだったの?」
「それでもバイブってのはかなり響く。無音って訳にはいかない」
「まぁ……」
「ま、前にガラケー持ってるの見たぞ、とか何とか言ってとにかく取り上げるつもりではいたけどな」
そして、新川弟に与えられた日曜日の任務はただ一つ。
模試後に古手川さんを連れ出し、自分と会わせないようにすること。
いくら探しても新川先生は見つからない。刻々と閉館時間が迫る。すると、大好きな新川くんに誘われた。まぁ大丈夫だろう、と付いていってしまう。先生が生徒の忘れ物の携帯を預かるなんて、よくあることだしね。
そして……月曜日は出張で予備校には姿を現さず、あの夜に至る、という訳だね。
それにしても、SDカードにまで気が回るんならガラケー丸ごと巻き上げなくてもよかったんじゃない? 丸一日持ってた訳でしょ?
「普通、メールをわざわざSDには落とさないだろう」
「あ、そっか。でも預かっている間にSDに落として、データをコピーして、何食わぬ顔で返せばいいんじゃないの?」
「それじゃ、あの場で脅しに使えない。古手川にSDのことは気づかせないことが重要なんだよ。『ガラケーさえ手元に返ってこれば安心だ』と思わせる。そして取引することで、確実に莉子の写真を消去することができるんだ」
「うっわ、そんなこと考えてたんだ……。しかも脅しって言っちゃってるし……」
古手川さんは次の日、予備校には姿を現さなかった。
このまま来ないのかどうかはわからない。ただ新川透によると、秋ぐらいから受講する授業を減らして自分の勉強時間に充てる生徒も多くなるから、そう不自然なこともないだろう、と言っていた。
今、彼女は何を考えているんだろう。やっぱりミネルヴァのことは、嫌いなままなのかな。
* * *
今回は、完全に私は道化だったよね。新川透にいいようにやられちゃった、という感じ。
はぁ、もう。
「……溜息をつきたいのはこっちなんだがな」
一通り話を聞き終わり、デザートタイムも終わって。
皿やコーヒーカップを洗っていると、テーブルに頬杖をついたまま、新川透がそう言ってじいっと私を見つめていた。
「とにかく、もう勝手に変装して出かけないように」
「えーっ! やっぱり楽しいし、たまに気分転換にやりたくなったのにー!」
「だから、まず俺のためにやって!」
「うーん……」
何かこうせっつかれるとやりたくなくなるよね。新川透に屈したみたいで。
そりゃ、今度頑張るとは言ったけどさあ。
布巾で皿を拭き、食器棚に片付ける。それにしても、相変わらずスカスカの食器棚だなあ。
月曜日と木曜日の夜は、いつも新川透が夕ご飯を作ってくれる。楽しそうにしてるしその手際の良さといい、もともと料理が好きなんだとは思うんだけど……。
料理が好きな人って、食器も好きだってよく言うよね? 恵のお母さんが料理上手で、二つの大きな食器棚にさまざまな形の食器がパンパンに入っていたのを思い出した。
「ねぇ! どうしてこんなに食器が少ないの? 食器棚と中身が全然釣り合ってないよ」
話題を変えるためにとりあえず聞いてみる。新川透は「え?」と言いながら私の傍にくると、同じように食器棚を見つめた。
「無駄にならないように最低限しか揃えてないんだよ。でも、そろそろ増やそうかな、とは思ってたんだ」
「ふうん……」
「そうだ、今度の日曜日、買い物に付き合ってくれる?」
「えー……」
だからこんな目立つ容姿の人とお出かけとか無理なんだけど。
でもなぁ、ご飯を食べさせてくれているのは確かで、
「一人で買いに行けば?」
と言うのはあまりにも冷たすぎる気がした。
それに、たまに恵も一緒に来るんだけど、そういうときは一人だけ不釣り合いなサイズの皿に載った料理を食べることになる。それはたいてい新川透の分なんだけど、そういうときはちょっと申し訳ない気持ちにもなったりするんだよね。
「ドライブがてら、ちょっと遠くまで行こう。確かWINDっていうメーカーがハイウェイオアシスに入った、とか聞いたような気がする」
「何のメーカー?」
「食器とか生活雑貨のメーカーだね。まず知り合いに会うこともないだろうし。莉子は変装してくれればいい」
あ、結局この話題に戻ってきたか。どうしても自分のために変装してほしいんだな。
まぁ確かに、これまでは作戦の手段としてしかやってない。
単純にお出かけのため、というのは高校を辞めて以来だし、楽しそうではあるかも。いつも一人か恵とだったけど、男の人とデートっていうのは経験が……。
って、違う! バカ莉子、勘違いすんなって!
えっと、デートではないよね! 新川透との約束を果たすだけだからね!
危ない、危ない、頭の中にお花畑が広がるところだった。
「しょうがないなあ、わかったよ」
自分のドキワクは隠して渋々了承すると、新川透の顔がパアーッと明るくなった。「莉子ー」と言いながらハグしてきたのでガスッと膝蹴り、ここまでがお約束です。
何でか知らないけど、蹴られてもニコニコ、めちゃくちゃ嬉しそうだ。こんなに満面の笑みで喜ばれると、さすがにちょっとムズムズするというか、何だかこっちが恥ずかしくなるよね、本当に。




