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トイレのミネルヴァは何も知らない  作者: 加瀬優妃
2時間目 盗撮騒ぎ
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第4話 ズバリ、的中!

 それから1週間、私はトイレ掃除をしながら『個室立て籠もり時間』をメモし続けた。

 私が7階にいない間は山田さんが気を付けてくれてるんだけど、上手いこと監視の目をかいくぐっているのか、怪しい人物が7階の女子トイレから出てきた、なーんていう目撃情報は得られなかった。


 ちなみに『ミネルヴァへのお願い』はほぼ毎日置かれていた。多分同一人物で、東大選抜クラスの理系の子なのだろう。正直、理数系教科は私の能力をはるかに超えていて、新川透にすがるしかなかった。

 個室立て籠もりを発見したときには、たいていプリントはもう置かれている。盗撮魔はそれを確認してから籠るようにしているのだろうか。

 そうだよね、これだけ噂になっちゃったら、7階の女子トイレに来るのってミネルヴァに依頼する子か、ミネルヴァ自身しかいないもんね。

 そのせいか、1階から6階でも『個室立て籠もり』が発生することがあった。7階だと客が少なすぎるからだろう。

 ただ、もう女子の間では警戒していて、先客がいるトイレには入らないようにしてるみたいだけど。


 こうなってくると――もう囮作戦しかないんじゃないかなあ、と思うんだよね、私はね!


   * * *


 と、いう訳で、じゃーん!!

 仁神谷莉子、恒例の変装たーいむ!!

 

 いや、普段の眼鏡マスクが変装? コンタクトの方が素顔?

 ……でも、メイクもするしね。やっぱり頻度の少ない方を変装と言うのが、正しいんじゃないだろうか。


 本日は水曜日、本来は昼で仕事上がりの日です。ですが先週は、午前中には『個室立て籠もり』は発生しませんでした。

 つまり水曜日は午後に立て籠もってるはずだよね、きっと。毎日7階でなくてもどこかでは発生してたもん。

 ですのでこの推理の元、例によって予備校生のフリをして午後はトイレ巡りです。

 囮作戦、実行。『トイレのミネルヴァ』が、お仕置きよ!

 

 あ、タイミングをミスって撮られたらどうするんだって?

 大丈夫です、パンツの上にボクサーパンツ、さらにズロース的なぶかぶかパンツという三重構え。

 要は衣擦れの音で反応しているはずだから、一枚だけ下ろせば大丈夫。撮られても二枚重ねだし……えーと、まぁ、ギリギリOKのはずだ。


 勿論、新川透には内緒ですよ。最初に釘を刺されたし、絶対に怒られるもん。

 そして恵や山田さんにも当然、内緒です。どこから情報が洩れるかわかんないしね。



 午後の授業がちょうど始まったころに予備校に戻る。例によって裏口から入り、こそっと職員用通路から生徒が出入りするフロアに出た。

 はぁ、ドキドキだわ。こっそり侵入なんて、そう何回もできることじゃないと思う。

 その出入りを毎日誰にも見つけられないようにこなすって、どういう心臓の持ち主なんだろう……。


 まずは一番可能性の高い7階のトイレからね。エレベーターにササッと乗り、直行する。

 ホールに人影はない。細い廊下を進み、女子トイレの前まで早足で歩く。

 女子トイレのドア周辺を一応ざっとチェックし、カメラ的なものが新たに取り付けられていないことを確認。

 一度少し離れ、駆け足で女子トイレのドアに近づき、バタンと勢いよく開ける。


 うわ、奥の個室、閉まってるやーん!!


 思わず変な踊りをしそうになるぐらい心臓が跳ね上がるが、そのまま勢いよく手前の個室へ。

 膀胱がヤバくて慌てて入りました、を装わないとね。囮だと気づかれちゃう。


 さあっ、ズバッといくよー! うっかり3枚下ろさないようにね、莉子!!


 勢いよくズロースを下げた瞬間、下から何かがニュッと出てきたのが分かった。咄嗟にガッと足で踏みつける。


「いでっ!!」


という男の声が一つ板を挟んだ向こうから聞こえた。

 おっしゃ、男の手、ヒットたぜ!


 ……とと、喜んでる場合じゃない、すぐに男の手からこぼれたスマホらしきものをこちら側に蹴り込む。

 男は咄嗟に私の足から手を引っこ抜いたので、後ろによろけてトイレのタンクに背中をぶつけてしまった。

 い、いったーい!……と思ったけど、必死で堪える。


「あっ……ぐー……はっ……ふっ……っ!!」


 混乱しているのか興奮しているのか、変な吐息と共に隣の個室の扉がバターンと勢いよく開いた。

 ヤバい、パニクッてとにかく逃げ出したんだ!


 私は男のスマホを拾い、慌ててズロースを上げた。物証は手に入れた、でもできるなら犯人の姿を拝んでおきたい。

 今回の作戦のためにわざわざ履いてきたヒール高めのサンダルなので追いつけはしないだろうが、背格好ぐらいは見たかった。


 私が個室のドアのノブに手をかけたとき、ちょうど遠くの方で「うわっ!」という男の声と、「きゃっ!」という女の子の声が聞こえた。


 ちょ、ちょっとそこの女子、そいつが盗撮魔です!! 顔見てない!? 見たよね!!


 男は逃しても女の子は捕まえられるだろう、と慌てて個室を出、続けて女子トイレのドアを開けて外に出たけど……女の子は気にも止めず違う階に行ってしまったのか、そこにはいなかった。当然、逃げた男も。


「……あ、あれぇ?」


 あーうー、背中が痛い……。

 少しよろよろとしながら廊下を歩き、エレベーター前のフロアに出る。ぐるりと辺りを見回す。

 エレベーター、表階段、大ホールに続く扉。

 うーん、いないなぁ……。


「……お、お前! また、何やってんだ!?」


 ギョッとしたような声がエレベーターから聞こえた。見ると、ちょうど7階で扉が開いたところで、新川弟がスマホ片手にあんぐりと口を開けている。


「ちょ……ちょいちょいちょい!」


 大声はマズいっての!! 私が部外者だってバレるじゃん!

 私は新川弟の腕を取ると、再びトイレ前までずるずると引きずってきた。


「ちょ……何? マジ、勘弁して……」

「これ。新川センセーに、届けて」


 男から奪ったスマホを新川弟に渡す。新川弟は私に握らされたスマホと私の顔を交互に見ながら、「うえ……」とめんどくさそうに呟いた。

 あのねぇ、私とは絡みたくないってか。人を疫病神みたいな扱いしやがって。


「何だよ、これ……」

「盗撮魔のスマホ」

「なあっ……!!」

「バカッ!」


 叫びだしそうになったので、慌てて口を押える。

 だから叫ぶんじゃねぇよ、この野郎……という念を込めて睨むと、新川弟はうんうんと激しく頷いた。

 静かに、と小声で言って、口から手を離す。


「どういうことだ?」

「とにかく盗撮魔に遭遇してスマホを奪った」

「マジかよ……。って、どうやってそいつのだって説明すりゃいいんだよ?」

「女子トイレから出てきたところを見て、追いかけたらスマホを落として逃げた、とでも言えばいいでしょ? ここには他に誰もいないんだから」

「ああ……うん……」

「私には操作方法はわからないけど、証拠ならこの中にあるんじゃないの?」

「わ……わかった」


 新川弟は操り人形のようにコクコクと頷いた。

 そういえばスマホを奪った後どうやって届けるかまでは考えてなかったけど……うまいこと新川弟に遭遇してよかった。

 これで叱られなくて済むなー。


 もう一度「私のことは言わないでよ」とキツく言い含め、そのまま新川弟と別れる。

 作戦がズバリとハマり、本当に気分がいい。

 はぁ~~これにて、一件落着!! 


   * * *


 ……と、言いたいところなんだけどね。

 どうやら盗撮魔はシャッターは切っていたらしく、ブレブレだけど写真は残ってしまっていて。

 当然、撮影日時もバッチリ残っていて……しかも今日の昼の時刻なので、新川弟の証言通りなら女子トイレには撮られた女子がいたはず、ということになり。

 目が泳ぎまくった新川弟は、兄にすっかり暴露する羽目になりました。


 ハートが弱いな! 知らない間に逃げたとか、誰かは分からないとか、何か言えなかったのかよ、新川弟!!


 かくして、新川透から夜9時過ぎに電話が。

 ふんふん、無事解決したよー連絡だよね? と、浮かれて出たのがマズかった。

 今日は許さない、出てこないならアパートに乗り込むぞ、と電話口でめっちゃスゴまれた。

 私ここに住めなくなるじゃん!って半泣きで訴えたけど、俺のマンションに住めばいい、どれだけでも飼ってやる、と本気で怒られて……おとなしくコンビニで拉致されました。

 飼ってやるって何だ、やっぱペットじゃねーかよ、と思ったけど、怖くて言えませんでした。

 だって迎えにきたときの新川透の顔ったら……不動明王かと思いましたよ!? 


 あう……。私、どうなると思います?

 知ーらない? ……あ、そう……。

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加瀬優妃はかつて「リサイクル活動」というものをやっておりました。
よろしければ活動報告を読んでみてくださいね。作品の紹介をしております。
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